2006年05月20日

校長がかわれば学校がかわる4

d27f13b8.jpg  5月11日の『人権教育(6)交流教育』の記事に対し、Hidekiさんがコメントをお寄せくださった。そのなかの3、4番で、今日の表題の、『校長がかわれば、学校がかわる。』に、ふれている。

 実は、この日の記事は、校長が変わっても、学校のよさはかわらなかった例なのだが、
 
 でも、Hidekiさんのおっしゃることは、わたしにもよく分かるし、共感できることばかりなので、

 校長経験者としては、なかなかふれにくいテーマではあるが、あえてふれることにした。

 
 わたしが転任して、1日目。職員室の校長の席に着き教頭と談笑していると、入ってきた調理員さんが、大きな声で叫んだ。
「うわあ。すごい。校長先生が職員室にいらして、教頭先生と話している。こんな光景を見るの。何年ぶりかしら。」

 まったく、ただ席に着いているだけで喜ばれるのだから、こちらとしては、苦笑いするしかない。

 その翌々日が、教職員による入学式準備だ。わたしは校長室にいたのだが、準備を終えて職員室に戻る教職員の声が大きく聞こえてきた。
「こんなのは何年ぶりかなあ。職員室に笑い声がたえなくなったなあ。」

 それに呼応するようなかたちで、地域の方の声を聞いたことがある。もっともこれは、着任直後というわけではない。やはり、本音で語り合えるようになった、数ヵ月後のことだ。
 なお、この方は、放課後学童クラブのチーフをなさっていた。だから、ほぼ毎日、職員室にお声をかけてくださっていた。
「いやあ。職員室が明るくなりましたなあ。一変しましたよ。
 まえは、『おはようございます。』と言って入っても、大部分の先生方は無視。こっちを向く先生も、『何だ。こいつは。何の用事で入ってきたのだ。』というような顔をしていました。
 それが今は、どの先生も、笑みを浮かべ、『ああ。おはようございます。』『Aさん。先日お話ししたことですけれど、〜。』などと、どんどん話しかけてくれるようになりました。
 不思議なものですなあ。いる先生方は、ほとんど同じ人なのですけどね。
 最近は、学校へ来るのが楽しみになりましたよ。」

 PTAの役員会でも、こんな話がでたことがある。
「子どもが家へ帰ってきて、校長先生のことをよく話題にするようになりました。今日、校長先生と、〜したとか、校長先生が、こう、ほめてくれたとか、子どもにとって、校長先生の存在が、ぐっと身近になったようです。」
 
 半月くらいたって、指導主事と話す機会があった。何かの話題のときに、指導主事が言ってくれた。
「toshi校長先生は、学校再生校長ですな。」

 
 わたしは基本的には、教職員、PTA、地域、子どもたちの自主性を尊重した。やりたいことをやりたいようにやってもらう。そして、そのやっていることをじっくり観察し、意味付け、価値付ける。

 人は自ら伸びようとする存在であること。それへの信念。それが人を信頼することにつながる。信頼の教育とはそういうことだ。(と思う。)

 そして、その意味付け、価値付けのなかに、校長としての学校経営方針とか、学校観、授業観、児童観などが、にじみ出る。そういう考えで一貫させた。
 
 もちろん裏切られることはある。

 信頼の教育は、あるいは、信頼の学校経営は、裏切られたときこそ、その真価を問われるのだと思う。

 ちょっと話が脱線したかな。信頼の教育については、いずれ、また、機会を見て述べよう。

 こうした方針が、次の校長にしっかり引き継がれれば、校長がかわっても、学校はさらに、生き生きと盛り上がっていくだろう。

 しかし、現実は、なかなかそうはいかない。校長も人間である以上、個性的だからだ。
 すばらしい学校経営だけをとり上げても、そのすばらしさの中身は、十人十色であろう。重点のかけ方も違う。何を大事にし、何に無頓着かが違う。その度量の広さも違うだろう。

 ああ。今日は何を言いたいのかな。

 そう。Hidekiさんは、『そうは言っても、平準化のためにと校長の権限を無くし、中央集権化することには賛成しません。現場の長の適宜の判断による最適化は、今の日本には重要なことだと思う。校長は権限を持ってよいと思う。』とおっしゃる。

 『校長だって個性的でいいですよ。隣の学校と同じでなくていいですよ。前の校長のときと同じでなくていいですよ。』と、おっしゃってくださっているのではないか。

 だけれど、留保がつく。『だけと、その分、校長先生が、さまざまな物事をきちんと理解し、慮ってくれる。・・・。そう。校長先生がしっかりしてもらう必要があると思ってます。』

 そう。校長が、『どの子も楽しく安心して豊かな学校生活を送れる学校づくり』を軽視したのでは、それは許せないという、そういうことをおっしゃっている。(のではなかろうか。)

