2006年01月10日

マニュアル

0db622b3.JPG  一昨日のわたしの、『自主性を育む』のブログに関して、多くのコメントをいただいた。そのなかに、小学校教員のpiano先生のものがあった。

 この記事は次のような内容だった。

 職員室に用事があってやってくる子どものことだが、目の前にA先生がいるにもかかわらず、『A先生はいらっしゃいますか。』と言う子どもの姿。他の例もいくつかとり上げ、『マニュアル通りにしか動けない今の子の実態』について書かれていた。

 それを読んで、わたしは、次女が6年生だったときのことを思い出した。

 次女は、今年、29歳になる。その次女は、6年生のとき児童会役員をやっていたため、職員室に行く機会が多かったようだ。

 あるとき、プンプン怒って、わたしに言った。
「もうわたし、学校の職員室には絶対行かないんだ。」
「なんだよ。どうしたんだ。」
「すっごく腹の立つ先生がいるんだよ。」
「穏やかじゃないな。いったい何があったのだ。」
「職員室に入るとき、『A先生はいらっしゃいますか。』って言うでしょ。そうすると、だいたいそばに、B先生がいて、『いないよ。見れば分かるだろう。』って、バカにしたように言うんだよ。だから、もう絶対行かないの。」
「なんだ。そういうことか。でも、C(娘の名前)は、児童会役員なんだろう。これからだって、職員室に行かないわけにはいかないだろう。」
「うううん。いいの。同じクラスのDさんに頼んだから。『これから職員室に用があるときはお願いねって。』

 「そうか。それなら、そのことは分かった。・・・。でもさ、B先生のことだけれど、そりゃあ、言い方はひどいのかもしれないが、でも、『見れば分かるだろう。』っていうのもその通りじゃないか。何でそんな言い方をするのよ。」
「そりゃあ、見れば分かるよ。いないってね。・・・。でもね。戸を開けて、いないからっていうんで黙って戸を閉めたら、変でしょう。しつけもできていない子って思われちゃうから、だから、仕方なく言うんじゃない。」

 わたしはおかしくなってしまった。子どもがマニュアルのように言うわけが分かったような気がした。

 でも、あえて言った。
「仕方なく言うにしろ、やっぱり、いないって分かっているのに、『いらっしゃいますか。』と言うのは、変だよ。その場に合った言い方をしないとな。」
「じゃあ、どう言えばいいの。」
「そうだなあ。・・・・・・。『失礼します。・・・。○○先生に用があったのですけれど、いらっしゃらないようなので戻ります。』なんていうのはどうだ。」
「ああ。わかった。それがいい。ようし。今度からそう言おう。」

 『職員室に絶対行かない。』が、撤回されたようでよかった。しかし、まあ、今振り返れば、これもやはりマニュアルではないか。臨機応変はむずかしいのかな。


 話は変わるが、わたしが、校長としてE小学校に着任したとき、職員室の扉には、次のような掲示がしてあった。

 『職員室に用のある児童の皆さんへ。
◎ 職員室に用があるときは、次のように言って入りましょう。
・○年○組の   ○○○○です。
○○を取りに来ました。』

 わたしはこれを見たとき、マニュアル人間にしようとしているようで、とてもいやな気がした。すぐにでも取ってしまいたかった。しかし、前校長がやったことと聞いて、それはやめることにした。前校長のやることを即否定するのは、穏当でないと思ったのだ。

 そのかわり、職員室に入ってくる子には、すべて声をかけるようにした。『しっかり言えたね。』『ご苦労様。』『はい。わかりました。』など、何でもいい。その時の気分でいろいろ声をかけた。

 だんだん、マニュアル通りに言わない子も出るようになった。
「おっ.そこに書いてあることとは違うけれど、でも、いいよ。しっかり、誰に用か言うことができたね。」というような具合だ。

