2006年04月08日

いじめの問題(2)

ff5b75be.JPG 周りにいる子が、皆、『Aちゃん、やったよ。ぼく見たもの。』と言っているのに、やらないと言い張る子。近年、こうしたケースが増加している。

 
 わたしが担任時代は、こういうことは自分の学級だけでなく、他学級でも他の学校の話でも、見聞きしたことはほとんどなかった。

 どんないじめっ子でも、乱暴者でも、人の物を取ってしまう子でも、やっているところを見たと言われれば、観念したものだった。

 
 わたしが教頭として新しい学校に着任すると、教員同志の話が、聞こえてきた。

「限りなく疑わしいのよね。でも、本人はやっていないと言い張るから、どうしようもないのよね。」
「そう。物がなくなれば、必ず、あの子がその場にいるのよ。だから、間違いないと思うのだけれど、認めないのよね。」
「もうそういうことが何回もあるわ。2年生のときからかしら。」

 わたしは、話に割って入った。話題の子は、5年生。3年間も、限りなくグレー状態というのは、ちょっと問題と思ったのだ。『うそをついても、ばれなくて済む』状態が続き過ぎる。

「そんなことはないだろう。ほんとうに限りなく疑わしいのだったら、いろいろ手を尽くしたらどうだ。周りに見ている人がいなかったのかとか、そのとられたものが見つかったとか。」
「そんな、無理ですよ。持ち物検査でもしろっておっしゃるのですか。」
「そんなことは言っていない。なんか、先生方の話を聞いていると、本人がやっていないと言えば、先生方が簡単に引き下がってしまうようなので、もっと真相究明に努力してほしいと思うのだ。」
「・・・。」
「学校は警察ではないから、無理なことも多いだろうということは分かる。でも、どうしても無理なら無理で、やることはある。」
「何ですか。」
「そうだなあ。わたしだったらこう言うよ。〜。」
以下はホームページに書いたので、それを読んでいただければと思う。

 わたしの担任時代は、おおむねこれで済んだ。うまくいった。

 ところが、最近は、冒頭のようなケースが出てきたので、今一歩、踏み込んだ対応が迫られる場合もある。

 表題のいじめの件にふれるが、いじめられた子が訴えているのに、また、それをみていた子が証言しているのにもかかわらず、『いじめてなんかいない。』と言い張る子が現れるようになった。

 これについては、わたしの校長時代、こういうことの対応の上手な先生がいた。

 その一例。
「何でやっていないと言い張るのだ。みんなが、『君はいじめていた。』と言っているではないか。・・・。知っているだろう。高校野球の選手が一生懸命練習して、甲子園に出場できるようになっても、そこで、よくないことがよそからばれて、出場を辞退しなければならなくなることもあるよな。・・・。君は今、音楽会の出場を目指して、毎日がんばっているだろう。それが、よそからいじめって言われて、音楽会に出演できなくなってもいいのか。正直に何をしたのか言ってしまったらどうだ。」

 それで、素直に認めたということがあった。それ以来、この子は、素直に認めるようになったと言う。そして、いじめをしなくなったとなれば、最高だったのだが、まあ、そこまではいかなかったものの、頻度はものすごく減った。それでよしとした。

 わたしは担任時代、正直な態度に対しては最大級の価値をおいてほめた。やったことはひどいことであっても、素直にそれを認めた場合には、ほめる方にウエートをおいたのである。

「いやあ。すごい。たいがい、『お前が先に殴ってきたんだろう。』『ちがわい。お前が先に蹴っ飛ばしてきたんじゃないか。』などと、言い合いになるのだ。それなのに、君が正直だったおかげで、話が完全に一致した。だから、どっちがいけなかったかもよく分かる。・・・。これはうれしいなあ。・・・。自分が損することでも素直に認められるということは、もう、こういうことはしないだろうと思える。それも、すごくうれしいことだよ。・・・・・・・・。ところで、何でほめられたか分かるな。友達を蹴っ飛ばしたからほめているのかな。」
最後は、みんな笑顔のなかで、指導を終えることができる。
 
まあ、以上は、ことが起きたときの対応という意味での話で、根本は、やはり、はなはなマロンさんが3月17日保健室登校(3)コメント41番でおっしゃったように、『学校がみんなと信頼関係を持て十分に人間的に成長できる場でありさえすれば、子どもは家庭の問題を決して学校に持ってくるはずはありません。むしろそういう子ほど学校にきたがり癒される場になるはずなのです。』なのである。

