2006年04月17日

述  懐3

25f886a8.JPG  今日は、たいした話題ではない。わたしの述懐に過ぎないが、よろしければお読みいただきたい。

 昨日の『親のプライド』についてだ。aoisoraさん。しつこくってごめんなさいね。

 昨日は、『わたしは父親であるせいか、教員だったからか、我が子について、そこ(我が子のことは自分が一番よく知っているという意味でのプライド)まで思ったことはなかった。』と書いた。

 やはり、父親がそこまで思えないというのは、母親にはかなわないという思いが、あるからだろう。
我が妻は専業主婦だし、親子の会話の量自体、圧倒的に負ける。

 また、教員だったからそこまで思えないというのは、学校で見せる顔と、家庭での顔は、かなり異なるということが、経験上分かっていたからだ。


実はまだ理由がある。

 長女が生まれたのが、30年ちょっと前。そのころ、ショッキングな事件があった。

わたしが初任のころ起きた、浅間山荘事件だ。凄惨な『総括』は、世を震撼させた。わたしにとってショックだったのは、その事件の加害者、被害者のかなり多くが、教員の子弟だったことだ。

それは、控えめではあったが、皮肉っぽく報道された。
 教員は、子どもを育てるのが仕事でありながら、我が子の育て方は下手だというものだった。『杓子定規』『型にはめようとする子育て』。そのようなことが言われたと思う。

 もう一つ。娘の小学生時代だが、穂積隆信さんの『積木くずし』がベストセラーになった。穂積さんのお嬢さんが、ある日突然非行にはしり、家庭崩壊(?)となったことを赤裸々につづった本だ。


 そうしたことを通し、ばくぜんとした意識ではあったが、『我が家だって、いつどうなるか。』という思いが、少なからずあった。

 幸いと言うか、娘二人は、反抗期らしい反抗期もなく、順調(?)に育ち、『ああ。もう大丈夫だ。うちの娘が非行にはしることはない。』と思えたのは、次女が高校生のころだったと思う。

 そんなわけで、娘のことを誰よりも知っているという『プライド』のようなものは、もったことはないし、娘が高校生からあとは、これはもう別な意味で、もてなくなった。


 ただ、幼少のころから一緒にいる時間は少なかったものの、そういう時間は大事にした。必ず会話していたように思う。


 唐突で、しかも、プライベートで申し訳ないが、次女の結婚式のとき、両親へのお礼の言葉を述べたが、それが忘れられない。

『お父さんは、いつだったか、『二人が小さかったときは、お父さんは、働き盛り。教員としての修行時代で、帰りはいつも遅かった。お父さんが早く帰れるようになると、もう二人は成人してしまって、今度は娘の方の帰りが遅くなった。なかなかうまくはいかないものだなあ。』とさびしそうに言っていたけれど、そんなことはなかったのですよ。
 お父さんが仕事に情熱を燃やしてがんばっていたことは娘心によく分かっていたし、お父さんがときどき自分のクラスのことを楽しそうに話すときは、仕事にとても生きがいを感じていることをすごいと思っていました。
 そんなときは、お父さんの後姿がとても大きく見えたのですよ。』



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rve83253 at 00:26│Comments(6)TrackBack(0)むかし | エッセイ

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この記事へのコメント

1. Posted by カズキ   2006年04月17日 10:47
教えるというのは一種の魔力みたな物がありますよね。朝起きた時は、正直めんどくさいなんて感じたりもするのですが(僕だけ?)、いざ学校にいくと体力の限界まで働き、週末は生徒の事ばかり考えている。僕は妻も子供も居ない身なのですが、仕事と家庭の両立、想像するだけで大変そうです。僕なんか学校のことだけで手一杯ですから。
2. Posted by toshi   2006年04月17日 22:48
カズキさん

 そうでもないですよ。
 こうしてブログに書くと、プロ野球ニュースのダイジェスト版のようですが、実際は、長いときの流れのなかですから、何とかなるものです。いえ。そう思います。

 カズキ先生、常に全力投球のようですね。若さがうらやましい。わたしも、気持ちだけは若いつもりなのですが、・・・。
3. Posted by aoisora   2006年04月18日 07:35
 我が家でも、父親と比べて子どもと一緒の時間は自分の方が圧倒的に多いですが、でも、多ければそれでいい、というものでもないことを、子どもから教えてもらっています。一緒の時間が多くても少なくても、その時間をどう関わっているか、関わってきたか、その積み重ねの質のほうが、大切なんですよね。
 良いお話を聞かせて頂き、ありがとうございます。
4. Posted by yosiji   2006年04月18日 17:47
『この子のことは、母親である自分が、一番わかってる、という想い
これは、母親としての、プライド』そして、『集団の中でのこの子のことは、自分が一番分かっている』という教師としてのプロ意識。これが双方うまくかみ合う場合と、すれ違う場合。
 そして、自分の感性と専門性に自信を持って先入観を排除して子供の良い面を自分の目で見ていこうとする教師の思いも分かりますね。
 toshi先生の記事からいつも学ばせていただいておりました。
 新参者ですが、リンクをはらせていただきました。聖ヶ丘小学校 校長日記の清水です。
 実は、新参者ではないかもしれないのですが(恥笑) 
5. Posted by toshi   2006年04月18日 23:41
aoisoraさん
 
 わたし、個人面談や家庭訪問の折は、よくそういうことを言っていました。
 共働きが多くなっていますが、ほんとう、時間じゃないですよね。
 心と心が通じ合うのは、やはり、親の受容、共感。そういうことのような気がします。
6. Posted by toshi   2006年04月18日 23:48
yosijiさん

 コメントとリンクありがとうございました。
 ブログを開設されたのですね。おめでとうございます。
 わたしもリンクさせていただきます。末永くよろしくお願いします。

 子どものよい面を見つめ、それを伸ばす方向で協力し合いたいものだと思います。

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