2006年02月14日

保護者の皆さんへ(1)4

db049142.JPG このブログも、多くの保護者の方が読んでくださり、コメントも寄せてくださる。大変ありがたい。そして、保護者の方の悩みも多いことや、その内容を知るにつれ、このブログが少しでもそうしたことのお役にたてば、うれしいと思うようになった。

 わたし自身、教員であると同時に、2人の娘の父親でもあるので、その経験が少しでも生きることを願い、そうした記事もこれから載せていきたい。

 保護者の方の悩みは、

考える力を養うことの大切さは分かるが、訓練的な学習も捨てがたい。

自分自身理想的子育てのあり様を描いてはいるが、現状の子どもを取り巻く環境はお寒い限りだ。

自分は子ども時代、消極的だったり、いじめにあったりして、いやな体験をしたので、我が子だけには、そういう思いをさせたくない。

我が子の性格が、どうも豊かな人間関係の構築にそぐわない傾向があり、もう少し、友達関係をうまく築くことができればと思う。

 くくるわけではないが、そうした声が印象に残っている。

 今日は、そのなかの一つ。家庭でもできる思考力の育成について書いてみたいと思う。


 その前に、何かの本で読んだのだが、2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏の話がある。
 お孫さんが、3歳のときだった。ポツンと言ったそうである。風の強い日だったのだろうか。
「日本中から木を切ってしまえば、風は吹かなくなるのにね。」
小柴氏は、このお孫さんの言葉が、とてもうれしかったようである。

 お孫さんがどういうふうに考えたか、分かるだろうか。

 これは、扇風機の発想だろう。あるいは、うちわかもしれない。『動くものがあるから、風が起きる。』
 樹木が大きく揺れ動く姿を見て、それで風が起きると考えたのだろう。

 思考力とは、こういう側面をもつ。つまり誤答なのだが、その発想、イメージはうれしくなるほどの感激を伴うことがある。この場合、比較関連思考と言ってよいだろうか。

 さて、我が家の娘、長女は今、32歳。その娘が小学1年生だったときのことである。娘がわたしに、不思議そうに言った。
「お父さん。今日、社会科で学校探検したのだけれどね。不思議なことがあったのだよ。」
「なんだ。何があったの。」
「図書室へ行ったのだけれど、そこにね、水道があったんだ。だから、不思議だったの。」

 ここまでだと、いったい何が不思議なのか分からない。

「だって、おトイレにあるのなら分かるんだけどね。何で図書室にあるのかなって思ったの。」

 わたしは、社会科の人間だから、ここまで聞くと、
『おっ。いいぞ。そう。そう。自分の家の本は、自分のものだけれど、学校の本は、みんなのものという、公共性をとらえる上で、かっこうの学習問題となりうる。』と、興味津々となった。


 それで聞いた。
「それ、気付いたの。A(娘の名)だけかい。お友達に言ったの。」
「うううん。言わない。だって、なんか変なことを言うなって思われそうだったから。」
「そうか。じゃあ、先生にも言わなかったのか。」
「うん。言わない。だけど、探検した後で書いた作文には、そのことも書いたよ。」

 数日後、担任がそれを学習問題としたかどうかを聞いた。
「うううん。そんなこと、ないよ。先生は何も言わなかった。」


 この一連の流れのなかで、親として必要な態度はどうなるだろう。

不思議だという子どもの思いに共感してやることだ。いや、それ以上に、『おもしろいことに気づいたじゃないか。』『お友達の誰も気付かなかったことに気付いたっていうのは、たいしたものだよ。』そうほめてやることだ。

すぐ答えを言ってやる必要はない。むしろ、『確かにトイレなら、手をきれいに洗うっていう意味があるよな。』などとかえすだけでいい。

子どもが、『答えはこうじゃないか。』と言ったとする。その場合でも、正答か誤答かはたいして重要ではない。それは先のお孫さんの例でも言える。『おもしろい考え方をするものだな。』『実に深く考えているな。』そういうことが大切なので、その線で言葉をかけてやりたい。

先生は多分、感想は感想、学習は学習と分けていたに違いない。だから、『おうちにある本と、学校の図書館にある本は、どんなところが違いますか。』などと発問したのではなかろうか。それだと、切実性に欠ける。せめて親だけでも、子どもの思いに、寄り添ってやりたいと思った。

 また、数日後、聞いた。
「どうだ。図書室に水道があるわけは、分かったかい。」
「うん。多分だけれどね。図書室で本を読むときは、手を洗ってから読むんだって。本がよごれちゃうと、他の子が読むとき、いやでしょう。だからじゃないかなあ。」
「おうちでは、手を洗わなくてもいいのか。」
「うん。だって、わたしの本はわたしのだもの。」

 まあ、こんなやりとりを覚えているのも、わたしが教員だからだろう。ふつうの親なら、この程度のことはすぐ忘れるにちがいない。先ほどの、小柴氏の話も同様だ。

 でも、覚えておく必要はない。

一番いけない親の態度は、『何ばかなこと言っているの。』『そんなの決まっているじゃない。〜よ。』などと反応してしまうことだろう。子どもとの会話を楽しむ心境になったらすばらしいと思う。

すぐ答えを言ってしまうのも、考える時間がなくなるから、よくないのではないか。やはり、試行錯誤を促すような言葉かけをしたいものである。上記小柴氏の例でも、小柴氏は、お孫さんの思いをおもしろがっただけで、『それは違うよ。』などということは一切言っていないと思う。

繰り返しになるが、一番いいのは、子どもの思い、不可解さに、共感してやることではないか。また、『よくそんなことに気づいたね。すごいよ。』などと、ほめてやるのもいいだろう。

教員は、誰が何を言ったということを覚えておいて、いつかは正さなければいけないだろうが、親は、その必要もないのではないか。ただし、時期が来れば自然に分かるということも、それはありうる。



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rve83253 at 23:46│Comments(13)TrackBack(1)自己啓発 | 保護者

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1. 【Watch】共感できる現場の声  [ [3tkss]三鷹:教育ウォッチング ]   2006年02月28日 06:06
最近見つけた、共感できるBlogを3つご紹介。もちろん、すべての記事を読んだわけではありませんが、吸収したい指摘と刺激に満ちています。 現場の声はいつでも発見に満ちている。書いている方々にとっての発見もあるけど、読む側にとっての発見はもっと多い。なにしろ、彼....

