2006年02月08日

補 足(2)

hana3 『陰山学級物語掲示板』では、活発な論議が展開されていたが、『水掛け論になりそうだから、やめましょう。』という提案がなされ、また、物議をかもしたようだ。
 ブログに限らず、掲示板も、ホームページも、管理者のものでありながら、市民共有の財産でもあるのではないか。仲間内だけで他は受け付けないと言うなら、公開しなければよい。(これからは、そのようにして運営していくのかな。)
 
 一般市民は皆、あの論の展開から多くのものを学んでいたにちがいない。まさに民主主義そのものではないか。それを一方的に打ち切ろうとは、『わたしは、変わることはありません。』と宣言されたようで、まことに残念だ。

 また、まじめに論議に参加していた、市民、教員、保護者は、肩すかしをくらったような気持ちになっただろう。

 まあ、水掛け論と思われるのであれば、それは仕方ないが、しかし、これはもう、実践が証明する。保護者、子どもからいただく声、子どもの学びの姿によって、その妥当性は証明されるだろう。
 

 でも、この『水掛け論』は、わたしが思うに、学習指導要領が総花的なことに原因がある。国は、どうしても、いろいろな方の意見をとり入れるから、無難なところに落ち着くといった感じだ。

 具体的に言うと、『基礎・基本の重視』と、『生き方の教育・豊かな人間性』の両論併記だ。そして、併記はするが、その両者の関係をどう見たらいいかについては、まったくふれない。だから、各人、自分に都合のよいように、勝手に解釈してしまう。

 わたしは長い間、この両者は対立し合う概念と思っていた。いや。わたしだけではないのではないか。上記掲示板でも、どちらが大切か、どちらでいくべきかという側面があったように思う。

 でも、わたしは、両者は、対立する概念ではなく、密接に融合し合う概念なのだと思うようになった。

 それを示す、むかしからのことわざがある。それは、『好きこそ物の上手なれ』だ。
 まず、『好き』になること。させること。『興味・関心・意欲・態度』それだ。そう。『楽しい学習』を推し進めることだ。
 そして、『意欲的に学ぶからこそ、基礎・基本が身につく』という確信のもと、日々の授業を行うことが大切だ。

 教材研究も、子ども一人ひとりの学びの姿を見つめるのも、そうした確信のもとで行うことが大切だ。

 とかく、『活動あって学びなし』。つまり、『子どもは確かに楽しそうに活動していたが、いったい本時、子どもたちは何を学んだというのだろう。』といわれてしまう授業があるのだが、これは、訓練主義の弊害と対極をなす位置で、やはり問題にされるべきだろう。

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本記事以後、陰山氏は大阪府教育委員となり、大変重大な発言をしました。そのことにふれた記事にリンクします。

    ああ。どうなってしまうのだろう。(3)

rve83253 at 23:22│Comments(33)TrackBack(2)教育観 | 指導観

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娘の桜は小学1年生。 親も初めての学校生活体験。 もうすぐ1年間が終わり・・・ 何もかも初めてさん。 では?なくなる。

この記事へのコメント

1. Posted by こだま   2006年02月09日 01:32
Toshi先生、こんばんは!

私がまだ塾の業界に入った間もない頃、子どもたちを楽しませるという意味を勘違いして、ギャグを連発して楽しませ、授業を盛り上げていく…、と大きな誤解をしている時期がありました。本当は黙々と問題を解いて、外見からすれば全然楽しくしているかどうかもわからないのですが、実はそうした時間が子どもたちにとって楽しいひとときになりうるんだと知ったのはだいぶ後になってからのことです。「好きこそ物の上手なれ」ですね。
2. Posted by Hideki   2006年02月09日 02:13
私は、ネットコミュニティにおいては、色んな立場や視点から物事をみれる司会進行役がいないと、議論は成り立たないと思っています。

その昔、知恵市場というものに参加していましたが、そこには「ネットDJ」という存在があり、それによって昇華された議論ができました。

議論しようとおもったら、きちんと相手の言うことを受け止めて、その前提や趣旨を理解し、それに筋道の立てて、自分の意見をいうことが大切です

議論の仕方
http://iwatam-server.dyndns.org/software/giron/giron/

でも、最初から受け止める気がなく、「かわし(論点の違うテーマをぶつけて混乱させる)」「ぼかし(抽象的な話題で煙にまく)」「あおり(宣伝したいだけ)」で返すだけで、肝心な部分の話に踏み込んでこない以上、議論にすらなってないですよ。

