2006年03月06日

保健室登校(2)3

daaefaf6.JPG  昨日のブログでも少しふれたが、わたしの次女は、中学2年生のとき、一時期ではあるが、保健室登校傾向だった。

 その期間は、短く考えれば1ヶ月くらい、身体に変調をきたした時期と言えば、数ヶ月とも言える。

 そのあいだ、親としては、言いようもないジレンマに陥った。

 「わたしには友達がいない。」
と言う。しかし、親からみれば、『友達なんか大勢いるではないか。現に具合が悪ければ、授業の様子を書いたノートを手渡してくれるではないか。』という感じだった。
 現に、身体に変調をきたした初期は、実際そんなことも言った。しかし、娘の確信は変わらなかった。

 かつてのわたしなら、『何やっているのだ。少しくらいおなかが痛くったって、すぐ治る。現に、昼過ぎれば、何ともなくなるのだろう。行け。学校へ。』くらい言っていただろう。
 しかし、これは、先に書いた、『だめな父親だなあ。』から、6年たっていた。そんなことを言えば、娘はますます泥沼に陥るだろうということは目に見えていた。

 どうしたらいいのだろう。ふつうに学校へ行けるようになるのだろうか。

 しかし、いい答えはみつからなかった。
努めて明るく、『別にどうということはないさ。』という感じの対応になるように心がけた。仕事で多忙な時期だったが、朝はできるだけ遅く、帰りはできるだけ早く帰るようにし、何気ない会話をふやすように努めた。

 しかし、それもよくなかったかもしれない。親の思いを敏感に悟る娘だけに、さりげなくしていても、親の思いはよく承知しているようだった。だから、無理して、ちょっと遅れて登校する日々も多かった。

 娘のいないところで、妻に聞く。
「今日はどうだったのだ。教室には行けたのか。」
「うううん。ダメだったみたい。保健室に2時間くらいいて、帰ってきちゃったわ。」
「そうか。まあ、しょうがないな。いつまで続くのかな。」

 実際、親として一番つらいのは、いつこの問題が解消するのか分からない。明日なのか、数ヵ月後なのか、それともずっと続いてしまうのか。

 しかし、しかしだ。一番つらいのは娘自身ではないのか。しかも、親として娘を追い込んだ自責の念もある(これについては、後日ふれる。)。そう思うと、少しは心が落ち着くのだった。

 
 解決したのは、あっけなかった。その前触れもなく、いきなりやってきた。

 数日後分かったことだが、養護教諭(保健の先生)のおかげだった。

 娘の話ではこうなる。(もっとも、ここからは、いくら娘の許可を得たとは言え、まったくあるがまま書くのは気が引けるので、創作も交え、小説風に書く。)

 いつもの例で、保健室にいて、養護の先生と話をしていた。話と言っても、もっぱら娘が話し、養護の先生は、娘の話を聞いてくれるという日々だった。そんなところへ、学級で一番の暴れん坊が入ってきた。
 こういうことはよくあった。娘は、同じ学級であっても、一番肌の合わない感じの男の子だったから、それまで特に会話したこともなかった。でも、保健室では、直接話すことはないものの、養護の先生を介しての会話という感じだった。

 そんなある日、
「何だ。また、A(娘の名)は、保健室にいるのか。」
と言って、その男子中学生が入ってきた。そして、身の上話を始めた。
「うちは、親同士がけんかして、1ヶ月前に母はもう家をとび出して、どこへ行ったか分からない。父は飲んだくれて、昨日はものすごく荒れた。もう、自分は家に帰りたくない。どうなってもいい。」
そんな話だったという。

 言いたいだけ言うと、その子は、教室へ戻って行った。(ここで小説風は終わり)

