2006年01月09日

人権教育(1) 国際理解教育4

2c6d4b36.JPG  ある年の春休み、当番で、出勤していた。
 そこへ、一人の母親が転入手続きにやってきた。書類を見ると、新1年生。

 これは、大変だ。すぐ、入学式準備の手直しをしなければならない。入学児童名簿の直しから、入学式場や教室のいすの用意など、けっこう手直しはある。教科書は間に合うか。名札等は、児童用机から靴箱に至るまで、何種類あるかな。そんなもろもろが頭をよぎった。

 この方は、韓国・朝鮮籍だった。書類には、通称名として日本名も載っている。母親は、「学校においては、すべて通称名でお願いします。」とのことだった。

 「そうですか。でも、今は、どの学校も国際理解教育に力を入れていますし、みんなが自分の母国を大切にし、愛する心情を養うためにも、また、互いの国を認識し、敬愛の念を抱かせるためにも、本名で通う方が、人格形成上、いいと思うのですが。」

「ええ。おっしゃることはよく分かりますし、ありがたいのですが、そして、学校はそういうことで、わたしは信用していますが、今、日本の社会のことを考えると、まだ、やはり、本名では、不安が大きいのです。」
とのことだった。わかりましたということで、手続きを終えた。

 その子は、わたしのクラスになった。

 そして、半年経過した。
 
 ある日、Aちゃん(日本籍の子)が、一枚の写真を持ってきた。
「toshi先生。これ、七五三の写真だよ。お母さんが学校へもっていっていいっていうから、もってきた。」
「うわあ。きれいに撮れているね。かわいいなあ。」
すると、席についている子たちが、
「見せてえ。」
一斉に、あるいは、口々に、叫び声を上げた。

「Aちゃん。みんな見たいって言っているけど、見せてあげていいかな。」
「うん。いいよう。」

 そういうわけで、みんなの席をまわりながら、その写真を全員に見せてまわった。『ようし。これは、3学期生活科の成長単元の導入に使えるぞ。』そんなことを思いながら、
「Aちゃん。とってもきれいだし、かわいいから、この写真、教室に貼っておいていいかな。」
快く了承してくれた。

 その翌日のことである。朝のうちに、5・6人の子が、七五三や、それ以外にも、晴れ着の写真を持ってきた。
 そこでドッキリしたのが、Bちゃん。上記、韓国・朝鮮籍の子だ。とてもきれいで晴れ着ということは分かるが、なんとチマチョゴリの写真だったのである。

 わたしは、転入受付時の母親の言葉を思い出していた。そして、次のことが心配になった。

 ,海亮命燭魍惺擦愡っていくことについて、母親は了承しているのか。Bちゃんが 独断で持ってきたのか。
◆(貎討了承したとすれば、本名で通うことも了承したのだろうか。

 「Bちゃん。ちょっと連絡帳、見せてくれるかな。」
見たけれど、母親の言葉はなかった。,砲弔い討蓮Bちゃんの独断の可能性が強まった。

 しかし、この場では、Bちゃんだけ特別扱いするわけにはいかない。他の子同様に、みんなの机をまわり、その5・6人の写真を見せてまわった。そして、前日のAちゃんの写真の隣に貼った。


 子どもを帰した後、すぐ、Bちゃん宅に電話をいれた。

「ええ。子どもが持っていきたいってしつっこく言うものですから、持たせました。よろしくお願いします。」

「そうですか。でも、お母さん。あの写真はチマチョゴリを着てますよね。よかったのですか。」

「ええ。うちの子、『先生は、クラスの子みんなに写真を見せてまわったよ。だから、持っていきたい。』って言うものですから、みんなが見るのだなということも分かっていました。でも、うち、晴れ着の写真はあれしかなかったものですから。」

