2006年04月06日

年度初め


4e76d51b.JPG 年度初め、全国的に、今日5日は、始業式、入学式、着任式が行われているのではないか。

 
 帰宅途中、もう家に着く直前だから、あの親子の会話は、我が居住地学区の小学校のことだろう。

 わたしが、その親子連れを追い越すところだった。思わぬ会話が耳に飛び込んできた。

「わたしは、A先生だった。」
「そう。Bちゃんは?」
「Bちゃんはねえ。C先生。」
「えええっ。」
 その母親の何とも悲壮な、悲鳴のような声。

 あとで何とも不思議な会話だと思った。わたしは親子連れのように思ったが、それは違ったのだろうか。親子連れかとも思うし、いや、あのお母さんは、Bちゃんのお母さんなのだろうかとも思ったし、・・・、でも、それは、分からない。

 全国的に、今日は、こういう『悲喜こもごも』・・・、などと言っては、まことに申し訳ないケースもあるだろうが、そういう光景が見られたに違いない。

 担任発表。あれは、教員にとっても、微妙でいろいろな思いが渦巻く瞬間だ。
 わたしが担任時代、毎週、週案に学級経営の反省記録を書いたが、情熱的な我が校長が、次のようなコメントを書いてくれたことがある。

 『これは、○秘だが、子どもへの担任発表は、教師の評定に通ずる。歓声が渦巻き、身体で喜びを表現する。好かれ、慕われる教師。やさしさときびしさが兼在している。逆の場合もある。その担任の心はどうだろう。先週は、Toshiさんのすばらしさを再確認させてもらった。』

 校長のかなりの部分は、担任発表の前、子どもに、
「声を出してはいけません。黙って聞きましょう。」
などと言うと思うが、この校長は、平気だった。

 だから、わたしも、校長時代、平気にしていた。
 こういう感化もあるのだ。

 このブログにも、保護者のいろいろな声が入る。そうした事態が、この一年、少しでも好転するよう、幸せに向かうものであるよう、祈念せずにはいられない。


 さて、今日は入学式の日でもあった。わたしの勤務校にも、かわいい顔々の1年生が入学してきた。あいにくの天気だったが、どの子の顔も輝いていた。

 あっ。そうか。涙顔の子も2名くらいいたかな。お母さんと離れ離れになるのが、いやなようだった。でも、その子も、入学式には、笑顔で入ってきたので、ほっとした。

 感慨無量なのは、平日にもかかわらず、父親の参列が多かったこと。会社など、お休みをとって来ていると思われるが、仕事第一主義からの脱却。大変いいことだと思う。日本も変わってきている。

 式が始まった。感心したのは、子どもたちがきちんと挨拶できること。校長先生が、『おはようございます。』と言うと、子どもたちも、『おはようございます。』また、『入学おめでとうございます。』に対して、これは少数ではあったが、『ありがとうございます。』と返事があった。これには、保護者席からもどよめきが起きていた。
 家庭かな。それとも幼稚園、保育園かな。多分両方だろう。しつけの行き届いている姿を感じた。


 校長先生が、お祝いの言葉のなかで歌を歌った。『大きな栗の木の下で、〜。』とってもいいなと思ったが、これに対して、子どもたちは、『シーン』。驚いたのかな。

 実はわたしも、入学式で歌ったことが数回ある。それを思い出した。

「〜。みんな幼稚園や保育園のとき、歌ったことがあるのではないかな。『1年生になったら、1年生になったら、友達100人できるかな。』〜。」

 ある年の1年生だ。最前列にいた、つわものの1年生が突然立ち上がり、わたしを指差して、『おれ、その歌、知っている。』と叫んだのだ。式場内は、温かな笑いに包まれた。それまでのどちらかと言えば、緊張した場内が、一気に和やかなムードとなった。

そのときは、だいたいこういう話をした。
「〜。そうしたら、去年の1年生が、おもしろい歌を歌っていたの。
『1年生になっちゃった。1年生になっちゃった。友達100人できちゃった。』
わたし、楽しくなっちゃって、『すごいなあ。友達、100人できちゃったか。』って聞いたの。そうしたら、その子は、『うん。できたよ。』って答えてくれました。
 
