2006年03月12日

ある書物から、4

30a1f0cf.JPG  6日のわたしの記事、『保健室登校(2)』に関して、たくさんのコメントをいただいた。
 ほんとうに、ありがとうございました。

 そのコメントの22番で、Hidekiさんが、ご自分のブログを紹介してくださった。『絶望』というタイトルの記事である。

 わたしは、その記事を読ませていただいて、いつも書かせていただいている先輩の元養護学校長が出された本を思い出した。あまりにも心の軌跡等が重なり合うのだ。

 そこで、その先輩校長のご了解を得て、わたしの心のなかにあるその本の一部を、ここに書いてみたい。今、手元にないので、わたしの記憶で書かせていただくことをご了解いただきたい。(もっとも原文を採録したら、ものすごく長くなってしまう。)

 また、はなはなマロンさんから、『toshiさんのお嬢さんは何で学校へ行きたがらなくなったのですか。』との質問もいただいた。

 申し訳ないが、これは次回にさせていただきたい。


 まずは、これまでこのブログに書いたその先輩に係わる記事を紹介したい。

   1月17日 人権教育(3) 交流教育 他
   2月17日 保護者の皆様へ(2)
   3月 1日 担任の思いを読める子


 重度重複障害児の通う養護学校の校長に着任したその先輩は、後年、そのときの教育や、保護者の思いを、本にまとめられた。

 そのごく一部。

 重度重複障害の子どもが生まれたとき、両親や祖父母は、奈落の底に突き落とされた思いだった。半年だっただろうか、一年だっただろうか、絶望のふちから立ち上がろうとするとき考えたのは、『治療できないものか。』ということだった。
 何度も何度も医者に診てもらった。名医がいると聞けば、全国どこへでも出かけていった。そのたびにがっかりして帰るのを繰り返した。

 あるとき、これぞ、名医という医者を紹介してもらった。ものすごく遠いところだったが、そのときは、おばあさんが付き添っていった。
 しかし、その名医は、我が孫をじっと見つめるだけで、いっこうに診察らしい診察をしようとしない。ちょっといらいらしたおばあさんに向かって、その名医は言った。
「おばあさんは幸せだねえ。」
びっくりしたおばあさん、『何が幸せなものか。しょっちゅうこうして医者通いをしている。それなのに、孫の症状を治せる医者はいない。名医、名医と聞いて遠路はるばるやってきたが、この医者もやっぱりダメか。がっかりした。それなのに、幸せとは何だ。』だんだん腹が立ってきた。

 おばあさんの心情を察した、その名医(?)は、さらに続けた。
「わたしはこれまで、何百、何千と、子どもを診てきたけれど、おばあさん、わたしは、これほど目の澄んだ、きれいなまなざしの子どもをみたことがない。おばあさんは、幸せだよ。こんなにかわいいお孫さんがいるのだもの。」
 おばあさんは、あらためて、そういう目で、我が孫を見つめたという。そして、その名医の言わんとするところを察することができた。
『あるがままを見つめなさい。』

 おばあさんは、そのお医者さんに感謝した。数年後、この、先輩校長と出会うわけだが、
「今でも、そのお医者さんに感謝している。会ってお礼を言いたいが、今はどこの病院に勤務されているのか。」
とおっしゃったと言う。

 この学校の子どもは、確か全員だったと思うが、車椅子やベッドの生活である。公立学校だが、スクールバスに乗り、保護者同伴で通学する。でも、多くの保護者は、明るかった。
 養護学校長として着任した先輩校長は、当初、落ち込む。『この学校に教育はあるのか。』その思いがふくらむ。
 その校長の思いを、PTA役員が察する。校長は、その役員から励まされる。そう。そう。まだいた。校医からも励まされる。そして、教職員からも。・・・。もうこのくらいにしておこう。あまり書くと、・・・、ね。先輩に失礼だもの。

 余計ながら、一言。
 わたしは、『養護学校も遠足に行くのですか。』程度の認識しかなかったが、この本によって、多くのものを学ばせていただいた。また、我が子育てについても、大いに反省する契機となった。もっとも、もうこのときは、娘2人とも、とっくに成人していたのだけれどね。


