2006年01月29日

個別支援学級  命の授業4

849f94a1.JPG 今、この学校は、学校全体で『命の授業』に取り組んでいる。今回は、個別支援級が、それに取り組んだ。この授業は、初任者が中心となって行うため、わたしも指導案作成の段階からかかわらせてもらった。

 ねらいは、『命の尊さ』『命があるということは、他に代えがたい喜びであること』、『家族をはじめ身のまわりの人の愛情によって、自分の命が存在していること』などである。

 ここでは、障害児が、どうこの学習に取り組んだかを紹介したい。わたしが感動したこと、学ばせてもらったことなどを中心に述べる。初任者指導にかかわる部分は、後日になるが、わたしの『小学校初任者のホームページ』に掲載するので、それをご覧いただきたい。


 さて、この授業のことを書く前に、ちょっとふれておきたいことがある。

 それは、1年生Aちゃんのお母さんが、昨年11月に出産されたことだ。Aちゃんに妹ができた。そして、お母さんは、この命の授業をすすめるにあたり、全面的にご協力くださった。全部で3時間あったのだが、そのすべての時間、赤ちゃんとともに、学級に来てくださった。生後2か月の赤ちゃんは、彼らのアイドルとなった。

 
 よく担任に憎まれ口をきいたり、教室をとび出したりするAちゃんだが、もう、妹の前ではメロメロだった。突然立ち上がったかと思うと、妹のところへ行って、ほほをさわったり、ほほとほほをすり寄せたりした。もう、かわいくてかわいくてしょうがないといった感じだ。
 
 お母さんは、
「そおっとさわらなくちゃだめよ。」
などと言うが、そういうAちゃんを見て、うれしそうだ。そして、『そんな心配はいらないでしょう。』と言いたくなるほど、めちゃくちゃな笑顔だ。

 もう一人の1年生のBちゃん。最近、4年生のCちゃんにくってかかることが多い。4年生の方が体は大きいし、大様なので、さほど心配はないが、それでも、一度、Cちゃんのめがねを壊しそうになったこともあった。
 そんなBちゃんも、やはり赤ちゃんの前では、かわいくてかわいくてしょうがないといった感じで、ほれ込むような笑顔を浮かべている。
 こうした光景を目の当たりにして、初任者の担任は、もう、ただ微笑んでいるしかないといった感じだ。すばらしかった。

 彼らのためにも、こうした場の設定は、大事なことなのだなあと、つくづく思う。赤ちゃんに毎日来てもらうわけにはいかないが、心なごむ場の設定は、絶対必要だ。


 ある時間は、保護者の皆さん全員が、教室に来てくださった。そして、子どもたちが赤ちゃんだったときの記念の品を持ってきてもらった。ベビー服を着てみたのが、Aちゃんだ。袖がえらく短くて、笑いころげていた。
「こんな小さなときがあったのだねえ。」
と感嘆してみせる初任の指導者。『おお。なかなかいいぞ。』と思いながら見ていた。
 最後には、
「みんな、お母さんが大切にとってくれたものばかりね。」
と言ってしめくくった。これもいい言葉かけだった。しかし、この時間では、目標に迫るような言動は、子どもからはなかった。


 ところがである。その後、心から感動したこと。ちょうど給食前だったが、この学級には、車椅子の6年生Dちゃんがいる。そのDちゃんが児童用机の間を通ろうとしたが、せまくてぶつかる。それを見たAちゃん。何も言わず、そして、さりげなく、その机を脇へよけて通りやすくしてやったのだ。初めてやってあげたというわけではないが、その何気ないしぐさに、わたしは、目頭の熱くなるのを覚えた。

 これは、まさに、人の命(存在)の大切さを感じ取った行為だと言っていいだろう。


 さらにうれしかったこと。それは、この、命の大切さにはかかわらないが、1年生のAちゃん、Bちゃんと、初めて、知的な会話をしたことだ。そう。このわたしと、したのである。

 まず、Aちゃん。先に紹介した、縦割りの学習。個別支援の2人は、たこ作りのグループだったが、この日は、そのたこをあげるのだった。
わたしが、何気なく、たこあげの場所について、
「ピロティってどこだろう。」
と言ったら、Aちゃん、
「昇降口の前だよ。でも、あそこ、木がいっぱいあるよねえ。」
と言う。きっと、たこあげには向かないと言いたかったのだろう。