 あるとき、おもしろい子たちに出っくわした。
「まるねん、まるくみの、まるまるまるまるです。まるまるをとりにきました。」
文字通り、書いてある通りに言っているのだった。しかも、数人が声をそろえて、大きな声で、そう読んでいた。

 そばにいた先生が、
「そうではないのよ。丸のところにはね。自分のクラスを当てはめて言うの。」
「そうか。じゃあ、ここのところは、用事を当てはめるんだ。」
「そう。そう。それでいいのよ。」
そうしたら、口々に、「ノートを取りに来ました。」「保健板を取りに来ました。」
そうして、3人目の子、「E先生(担任の先生と思われる)を取りに来ました。」

 
 そして、そのまま、どこかへ行ってしまった。けっきょく、用事はないようだった。

 なんか、マニュアルをおちょくっているようで、楽しかった。


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rve83253 at 23:25│Comments(13)TrackBack(0)指導観 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by Hideki   2006年01月11日 02:12
マニュアルって、楽なんですよね。教えるほうも教わるほうも。
いまの時代は、マニュアルがとても多いと思います。ゲーム一つにしても攻略本・攻略サイト。恋愛マニュアル・モテアイテムは今も昔も雑誌の人気コンテンツです。
ビジネスの世界ではフレームワークにビジネスモデル。堂々と「ベンチマーク」胸を張って真似るという手法すらあります。マクドナルドの成功要因は、学生バイトでも従業員と同じになれるマニュアルなんだといわれました。
2. Posted by Hideki   2006年01月11日 02:13
私はマニュアルそのものを全否定はしません。効率化には必要になってくる場合も多いです。
問題は、そのマニュアルの教え方だと思う。
きちんと、マニュアルの中にある「Why」を理解させること、考えさせること。これがあれば、原理を知ります。
最悪なのは「ただの丸暗記」。有無を言わせない「強制」。
これが、思考停止の最大の元凶です
同じことは、教える側にもいえます。
きちんと、マニュアルの「Why」を深く考えているか?きちんと答えられるか?
・・・
このあたり、教科学習とも共通するものがありそうに思います。
3. Posted by よぅこ☆   2006年01月11日 09:37
マニュアルがぁると確かにゃりゃすぃと思ぃます☆バイトでもマニュアル通りゃってぃるとたぃがぃのコトは困りません。でもそのマニュアルを丸暗記するだけではダメだと思ぃます!昔、部活の先生に言ゎれた、物事には何でも例外がぁる。その例外にいかに臨機応変に対応できるかが真の力だ。とぃぅコトを思ぃ出しました☆マニュアルをマニュアル通りでなくマニュアルを参考にして自分で考ぇて行動できるといいなと思ぃます。
4. Posted by 笑い上戸   2006年01月11日 13:36
笑えました。
ひょっとして、子どもってず〜っと上を行っているのかも。
今までで一番面白かったです、このお話。
5. Posted by piano   2006年01月11日 20:02
とても楽しいお話でした。
ちょっと、違うかもしれませんが、雨の日にかさをさして、朝顔に水遣りする子は昔はいましたが、今はいませんね。
これってかしこくなったということでしょうか。
雨の日に水遣りをするのって、個人的には好きです。
6. Posted by toshi   2006年01月11日 21:07
Hidekiさん。確かに、パターンが決まっていて、その通りやった方が効率がいいし、心の問題も特にないものについては、マニュアルもいいでしょう。しかし、その場合でも、対人的仕事は、心も大切だと思います。
 ただ、教育においてのそれは、だんだん心と切り離されていくようで、こわいのです。
 ですから、「マニュアルも応用がきくのだよということは分からせたい。」そう思います。
 やはり、心があるかが問われるのだと思います。
 給食を取りに行けば、当番が声をそろえて、「いただきまあす。」
 日直が何を言うか、言葉まで決めているケースが多いです。
 だけど、掃除の手順などは、マニュアルのあった方がいいですね。