3. Posted by Hideki   2006年02月09日 02:13
まあ、自分が拠り所としてやってることを信じて疑いたくない気持ちは分かります。
ただ、その危険性の指摘に対して、聞く耳をもたず取り合わないというのは怖い。

とくに学校教諭も結構いらっしゃるようで、それが気がかりです。

最後は、各々の自己の責任と判断で、っという事になってくるだろうと思いますが、それならその意思がある人たちだけにして欲しい。義務教育課程で全ての子どもに対して否応なしにやらされてしまうのだけは、まじめに勘弁して欲しいです。
4. Posted by NANA   2006年02月09日 07:44
私は自分自身が『勉強嫌い』である事に苦しい思いを抱えていました。知識欲が直接『お勉強』につながらないのです。何とか『お勉強』とは別の手法で欲しい知識を得よう!と、遠回りの繰り返しです。もう大人なのですから、訓練を強いられるような事はないはずなのですが『お勉強』と言う言葉に何かマイナスのイメージを持っているのでしょう。『わかる』ことの面白さを味わったり、感銘を受ける文献に出会い引き込まれた経験はあります。でもそれは大人になってからで、子ども時代に培われたと思われるイメージの柵から抜け出せなくて困っています。

そんな弱い私なので、今回の論争はちょっと遠巻きに見させていただいておりました。皆さんの論がちょっと私には難しくて『落ちにくかった』と言うのも正直なところです。
5. Posted by NANA   2006年02月09日 07:44
ですが今回の先生の言葉。
『子どもは確かに楽しそうに活動していたが、いったい本時、子どもたちは何を学んだというのだろう。』
これは私、とてもわかりやすく落ちました。やっと論争がなぜ?争となっていたのか?が見えたように思います。
楽しさも、厳しさも、提供された物であっては得るものは少ない。『自ら欲する力』がキーワードでしょうか?

今日は今学期最初で最後(たぶん)の学校へお邪魔できる日。オープンスクールと呼ばれる参観の日です。何が見れるか?楽しみに行って来ます。
6. Posted by こだま   2006年02月09日 10:22
すいません。再度、コメントさせてください。

>とかく、『活動あって学びなし』。つまり、『子どもは確かに楽しそうに活動していたが、いったい本時、子どもたちは何を学んだというのだろう。』といわれてしまう授業があるのだが、これは、訓練主義の弊害と対極をなす位置で、やはり問題にされるべきだろう。

現在、ゆとり教育がおかしいとつつかれているのは、まさにこのような授業をさして言っているのだと思います(私も授業参観などでこのような授業を時々見かますので問題だなと思ってしまったことはあります)。
7. Posted by こだま   2006年02月09日 10:23
私自身「ゆとり教育」は大賛成なのですが、実際の教室現場で、『活動あって学びなし』的な授業を「ゆとり教育」と勘違いしてとらえ、否定派の人たちが(学力低下議論を味方につけて)訓練主義にもどそうとしているのがここ2,3年間の教育界の流れのような気がします(学力低下が「ゆとり教育」のせいではないというのは「ゆとり教育」のせいではないというのは、「ゆとり教育」導入の時期を考えればだれでもわかることなんですが、・・・自分の意見を通すためには何でも使ってやれ、ということなんでしょうね)。
8. Posted by こだま   2006年02月09日 10:23
もう一度、「ゆとり教育」の本来の意味をしっかり見直し、その上で現場での授業のあり方をスキルとしてとらえることも必要ではないかと思います。その意味で、学校と塾のある種の交流はありかなと思います。(このことは学校の先生方は嫌がる方がたくさんいらっしゃるかもしれませんが、一部の塾の授業はかなりヒントになるべきものがあるのは確かです。塾は詰め込みばかりと勘違いされている向きはありますが、中にはすごい授業があります。私はそのような先輩のすごい授業が現在の考え方の基礎になっているような気がします。その中でも最も影響を与えられたのは、「授業を聞かないのは子どものせいにしてはいけない」というアドバイスです。)
9. Posted by Hideki   2006年02月09日 11:04
Toshiさんからのコメントへのレスでも書いたことですが、