 ね。すごいよね。みんなも、友達100人、できるといいね。
でも、この○○小学校、1年生だけだと、○○人しかいないの。だからね。2年生も3年生も4年生も5年生も6年生もお友達にしちゃってください。〜。」

 しゃべったときは、とてもいい話ができたと思った。めったにないことだが、保護者席からは拍手もいただいた。
でも、これ、問題だね。最近の、このブログで、『友達って、いなければいけないものか。今の子って、友達がいないことへの、強迫観念がある。いなければいないでいいさ。一人でいられるのも大事なこと。』そういうコメントが載ったことがあるから、ちょっと問題性を抱えているかもしれないなと、今は思う。

 やはり、人間誰もが、『あるがままで幸せ』という気分を大切にしたい。今はそう思う。


 申し遅れたが、わたし、転勤した。今の初任者指導の仕事はもともと1年契約。そして、2年間だけなので、今年度が最終となる。

 初任者とも、先日初顔合わせを済ませ、今日、子どもとの出会いがあった。今年の初任者は、2年生、3年生が一人ずつ。4年生が2人となった。新たな気持ちでまた、がんばっていきたい。

 地域的には、2校とも、最近、急速に市街化した、旧田園地域。子どもとは、昨日の入学式準備に来た新6年生。そして、今日の始業式と、2日会っただけだが、人懐こさ、きさくさなどを感じる。古き日本のよさを感じる地域のように思う。どちらかと言えば、わたしの現職最終校の雰囲気と似ている。


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rve83253 at 04:01│Comments(24)TrackBack(0)学校経営 | 子ども

