2006年01月04日

心の教育(4)

ad969bdc.JPG わたしは、学級担任時代、学級経営に役立つことなら、なんでも利用させてもらおうと思った。

 たとえば、こんなふうだ。
お母さんが、家庭でのお子さんの、すばらしいエピソードを連絡帳で教えてくださると、
「うわあ。Aちゃん。おうちで、〜したんだ。すごいね。お母さん、こんなに喜んでくれているよ。連絡帳で知らせてくれた。」
「なあに。なあに。教えて。先生。」
「Aちゃん。みんなに話していいかい。」

 サッカー・バスケットの早朝練習、音楽・家庭科などの専科の先生の授業、塾・習い事など、あらゆる場で、『子どもが伸びた、成長した、えらかった。』と聞けば、それを、学級のみんなに紹介しながら、ほめるようにした。


 以下は、1年生担任時代の思い出である。

 この学校の給食は大変おいしいので有名だった。栄養士さんが、食の教育を、強く推し進めていた。
「食事って、人間は、心で食べるのよね。体のことがあるから、きめ細かく対応する必要はあるけれど、心豊かな生活を送ることができれば、自然に食欲はましてくるわ。」
 それが口癖の先生で、毎回、給食には、おたよりがついてくるし、子どもとの交換日誌も実践していた。

 多くの学級は、『いただきます。』の前に、おたよりを日直が読んだり、日誌も日直が書いたりしていたが、わたしは、おたよりは自分で読んだし、日誌は、挙手する児童全員の感想、質問を、わたしが書きこむようにしていた。

 ある日、栄養士さんから言われた。
「toshi先生のクラスの子は楽しいわね。Bちゃんがね。『今日の給食の作り方を教えてください。お母さんにもつくってもらうの。』って言ってきたわ。すっごくおいしかったんだって。」
「そうですか。まあ、ご迷惑をかけますね。」
「うううん。いいのよ。『明日までに書いておくわ。』って言っておいたから、きっと明日取りに来るわ。」

 保護者から質問を受けることもあった。
「子どもに言われてつくってみたのですが、『給食の味と違う。給食の方がおいしかった。』と言われてしまって、○○の点は、どうなのでしょうか。△△のようにやったのですけれど、これでよかったのでしょうか。」
 すぐ連絡帳を栄養士さんに渡して、回答してもらった。

 栄養士さんの願いは、学校給食を通して、家庭の食生活の改善を図ることだったから、これは、うれしかったに違いない。
 子どもの舌が肥えていくことは、親の意識を変える役目を果たす。
 

 給食室では、栄養士さんが、毎日、その日の給食の食材を栄養ごとに色分けし、掲示していた。そのうちに、我がクラスの子たちが、中休みなど、給食室を訪れ、色分けのお手伝いをしだした。栄養士さんだけでなく、調理員さんとの交流も豊かになっていった。


 個人面談で、ある保護者が感動の声を寄せてくれた。
 
 この方の母親、つまり、子どもにとってはおばあさんだが、その方は近隣校の調理員さんだった。
「わたしの母が、とっても感動していたことがあるのです。
 娘は、家でも、『今日の給食、おいしかったよ。』とか、『今日は、(栄養士の)C先生と、〜のお話をしたの。』など、よく給食のことを話すのですが、最近は、先生だけでなく、調理員さんともよく話しているようですね。」
「ええ。けっこう大勢、給食室をたずねるものですから、調理員さんとも仲良しの子は多いですね。」
「それだけでも、母は、びっくりしていたのです。『ふつう子どもが調理員さんと話すなどということは、あまりないわね。』って言っていたのですけれど、最近は、娘が、調理員さんを名前で呼ぶものですから、母はもうびっくりしてしまったのです。
『わたしなど、30年以上も調理員をやっているけれど、子どもから、名前で呼ばれたことなど一度もないわ。さすが今は、『おばさん』と言う子はいないけれど、『調理員さん』て、呼ばれるだけね。』