 そのとき、養護の先生がポツンと言った。
「世の中、いろいろあるね。悩みもいろいろかな。Bさんのような悩みもあれば、Aさんのような悩みもあるしね。」

 それだけ言ったという。それを聞いた娘は、思った。
『そうか。悩みもいろいろか。でも、Bさんのような家庭もあるのだ。これまで、Bさんは乱暴ばかりして、『何であんなに荒れるのだろう。いやな人。』って思っていたけれど、かわいそうだな。これからはうんと話すようにしよう。・・・。それにしても、彼に比べたら、わたしの悩みなんか悩みのうちに入るだろうか。わたしなんか、とるに足らない小さな小さなことで悩んでいて、恥ずかしい。こんなことで保健室にいたのでは、彼に申し訳ない。』

 わたしは、その養護の先生に感謝した。お説教をしなかったことだ。
「Bさんに比べたら、Aさんの悩みなんて、小さい、小さい。ぜいたくな悩みよ。もっと元気出さなくっちゃ。」
などと言われたら、娘の立ち直りはなかったのではないか。

 数ヵ月後、土曜授業参観があった。わたしは、めずらしく娘の中学校に出向いた。
授業を見終わった後、保健室に行き、養護の先生にお礼の言葉を述べた。とにかく、娘の話の聞き役に徹してくれたこと。それが数ヶ月に及んだこと。
心からのお礼を述べた。

 さて、お読みいただいている皆さんは、不可解な思いを抱かれているかもしれない。かつて、『長女は友達が少ない。遊びに誘いに来るのは次女の友達ばかりだ。』と書いたことがあるからだ。

 こうなってしまったわけ。そこに親としての反省があるわけだが、次回はそれを書こう。


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rve83253 at 23:55│Comments(36)TrackBack(0)保健室登校 | 子どもと級外職員と

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この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2006年03月07日 02:35
どうしてもお説教してしまうだめ教員です。

聞き役に徹するって難しいです。
私はそう思います。
ついつい「指導」を入れてしまいます。
そんな張り詰めた空気を子どもは敏感に感じてしまうんですよね。

保健室の先生も凄いですが、暴れん坊のBさんも凄いですね。次女さんの立ち直りの功労者です。

「心の居場所」をクラスに作れるように今後とも精進したいと思いました。
2. Posted by 吉田 友樹   2006年03月07日 04:18
はじめまして。現在、高校の英語教師を目指して、勉強している吉田と申します。

ブログを大変興味深く読ませていただきました。
抽象的な話だけに終始することなく、具体的な例
についても書いていただいているので、非常に学ぶところが多いです。

このようなブログを書いていただき、本当にありがとうございます。お体に気をつけて、これからも
初任者指導の仕事もあわせてがんばってください。

失礼いたします。
3. Posted by スモッカ   2006年03月07日 10:16
私は話を聞くだけという行為が何もしていないような気持ちになり、悩みを聞いたりしてもいろいろ言ってしまう事が多いのですが、聞くだけが最高の結果を導く事もあるのだなぁと思いました。
こういう事は個人によってどういう対応をするか、その判断をしないとケアの結果が良くも悪くもなると思うのですが、その点はどこで判断したらいいのでしょうか?toshi先生はどのようにお考えですか?
4. Posted by だまた   2006年03月07日 10:50
ありがとうございます。

金曜日に小4の娘から「足が痛い」と、職場まで電話がかかってきました。帰ってから話を聞きましたら、遊んでいて転び足を打った、保健室に行きスプレーシップをしてもらった、痛かったが頑張って掃除もしたにも拘らず男友達から「もっときれいにしろ、大げさにするな、etc〜」と言われ、たまらず泣いてしまった。そこで、担任の女性先生から「泣くな!」と言われた。私は痛い箇所を見て、いきさつを聞く限り、足の痛みもあったろうが心の痛みのほうが大きいと感じました。月曜に早速養護の先生に連絡し、声をかけてもらえる様にお願いいたしました。帰ってきた娘の足はすっかり治っておりました
5. Posted by NANA   2006年03月07日 14:24
この間の本人と周囲の人達の心境はとても重たかっただろうと想像します。結果的に期間としては数ヶ月のことだったそうですが、それがどんなに長い時だった事でしょう?
この間の親と担任の先生を含めた学校とのやり取りがどのようにあったのか?を伺いたくてコメントしようとしたところ・・・?