私は、ゆとり教育発足時の概念・狙いは間違ってなかったと思います。ゆとり教育という言葉が悪すぎたから、間違った方向にいった感じがします。

「創造力・自律性(自立じゃないです)・思考力創出の教育改革」とかみたいに、狙いをはっきり打ち出した表現にすべきだったと思ってます。

その点、「言葉の魔力」というのは大きいですね。
どんどんと独り歩きしちゃう。

「ゆとり教育」と表現すると、「ゆとりを与えること」だけが目的に見えちゃいます。

目的は決してそれじゃないはずなんですよね

と思ってたら、今日の新聞に、「ゆとり教育の見直しは詰め込み教育への回帰ではない」という文科省のコメント記事が載っていました。これが本当なら、まずはちょっとだけ一安心しました。
10. Posted by まき菱   2006年02月09日 22:01
一保護者としては、どこの流派に属していようといなかろうと、約束を守ってくださる先生が良い先生だと思います。
指導要領が最低基準なら、駆け足をしなくても終わらせてくれること。九九や少数・分数がわからないまま小学校を卒業することがないようにすること。
これは、約束だと思います。

その為の方法は、いろいろあって良いのではないでしょうか。「I am OK. You are OK.」でいきたいものです。
11. Posted by キテイ   2006年02月10日 14:21
個人的には、右脳(詳しくは知りませんが)が発達している幼稚園までの段階から少しずつ左脳への取り組みをもっていくのが学校教育の役割のような気がします。そのための読み書き計算だと私は解釈しているのです。それを少なくとも低学年から昨日までの自分との比較だと意欲を高め?タイムを計ることが、果たして左脳へ働きかける役割なのかどうか?むしろ、子供に覚えればいいのよ的な考えを植え付けてしまう危険性が高いのではないかと危惧しています。創意工夫を育むことを重視して
いくべきではないのでしょうか。
自由に絵を描きさえすれば、工夫がいっぱい生まれてくるんです。オリジナルの発想がたくさんでてきて奥深さを感じてきます。あとは、よっぽど危険なことがない限りは自由に遊ぶ時間も大切だとおもいます。
12. Posted by 漢字は苦手   2006年02月10日 15:17
先生おめでとうございます。
なんと、一位です。
ペンは権より強し。
13. Posted by 今日   2006年02月10日 17:12
Toshi先生のが、消えたので、もう、終わりかと思っていました。
のんきな者ですね。