 それで、母は、近くの学校に勤めているものですから、この学校の調理員さんに、その話もしたらしいのですよ。」
「ええ。その話は、うちの調理員さんからうかがいました。おばあさんが○△小の調理員さんということは知りませんでしたから、わたしも驚いたのですよ。」
「そうしたら、この学校の調理員さんが、
『ええ。そうよ。toshi先生のクラスの子は、みんな、名前で呼んでくれるわ。toshi先生が、名前で子どもたちに話すらしいのね。それで、子どもたちも覚えてくれたっていうわけ。』とおっしゃったとのことで、母は、もう、大変感激したのです。」

 前のブログに、わたしの教頭時代、校長が、朝の打ち合わせで、
「教頭先生や、用務員さん、調理員さん、事務の先生、保健の先生などに対して、子どもが名前で呼ぶような指導をお願いします。」
と言われたことを書いたが、そのとき、『我が意を得たり』と思えたのは、この実践があったからなのだ。


 子どもの心を育むには、やはり、豊かな人間関係の構築が必要だ。
しかし、その豊かな人間関係は、ただ人と人がいるだけでは構築困難である。
人の気心が分からない。簡単に裏切られた思いになることもあるだろう。

 しかし、この場合は、『食』だが、媒介するものがあると、豊かな人間関係の構築が容易になる。子ども時代にこうした経験を、それこそ、『豊かに』させたいものである。

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   (5)へ続く。

rve83253 at 18:10│Comments(5)TrackBack(1)給食指導 | 学級経営

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この記事へのトラックバック

1. 涙がでちゃいました  [ 教師バカ一代 ]   2006年01月04日 19:39
初日から全力投球。仕事を終えて、帰宅してまず、toshi校長先生のブログを読む。もう涙がでちゃいました。こんな実践をしたいな。我が校の先生方にこんな実践をしてほしいな。人との関わりは、心と心のふれあいですよね。素敵です。toshi校長先生も教頭時代に... ダイ先生。コメントとTB、ありがとうございました。 中学校の先生が読んでくださるというのは、ほんとうにうれしいです。 どうぞ、よろしくお願いします。

この記事へのコメント

1. Posted by toshi   2006年01月04日 20:39
大山教頭先生。いつも、ありがたく感謝にたえないコメントや記事をいただいています。今回もTB、ありがとうございました。
 今日は、初仕事だったのですね。お疲れ様でした。
 わたしも教頭時代は、よく校長先生にしかられましたよ。でも、その一つ一つが、自分が校長になったとき、力となったように思うのです。
 人間性豊かな子どもを育むことは一緒でも、担任と教頭とでは、仕事内容がまったく違いますから、心の示し方も、かなり違ってきてしまうのですね。
 これから、そんなことも書いていこうと思います。よろしくお願いします。
2. Posted by Hideki   2006年01月05日 23:58
良いお話ですね
ひとつ感じたのは、「名前」で呼ぶ事の大切さです。用務員さん、事務員さん、教頭先生、というよりも、○○さんと呼んだ方が「固有」になる。近くなれる気がする。まあ、「給食のオバちゃん!」と呼ぶのも、別の意味で親近感がありますけどね。
名前を覚えるには、それだけの努力がいります。何度も繰り返すか、印象を強くするしかない。そこにその人の「思い」がみえないと、言葉が素通りしちゃうだけに、深くその人を知らないといけないことになる。
名前を覚えるのは苦手なほうなだけに、なおのこと、そう感じます。
3. Posted by toshi   2006年01月06日 22:50
Hidekiさん。コメント、ありがとうございました。
 実は、わたしも名前をなかなか覚えられないのです。はずかしい。
 特に今は、週1日ずつですから、覚えたつもりの子どもの名前も、出てこなかったりします。
 ですから、えらそうなことは言えないのですが、努力はしているつもりなのです。
 豊かな人間関係の構築における最低限の基礎基本ですね。
 3学期もがんばろう。
4. Posted by ダイ   2006年01月08日 17:44
初めまして、ダイといいます。
この記事を見て、感心しました。
たしかに、互いの関係が豊かなような気がしました。
自分の考えるところと一致する部分が多かったです。
5. Posted by toshi   2006年01月08日 23:00
ダイ先生。コメントとTB、ありがとうございました。
 中学校の先生が読んでくださるというのは、ほんとうにうれしいです。
 どうぞ、よろしくお願いします。

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