だまたさんのコメントが・・・
>月曜に早速養護の先生に連絡し、声をかけてもらえる様にお願いいたしました。
参考になると言う言い回しでは表現できないくらい。良いお話を聞きました。
続きも楽しみに読ませていただきます。
6. Posted by venus_san   2006年03月07日 16:49
5 早速有難う御座います。
教育現場では記事にあるような
心ある話があるのですね。
参考になりました。
もしかしたらAさんの事を理解していたのは
Bさんだったかも知れませんね。
さり気ない「何だ。また、A(娘の名)は、保健室にいるのか。」...と言うくだりにそう感じました。

改めて、感謝いたします。
又ご紹介下さいませ。
7. Posted by Hideki   2006年03月07日 20:47
ちょっと、とんちんかんな事を書きますね。

私達の心の中に、どこか「焦り」があるのかなと思うのです。ふつうに学校に行かなければいけない。教室で授業を受けなければいけない。いや、できればいってほしい。…いつ行けるようになるか?

そんな「普通の子」の姿が、呪縛として自然に価値観に入り込んでくることが多い気がします。

そうじゃなく、その子の、その人の、思い、気持ちをそのまま受け止めることって、難しいけど、大事なことなんだと思う。

別に、すこし道草したって、寄り道したって、良いじゃない。
…そんな気持ちの余裕を、親である、大人が持っていたいと思うのです。
8. Posted by toshi   2006年03月07日 21:20
hirarin先生
 いやあ。わたしもそうですよ。同じです。
 この養護の先生は、カウンセリングマインドの勉強をされていたのではないかと思います。
 ただ聞いていればいいっていうものではないのですよね。受容的な対応です。信頼関係です。それが根底にあるはずだと思います。
 わたし、これを以後心がけましたけれど、やはり専門に勉強したことはないので、『〜もどき』だったのではないかと思います。
 『クラス一番の暴れん坊』も、娘の話を聞けば、けっこうやさしい面もあったように思います。今、こういう子がほんとうにふえています。
9. Posted by toshi   2006年03月07日 21:25
吉田友樹さん
 コメント、ありがとうございます。
 先生を目指してがんばっていらっしゃるとのこと。希望がかないますよう、祈念しています。
 わたしは小学校でしたが、ブログ、ホームページともご覧いただけたら、何がしかの参考になるのではないか、いや、なったらうれしいな。そんな思いでいます。
 今後ともどうぞよろしく。
10. Posted by toshi   2006年03月07日 21:31
スモッカさん
 先にも述べましたが、カウンセリングマインドが大事なのだと思います。受容的な態度、それがひいては、信頼関係で結ばれることが大切なのだと思います。
 おっしゃっていると思いますが、やはりケースバイケースでしょうね。すべてがこれでうまくいくとは限らない。娘のそのときの心にぴったりマッチしたのでしょう。そう思います。
 それを感じるということが大切なのではないでしょうか。
 ごめんなさい。たいしたことが書けないで。
11. Posted by toshi   2006年03月07日 21:35
だまたさん
 担任の先生の言葉は、わたしには想像もできません。そういう先生だから、男友達もそういうことを言うのだなと思いました。
 「大丈夫?無理しないでね。」掃除中、そういう言葉かけのできる先生なら、子ども同士も思いやりある言動がとれるのだと思います。
 原則論ですがね。
 養護の先生によって救われましたね。
12. Posted by toshi   2006年03月07日 21:42
NANAさん
 NANAさんのコメントを受けて、少し、妻と話しました。やはりこのとき、担任や養護の先生と話したのは妻でしたので、どんな話をしていたのだろうと思いました。
 当時聞いてはいたが、もう忘れていたのです。
 やはり、学校としては、娘の身体のことが心配だったようです。症状はまず身体に現れましたから、それは無理もないと思います。やはり身体には何の異常もありませんでした。
 次回書きますが、それと、あとのHidekiさんのコメントにも関係しますが、親の反省が一番大きいと思いました。
 すみません。後は後日にしますね。
13. Posted by toshi   2006年03月07日 21:47
venus_sanさん
 そうですね。暴れん坊というが、やさしい面をあるではないか。わたしも、当時、そう思いました。だって、一言も口を聞いていない間なのに、そういう言葉をかけてくれたのですものね。
 この記事をきっかけに、また、少し娘と話してみたいと思っています。15年くらいむかしのことなのですが、こうしていると、つい先日のようです。
14. Posted by toshi   2006年03月07日 21:52
Hidekiさん
 全然、とんちんかんじゃありません。ほんとうにありがとうございます。
 参った。もう、おっしゃる通りです。親として、Hidekiさんのおっしゃることができなかった分だけ、娘を精神的に追い込んだと言えそうです。
 今、もう一回子育てできたらなどと、変なことを考えます。でも、やっぱりダメかな。同じかな。いや。こうしてブログで勉強させてもらっている分だけ、進歩しているかな。
 ばかみたいなことを考えています。
15. Posted by せい   2006年03月07日 23:49
上でもHidekiさんがおっしゃっていますが、
「つらいね」って共感することって、本当に難しいなぁと感じます。
私自身の話ですが、保健室や早退を繰り返す状態が続いたとき、
「つらいね」という言葉を周りの大人からもらえるまでに
1年近くの時間がかかりました。
がんばれ、しんどくても来い、怠けるな、来れるはずだ…
そこまでに、いろんな言葉があったことを思い出します。