ところが、昨日、こだまさんの所に行きましたら、
続いていたのですね。

皆様、ご苦労様でした。
公で、このようなことが交流される事、大切ですね。

TB,させて頂きました。
14. Posted by 卯月   2006年02月10日 21:59
こんばんは。コメントを書くのは2度目です。

わたしも掲示板を読んでみましたが、ちょっと宗教的なくらい他の意見を聞き入れない頑なさを感じました。

「知識だけの詰め込み教育ではいけない」というところから、「考える力を育てる」ことに重点を置き教育課程が再編され、いわゆる「ゆとり教育」が作られたと思うのです。
でも、それを勘違いしている教員がたくさんいたんですよね。「ゆとり」という言葉の表面だけをなぞった…そして「これは間違いだった」と否定する…はっきり言って、こういう先生は、ことの本質が考えられないんだろうと思っています。
「ゆとり教育」が間違っていたわけではなく、「あなたの捉えが間違っていたんじゃないですか?」と言いたいです。
15. Posted by toshi   2006年02月11日 07:37
こだま先生。
 おっしゃることのすべてに賛同します。『ゆとり教育』は、大事です。『豊かな人間性を育む教育』と言えば、よかったと思うのです。
 『ゆとり教育』発足のころ、よく、台形面積の公式も教えなくなったと言われましたよね。でも、これなど、こだま先生はじめ、思考力を育む教育を推進する立場からすれば、大変好ましいことだったわけですよね。
 教育現場の問題と、『ためにする』反対論とで、訓練主義の台頭を招いてしまったことは、本当に残念です。
 少しでも、わたしたちの思いが理解していただけるよう、がんばりたいですね。
16. Posted by toshi   2006年02月11日 07:50
Hidekiさん。
 議論の仕方。大変勉強になりました。ありがとうございました。『かわし・ぼかし・あおり』と聞くと、『ああ。今の日本は、こんなのばかりが横行しているなと、嘆かわしくなりました。論点で勝負できないと感じると、こういう手を使うのでしょうね。
 『ゆとり』の言葉がよくなかったというのも、まったく賛成です。正しい概念を伝える言葉ではないですよね。教員まではき違えていた点があったことは、公教育に携わっていた者として、ほんとうに申し訳なく思っています。
 その点も、このブログを通し、明らかにできればと思っています。
17. Posted by toshi   2006年02月11日 08:01
NANAさん。
 おっしゃる通りです。勉強というものは楽しい訳がない。『忍耐、我慢、苦痛』を伴うものだ。それにうちかってこそ、勉強の意味があるというものだ。そんな価値観が確かにあると思います。でも、それでは、NANAさんのおっしゃるようになってしまいます。
 特に小学生段階では、『学習は楽しいもの』、そういう意識にさせたいものですね。こだま先生もおっしゃっていたけれど、『充実感を伴う楽しさ、分かる楽しさ』と言ったらいいでしょうか。
 それには、NANAさんのおっしゃるように、『自ら欲する』気持ちを養う教育が大切です。それが、『興味・関心・意欲・態度』ですね。
 『生き方・学び方』にかかわる教育は、人間の一生を支配すると言ってもいいかもしれません。だから、大人になってから、これを脱しようとするには、大変な努力がいるのですよね。NANAさんは、そういうこともおっしゃっているような気がします。
18. Posted by toshi   2006年02月11日 08:13
まき菱さん。
 こういうことを言われてしまう現状があることを認めざるをえないのも、公教育に携わる者として、情けない思いになります。申し訳ないです。
 ただ、その『約束』を果たすための『流派(?)』なのですけれどね。
19. Posted by toshi   2006年02月11日 08:19
キテイさん
 コメントを読ませていただいて、お答えになっていないのですが、次のようなことを考えました。
 訓練主義の人は、人間への不信感があるのではないでしょうか。こうしないとやる訳がないというような。
 子どもを信頼し、子どもの主体性を重んじ、やる気を養うと、子どもって、大人が思いもしないような、すばらしい面を発揮するようになります。
 そんな実践も、これから書いていきたいなと思います。
20. Posted by toshi   2006年02月11日 08:34
漢字は苦手さん
 ありがとうございます。
 自分でも、びっくりしました。皆さんのご支援のおかげ。感謝しています。
 ますます、張り切っていこうという気持ちになっています。これからもよろしくお願いします。
21. Posted by toshi   2006年02月11日 11:40
今日先生。
 TBありがとうございました。
 それで、今日先生のブログを皮切りに、いろいろなブログをのぞいていました。こだま先生のブログにコメントさせてもらったりして、なんか、小旅行をしていた気分です。わたしの方こそ、のんき者で、いろいろな波紋を巻き起こしていたのだなあと、あらためて知りました。
 これからも、どうぞ、よろしくお願いします。
22. Posted by toshi   2006年02月11日 11:44
卯月先生。
 おっしゃる通りと思います。わたしたち、教員も、はき違えていたのですよね。そして、マスコミの論調にも、惑わされてしまったのだと思います。
 若い先生が、けっこう無自覚に百マスをとり入れているのを見ると、ちょっと身につまされ、ほんとうの子ども主体の学習とはと、話しています。
23. Posted by キテイ   2006年02月11日 12:22
お返事ありがとうございます。訓練主義。。考える学習をすすめる会の学習掲示板で城内先生から、ある社会人について書かれてあるブログを紹介されました。正直いって、根が深い。。そう感じました。たまたま先日は計算についての議論でしたが、陰山先生がコメントされていらっしゃるように、子供の変化に追いつかないということは、私たち親の育てかたに問題があるような気がいたします。習い事、遊ぶ環境、すべてにおいて、子供の意思で人と関わる時間が全くないような世の中での子育てについてもっと反省しなければならない事がたくさんあると痛感しています。今の子は自由に遊べないんです。習い事で忙しいのと、治安の悪さがそうさせているのですが、、、、。
24. Posted by キテイ   2006年02月11日 12:37
家でも以前まで、習い事をさせていました。一言でいうと続かなかった(もっと遊びたい)だけなので、これも、そこまでだったと思うようにしたのですが。何も習っていない子なんて家の子以外に一人だけなんです。その事に対して、恥ずかしいと感じているわが子。これも、変な世の中になったなあと感じているひとつでもあります。習い事が決して悪いのではなくて、子供が毎日24時間、支配されているような環境(与えられたものをこなす)が、意思や意欲を失っているような気がします。遊びの中から試行錯誤さえも失いつつある時代で、
20年後、この子らが子供を育てた時を考えるとぞっと
するのは私だけでしょうか。。
25. Posted by まき菱   2006年02月11日 18:03
すみません。toshi先生が悪いわけでもないのに、あのようなことを書いて・・・。
でも、現在、息子のクラスがすごいことになっているのです。
「小4の算数が分かれ目だ」と、言われています。
その小4の算数が、クラスの半分を置いていくようなスピードで、それでもやっと三学期の範囲に入ったところです。1〜2ヶ月分、遅れています。
1学期は、丁寧な進め方だと感心したのです。でも、結果がこれでは支持できません。今の状況は、半端な詰め込みじゃないですから。
先生は指導法を選べますが、子ども(&親)はそれを受け入れるしかありません。理不尽です(TT)。

