2006年02月13日

思考と知識と4

a1c093f0.JPG 昨日までの記事について、今日は、実践的に論述したいと思う。

 2月4日の記事に、次のようなことを書いた。

 現代における教育の目的についてだが、

 『思いやり、豊かな人間関係の構築、人権意識をしっかりもつこと、じっくりものごとに取り組み、豊かな思考力を養うこと、豊かな感性』。

 一言で言えば、『豊かな人間性』の構築と言えよう。

 そして、さらに論をすすめれば、『民主主義社会を守り育てる人材の育成』とも言えるのではないか。


 しかし、一般的には、知識・計算などの技能を身につけさせることが大切と言われる。

 もちろん、それも大切だ。ただし、生きてはたらく知識であり・技能だけれどね。


 そこで、ここでは、豊かな思考力と、記憶力とは、一致するのか考察してみたいと思う。


 まず、結論から述べてしまうが、

 子どもは個性的な存在であるため、双方とも申し分ない子もいれば、どちらか一方に秀でる子もいる。どうも、思考と記憶は、脳の中で受け持つところが異なるようなのである。


 さて、舞台は、6年生の社会科の学習である。古墳時代を学んでいる。

 地域には、日本で最小の前方後円墳と言われる史跡があるので、そこを見学し、それと、仁徳天皇陵(当時は疑いもなくこう呼ばれていた。)を比較しながら、学習を進めた。比較方法は、写真だったり、双方の古墳の大きさを視覚的にとらえられる資料だったり、また、双方の地形図も用意したりした。

 当時の、古墳を築いている想像図は教室に掲示してある。


 子どもたちは活発に話し合い学習を展開した。

 『広い平野は米作りが盛んだろう。米作りが盛んなら、富もいっぱい蓄えられるに違いない。近くの小さい国を攻めて配下にして、どんどん大きな国になっていったのではないか。

 巨大古墳はその象徴だろう。古墳の大きさが、権力の大きさを示していたから、作らされる人はたまらないが、きっとこき使われただろう。絵を見ても、強い豪族がむちのような物を持って、重い物を運んでいる人をこき使っているようすがよく分かる。

 しかし、わたしたちの町には、大きな平野はないから、きっと米もそれほどは作れなかったに違いない。したがって、権力の強い豪族は育たなかったのではないか。』

ということをつかんでいった。


 こうした概念は、自分一人でいくら考えたって到達するものではない。

 やはり、学級という集団のなかで、お互いに意見を出し合い、意見が対立すれば、何とか自分の考えの正しさを追求するし、

 また、友達の発言がきっかけとなって、深い概念を思い描いたりして、ますます価値を深めていくのである。まさに、思考力の真骨頂と言えよう。



 さて、この単元が終わって、テストをやったのだが、何とも、はや、言いようのない出来事があった。


 テストは、上記のような学習の成果を問う問題にしたいから、自作である。

 ただ、そのなかに、( )に『前方後円墳』という語句を入れる問題もつくった。
これは完全に知識を問う問題だったといえよう。


 驚いたのは、上記話し合いのなかで、価値ある発表をしていたうちの一人Aちゃんが、この問題を解けなかったことだ。

 何と、『しゃもじ型古墳』と書いたのである。多くの子が高得点を得たなかで、Aちゃんは40点台だった。

 いくら、思考と暗記は脳のつかさどる場所が違うといったって、これほどの差を感じることになるとは、ショックだった。


 さて、テストを返しながら、わたしは言った。

「みんな一生懸命勉強したことはよく分かっている。だから、点数はすごくよかったよ。でもね。ひとつ、何とも考えさせられる答えがあった。それはね。前方後円墳と答えてほしかったところで、『しゃもじ型古墳』て書いた子がいたことだ。

 『なるほどな。』と思ったよ。確かにおしゃもじの形に似ているよね。

 それで、思ったのだけれど、この前みんなで見にいった古墳は何て言ったっけ。」

「ひさご塚でしょう。」

「そうだね。そのひさごだけれど、これは『ひょうたん』のことだったね。確かに、古墳はひょうたんにも似ている。むかしの人は、その形から連想して名前をつけていたのだったね。だから、そのころなら、『しゃもじ型古墳』という答えは正解だっただろう。古墳の名付け親になったかもしれないね。〜。」