ただ、共感的理解のためには、ある程度客観的な目が必要なのだと改めて感じました。
親や担任は、どうしても子どもとの距離が近すぎて、
一緒に悩んでしまうからこそ、追い込んだりする結果になるのかなと思います。
保健の先生やBさんの一言からは、ある程度冷静な、少し客観的な態度を感じて、
そのことが大切であったように感じました。
16. Posted by せい   2006年03月08日 00:36
前回お話した、うちのクラスの子どものことに触れたいと思います。
その子はほとんど欠席はないものの、2年ほど別室登校の状態で、
今年度は、1度も教室に来たことはありません。
詳しく書けませんが、友達関係だけでなく、外的・内的ともに
いろいろな要因が絡んで、今の状況があります。

ちょうど今、学年末の時期を迎えてて、
来年度も同じように別室登校という形にするのか、
学校でも話し合いをしています。
在籍する学級の教室に戻るのか、どこか違う居場所に位置づけてやるのか。
その子の抱える課題のことを考えると、
信頼関係を築くことはもちろんですが、もっともっと多くのことを
大人がクリアしていかねばならないと感じます。
来年も本当は持ちたいのですが、その子の担任を外れても
してやれることがあるかなあとも思うので…。
またご報告させてください。
長々と失礼しましたm(_ _)m
17. Posted by toshi   2006年03月08日 05:35
せい先生
 おっしゃること、心にしみました。ありがとうございます。
 娘が身体に変調をきたし、わたしが、娘とのさりげない会話を多くしたと書きました。そのときは、『つらいね。』などと共感を示す会話があったと思います。
 しかし、もうこういう段階では遅いですね。
娘にして見れば、『お父さんは無理して、わたしに気を遣ってくれている。』そういう思いだったと思います。ですから、娘のがんばらなくっちゃいけない思いは、抜けないわけです。
 そこにこそ、日ごろのわたし自身への反省があるわけです。

 別室登校の件は、わたしが在職した学校でも、近い事例がありました。卒業間近のときになって、ちょこっと教室に行けるようになりました。そんな事例も、載せられたらいいなと思っています。
18. Posted by スモッカ   2006年03月08日 17:04
ご回答、ありがとうございました。