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この記事へのコメント

1. Posted by Hideki   2006年04月06日 09:08
こんにちは
お話の本題とはそれるかもしれませんが、この一言がひっかかりました
> 今の子って、友達がいないことへの、強迫観念がある。
「脅迫観念」…今の子に限らず昔もあったわけですが、殊更に妙に色濃く感じます。
友達がいないことへの恐れが、友達と違うことへの恐れになって、「形だけ同じ」集団を形成し、ひいては自分と異なるものへの排除につながる。
勉強ができないこと、クラスの中で他人より劣っていることへの恐れが、劣等感につながり、もの言わぬ子になるか、逆にキレたり
競争が、前向きな意欲につながるのか、後ろ向きな気持ちに結びつくかの分かれ目が、そこにありそうな気がします
2. Posted by Hideki   2006年04月06日 10:12
でも、この強迫観念って、子どもだけに限らないですね。
まわりの子どもよりも(学力、体力、人間関係で)遅れていることへの親のあせり
お話にあった「教師評価」も、いまの学校の体制の場合、「ハズレ」の先生にあたった場合の悲惨さ(先生方、こんな言い方してごめんなさい)を聞き及んでいるから、自己防衛という気持ち以上に過剰に反応してしまう。
いや、ひょっとしたら
わがクラスで、いじめ・不登校という、いま巷で問題視されていることが起きているということへの教師のあせり
も同じなのかもしれないです。
3. Posted by Hideki   2006年04月06日 10:12
共通するのは、脅迫されたようなあせりが平常心を見失い、「表面的」な解決だけしかしようとしない上に、さらには極論(エスカレートした事態)に走りがちということ
そんな中で、Toshi さんのように、どっしりと構えた人が近くにいらっしゃると、本当に落ち着くのですけどね。。。
どちらかというと、「人の気持ち」の問題なんですよね
4. Posted by POOHママ   2006年04月06日 20:23
こちらの始業式&入学式は
基本的に8日ですが、
今年は日曜なので、
7日に行う学校と
10日に行う学校とがあります。
私の学校は10日です。
明日7日に学級発表
(学級わけと担任名)
が、あります。
本題とは関係なく、
個人的な話ですが・・・
残念ながら、私は持ち上がりになりませんでした。
(隣は持ち上がりです)
持ち上がりを希望してくれた子たちが多い中、
学校事情や個人事情もろもろのため、
叶わず、申し訳なく思います。
明日、発表を見に来る子どもたちと
顔をあわせにくいです。
複雑な心境です。
5. Posted by hirarin   2006年04月07日 03:49
担任発表は確かに子ども以上に教師のほうがどきどきしますね。
おかげさまで私の場合、歓声が渦を巻き次の担任の先生の発表ができないことが多々ありました。
若い時だけだろうな・・・・・と思っていたのですが30半ばになっても変わらないのは成長していない証拠でしょうか?
でも、力がない教師であるにもかかわらず、この時だけはうれしい気持ちになりましたね。
今年はそのどきどき感がなくて少し寂しい気がします。
6. Posted by toshi   2006年04月07日 05:10
Hidekiさん
 おっしゃる通りと思います。
 この強迫観念は、日本人特有のものかもしれません。大人が、こういう価値観を持っているから、いえ、価値観をもつというより、骨身にしみこんだものでしょう。無意識にそういう思いになってしまうのでしょう。
 『世界で一つだけの花』がはやったのは、『それではいけない。』という思いが、日本人全体にあったからでしょうが、『骨身』ですから、やはりそれだけでは変わらないのですね。
 ここは大人が、つまり学校も家庭も、意識して、『一つの花』を実践する必要がありそうです。
 そうすれば、Hidekiさんがおっしゃるように、他者をあるがままで認められますから、いじめもへるのではないでしょうか。
 わたし、これ、『いじめの問題(2)』のテーマにさせていただきたいと思います。
7. Posted by toshi   2006年04月07日 05:22
POOHママさん
 またまた、認識を新たにさせられました。卒業式、離任式はいろいろでも、入学式は、全国同じ日と思っていました。やはり日本は広いなあ。
 そう。担任を外れることによる、『ええっ。』もあるのですよね。新しい担任への『評定』という意味だけではないのですね。
 我が地域では、小学校も中学校のように、全学年学級編成替えをする学校が急増しています。これだと、ほとんど持ち上がりは期待できないので、持ち上がりになった場合は、驚いてしまうようです。
 わたしの経験でも、POOHママさんのようなケースはありましたが、これは、割り切るしかないようです。『これからも同じ学校にいるのよ。よその学校にいっちゃうわけではないのよ。』で、いいのではないでしょうか。
8. Posted by toshi   2006年04月07日 05:28
hirarin先生
 いえ。いえ。若いときだけではないというのは、すばらしいことではないですか。成長していないなどということはありません。
 わたし、逆だと思いますよ。人間いつまでも、若いままではいられない。それでも、ずっと歓声が渦巻くというのは、先生自身が、魅力的存在だからです。そして、魅力の中身は、若いときとは変わっているはずです。
 どうでしょうか。若い時は、『体が良く動くから』、『子どもと一緒に遊んだりするから』。しかし、年数を重ねると、『子どもの心に添えるから、』というような感じになるということではないでしょうか。
9. Posted by ヒデト☆   2006年04月07日 23:32
はじめまして!
流れ流れて、このブログへやってまいりました。
まだ、今回のブログしか拝見できてませんので、コメントが難しいのですが、
一生懸命な姿勢がとても伝わってきて、感動しました。
また、拝見させていただきます☆
10. Posted by マグ   2006年04月07日 23:44
Toshi先生昨年はありがとうございました。去年の今頃は毎日ドキドキして余裕などまったくありませんでした。
 今年はかわいい4年生39名の担任になれました。子どもたちのよいところをどんどん見つけて気付かせてあげたいと思います。
 今年は2年目で去年より学校の仕事もたくさん入ってきました。あせらず、無理せず、心にゆとりをもって子どもたちに寄り添い共に成長していきたいと思います。
11. Posted by kumama   2006年04月08日 00:00
年度初め・・・そして担任発表。
 5日の始業式に子供の姿はありませんでした。
けれども、いいお知らせもあり☆
 子供が唯一信頼している先生が担任してくださることになりました。詳しくは言えませんが、とても大きな決断をして子供を引き受けてくださった先生には大きな感謝と、同じくらいの申し訳なさで一杯です。
 その先生が担任してくださると聞いて、「行けるかも」といった子供の気持ちと、担任の先生の想いに応える為、再びわたしなりの戦いも始まりました。
「いけるかも」を「いってきます」に変えることを目指して頑張りますね。
12. Posted by toshi   2006年04月08日 06:15
ヒデトさん
 コメント、ありがとうございます。新しい訪問者に読んでいただけること、とてもうれしいです。
 このブログは、敷居が高くてなどとおっしゃる方もいらして、そんなことはないのです。
 どうぞ、気楽にコメントいただければうれしく思います。
13. Posted by toshi   2006年04月08日 06:18
マグ先生
 転任してまだそんなに日がたっていないのに、なんか、もう、ずいぶん前のような気がするね。
 『ともに成長』
がんばってくださいね。
 こうして、ときどき、コメントをください。
14. Posted by toshi   2006年04月08日 06:37
kumamaさん
 そうですか。よかった。
 学校もいろいろ考えてくれたのでしょう。よい結果となるよう祈念しています。
 ただくれぐれも、無理のないようにしてくださいね。
 わたし、お子さんと会ったこともないので、以下のことはかなり無責任になってしまい、その点、こわいのですが、そのことを心に留めながら、ご覧いただけたら幸いです。
 わたし、かつて失敗したのですが、たぶん、kumamaさんのお子さんも、親の思いを読むと思います。親は、なかなか、我が娘のケースの『養護教諭』(3月6日『保健室登校』2)のようにはいかないのですが、その点、がんばっていただけたらと思います。
15. Posted by toshi   2006年04月08日 06:47
そうした点は、担任も、お子さんにコンタクトをとると思いますから、さりげなく、学校、学級の話題提供くらいにとどめてくれるといいですね。そんなこと、わかっていらっしゃるとは思います。
 お母さんが、学校へ出向き、担任と話されることは、お子さんも歓迎するのではないかと思います。ひんぱんになさったらどうでしょう。
 担任が変わったことで、学校も姿勢が変わるような気もします。まあ、この辺は、頼りない気もしますが、好転するといいですね。
 言いたいことは、『いじめる側の人権』という例の言葉です。その子たちは、今もいるのでしょうから、学校の意識が変わってくれないと、むずかしいような気もします。その辺は、お母さんが、担任と相談なさることかなと思います。
 