 ここで申し訳ないが、お断りを一つ。
 年度末の仕事があり、次回の記事掲載は、17日(金)夜になってしまうことをお許しください。その間も、いただくコメントは読ませていただきますし、お返事のコメントは書かせていただくつもりです。どうぞ、よろしくお願いします。


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rve83253 at 11:36│Comments(7)TrackBack(0)個別(特別)支援教育 

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この記事へのコメント

1. Posted by Hideki   2006年03月14日 09:32
私の拙い記事をこうまでもとりあげて頂いてどうも有難うございます。

とても感慨深いお話ですね。とても興味深い本を紹介していただいたので、早速取り寄せるようにしました。後日その報告の記事を書きたいと思います。

これは、知り合った自閉症児の親御さんの多くの方も仰ってますが、自閉症児(障害児)から本当に色んなものを教わることが多いのです。

中には自閉症児を授かって良かったという人もいます。

私は、さすがに本人が生きていく上では、まだまだ日本では「障害」となることが多いであろうだけに、「良かった」とまではまだ思えないのが本音です。

でも、マリオには本当にいろいろなことを教えられた。常識と思ってた価値観の偏り、普通ということへの呪縛、それらをとっぱらった時の親の心。だから、マリオにはとても感謝してます。マリオが生まれて良かったと心から思っています。
2. Posted by にしこ   2006年03月14日 16:51
はじめまして。
Hidekiさんのブログから来て以来、読ませて頂いていました。
コメントを初めてさせて頂きます。

私の息子も自閉症です。
息子の障害に気付いてから4年の月日が経ちました。現在、小学校1年生(7歳)です。
私も息子にとってこの世の中が生き難い場所だという事を考えると、決して息子が自閉症者として生まれて来て良かったとは思えません。

しかし、私が息子を育てている中で得た事はたくさんあります。
(息子を育てている中で得た事は、Hidekiさんがコメントでおっしゃっている事とほとんど同じです。)
障害児の親になって得たものを考えられるようになるまでには、様々なショックや心の痛みを感じてきました。
(続きます)
3. Posted by 大山虎竜   2006年03月14日 20:43
toshi校長先生のブログを読んでいて、いつも心が洗われる思いがします。
教師として、人間として、何を大切にしなければならないのかを考える機会を与えてくれる本当に素敵なブログです。
読んでいて勇気や希望がわいてきます。
お忙しとは思いますが、更新を楽しみにしています。
4. Posted by toshi   2006年03月14日 23:37
Hidekiさん

 またまた、紹介させていただいた本と、思いがダブりました。
 『障害の子から学ばせてもらった』という、親御さんの思いです。
 わたしも含め、健常児の親が、なかなかこういう思いにならないのは、考えてみれば不思議です。そして、恥ずかしい。
 前回も書かせてもらった、『もう一度子育てできたら、〜』は不可能ですので、その分、小学校でがんばりたいと思います。
5. Posted by toshi   2006年03月14日 23:42
このコメントをご覧になっている皆さんへ

 にしこさんの、消去してはいけない記事まで消去してしまいました。ほんとうにごめんなさい。

 そのコメントは、本欄2番の続きですが、14日の記事として掲載しました。
 読みにくくて申し訳ありませんが、どうぞ、ご覧ください。
6. Posted by toshi   2006年03月14日 23:48
にしこさん、

 初めてコメントをいただいたのに、とんでもないことをしてしまいました。お詫び申し上げます。これにこりず、どうぞ、末永くよろしくお願いします。
 Hidekiさんへのコメントと同様になりますが、この紹介させていただいた本のなかにも、『障害の我が子から教えられた』という話が載っています。
 このブログからも、多くのものを学ばせていただきたいと思っています。
 どうぞ、よろしくお願いします。
7. Posted by toshi   2006年03月14日 23:54
 大山虎竜先生

 先生こそ、お忙しいでしょうに、いつもコメントをいただき、ありがとうございます。
 『教育は人なり』『子どもへの愛』
 また、先にも、初任者に対して述べた、『信念と柔軟性との調和』
 それらを、自然体で実践したいと思っています。
 もう、かなり、ばれてしまっていると思いますが、まだまだ発展途上です。
 よろしくお願いします。 

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