 そう言って、×は×だけれども、フォローしてやった。


 それにしても、この『しゃもじ型古墳』。珍答として、笑いとばしてしまう教員もいるのではないか。

 でも、それではかわいそうだ。Aちゃんは、こういう問題でも、いっしょうけんめい思考力を発揮していたことが分かるではないか。


 Aちゃんは、暗記が苦手なようだった。なかなか覚えられないようだった。

「覚えたつもりなんだけれど、忘れちゃうんだよなあ。」
が口癖だった。

 でも、授業中の活躍があるから、そんなにひどい評定ではなかったけれどね。


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rve83253 at 23:49│Comments(12)TrackBack(0)教育観 | 児童観

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この記事へのコメント

1. Posted by モニママ   2006年02月14日 10:10
こんな授業ならとても楽しいでしょうね。
覚えることだけじゃなくて、考えることができる。
最近の子どもたちは、授業でも考える力を「正しい答えはなにかを考える」ことに使ってしまっているみたいに感じています。
生活の中でも、そう感じます。
なんとか、真に考えることを日常にしたいと思って努力しているんですけど、難しいですね。
2. Posted by アロマぽっと   2006年02月14日 12:16
子どもによって得意とするところはいろいろですから、Toshi先生のように子ども達に向き合って下されば、み〜んな自信がもてますね。
参観日に行きますと、ホント、手を挙げないんですよ。指名されれば、答えていますが・・・
子どもに聴くと、間違えると笑われるし、先生もびっくりした顔をする、だから、答えたくないんですって・・・。
「みんなちがって、みんないい」。考え方が違うからお互いに学びがあると思っています。相手の意見を聴く耳を大人も子どもも育てられると良いのになぁ〜。
3. Posted by Hideki   2006年02月14日 13:04
私見ですが、「思考」「発想」「知識」は各々別なもののように感じています。

思考は「深い」、発想は「豊か」、知識は「広い」というように、各々に求められるものが違う。

思考:考える道筋…論理的思考といってもいいかも
発想:思いつき・ひらめき…着想のほうがいいかな
知識:知っていること、覚えていること

もちろん、連動する部分は大きいです。知ってることが多いほど、多様な発想ができるし、幅広く思考できますよね。

そして、これら3つがあわさって「知恵」になると思ってます。

それはさておき、「しゃもじ型」とした発想をほめてあげたいですね

> だから、そのころなら、しゃもじ型古墳は正解だろう。

それにしても、Toshi さんのこの褒め言葉…見事です!
こういう思考が瞬時でできる点、本当に尊敬します
4. Posted by toshi   2006年02月14日 21:00
モニママさん
 《考える力を「正しい答えはなにかを考える」ことに使ってしまっているみたいに感じています。》
 ありがとうございました。これ、いい言葉だなあと思いました。
 電車の中などで見る進学塾の広告に、これを感じていました。今どこかの○×式塾も、テレビなどで、『考える力』をと言っていますね。
 これらは皆、モニママさんのおっしゃる考える力なのでしょう。
 人生に正答はないので、あるいは、正答だらけなので、何とか、正しい意味の『考える力』を大切にしたいと思います。
5. Posted by toshi   2006年02月14日 21:09
アロマぽっとさん
 高学年になると、どうしても、挙手しない傾向が出てきますね。わたしが今勤務している学校でも、そういう姿が見られます。
 一般的に言えることは、どうしても、子どもの思いより、担任の思いが教室を支配してしまうことに、原因がありそうです。
 まじめに、真剣に学習に取り組んでいる限り、子どもの言うことに寄り添っていけば、学習は成立するのですけれどね。
 ただ、子どもの思考が這い回ることはあるので、どれだけ、我慢できるかということもあります。
6. Posted by toshi   2006年02月14日 21:16
Hidekiさん
 いつもありがとうございます。
 おほめいただいて恐縮です。瞬時の判断が要求されることは確かですね。でも、失敗と反省も多いのです。『これはいい。学習問題になる。』と思ってとり上げても、その子だけの問題意識で、他の子に全然響いていかないなどということもあります。
 誤答にもまったくでたらめの誤答はあまりなく、『なるほど。こう考えたから間違えてしまったのか。』というのが大部分です。したがって、誤答を丁寧に採り上げることは、より深い理解につながりますね。
7. Posted by Y   2006年02月16日 11:41
 知識を暗記して憶えようとするから憶えられないんです。学校の授業時間内では知識を教えられるほど時間が取れないはず。もっと小さいときからの先行教育が必要ですね。