 家庭に子どもへの愛情がなく、子どもの心が満たされない子は、近年ますます増加傾向にある。そういう子にとって学校の居心地が悪ければ、もう、安心して過ごせる場所がなくなってしまうではないか。そういう子でも、学校が楽しく心豊かに過ごせる場となるように、授業にも工夫を凝らし、・・・、

     4月2日 子ども一人一人の基礎・基本(1)
     4月4日 子ども一人一人の基礎・基本(2) 

つまり、授業はどのレベルの子に合わせるかという発想ではなく、どのレベルの子にも合わせて行うことが大切だし、・・・、

生活指導も、ほめる子はほめてばかりいるが叱る子は叱ってばかりというのではなく、できる限りほめる量をそろえる方向で努力すべきなのである。

 たとえば、乱暴しなくなっただけでほめる。宿題をやってきただけでほめる。そういう子がいたっていい。

 いつかもわたし述べたように、いじめをしない、させない教育は、『心豊かな人間性を育む教育』と、軌を一にするものである。


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rve83253 at 23:51│Comments(6)TrackBack(0)児童指導 | いじめ

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この記事へのコメント

1. Posted by ゆしひろ   2006年04月09日 20:16
はじめまして。
私、小学校で教員をしております。教員16年目です。
ほんとうに、平気でうそをつく子が多いと感じます。まわりの子が「やってるのを見た」と言っても、「やっていない」と言い通す子がいます。
ほんとに、これは、今までその子が嘘をついてそれで事が済んできたってことですよね。
小さいときから、小さな嘘でもついてもいけない、ということ、大人は嘘を見破って、嘘をついたらたいへんなことになるということを教えなければならない。
教員は、子どもがグレーなら、簡単にあきらめずに嘘を告白させてあげるのが、その子の将来のために大事だと思って、私は厳しくやってます。もちろん、体罰はしませんが。これからも時々ブログ読みにきます。よろしくお願いします。
私もブログをしています。よかったら見に来てください。
2. Posted by toshi   2006年04月09日 22:58
ゆしひろ先生
 コメント、ありがとうございます。限りなくグレーになってしまう一つの原因としては、担任の対応の仕方に問題があると思うのです。
 こういうとき、別室へ呼んで、個の対応をしていることが多いのではないでしょうか。
 万引きなど、学級の子が知らない事実を問い詰めるときは、そうしなければいけませんが、いじめなど、学級の子が何人も見ている事実であれば、学級の子全員を相手にして、やった事実を言わせればいいと思うのです。
 ただし、心の豊かさを育む学級経営を強力におし進め、『悪い子』という思いを抱かせないという鉄則はありますがね。
 わたしのホームページの、『学級経営・児童理解編1靴かくし』をごらんいただければ幸いです。
3. Posted by あなたのブログの価値   2006年04月10日 19:04
ブログの価値を計算させてもらいました。
デザイン、質感、スタイルが価値のあるブログ
として、当社としては一度お話をしてみたいと
思いました。よければ一緒にブログを盛り上げて
みませんか?あなたが所有者で、当社が運営者
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4. Posted by ゆしひろ   2006年04月14日 04:59
ウソに気づいて、ウソで物事が済んでしまうことのないように、本当のことを言わせてあげるのが私たちの仕事ですが、結構、コツが必要ですよね。私も、万引きとか以外は、周りに子どもがいる状態で叱ります。まわりの子が、結構重要だと思うのです。子どもって、教師に注意されるより友だちに言われることのほうが、ぐっときますからね。周りで見ていた子、聞いていた子から状況を本任の前で聞いて、ウソをいえない状況にしてから、本人に聞きます。時と場合によって、対応が違うので、新任の方には、場数を踏まないと、なかなかわからないかなあと思います。
5. Posted by ゆしひろ   2006年04月14日 05:00
靴隠しは、うちのクラスでは、幸い最近ないですが、むかし、あったときは、1番に見つけた子が隠している確立が高いですね。ちょっと屈折した子は多い。気をつけてあげないといけない子ですね。そして、隠された本人が実は自分で隠した、というケースもありました。これは他のクラスでのことでしたが、この子は愛情不足というか、自分のことを見て!という思いがあったのでしょう。靴隠しがある、ということは、どこかでクラスがうまくいっていない初期症状だと思うので、靴隠し以外の部分で対応の必要があると思います。
6. Posted by toshi   2006年04月15日 10:05
ゆしひろさん
 もうわたしの感覚とぴったりという感じ。うれしく思いました。
 わたし、書いてない部分があったことに、今さらながら気づきました。
 こうした対応って、『悪い人』という感じにさせないことが大切なのですね。
 それによって、クラスの子みんなが、『このクラスの子は皆すてき』と思えるようにもっていくのが大切だと思いますし、心の豊かさをねらえるのだと思います。

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