 次、Bちゃん。
 教室のBちゃんのコップの中に、きれいな氷のかたまりが入っていた。それを見つけたわたし。
「うわあ。きれいな氷。とっても大きいね。」
そうしたら、
「氷はね。いくら大きくったって、太陽に負けちゃうんだよ。だから、日がさしている暖かいところに置くとね。氷じゃなくって水になっちゃうの。」
「そうか。それで分かった。だから、教室の中に置いてあるんだね。」

 
 子どもたちの成長に、うれしい思いの昨今である。そして、心なごむ場の設定がいかに大切かを学ばせてもらった。ただただ感謝だ。


ブログランキング・にほんブログ村へ

 今日も、1クリックをお願い。ぜひ。


人気blogランキングへ
 
こちらも、お願いできますか。


rve83253 at 22:30│Comments(6)TrackBack(0)個別(特別)支援教育 | 授業

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by 駅伝野郎!   2006年01月30日 18:21
5  はじめまして、感動しました!!
 私は高校の教員をしていますが、自分の子供が小さいのでこの記事にはスゴク共感できます。
 どうしても預かるところがなくて、仕方なしに、朝のHRへ3歳の子供を連れて行ったことがありました。
 その時も、高校生から見ればほんとに可愛くみえるんでしょうね。みんな笑顔で遊んでくれました!!
 心が和む場所、たしかに必要ですね。その役割が家庭なんでしょうね。
 これからもブログ楽しみにしています。
 
2. Posted by 駅伝野郎!   2006年01月30日 18:27
この記事にトラックバックしようとしたのですが、できませんでした。よろしければ、私のブログの左の書庫にある「お父さんお母さんへ」のところの「羽を休めるところがあるから飛び立てる」
を見ていただければ幸いです。

 URLは下記の通りです。
 http://blogs.yahoo.co.jp/hidemaru5578/15599210.html?p=1&pm=l
3. Posted by Hideki   2006年01月30日 21:00
個別支援クラスということなので、何の障害をもった子かは分からないのですが、マリオのような自閉症児の場合、「命」とか「性」とかの、大事な、でも抽象的なテーマって、教えるのにちょっと戸惑っちゃいます。

でも、不思議なもので、「教わる」というよりも、「感じる」ことで身についちゃうところがあるような気がしてます。

本能的、といってもいいのかも

いま、マリオは「生」ということに、すごく敏感です。へたに「死ぬ」という言葉をいうと、すごく気にかけて、何回も何回も聞き返してきます。死ぬということ、いなくなっちゃうということを、嫌がっています。

それに関することを、いつか記事にしたいと思います
4. Posted by toshi   2006年01月30日 22:47
駅伝野郎 先生。
 コメントありがとうございました。
 高校の先生も読んでくださっているということ、何ともはや、うれしく思っています。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。
 わたしの娘2人も、小さいころは、わたしの教え子達がかわいがってくれました。
 これがまた、すばらしい人的つながりをもたらしてくれたのです。
 これはまた、後日記事にさせていただこうと思っています。
 高校生にとっても、すばらしい、子育て(?)体験だったのではないでしょうか。
5. Posted by toshi   2006年01月30日 22:55
駅伝野郎 先生
 
 今、家庭が、心なごむ場所でなくて、家庭が、戦場になってしまっているのでしょうね。
 でも、記事を読ませていただいて、このお母さんはそれに気づいたということ、お嬢さんのために、よかったですね。
 親子で、了解し合えたのでしょう。お嬢さんが、再び、やる気になったということが、よかったなあと思いました。
 先生のおっしゃるように、心の成長を感じました。
6. Posted by toshi   2006年01月30日 23:05
 Hidekiさん。ありがとうございます。
 1年生の2人は、自閉症です。
 わたしも今回の授業を見ていて、Hidekiさんのおっしゃるように、教わることより感じるということ、それの大切さをつくづく感じさせられました。
 先生の語りかけも、オーバーでいいから、情感を込めることが大切ではないか。そういうことを話し合いました。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字