 ごめんなさい。そんなことまで言っちゃって。
16. Posted by toshi   2006年04月08日 07:01
今回のコメントをいただくまでに考えたことを書きますね。
 お子さんがお母さんと一緒に気軽に行ける施設があると思います。我が地域なら、『子ども家庭支援相談』(旧で言う保健所の中にあります。)、『不登校児童が通う学校』などがあります。そういうところへは行かれたことがあるのでしょうか。
 もちろん籍を移すということではありません。気軽に生活したり、ゲームをしたりしながら、カウンセラーのような先生とふれあいます。気心が通じれば、いじめの顛末なども話すようになるかもしれません。
 そういう施設があるのではないかと思います。もし、ご存じなければ、調べたらいかがでしょう。
 学校との両面作戦でやられたらという気もします。
17. Posted by kumama   2006年04月10日 01:25
toshiさんへ
いじめの問題に焦点を当て、2,3と続けて記事にしていただきありがとうございます。読ませていただいて、いろいろと考える事はあるのですが今はまだ、まとまりません。もう少ししたら、そちらにコメントさせていただきますね。
子供のこと、いろいろご心配頂きありがとうございます。
「子供は誰でも親の期待の応えようとするし、普通でいたいという義務感で無理をする」
訪れた相談先の先生に言われた言葉です。それ以来、親の気持ちを押し付けないよう、子供自身が気付かないで無理をしないよう、細心の注意を払っています。
先にも書きましたが、いろいろな施設を訪れました。toshiさんのような退職した校長先生方が中心となって立ち上げた不登校児支援のNPOにも伺いました。そこは、学校との連携も図っていただけるので、お世話になれればと思っていました。
でも、ご存知のとおり、子供が嫌がりました。
18. Posted by kumama   2006年04月10日 01:38
 いじめの問題には触れないつもりだったのですが、ちょっとだけ触れます。「やっているのに、やっていないと言い張る子」の味方をしているのは、今の学校教育に他ならないと思うのです。「やっていないと言い張る」うちにいじめられた子供は、辛さに耐えられず、転校して出て行ってくれるからです。
『人権は、いじめられた子の為にある』
と言って下さるtoshiさんも、転校を薦められます。もちろん、子供をこれ以上苦しめない為に一番良い方法として言って下さっているのは十分わかっています。わたし自身、転校させた方がいいと何度も考えました。でも・・・
19. Posted by kumama   2006年04月10日 01:49
いじめについて、いろいろ調べているうちに、兵庫県の中学校の例に行き当たりました。いじめでPTSDになった少女が安心して学校に行けるようにして欲しいと学校に訴えた結果、学校と教育委員会は、いじめたほうの子供3人を、親の同意の元、転校させました。それについては賛否両論あったそうですが、否定的意見のほうが多かったようです。
 いじめた子供と、いじめられた子供、同じ学校にいて解決できればいいのは当たり前です。そうなるよう、学校は最大限努力すべきでしょう。でも、それが出来ない時、転校するのがいじめられた子供ばっかりという今の現実は絶対に間違っていると思うのです。いじめられた子供が大切な友人や、大好きな先生とも別れなければならないのは、酷すぎると思うのです。
20. Posted by kumama   2006年04月10日 02:04
だから今、わたしは戦っています。
 (さすがにいじめた子供を転校させろとは言いませんが)
子供も学校に行く準備ができつつあります。
toshiさんに怒られそうなので今日はこの辺にします。
少しだけと言いながら,長くなりました。子供を苦しめることだけはしないよう、心療内科のお医者様とも相談の上で頑張っていますので、その辺はご安心ください。
21. Posted by Hideki   2006年04月10日 09:30
kumamaさん、横入り失礼します
たぶんToshiさんが転校を薦めるのは、窮余の策なんだと思うのです。というか、いじめられた子が転校することで問題を解決しようというのは、みかけ上の表面的な解決策でしかありません。
でも、まずは、いじめられている子ども本人の一生の方が大事ですので、その子自身が無理のない、つらさのない方法ということで、選択肢として挙げられているのであって、学校の先生自身が、Toshiさん自らがそう発言すること自体、、おそらく一番「くやしい…忸怩たる思いのする」ことなんではないでしょうか?
22. Posted by kumama   2006年04月10日 12:46
Hidekiさんへ
 ありがとうございます。
わたしもtoshiさんの気持ちは十分わかっています。でも、toshiさんを責めているように感じられたのなら、それはわたしの文章の拙さのせいだと思います。toshiさん、Hidekiさん、ごめんなさい。
 
