2006年01月21日

人権教育(4) 交流教育4

64219c11.JPG 14,17の両日、交流教育について記事にしたところ、Hidekiさんが、本記事にかかわるかたちで、ご自身のブログに記事を掲載された。大変膨大な中身で、わたしはそれにコメントさせていただいたが、とても言いきれない思いがして、本日はここにコメントさせていただく感じで、書いてみる。


 Hidekiさんは、おっしゃる。(以下、《  》は、Hidekiさんの記事の引用です。

 《他の子と同じこと、普通であることに、殊更固執する必要があるのだろうか?
普通でなくたって、世間並になれなくたって、幸せにはなれるのではないか?
 他の子と比べて遅れててもいいじゃないですか。…以前はできなかったことが、できたということを喜んであげよう。

 そんな良いところ、好きなことを、見つけてあげる事
 そしてどんどんと伸ばしてあげる事の方が重要なんじゃないでしょうか?
 そして、何よりも、親と子の心のつながりがしっかり結ばれてる事が大切なのではないでしょうか?》


 個別支援級の先生は、ほんとうによく子どもをほめている。ふつう級の先生もそうあってほしいと思う。
 それは、以前できなかったことができたという喜び、よいところ、好きなことを見つけられた喜び、そういうことに目を向けているからではないかと思う。
 障害は、一人一人異なるから、他の子と比べたって意味がない。
 以前できなかったことができるようになる。新たに興味・関心のあるものを見つける。ふつう級もそういうことを大切にして、指導にあたってほしいと思う。


 《「特殊クラス」という特殊な場所に、厄介者を追いやってるみたいで。。。
ちょうど、みかん箱の中の傷んだみかんは、別にしてどけないと、他のまっとうなみかんも傷んじゃうから、だから箱から選別して別の袋に詰め替えちゃう、
 …そんな、世の中から「隔離」しちゃうような感じが、とてもイヤで、

 そんなところにマリオをおいちゃうことが、どうにも許せなくて。。。》


 多くの障害児の保護者が、個別支援級に対し、こういう思いをもたれていることは、承知している。したがって、入学前に、面接とか、体験入学とか実施するが、こうした誤解を解くための相互理解を図ることから始める。

 入学してすぐ、個別支援級担任だけでなく、交流級の担任とも面接してもらい、一人ひとりに合った交流計画を、時間をかけて策定していく。と同時に、個別支援級担任は、保護者と話し合った上で、一人ひとりの『個別支援教育計画』を策定する。何をねらい、何を学習内容としていくかの計画である。

 決して隔離ではない。個別支援級では、『できそうなこと、どんどん伸ばしていけそうなこと、好きなこと』を中心に、無理なく、学習がすすめられるよう配慮する。もちろん、ここでも社会性を育むこともねらう。

 また、交流級では、『ふつう級児童とふれあうことにより身につくと思われる社会性』を育む。また、どんな学習でも交流するというわけではないので、ここでも、『できそうなこと、のばしていけそうなことも、ふつう級児童の応援、支えを受けながら』実現をねらう。


 《実は、交流といっても、ただ顔を合わせる機会をもうけるだけじゃ、ダメなんですね。
 けっして無理強いという名の指導をするのでなく、かといって放置するでなく、自然な形でそっと肩を後押しするような、そんな「導き」がないとうまくいかないのだと思う。》

 これも、もう、おっしゃる通りだ。そして、17日の本ブログにも、書かせてもらった。

 ただ、『無理強い』『放置』『そっと肩を後押しするような導き』の判断が、保護者と担任とで食い違っていたり、誤解があったりする例はあるから、よく共通理解を図る必要がある。
 幸い、ふつう級に比べれば、保護者と担任とで話し合う機会は豊富にあるから、そういう時間を大切にしたい。


 《もうひとつ、上述のK先生のように、最初のとっかかりとして子供達が先生を好きになることから始まる面があるのではと思う。そして、その先生がいる特殊クラスが好きになって、特殊クラスにいる子どもも好きになるということが多くあるように思う。特に小学生の場合、先生が媒介となる部分がとても大きいのですよね。》

 わたしが尊敬している方だが、ある先輩校長が、職員朝の打ち合わせで、次のようなことを言った。
「うちの学校に、個別支援級の子どもが寄り付こうともしない先生がいる。個別支援級の子に、『先生。先生。』と言ってくっついてきてもらえない先生は、問題である。どうか先生を続ける以上は、自分自身の人間性からふり返って、何によって子どもに遠ざけられているのかを考え、自分自身をつくりかえる努力をしてもらいたい。」
 わたし自身は、ここまで自校の教職員に言えたことはなかった。すごいリーダーシップだと思った。
 確かにこういう先生は、ふつう級においても、子どもとの一体感がない。
 事務的というのとも違う。心が通い合わない。言葉が宙をとぶと言ったらいいだろうか。孤独を好むと言ったらいいだろうか。そういう感じの先生も確かにいる。


