2006年01月30日

人間性を問われる4

0e6be25a.JPG ホリエモン逮捕については、このブログがLivedoorだけに、『あら、あら。』という思いだ。ある日突然、ブログ閉鎖になるかとも思ったが、まあ、それはなさそうだ。

 昨日、テレビを見ていたら、かつての特捜取調官の言葉として、次のようなものがあった。
『容疑者が、犯意を自覚しているのになかなか自白しない場合は、最終的に自白するかどうかは、取調官の人間性にかかわってくる。』
 
 そうか。わたしはこれまで、容疑者が自白するかどうかについては、容疑者の性格、資質、社会的背景などしか、想像していなかった。取調官のことなど、眼中になかった。
それだけに驚いた。ただし、耳にした後では、すごく共感できたのである。


 話をまったく変える。
 わたしが、かつて学級経営につっとり、悩ましい状態になったとき、すばらしい先輩がいて、その先輩からいただいた指導が、自分を変える力になったことはかつてこのブログにも書いた
 その先輩は、学級経営力、学校運営力など、すばらしいものをもっていながら、とうとう管理職にはならなかった。

 管理職が強く薦めているのに、どうして受けないのだろうと思い、聞いたことがある。
「先生のように指導力のある人が管理職を受けなかったら、この地域の教育はちっともよくならないと思いますよ。」
「そんなことはないわよ。管理職には管理職に向いた人がいくらでもいる。わたしはだめよ。
 それに、大人相手に仕事をしてもつまらないじゃない。大人は、そうそうは変わらないわよ。もう自分というものができてしまっているからね。その点、子どもは違うわ。打てばひびく。こっちが努力すれば、しただけのことはあるのが、子どもよ。第一、子どもを育てるのがいきがいで、教員になったのだしね。」

 わたしは一時、この考え方に共鳴し、『生涯一捕手』ならぬ、『生涯一教諭』にあこがれた時期もあった。


 『さて、子どもは変わるが、大人は変わらない。』と言う先輩の先生。

 冒頭の話に戻すが、取調官が子どもを相手にすることはない。すべて大人。それも、いわく因縁のある大人だ。尋常に行く相手ではない。それでも、『最終的には取調官の人間性』が、容疑者を自白に追い込むのだと言う。
思いは複雑になった。

 『変わらないはずの大人を変える。』そこまで言っていいかは分からないが、大人だって変えうるということではないか。それも究極のところでの話だ。(ごめんなさい。自分のことをこんなふうにいうのは大変恐縮だが、わたしだって、『大人は変わらない。』というあなたの力によって、変容させてもらったのですよ。)

 だったら、ふつう一般の大人、それも、教員になることを目指し、教職課程を取り、教員免許状を取得した大人。つまり、一般の大人とは違う目的意識を明確にもった大人を相手とする学校管理職。
若い教員の人間性を鍛えられないでどうする。そう思わざるをえない。


 わたしはかつてこのブログに、以上のことにかかわって、二度ほど記事にしている。

ヽ惺惨浜職には、魔法が必要と書いたことがある。しかし、魔法などと、おうぎょうなことを言う必要もないのではないか。
△△訐菁攅残垢、『個別支援級の児童に遠ざけられる先生は、自分自身の人間性から見つめなおし、〜。』と言ったのを書いた。

 取調官が、自分の人間性を問われるということ。それを教員にたとえれば、やはり教員自身の人間性が、学級をすばらしいものにしたり、学校を変えたりする力になるということではないか。

 それは、包容力、温かな心、思いやり、相手への共感、そういったものが、教員の資質として、最低限必要ということになるだろう。


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rve83253 at 23:50│Comments(8)TrackBack(0)学校管理職 | 自己啓発

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この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2006年01月31日 04:52
教師の人間性が学級の子どもたちに反映されることってよくわかります。

私自身変わったところが多かったので、初任者の時は「先生のクラスの子どもって変わった子が多いよね」とよく言われました。

最近私も周りを見ることができるようになってきたので、そのような指摘を受けることは少なくなったような気がします。(まだ多少は残っていますけど)