7. Posted by toshi   2006年01月11日 21:13
よぅこさん。コメントありがとうございました。
 おっしゃる通りだと思います。マニュアルがあると、やりやすいでしょうが、接客などの場合は、やはり、心が感じられないとまずいのではないですか。
 例外はあまりに多いと思うのですが。
8. Posted by toshi   2006年01月11日 21:15
笑い上戸さん。コメント、ありがとうございました。
 こういうのびのびとした子どもを育てたいと思います。のびのびだけではまずいですがね。 
9. Posted by toshi   2006年01月11日 21:20
piano先生。いつもお世話になります。TBさせていただきました。先生のブログのコメントが不調のようなので、ここでお礼を申し上げさせていただきます。
 雨の日の水やりは、わたしのクラスでもありました。ただ他の子のなかに注意を促す子がいて、みんなでその必要のないことを確認しあったことはあります。
 ああ。また、これを材料に記事にしたくなりました。いつも、先生のコメントに触発されるようです。
10. Posted by kei   2006年01月12日 01:23
 はじめまして。いつも共感しながら読み、勇気付けていただいています。
 実は、自分も国語の研究で話型のマニュアルを作り、スピーチや話し合いに取り組んできました。それが拠り所になり自信をつけた子もいます。しかしだんだんと、自分なりの表現を工夫する子も出てきました。そんな時は、「そういう言い方だとより気持ちが伝わってくるねえ・・」と感じたままの声かけをしてきました。
 今年たくさんの授業を見せていただく機会があるのですが、伝えたいことを表現しようと心を込めて語る子どもの姿に心のひだが震えます。そのようなクラスは、発言を支える子どもたちの聴き方が見事です。そして、先生もまた子どもの発言を大切に聴いていらっしゃる。こういう日々の積み重ねで、子ども達が育っていくのだなあと感じています。
11. Posted by toshi   2006年01月12日 05:57
kei先生。コメント、ありがとうございました。
《伝えたいことを表現しようと心を込めて語る子どもの姿に心のひだが震えます。そのようなクラスは、発言を支える子どもたちの聴き方が見事です。そして、先生もまた子どもの発言を大切に聴いていらっしゃる。》
 もう、おっしゃる通りだと思いました。マニュアルは必要なのですね。しかし、Hidekiさんもおっしゃるように、楽してはいけないのだと思います。
 マニュアルにたよってしまうと、心は育たない。それは学力も育たないということだと思います。
 しかし、社会科と違って、国語は、いろいろな考え方があるようですね。
 そうだ。今度、その事も記事にしたく思います。
12. Posted by POOHママ   2006年01月12日 15:19
初めてコメントします。
いつも、うなづきながら読ませていただいています。
マニュアル・・・
応用が大切ですよね。
「機械じゃないんだから」
「ロボットじゃないんだから」
って、よく言います。
マニュアルを教えるときが肝心なのだと思います。
ところで
>雨の日にかさをさして、
>朝顔に水遣りする子
うちは、毎年いますよ。
そして、
だれか(担任?先輩?)が
教えてあげ、
その後はいなくなる。
それが毎年の繰り返し。
ほのぼのします。
でも、水遣り以外に
雨の日に外にでる子は
いません。
「ぬれるて帰ると怒られる」そうです。
雨の日にしか見れないものもあるのになー。
13. Posted by toshi   2006年01月12日 21:12
 POOHママさん。コメント、ありがとうございました。
 「ママ」とありましたから、保護者の方かなと思いましたが、コメントでは、先生でもいらっしゃるようですね。
 雨の日の水やりは、わたしは、ほっぽっておきます。そして、誰が、そのおかしさを指摘するかを見守ります。
 そして、子ども同士の話し合いで、解決するように仕向けます。
 これに関しては、子どもがおかしさに気づかないということは、なかったですよ。
 そう。おっしゃるように、雨の日にしか見られないものも気づいてほしいですよね。

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