確かに完璧なマニュアルがあれば、世の中
子供の教育にこんなに苦労しないですよね…。

ちょっと私の質問が浅はかだったような気が
します。
19. Posted by はなはなマロン   2006年03月08日 21:28
はじめまして〜こだま先生のところからやってきました〜
私の長女は中学校時代不登校ですごしましたが、毎日を楽しんでいましたよ。もちろん不登校でも友達も多くいて、まったく不自由はしていませんでした。次女も今は週1学校に行くという不登校ですが、マイペースで毎日がとても楽しそうです。
友達って学校に行っていないほうが出来るんじゃないかってぐらい、毎週友達が我が家に来て遊んでいますよ。
あんまり不登校は不幸だなんて親も先生も思うと子どももそんな気持ちになってしまうんじゃないのでしょうか? 別に不登校したっていいんじゃありませんか?気楽にいきましょうよ!ね!
20. Posted by toshi   2006年03月09日 01:15
スモッカさん
 
 いえ。こちらこそ、すみませんでした。
 カウンセリングマインドで対応することが大事で、それが基本だろうと思うのです。
 どうぞ、これからも、よろしくお願いします。
21. Posted by toshi   2006年03月09日 01:23
はなはなマロンさん
 コメント、ありがとうございました。
 すばらしいですね。そういう不登校もあるのだということは、知識としては持っていましたが、わたしの経験にはなく、もっといろいろ教えていただければと思いました。
 もし、わたしが、はなはなマロンさんのような親だったら、子どもを追い込んではいないわけですので、うちの娘の場合は、保健室登校傾向にはならなかったと思うのです。
 あっ。なんか、分かってきたような気がしました。親が、はなから、『学校なんて、行きたければ行けばいいし、行きたくなければ行かなくったっていいのよ。』というスタンスだったのでしょうか。
22. Posted by Hideki   2006年03月09日 09:07
こんちには

何かと「甘やかし」が問題視される昨今ですが、反動としての、「厳しさ」を隠れ蓑にした強要・押し付けを懸念してます。あ、また話がそれました(汗

親として、子への希望や期待は持つべきだと思うし、持たない方が問題だと思うのです。

ただ、普通じゃない子を授かり、自分の価値観をグラグラと揺さぶられた結果、色々考えさせられました。

拙稿ですが「絶望」という記事にしました。

http://calin.blog22.fc2.com/blog-entry-14.html


ちなみに、「絶望」という言葉で、みつけた一言です

「神が我々に絶望を送るのは、我々を殺すためではなく、
 我々の中に新しい生命を呼び覚ますためである」
                          by へルマン・ヘッセ

23. Posted by まき菱   2006年03月09日 12:45
AさんはBさんとのちょっとしたきっかけによって、「私だけ」しか見えない世界から「多くの中の私」が見える世界に跳んだのでしょうね。
自分を客体視できるかどうか、これは重要なことだと思うのです。
学校って、素晴らしい場ですね。
24. Posted by はなはなマロン   2006年03月09日 17:46
>あっ。なんか、分かってきたような気がしました。親が、はなから、『学校なんて、行きたければ行けばいいし、行きたくなければ行かなくったっていいのよ。』というスタンスだったのでしょうか。

はい、そうでした、長男は不登校は嫌だ転校したいと言ってきたので転校させましたし、長女は転校もしたくない家で好きなことやっていたいと申しましたのでそうさせました。次女は、ほどほどに今の学校とは繋がっていたいと言ってきましたのでそうさせているだけです。

全ては子ども任せなんです。
学校に行かないのがわがままって考えがまずもっておかしいでしょう?昔の人たちが、親に無理を言って学校に行かせてもらっていたわけですからね。
どっちがわがままなのかわかりませんよね。
やる気がないのに、無理に行かせてもね。。。って思うわけなんですよ。
25. Posted by toshi   2006年03月10日 22:06
Hidekiさん
 