 toshiさんが「くやしい…忸怩たる思い」でいらっしゃってくださることもわかっています。でも、先生方も悔しいと思ってくださっているのならば、いじめられている当事者が声を上げることが一番いいのかなと思ったのです。
 だからこそ、転校以外の解決の道を何とか切り開いて見ようかなと思って戦うことにしたのです。
『toshiさんに怒られそうなので』と書いたのは、親の意地とか、感情での戦いに、子供を巻き込むことだけはしないでくださいねと言われてしまうかなと、ちょっと怖かったからです。
 無理も無茶もしません。Dr.とも相談しています。何よりも望むのは、子供の笑顔ですから。
23. Posted by toshi   2006年04月11日 04:38
kumamaさん、Hidekiさん
 いろいろ、ありがとうございます。わたしこそ、いろいろなさっているkumamaさんに対し、失礼ではないかと思っています。『そんなこと、分かっているわ。』と言われそうで・・・、ごめんなさいね。
 しかし、言い訳です。kumamaさんと同様の事態に直面している方は、他にも大勢いらして、このブログを読まれている方もいらっしゃるだろうことを思い、あえて繰り返し書かせていただいています。すみません。
 確かに、Hidekiさんがおっしゃるように、転校は、緊急避難的措置です。もしわたしの学校にいじめがあって、保護者が他校に転校させたいと言ってきたら、それは認めざるを得ませんが、申し訳ない思いでいっぱいになるし、自校の改善を図るべく最大限の努力をするし、それをお誓いすることは間違いありません。
 前記、多くの方の目を意識していることと、もし自校だったらという思いとで書かせてもらっています。
24. Posted by toshi   2006年04月11日 04:50
kumamaさん
 kumamaさんが、転校は、根本的な解決にならず、今のままで、事態の改善を希求なさっているそのお気持ちはよく分かりました。そして、感謝します。それだけに、学校が自らの改善を図るよう、努力してほしい思いには切なるものがあります。
 
 ごめんなさいね。なんか、うまく書けない。kumamaさんの思い、なさっていることに対し、わたしの言っていることは、あまりに表面的なようで、すみません。

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