26. Posted by りさこ   2006年02月12日 00:26
toshiさん、こんばんは。こだまさんのブログから参りました。
「祝婚歌」、場違いな転載でしたのに
お声かけてくださいまして、どうもありがとうございました。
ご結婚なさった年齢のお子様がいらっしゃるようなご年配の方とは
思いもしませんでした。
あの書き込みは、論点をはぐらかそうと思ってしたことではなかったのですが、
ただ皆さん、…論点に焦点が集中しすぎて、
光の集まった焦点に点く火のようになりそうで(笑)、
遠巻きに拝見していて冷や冷やします。
ちょっと、ここらで深呼吸してみては?と思ってのことでした。
(要らぬお節介でしたね)

ブレない親でありたいといつも思っている、
教育者ウォッチャーの一人のつぶやきとお笑い下さいませ。(^_^;)
27. Posted by toshi   2006年02月12日 06:31
キテイさん
 おっしゃること、よく分かります。
 お願いですが、近いうち、キテイさんのこのコメントを引用させていただくかたちで、コメントしたくなりました。
 よろしくお願いします。
28. Posted by toshi   2006年02月12日 06:38
まき菱さん
 そうですか。担任は今、あせっているのでしょうね。
 やはり、公教育に携わる者として、ほんとうに申し訳ないと思います。
 わたし、初任者に対して、そういう点も気にかけながら指導しています。
29. Posted by toshi   2006年02月12日 06:45
りさこさん
 こだま先生のブログでのコメントでしたのに、わざわざ、ありがとうございます。
 失礼があったかもしれません。その点はお詫びします。おっしゃること、よく分かりました。
 ただ、うれしくもありました。なつかしかったのです。
 わたし、もう、孫が3人います。どうぞ、今後とも、よろしくお願いします。
30. Posted by NANA   2006年02月16日 00:11
以前、学校のスタンスがつかみきれない。と言う件で『通知表』の記事の中で、先生にもアドバイスをいただきましたのに・・・。
やはり、学校との連携を考えないわけには行かず、早くも年度内に少々に詰まってしまいました。

先生のこちらに記事と絡めてTBさせていただきました。(今回は手順的にきっといけると思います)
私の記事は『簡潔に』が大いなる課題になっていまして・・・。またまたダラ〜〜っと長いですから。TBも私の自己満足ということでお許しいただき、お聞き流していただいても結構です。
31. Posted by そら   2007年03月07日 04:36
初めまして。
突然1年前の記事へのコメント、脅かしてすみません。

この記事にたどり着いて、かつて「道草」で起こった(私が起こしたことになっていますが)ことと、今「道草」で起こっていることとの共通点が多いことに気づきました。

「陰山掲示板」で起こったことを、また「道草」は繰り返している。私には両者に似たような排他的、閉鎖的な空気を感じます。

こだま先生やMr.Hotcakeさんが信用されている、あなたからの忠告なら、素直に聞いてくれるのではと思い、コメントいたしました。

的外れな解釈だとすれば、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

それでは、失礼致します。
32. Posted by toshi   2007年03月07日 23:01
そらさん
 ごめんなさい。わたしは、ご両人に忠告なぞする立場ではありません。ご理解ください。すみません。
33. Posted by そら   2007年03月08日 13:41
そんなに謝らないでください。こちらこそ、無理なお願いをして申し訳ありませんでした。

あの方の高いプライドからして、もはや外部からの指摘は逆効果でしかない思い、一筋の光明をみつけた気になってしまいました。

なかなか信じてもらえませんが、私は「考える学習」の支持者です。ただし、他の指導法や学校、教員を誇張した事実を元に一方的に批判することには何の生産性も感じません。

なぜなら、現代の教育の危機(=学校の危機、教員の危機、地域の危機、家庭の危機、こどもの危機、日本の危機)を乗り越えるためには、公教育と塾、あるいは塾と塾がいがみ合っている猶予はないと感じているからです。

薩長幕大連合で行きたいんですけど…難しいですね。

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