子どもたちの人間性を豊かなものにしていけるように、私自身の人間性も高めて生きたいと思います。
2. Posted by toshi   2006年01月31日 20:54
 hirarin先生。
 先生のおっしゃること、わたしも結構感じていました。新しい学級を担任すると、それが転勤してのことも含めて、子どもは違うのに、どういうわけか似た雰囲気になるのです。
 校長になってからは、職員室の雰囲気にそれを感じました。やはり、似た雰囲気になるのですね。
 ああ。もっと言うと、PTAもそうです。PTAのことはまたいつか記事にしたいと思っています。
 それだけに、自分自身を鍛えることが大切なのですね。
3. Posted by 七星 来人   2006年01月31日 21:46
「子供は変わるが、大人は変わらない」って本当でしょうか?私は変わるか変わらないかは本人が第一で、周りの環境が第二だと思っています。
「俺は変わらないんだからお前らで何とかしろ!」と言った校長がいましたけれど、それから数年その学校は荒れて苦労しました。
「自分がまず挨拶しなくちゃ、私はにこやかな挨拶が苦手だから…」って言ってた校長もいました。
その校長が歩くと低学年の子が寄ってきていたのを思い出します。
自分だけでは変えられない弱さがあっても、誰かに感化されると人は変わるものではないでしょうか。
私も教員になってから出会った人の影響で、ずいぶん変わったなぁと思えます。

校長によって学校の雰囲気が変わる。
そうでしょうね。毎年うちの職場は退職者がでます。そういう雰囲気なのです。校長は「やる気のない職員ばかり・駄目な子供ばかりだ!」っていつも怒鳴ってます。
4. Posted by Hideki   2006年01月31日 21:59
きついっすね

正直いって、ご指摘の点、よく、よく分かります。

子どもって正直だから、子どもの目線からみたもの・子どもの言う事って、案外当たってることって多いです。よく、見抜いてます。

だからこそ、学校の先生には、そんな人間性を求める、求めてしまうのは、確かです。

でも、求められるほうにとっては、きつい話ですね。

人間性って、人格に一番近いところにあるから。

あなたの人間性に問題アリ!と言わるのは、知識不足、経験不足、思慮不足、努力不足…等のどの指摘よりもこたえます。


実際には、

相手(子ども)の気持ちを、もっと思いやりましょ
相手の言うことも、ちょっとだけ聞きましょ

とかいったことから、始まるのでしょうけどね
5. Posted by toshi   2006年02月01日 01:15
七星来人先生。
 確かに、自分自身変わる気のない人のもとでは、まわりも変わりませんね。それは、担任であれ、校長であれ、同様です。
 そして、そういう人は、みんな周りのせいにしますね。
 学校は、保護者も変えることができると思います。教員が子どもを変えると、親はそれだけ子育てに真剣にならざるをえなくなるという面があるのだと思います。
6. Posted by toshi   2006年02月01日 01:21
Hidekiさん。
《実際には、相手(子ども)の気持ちを、もっと思いやりましょ。相手の言うことも、ちょっとだけ聞きましょ。とかいったことから、始まるのでしょうけどね。》
 おっしゃる通りだと思います。それが出発点でしょうね。
 教員が変わると言った場合、それによって周りが変わることを感じ取り、それを自分自身の喜びとするという気持ちがないと無理かなという感じがしています。そうでないと、ストレスのもととなったりしますから、その場合は、よくない結果になりがちです。
7. Posted by POOHママ   2006年02月02日 00:04
あー反省。
学年を組んでいる初任者の学習能力のなさに、「人間性の問題」とおもってしまいました。そう思う私自身の人間性の方が問題かなー。
8. Posted by toshi   2006年02月02日 04:42
POOHママ先生。
いやあ。上記のような記事を書いておきながら、以下のようなことを言うのはなんですが、でも、一人をとり上げると、それはいろいろな例があると思います。
 わたしにしたところで、めったにそういう初任者はいないにしても、はしにもぼうにもかからない初任者というのは確かにいました。
 まあ、学校とか、学級とかの単位で考えれば、言えるということだと思います。

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