「そうですか。それをうかがって安心しました。
で、ね。お母さん。他の子と同じように、Bちゃんの写真も、みんなに見せたのですよ。そうしたら、『かわいいねえ。』『きれいだねえ。』っていう声が圧倒的に多かったのですが、やはり、チマチョゴリですから、なかには、『変わった服だね。』とか、『変な服だね。』っていう子もいたのです。
 それでね。せっかくですから、『このBちゃんの服は、チマチョゴリと言って、お隣の国、韓国・朝鮮の服なのだよ。』ということもクラスの子たちに伝えたいと思うのですが、それでいいですか。」
「ええ。ありがとうございます。toshi先生にお任せしますので、よろしくお願いします。」

 
 そして、翌日、まさに感動だった。お母さんがそのチマチョゴリを持って学校へいらしたのだ。
「チマチョゴリを、クラスのお友達に見せてあげてくれますか。」
とのことだった。
 
 しかし、見るだけでは承知しない子どもたち。
「Bちゃんのお母さん。わたし、Bちゃんのその服、着てみたい。・・・。だめえ?」
「わたしも着たいな。」

 お母さんは快く、着付けをしてくださった。そして、そのまま、
 ,修譴召譴旅颪砲蓮△修譴召譴寮欧戝紊あり、国によって違うが、子どもの成長をお祝いする気持ちは、どこの国も変わらないこと。
 同じクラスのお友達の国なのだから、自分の国の次によく知って、お互いに仲良くすること。
を学習内容とした。


 その半年後、わたしは転勤となった。

 そして、彼らが6年生のとき、久しぶりに運動会におじゃました。Bちゃんは、相変わらず、通称名だった。しかし、わたしをなつかしみ、歓迎してくれる集団のなかにBちゃんはいたし、学級のみんなと豊かに心を通わせている姿を見て、うれしさがこみ上げてきた。


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rve83253 at 23:31│Comments(6)TrackBack(1)国際理解教育 | 人権教育

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この記事へのトラックバック

1. 始動してます  [ 窓際教師のひとりごと ]   2006年01月10日 08:48
長い間 書き込みしていませんでしたが、 明日から学校が始まる(生徒が登校してくる...

この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2006年01月10日 04:33
すてきなお母さんですね。感激しました。よき文化を伝えるとともに、自分たちが生きてきたことへの誇りを感じました。
そんな家族の下ですごしているからこそ豊かな人間性を持てるのかと思います。
2. Posted by toshi   2006年01月10日 21:46
hirarin先生。こんばんわ。
 今は、韓流ブーム。この記事のころとは時代が変わったかもしれませんね。
 そうだといいのですが。
3. Posted by よぅこ☆   2006年01月10日 23:33
5 初めまして♪ブログ拝見しました☆私は今大学2年生で、教員になるために勉強してぃます(≧▽≦)このブログを拝見してすごく興味を持ったのでコメントさせてぃただきました。現場の体験談とぃぅのはすごく興味がぁるし貴重なぉ話ですのでぜひまた拝見させてぃただきたぃと思ぃます♪♪
4. Posted by Hideki   2006年01月11日 03:06
良いお話ですね

と、同時にやはりナーバスなお話ですね…

基本的に子どもは素直だと思うのです。だから、外見上多少自分と異なっていても、相手が自分と同じ人間だと認めさえすれば、もう「友達」「仲間」になっちゃいますよね。

問題は、まわりの大人。大人達の視線が子どもにも感染する。そうなったときの子どもは、素直でストレートな分、残酷かもしれない。

とにかく、そうならないように、僕ら大人が本当にしっかりしなくちゃ、と思います。

*自分とちょっと異なる人間という点で、異国人だけでなく障害児との接点にも通じるものを感じました。
5. Posted by toshi   2006年01月11日 20:45
 よぅこさん。コメント、ありがとうございました。
 教員を目指しているとのこと。ぜひ、がんばってください。やりがいのある、いい仕事だと思います。
6. Posted by toshi   2006年01月11日 20:48
 Hidekiさん。おっしゃるとおりだと思います。子どもは遠慮もなく、ストレートに出しますから、大人の思うことの鏡なのですね。
 障害児のことも、近く書かせていただこうと思っています。

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