 ただ、小学校のテストで出て来るくらいの知識問題はそんなに多くないから、そのくらいは全員がテスト前に憶えられるような工夫(宿題に出すとか)が欲しかったですね。

 ところで、この子は間違えたあと憶えるように学校では指導されたのかな?このテストをもう一度やって、その時にその子が書ければ、「覚えたつもりなんだけれど、忘れちゃうんだよなあ。」という気持ちは払拭できるはずですが。

 誤答を生かす工夫も必要ですが、子供に苦手を作らない工夫も必要だと思います。。。
8. Posted by toshi   2006年02月18日 09:26
そうですか。
 ご教授、ありがとうございます。
9. Posted by 柴田勝征   2009年08月20日 14:01
5 「おしゃもじ古墳」というのはいいですねえ。私は、むしろ、他の生徒たちが「前方後円墳」という言葉の意味、すなわち「前」=>「方形(四角)」、
「後」=>「円」、をちゃんと理解したかどうかの方が気になります。toshi先生の授業だからそのあたりの手抜かりは無いでしょうけれど...。どうせなら「カク・マル古墳」というのはどうでしょうかね。
> いくら、思考と暗記は脳のつかさどる場所が違うといったって、これほどの差を感じることになるとは、ショックだった。
 大学のテストでも、日常の授業から見て明らかに非常に優秀な学生が、学期末のペーパーテストでの点数はそれほど良くない、ということはよくあることなんです。テストの出題範囲が限定されていて、解答時間も1時間とかのような短時間に限定されていると、実力が充分に発揮できない学生がいるのです。そういう学生は、自分で関心を持ったテーマについて、時間を限定せずに、と言っても、1ヶ月とか3ヶ月とかの長期の検討期間を与えて、どういう手段を用いても良いから、そのテーマについて自分で納得できる解答を見つけなさい、と言うような課題を与えると、驚くような見事な結果を出す事があります。
10. Posted by 柴田   2009年08月21日 10:15
5 ところで、toshi先生、「前方後円墳」て、どうして「方(4角)」が前で「円(マル)」が後ろなんでしょうねえ。「方」が後ろで「円」が前の方が自然な感じがしませんか? 非常に不思議だったものですから、このことについて書いてあるインターネット・サイトを検索してみたら、「よくある質問」ということで、いろいろな人がいろいろな説を解説している面白いサイトが見つかりました。未だご覧になっていなければ、ぜひ一読をお勧めします。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa108995.html
11. Posted by 柴田勝征   2009年08月21日 10:16
少しだけ、さわりの部分をつまみ食い的にご紹介すると、
回答者:ekubo  柳田國男や折口信夫は、古代の先祖信仰は、山にあったといいます。円錐形の甘南備山といわれるものです。拝殿がなく、山自体をご神体とし祀ります。(中略)柳田・折口、谷川の考えからすると、こんもりした山の前に拝殿を設置する。先祖の魂の奥城(おくつき)である円墳のまえに拝所としての方墳を設置する考えは、より昔からと言えるでしょう。
回答者:noname#21649  前方後円墳は有名ですが.前円後方墳や前方後方墳も数が少ないのですがあります。ですから.丸と四角があった場合に.必ずしも前方後円墳とは限りません。
回答者:redbean  「前方後円墳」のネーミングは、寛政三奇人のひとり、
蒲生君平によるものです。蒲生は、横から見た形を貴族の乗る屋形車に見たてて、
方墳を引き手、円墳を車としたためにあの前後関係に
なったようです。
12. Posted by toshi   2009年08月21日 23:22
柴田勝征さん

 わたしも、『前方後円墳』は間違いという話は聞いたことがあります。
 今、教科書も、仁徳天皇陵とは書いてなくて、大仙古墳なのですね。
 このように、歴史も、世の中の移り変わりによって、真実が変わっていきますので、そのうち、教科書から、前方後円墳という言葉もきえていくかもしれません。

 大学生のお話も興味深く拝見しました。そういう意味では、小学生と同じなのですね。

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