この記事へのコメント

1. Posted by アロマぽっと   2006年02月15日 05:53
何か疑問にぶつかった時こそ、考える力を引き出すチャンスなのかなぁと思っています。大人はすぐに正論で答えてしまうけれど、それでは伸びる芽を摘んでしまうような気がします。共感するようにしていると、子どもって本当にいろんなことを話してくれますものね。そこから「どう思う」と上手に導いていけることが大切なんですね。それも、時間をかけてゆっくりと・・・う〜ん「道草学習」の世界です。「共感すること」「見守ること」を心掛けて母親修行していきます☆
2. Posted by キテイ   2006年02月15日 08:44
ああ。なんて素晴らしい。。!私も子供に共感できる
人間になりたい。理想は高いが実際は、本当に子供に申し訳ないなあと反省する事ばかりです。夫婦に足りないものを子供や他の人に教わりながらの日々ですが、つくづく人は人に育てられるのだなあと、こちらのブログを
読む度に感じます。
3. Posted by まき菱   2006年02月15日 15:02
子どもの疑問って、本当に面白いです。
正解がわかっているものばかりではないので、一緒に悩むのも楽しいです。
正解を急がなくてもいいので、この頃は仮説をいくつ考えられるかで勝負しています。これが楽しいんです。子どもの頭の軟らかさに挑むのは大変ですが。
4. Posted by ひでせん   2006年02月15日 21:43
5 ご無沙汰しております。
子どもたちのつぶやきは
学校でも大切にするようにしています。
とっても貴重な宝物ですから。
ブログを読ませていただいてとてもうれしくなりました。
5. Posted by NANA   2006年02月16日 00:18
>覚えておく必要はない。

ほんとに忘れちゃうんですよね〜。
面白い事たくさん言ってたはずなんですけど・・・?
これを忘れてしまうとは?惜しい限りですが・・・。
うちは口数の多い子なので尚更聞き流している事も多いです。

> 自分自身理想的子育てのあり様を描いてはいるが、現状の子どもを取り巻く環境はお寒い限りだ。

そうでしたか。。。
私は、理想の子育てにナカナカ近づけなくって・・・の段階だな〜。(前向きに?階段は多い方が昇れる事にしようかな?)
先生いつもありがとうございます。
6. Posted by toshi   2006年02月16日 06:10
アロマぽっとさん
 ほんとう。「道草学習」の世界だなあと、わたしも思います。多くの子どもは、好奇心の世界で遊んでいますから、それを大人がうまく引き出してやると、思考力は伸びるのだと思います。
7. Posted by toshi   2006年02月16日 06:12
キテイさん
 《つくづく人は人に育てられるのだなあ》
 これ、わたしも、まったく同じです。
 今日は、その部分を書かせてもらおうと思います。これからも、よろしくお願いしますね。
8. Posted by toshi   2006年02月16日 06:15
まき菱さん
 そうですね。子どもの疑問て、突拍子もないものがあるから、大人だって分からないことがありますよね。
 いいのではないでしょうか。おっしゃるように、ともに考えるという姿勢で。
9. Posted by toshi   2006年02月16日 06:18
ひでせん先生
 こちらこそ、ご無沙汰で申し訳ありません。
 ほんとう。貴重な宝物ですよね。学習のきっかけになるものがたくさんありますね。低学年だと、けっこう保護者も協力してくれるのではないでしょうか。
「お母さんが、これ持っていけば、って言ってくれたの。」
それが、学習に生きることもけっこうあると思います。
10. Posted by toshi   2006年02月16日 06:21
 いやあ。NANAさん。わたしもそうなんですよ。
 「おもしろい。いいこと言うなあ。」と思っても、書きとめておかないと、けっこう忘れます。
 わたしは、仕事柄、書き止める努力をしたのですけれど、それでも、いつもと言うわけにもいかないですものね。
11. Posted by ぶろぐひろば   2006年02月16日 23:49
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12. Posted by りさこ   2006年02月17日 00:17
「祝婚歌」のこと以来、こちらによく伺うようになりました。こんばんは。
toshi先生の眼差し、穏やかで安心します。

小柴教授のお孫さんのお話や、
toshi先生のお嬢さまの水道のお話、おもしろいですね。
うちの子も、お風呂の天井からピチャン!と落ちた水の音を聞いて、
「母さん、床がなかったら、ピチャンって音はしないだろうね。
タイルじゃなくて、木の床だったらどんな音かなぁ」
と言って、私をびっくりさせたことがあります。

子どもは私たちが忘れた世界を見ているのでしょうね。
では おやすみなさい。
13. Posted by toshi   2006年02月18日 09:30
お子さん、すばらしいですね。
 それこそ、思考力、いえ、思考力の中に含むと思いますが、感性ですね。
 実際、木の床にやってみれたら、すばらしいが、ちょっとふつうは無理かもしれませんね。
 子どもたちは、わたしたちが忘れた世界をみているということ、その通りだと思います。そして、わたしたち大人は、子どもの感性にふれることにより、みずみずしさを取り戻すのではないでしょうか。

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