 いつかは、Hidekiさんと、こうした話をしなければいけないと思っていました。日ごろ障害児と接してはいても、それは親の思いとはかけ離れており、うかがいしれないものがあることは、十分承知の上で、しかし、ふれさせていただきたいと思います。 
 いつも申し上げる、養護学校長から学ばせていただきました。しかし、この先輩も学校長以前に、障害児教育について学んだことはなかったので、わたしの何十倍も勉強だったようです。
 
 こんな話を聞いたことがあります。養護学校長からではありません。
 
 
26. Posted by toshi   2006年03月10日 22:07
神様は、この地上に赤ちゃんを授けるに当たり、一定の割合で障害児を授けなければならない宿命を背負わされているのだそうです。
 そこで、神様は考えます。『確かな識見、能力を持った親でないと、障害児を育ていつくしむことはできないだろう。そういう親の元に授けないと、障害児は不幸だ。』
 そして、続けておっしゃいました。『だから、障害児を授かるというのは、神によって選ばれた親なのよ。』
 いつだったか、Hidekiさんは、コメントに、『授かった』と書かれました。わたしはそのとき、この話を思い出しました。

 Hidekiさん、かりんさんのもとで、マリオさんは、幸せだと確信しています。

 よい卒業式だったようですね。
 そして、明日は弟さんの結婚式なのですね。
 
 おめでとうございます。
27. Posted by toshi   2006年03月10日 22:20
まき菱さん
 確かに、学校って、自己を客観視できる場を与えるには、ふさわしい場でしょうね。
 家庭では限界があるかもしれません。
 しかし、そういう教育を、意図的でも、偶発的でも、しなければ、むなしくなってしまいますね。
 わたしたちの自覚しなければいけない点だと思いました。
 ありがとうございました。
28. Posted by toshi   2006年03月10日 22:31
はなはなマロンさん

 さっそくのご回答、ありがとうございました。
 そこで、すみません。もう一つ質問させてください。
 全ては子ども任せとのこと。
 今、ニートが社会問題化していますね。
 
 『就職したけれど、今の仕事は自分には合わない。もっと自分にふさわしい仕事があるはずだ。』ということでやめてしまい、そうした仕事が見つからないまま、結果的に親のすねをかじり続ける。
 
 それも、お子さんの自由ということで許容なさるのでしょうか。

 それと、一つ釈明を。

 別に、『学校へ行かないのはわがまま。』と思ったわけではないのです。
 学校へ行かれないのは、社会性とか、人間が生きていく上で、こまった事態が将来やってくる可能性が強いと思っただけなのです。
 
 はなはなマロンさんのお子さんは、そんな心配はないというのはよく分かります。
29. Posted by はなはなマロン   2006年03月11日 09:54
いろいろ聞いて下さってどうもありがとうございます。

>『就職したけれど、今の仕事は自分には合わない。もっと自分にふさわしい仕事があるはずだ。』ということでやめてしまい、そうした仕事が見つからないまま、結果的に親のすねをかじり続ける。 
 それも、お子さんの自由ということで許容なさるのでしょうか。

はい。でも条件があります。自分のお金でなんとかやっていくってこと、すねはかじられません。。と言うより、我が家はすねをかじるれるお金は残念ながらないのです。

30. Posted by はなはなマロン   2006年03月11日 09:54
また、我が家は基本的に高校大学も自分のお金で行かなければならないのです。もちろん子どもは働けませんので、借金という形になります。息子などこれ以上借金を増やしたくはないってことで、大学は断念して専門学校に行きました。そして今SEで働いていますがちゃんと毎月5万円借金を返していますよ。

ですので、ニートにしてやりたくても我が家ではまず無理って感じでなんす。家に閉じこもってしまっても、きっと内職ばりばりさせるでしょうね。そうしないと我が家の家計は成り立っていきません。(笑)