 最後に、『そうは言っても、様々な価値観や考え方をもつ校長先生がいらっしゃいますから、保護者・子どもの側に「学校選択の権利」も必要になってくるかもしれません。』

 これは、こうした論理の当然の帰結だと思う。わたしは全面的に賛成である。

 我が地域は、『特色ある学校づくり』をうたうようになって久しいが、これは、上記、「学校選択制」が実施されて、初めて完結するのではないだろうか。(本記事末尾に訂正の文章があります。2010・7・4づけ注)

 
 さて、ここまで述べて、ちょっと気になっているのは、今、現実に、子どもの人権を軽視、無視したり、人権をはき違えて、『いじめる側にも人権がある』ような言動をしてしまったりする学校があるらしいことである。

 これは、はっきり言うが、『間違い』である。

 Hidekiさんがおっしゃる、『校長先生が、さまざまな物事をきちんと理解し、慮ってくれる。』は、最低限、どの校長にもなければならない。


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 すみません。2010年7月4日付で、本記事の『学校選択制支持』の部分だけ、ちょっと主張を変えさせていただきます。今は、これに反対の気持ちを持っています。

 くわしくは、下記リンク先をご覧ください。

    『学校選択制』はどうなる?

rve83253 at 13:16│Comments(6)TrackBack(0)学校管理職 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2006年05月21日 05:38
私はおかげさまで、すばらしい校長先生に今まで仕えてきたので、そんなに感じなかったのですが、なかなかひどい(言い方が適切ではないかもしれませんが)校長先生もおられますね。
部下からも地域からも非難を浴びるような方をよく耳にします。実際にお会いして話してみても、「確かに私とはあわないな」と感じますね。
もちろん個性も大切ですが「チームワーク」を重んじることが重要だと思いますね。

でも以前よりは校長の権限は少なくなってきたような気がします。少し前までは「カリスマ校長」的な人に結構出会ってきましたが、今はほとんどいません。
尊敬している校長先生に聞いたところ「今は校長だけでは学校は変えられないシステムになった」とおっしゃっていました。
管理職を目指す方が少なくなってきた原因は、こんな所にあるのかもしれません。
2. Posted by 七星 来人   2006年05月21日 10:21
どんな人を校長先生に任命するか。
これが大切になってくるかもしれません。コネ・裏金で決まっていた時代の校長には「背骨が通っていない」方がいらっしゃいました。昔はそれでも「優秀な部下」がいればやれたのですが、最近は「校長裁量」の拡大と共にそういう「骨抜き」の方は仕事が辛いと思います。
『校長で学校が変わる』それは現在でも生きていると思いますし、権限拡大の影響から今後は『学校は校長次第』ということになってくるかもしれません。
実際、「人使いの下手な事務屋校長はそれで何人かの先生のやる気をなくさせ、学校を荒廃させ続けています」
校長ってこれから給料下げられ、責任は多岐に渡り割の合わない仕事になるかもしれませんね。
私は…『絶対に出世できない』という妙な自信があるので、対岸の火事みたいに思っているところがありますけれどね。
3. Posted by toshi   2006年05月21日 14:29
hirarinさん

 「校長も個性的であっていい。」とは言っても、何でもいい訳ではなく、最低限必要な資質というものはあると思います。
 ただ、問題は、それだけの人材がいるのかということ。あり余るくらいいれば、その地域の教育はよくなっていくでしょうね。
 わたしは、hirarin先生のおっしゃるチームワークは、校長の立場から見れば、『気づいたらできていた。』が理想ではないかと思います。
 管理職を目指す人は少なくなっていますか。
 わたしは、今の方が、校長裁量はふえたと思うのですが、たとえば、学校予算は、学校裁量の部分がふえています。ただ、hirarin先生のおっしゃるカリスマ的に振舞える部分は、減っているかもしれませんね。
4. Posted by toshi   2006年05月21日 14:41
七星来人さん

 コネは、我が地域ではかつてはあったでしょうが、裏金などというのは、わたしは知りません。七星さんもおっしゃるように、今現在以降は、学校の真価を問われる時代ですから、そういう校長は、きびしいでしょうね。
 学校を荒廃の方向にしてしまう校長は、給料が下げられるだけでなく、降格という時代も来るのではないでしょうか。
 でも、わたしは、それだけ、仕事のしがいのある時代が来るのだと思います。
 今から、そんな自信をもたないで、子どものため、市民のために、がんばってください。
5. Posted by mamas   2007年05月29日 13:36
toshi先生、このひと月悲しいかな、まったく反対の状況の中で前会長として戸惑いながら、確かな声を聞こうとしています。とても苦しいです。同じ志をもっているはずなのに・・・
6. Posted by toshi   2007年05月29日 21:42
mamasさん
 何か大変なことがあるようですね。
 お力になれればと思いながらも、なれるかどうか分かりませんが、何でもけっこうです。
 サイドバーの上部に、メール受付欄がありますので、そこから、いただけますか。
 少しでも、お力になれればと、思います。

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