《相手にかける負担》

 学校の一つの役割として、障害児をもつ保護者が、そういう心理状態にならないように、教育的成果を上げるとともに、PR活動もやっていかなければいけないと思う。
 というのは、一般保護者の差別、偏見の裏返しだからだ。(と、わたしは思う。)

 支え、見守り、手助け、待ち、そして叱るべきときは毅然と叱るなど、それらが必要なことは確かだ。しかし、それを負担と受け取るか、自然で当然な心配りと受け取るかは、教育の力に負うところが大きいのではないか。

 そう。危害をくわえられることもある。かく言うわたしも、6月頃だったかな。急にほうきを振り回す行動によって、顔から血を出したことがあった。あまりに急で、おまけにわたしは、彼の方を見ていなかったので、避けようがなかった。

 町でもそういうことは起こりうる。そういうときは、毅然と叱りながらも、そこまでにしてほしい。現実には、そういうとき、一般市民の、とんでもない差別的言動が多すぎる。


 《しかしながら、ここで誤解しちゃいけないのは、ある特定の部分の能力で劣っていても、
「人として劣っている」というわけじゃ決してないということです。》

《マリオ自身が、活き活きと生きていることが、まずは何よりも大切なんです。》

《だから、社会的弱者といっても、障害児に、マリオに「あわれみのまなざし」を向けて
欲しくない。》

《誰かの役に立つ事って、自分も嬉しいのですよ。》

 交流を通して、ふつう級児童にねらうことは、まさにこれなのだ。空気みたいな感情でこうした心情を抱くに至る、それを大切にしたいと思う。そして、こういう指導を受けた子どもがやがて大人になる。そういう大人ばかりになれば、無知も差別もなくなる世の中になるのではないだろうか。


《障害者と健常者は何も違わない。》

 NANAさんのおっしゃるこれも、よく理解できる。わたし自身、『誰だって、多かれ少なかれ、障害の部分をもっている。』という思いもある。それから、高齢化、事故の多発により、誰だって障害者になりうる。そういう時代だ。

 しかし、そうは言っても、これまで述べたように、明らかに違う点も多々あるだろう。教育の世界においても、はっきり個別支援計画をたてるなど、それは、障害児というくくりで一括に教育などできないからだ。障害の中身は一人一人異なるということもあり、特別な配慮が必要なことは確かだ。

 わたしの仕事は初任者指導。しかし、個別支援級の場合は、黙って初任者の指導を見ていればいいとはいかない。私も初任者と一緒になって、子どもとかかわる場面はものすごく多い。でも、そうであっても、それはきわめて自然なことと受け止めている。

 問題は配慮される側ではなく、配慮する側にある。『差別、支援、気配り』すべて、配慮する側の問題なのだ。

 わたしの先輩は、『障害は個性である。』『障害は、不自由ではあっても不幸ではない。』『障害者は常に差別の目にさらされている。それは無知から始まる。』と言った。
 わたしも、特に肝に銘じている。


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   交流教育の次に続く。

rve83253 at 17:06│Comments(6)TrackBack(1)交流教育 | 人権教育

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1. 本当の意味でのユニバーサルデザイン  [ ☆自閉症児マリオくん☆ ]   2006年01月22日 02:20
先日書いたことに対し、Toshi さんがご自身のブログの中でコメントをいただくような形で記事をあげられた。↓ 教育の窓・ある退職校長の想い:【人権教育(4)交流教育】 http://blog.lived

この記事へのコメント

1. Posted by NANA   2006年01月21日 18:07
おかしいな〜???
スイマセン。トラバの送信がうまく行きません。
気長にお願いします。。。
2. Posted by 奈々氏   2006年01月21日 20:51
いろんなところで共感する部分があります。教師と保護者はどちらも子どものためにと思っていても,かみ合わないときや,しかる場面も必要というあたりが特にそうです。
ここでは書ききることができないので,自分のブログに続きは書きます。
3. Posted by 奈々氏   2006年01月21日 21:02
あ,忘れていました。この記事を私のブログのなかで引用させていただいてもかまいませんか?
4. Posted by Hideki   2006年01月22日 02:24
Toshi さん、どうもありがとうございます。私の思うところを、すべて受け止めて、しかも数倍にして返していただいて、とても感激しています。

お話に感じたことを、私もトラックバックであげました。

本当にありがとうございました。
5. Posted by toshi   2006年01月22日 12:50
NANAさん。どうしたのでしょうね。わかりました。楽しみにしています。

 奈々さん。どうぞ、遠慮なく引用してください。光栄です。

 Hidekiさん。リンクされた部分もよませていただきました。わたしはまだ、準現役のようなものですから、勉強させてもらっています。
 これからも、大いに語り合いましょう。
6. Posted by 奈々氏   2006年01月22日 13:51
引用を許可いただきありがとうございます。まだ,ブログをはじめて間もないので,機能をきちんと理解したり,うまく活用することができません。><
トラックバックとかもうまくできませんので,許可をここでいただきました。

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