31. Posted by はなはなマロン   2006年03月11日 09:57
>別に、『学校へ行かないのはわがまま。』と思ったわけではないのです。
 学校へ行かれないのは、社会性とか、人間が生きていく上で、こまった事態が将来やってくる可能性が強いと思っただけなのです。

ちょっとお聞きしたいことがあるのですが、toshiさまのお嬢様はどうして学校に行きたがらなくなったのでしょうか?
私の長男は学校がすごく荒れていたからです、長女の時はいじめがすごくてそういういじめ合戦をしているような学校に行きたくなったんです。
いろんな社会があるんだと思うのです。
どういう社会性をつけてあげたいかってことなんだろうと思いますよ。
32. Posted by はなはなマロン   2006年03月11日 10:05
>私の長男は学校がすごく荒れていたからです、長女の時はいじめがすごくてそういういじめ合戦をしているような学校に行きたくなったんです。

行きたくなったんです。
ごめんなさい訂正です→行きたくなかったんです。

私は荒れに対応する社会性をつけて欲しくはなかったし、いじめに対応する社会性もいらないと思いました。いろんな社会がありますが、大人は社会は自分で選べますよね。子どもが学校を選べないなんておかしいですよね。
学校の社会はいろいろで決して同じではないと思うのです。
私は、子どもが対処できるような社会の中で育ってまた将来も生きていければいいと思っています。
33. Posted by toshi   2006年03月12日 06:15
はなはなマロンさん
 何回もしつっこくお聞きし、申し訳ありませんでした。丁寧にお答えいただき、感謝しています。
 今回いただいたコメントで、ストンと落ちるものがありました。ようく理解することができました。
 それにしても、このブログに、公立学校の荒れが、ときどき書かれますけれど、公立学校に身を
おく者として、申し訳ない思いでいっぱいになります。
 親の責任はあります。それはありますけれども、しかし、教員は職業なのですから、包みこむような愛情、包容力で、『いじめ合戦』等の事態は防がなければいけません。
 わたしにはそういう経験はなかったのですが、ときどき、学校を見事に再建させた校長の話を耳にしますから、できないことではないと思うのです。
 わたしの記事でも、2月1日『中学校長から学ぶ(1)』が、少しそれに係わると思いますので、ご覧いただけたら幸いです。
34. Posted by toshi   2006年03月12日 06:32
すみません。はなはなマロンさんのコメントとは関係ないことを申し上げてしまいました。
 実は、今回コメントをいただく前は、『不登校でも友達はいっぱいいた。(社会性を養う上で、何も問題はなかった。〜ごめんなさい。これはわたしの解釈です。〜)子どもの自由にさせていた。』のコメントに、(?)の思いがあったのですが、それはまったくなくなりました。
 それどころか、家庭の教育力の見事さに、敬服します。
 それにしても、不登校は、千差万別。くくることはほんとうにできませんね。お尋ねの件ですが、わたし、記事にしたいと思っておりますので、すみません。もう少しお待ちいただければと思います。
35. Posted by Hideki   2006年03月14日 09:08
どうもありがとうございます。

無事?卒業式も結婚式もおわりました。また、いろいろとエピソードを残してくれましたが、それは記事にしていきたいと思います。

確かに、障害児の親としての思いは当人しか分からないものもあると思います。でも、Toshiさんのお話からは、それをも越えた「情」「思い」を感じます。

情って、深くもっている人のものが、まるで感染するように広がっていくものに思います。Toshi さんが教えていらっしゃる子ども、そして先生方に、本当にかけがえのないものを伝えているのではないでしょうか
36. Posted by toshi   2006年03月14日 22:32
Hidekiさん

 お帰りなさい。
 今の仕事が一段落したら、ぜひ読ませていただきたいと思います。
 わたしなぞ、まだまだです。
 こうしてブログを始めてから、ますます、学ばせていただきたい思いが募ってきました。
 どうぞ、よろしくお願いします。

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