2006年03月19日

あこがれの先生(1)3

f46fef71.JPGNANAさんから、わたしの心を見透かされてしまった。

「toshi先生も、どなたかにあこがれていらっしゃるようですよ。」

 その通りなのだ。それは、いつも述べている『本の紹介』の元養護学校長

 しかし、それとは別に、1月2日の『教員生活35年』、及び1月30日の『人間性を問われる』で述べた、『わたしは管理職は向かないの。』とおっしゃって、とうとう管理職にならないまま退職した先生もいらっしゃる。


 この方がおっしゃった言葉で忘れられないものがある。

「わたしね。子どもから、『やさしい先生』ってよく言われるの。でもね。わたし、けっこう子どもを叱るのよ。『何やっているの。早くしなさい。』とか、『ダメ。一番でないと意味ないの。二番は真似しているだけでしょう。』なんて、けっこうきびしいでしょう。
 それなのに、『やさしい、やさしい』って言うから、なぜかなってよく思っていたの。
 そうしたら、A先生っているでしょう。あの先生の話で、『ああ。そうか。そういうことなのか。』って思うことがあったのよ。」
「そうですか。なんだろう。なんて言われたのだろう。おもしろそうだな。教えてくださいよ。」

 と言うのは、わたしも、このB先生が、子どもをきびしく叱っているのは、よく見ていたからだ。それに、A先生は、このころ行っていた道徳の授業研究会で講師にお招きしていて、お会いするたびに、何かを学ばせていただいている先生だったからである。

 「A先生がおっしゃるにはね。『それは、ほんとうに子どもが言いたいのは、心の温かな先生っていうことではないかな。』っていうことなのよ。」

 つまり、こういうことだ。

 『心が温かいとか、冷たいとか』は、かなり抽象度の高い概念だ。子どもの語彙にはない。そこで、その代わりに、やさしい先生とか、こわい先生とか言うのだ。

 なるほど。そういうことならよく分かる。この先生は、子どもを包みこむような愛情に満ちていた。子どもがやる気になるように、よく子どもをほめていた。悩んでいる子どもには相談にのってやっていたし、ほめことばには、必ず、その行為を意味づけたり価値づけたりする言葉がついていた。

 先述の『2番はダメ』にしても、そう言うと、子どもは、1番をめざすようになるのだった。


 そのとき、修行中だったわたしは、何か、子どもを叱るのを躊躇するような気分があった。叱ると、子どもの心が離れていってしまうのではないかというこわさだった。

 でも、そのようなことを恐れる必要はなかった。わたしは、それからというもの、自信をもって子どもを叱れるようになった。


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rve83253 at 23:58│Comments(4)TrackBack(0)指導観 | 教員の指導力

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この記事へのコメント

1. Posted by NANA   2006年03月20日 01:06
見透かすつもりではなかったのですが・・・
たいへん失礼をいたしました。
幸い、ご気分を害してはいらっしゃらない?(のかしら?)お心の広いtoshi先生に甘えてしまい、なれなれしい言い回しでしたね。お詫びさせてください。
先生からの《参った。参った》のお返事を読んで・・・
あちゃー!また失敗したな。と、思ってはいたのですが、謝りがすっかり遅くなってしまい申し訳ありませんでした。

ところで・・・
『憧れる気持ち』って素敵ですよね。
うちの娘は憧れ上手なのですが、私は最初ミーハーなだけと思っていました。ただ同調して振り回されているだけの人になって欲しくないなと・・・。
今は『憧れるってキラキラなんだよ〜』と、娘が教えてくれた気がしています。憧れを食べて成長していく娘に、私が憧れています。
(お詫びで言っているのではなくて、ほんとに)
2. Posted by toshi   2006年03月20日 01:20
NANAさん
 入稿後、ものすごく早いコメントで、感激。ほんとうにありがとうございます。
 失礼だなんてとんでもない。うれしかったのです。
 そうか。ブログって、分かるのは文字だけなので、その辺の気分が伝わらず、その点が難しいですね。気を付けます。

 子どもの場合、あこがれの気持ちは、無意識のうちに、だんだんそうなって行くということだと思います。大人はけっこう意識しますがね。
 
 わたしも覚えているのは、3年間教わった担任の先生に、字まで似てしまいましたものね。

それとお詫びです。記事を少し改訂しました。内容は変わっていないのですが、リンクを付けました。すみません。
3. Posted by NANA   2006年03月20日 23:03
いやはや、今度はお気を使わせてしまいましたね。
すいません。
>そうか。ブログって、分かるのは文字だけなので、その辺の気分が伝わらず、その点が難しいですね。気を付けます。
私も気をつけなければ!と何度も思い直しているのですが・・・。今のところまだ未熟者のままですね〜。本当にナカナカ難しいです。。。

この記事でまたもや保育園時代のことを思い出しました。初任の保育士たちが夏が終わる頃には身近にいるベテラン保育士(複数担任ですので)と、『全く同じ口調』で話すようになったりしていた様子が、当時とても微笑ましかったものでした。
どんな職業・場面でも良い先輩に恵まれるというのは実に幸せなことですね。
4. Posted by toshi   2006年03月21日 08:54
NANAさん
 なるほど。わたしが先に書いた、『字まで似てしまう』のと同じですね。あこがれの気持ちって、そういうものなのでしょうね。
 『全く同じ口調』というのも、あこがれるから、自然にそうなってしまうのでしょうね。
 そして、NANAさんが微笑ましく思われたように、そういうのって、保護者の方も納得というか、受け入れられるっていうか、そんな気持ちなのではないかと思います。
 

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