2006年03月03日

保護者の皆さんへ(3)2

86ad1280.JPG  先に保護者の皆さんからいただいたコメントなどを読ませてもらい、『4つの悩みがあるようです。』とくくらせていただいた。

 今日はその3回目。

保護者の皆さんへ(1)
保護者の皆さんへ(2)

 ◆惻分自身理想的子育てのあり様を描いてはいるが、現状の子どもを取り巻く環境はお寒い限りだ。』にふれたいと思う。

 と言っても、わたし、これについては、いささか自信がない。小学生が主人公ならいくらも書けるのだが、今日は、幼児期の話だからだ。もしかしたら、教育ブログではなく、子育てブログの方がふさわしいかもしれない。

 前書きが長くて恐縮だが、もう一つ不安な点がある。コメントをお寄せいただいた保護者の皆さんの思いと、わたしのとり上げる話が一致しているかについても、自信がない。
 でも、いいか。もし違っていれば、それは、社会的、物的環境をさしていると思うが、それについては、また、後日、記事にしよう。


 さて、数年前、わたしが現職のとき、職員室で下記のような話題で、にぎやかなことがあった。いずれも、子育て中。幼児をお持ちの教員だ。
 そのなかの一人が、どこだかは忘れてしまったが、幼児が数名集まるようなところへつれて行ったらしい。
 そこでの出来事を話し出した。

 「わたしはちょっと、子ども同士で、ぶたれたりぶったりしても、まあ、常識的なところで、『そんなことしちゃあだめよ。』『ぶったら痛いでしょう。』『ごめんなさいって謝りなさい。』などと言うくらいなの。まあ、多くのお母さんはそんな対応なのだけれど、このまえは、すごく過剰に反応してしまうお母さんがいたの。もう、びっくりしちゃった。

 うちの子が、そばにいた一人の女の子をぶってしまったの。そうしたら、
『あら。この子、うちの子をぶった。あら、やだ。ねえ。あなた。この子がうちの子をぶったわよ。なんていう子でしょう。』
すごい剣幕なの。ふつうなら、『まあ、ごめんなさいね。』ってその女の子に言うのだけれど、あまりにすごいから、わたし、もう、何も言えず、うちの子を引っ張って別なところへ行っちゃたの。」
 
 もっともその教員は、我が子のそうした面は、少し悩みらしく、
「なんか、気に入らないと、すぐ人をぶつのよね。もちろんそういうときは叱るのだけれど、今のところ、効果ないわ。」

 そうしたら、一緒に話を聞いていた教員が、いい回答をしたように思った。
「そういうお母さんいるわよね。なんか、ひいちゃうわ。でも、すぐその場を離れた対応でよかったんじゃない。早く子供同士が関われなくなるようにするしかないわ。でも、黙って行っちゃうのもなんだから、軽い調子で、『あらあ。ごめんなさいね。すみませんでした。』と言って、それから、さっとその場を離れたらどうかしら。」

 わたしも、話にわって入った。しかし、無責任なことしか言えなかった。

 「でも、今はそれでいいだろうけれど、幼稚園や学校に入学したら、そうもいかないだろう。逃げようがないよな。いろいろなタイプの親がいるだろうけれど、うまくやっていくしかない。」
 そして、
「うちは娘2人だっただろう。2人が小さかったころ、よく言われたのは、『男の子を持つと、謝ることばかり。女の子を持つと、謝られることばかり。』ということだった。まあ、そういう面もあるということだけれどね。
 でも、これ、むずかしいよ。そんなことを言うと、男の子をもつお母さんが、『あら。うちの子なんか、謝ることなんか、まったくしないわ。』と言って、かえってそれが悩みになったりする。」
 
 現代は、こういうことで、子ども同士はすぐどうこうはなくなるのだが、親同士がトラブルとなり、後々まで尾を引くというケースがふえているようだ。

 たとえば、子どもの話だけで親がカッカしてしまい、先方に怒鳴り込んだ後で、事実関係が我が子の言っていることと違うことが分かる。すると、怒鳴られた方が怒り出すなどといったケースがかなりありそうだ。
 
 そこで一人の教員が言った。
「そう言えば、入学直前、学校に電話が入り、『○△さんとは同じクラスにしないでください。』などという要望があったりしますね。入学してから見ると、子ども同士は仲良かったりするのですよね。」


 むかし、『腕白でもいい。たくましく育ってほしい。』というコマーシャルがあったが、どうも、そうもいかない時代になったようだ。

 まあ、しかし、我が子が他人をぶてば、それはもう、誠意を示すしかないだろう。それで我が子が萎縮するなら、親子関係のなかで努力するしかない。

 最後に、経験から言えることを一つ。『三つ子の魂、百までも』は、確かにあたっている。しかし、矛盾するようで申し分けないが、このころの子どもって、人見知りするかと思うとしなくなったりして、どんどん変わっていくのも事実。だから、その後の教育の力で、変容していくことも確かだ。あまり気にせず、気長に、叱り続けることも必要なのではないか。


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rve83253 at 21:38│Comments(5)TrackBack(1)保護者 | 子ども

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1. 元気をもらう  [ おもいでになったとき ]   2006年03月15日 23:35
更新さぼりのなが〜い休憩中 アクセス数はあたりまえに急下降 ランキングランクも急下降 当然と言えば当然である・・・ 書いてないんだから! しか〜し 更新の兆しがあったわけで  ??????

この記事へのコメント

1. Posted by nissy   2006年03月04日 00:14
昨日は早速コメントを頂き、ありがとうございます。子どもは大人が思っている以上に平気だったり、忘れていることもあれば、まさかそこまでと思うほど思いつめていたり、根に持っていたりしてなかなか本心を確実に見つめることは難しいです。子どもだからとか、大人だからという言い訳をせず、一歩下がって相手への気配りが出来れば、子どもとや保護者とのギャップも埋められるかなと思っています。
HPも拝見させていただいてます。これからもよろしくお願いいたします。
2. Posted by toshi   2006年03月04日 06:58
nissyさん
 先生は、子どものことをよくご存知でいらっしゃる。児童会館でしたっけ。やはりそういうところで働いていらした経験は大きいと思いました。
 教える側と、教えられる側との関係は、特殊な人間関係と言えます。どうしても対等ではありません。でも、どこまでをその関係にするのか、全てをその関係にすることはないのではないか、やはり、対等な人間と人間という関係も必要だし、その関係の中でも、結局指導はしているということもあると思います。
 ああ。今度は、これをテーマに記事を書きたくなりました。
3. Posted by nissy   2006年03月04日 07:56
おはようございます。この時間に活動をされている、そんなところも本当に学ばせてもらっています。
学校ではあらゆる面で、最初から先生と児童という関係が存在し、油断すると無意識のうちにその関係を悪用してしまいます。「先生が言ったから」なんて言葉を耳にするとはっとします。その点で児童会館では、近所の兄ちゃん(といっても三十路ですが)、はたまた「誰?」から始まりますから、本当に鍛えられます。まさに真剣勝負です。「nissyが言ったから」と子どもが言うにはまだまだですが、残りの時間で、自分らしさを出し、それによって子ども達も素顔を見せられる空間になるよう努力していきます。先生としてでなく、一人の人間として接していきたい、toshi先生のコメントを読ませていただき、強くそう感じました。
4. Posted by NANA   2006年03月15日 23:43
保護者の思いがさまざまである事は、保護者同士こそ痛感する事も頻繁ではないか?と思いますが、私はそれでも『子を思う親心』には、別々の価値観を持つ大人同士であっても、ある種共通なものがあるはずと、思いたいし、こちらも信じられる発想ではないかと思っています。

以前TBさせていただいた『二極化現象の鍵』に絡んで、私の方へうれしいコメントをいただきました。toshi先生へもぜひお知らせしたいと・・・。どの記事にしようか迷いましたが、こちらに新しいのをTBさせていただきます。(が?うまく繁栄するかな?今回は?)
5. Posted by toshi   2006年03月16日 22:51
NANAさん
 教えていただいて、ありがとうございました。
 ほんとう。このように、紹介していただけること、うれしいですよね。
 NANAさんの、『親同士の距離シリーズ』、すばらしい記事でした。あらためて、今、思いますけれど、NANAさんを中心に、保護者同士が、悩み、不安はありながらも、分かり合おうと努力されたこと、やはり、保護者の皆さんのすばらしさと、保育園への期待感、信頼感の表れではなかったかと、痛感しました。

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