2006年06月13日

みんなちがって、かわいそう? わたしと小鳥とすずと4

28ecbf4d.JPG  今日の記事は、当初、姉妹ブログの『小学校初任者のブログ』の記事にするつもりだった。しかし、あまりにも意外で、意表をつく子どもの発言に出会い、これは、初任者はもちろん、多くの教員、また、一般市民の皆さんにもお読みいただければということで、こちらに掲載することにした。

 3年生の国語。初任者の研修のために、昨日、わたしが行った授業である。とり上げたのは、あまりにも有名な、金子みすゞさんの作品『わたしと小鳥とすずと』だ。


 詩を読み、味わう場面になったが、それどころではなくなってしまった。

 と言うのは、
『あの鳴るすずはわたしのように
たくさんなうたは知らないよ。』
の場面で、
「すずもわたしも、歌を知らない。」
と思った子が、少なからずいたことだった。

 その場面の子どものやりとりを記載する。
「ええっ。わたしは、知っているよ。すずが知らないのだよ。」
「『わたしのように、たくさん知っている。』って書いてあるよ。」
「ええっ。『たくさん知らない。』って書いてあるのだよ。」
「そうだよ。『わたしのように』って書いてあるから、わたしも、知らないのじゃないの。」

 そのときは、『なんだろう。変なことを言うな。』という思いしかなかった。したがって、日ごろ、
「子どもの発言を大事にして、授業を進めなさい。」
というわたしも、この場面では、とり上げることができなかった。申し訳なかった。

 でも、これ、後で考えると、『変なこと』ではなかった。
 文法上では、『すずも、わたしも、たくさんな歌は知らない。』と読みとっても、正解ではないか。

 大人は常識で読んでしまうから、子どもの素朴な読みとりに、驚いてしまうのだ。

 上記のように読みとってしまうと、『わたし』は、何にもできないことになってしまう。お空はとべないし、地面を早く走れないし、きれいな音も出ないし、歌も知らない。

 それで、『みんなちがってみんないい。』だから、不可解な詩ということになってしまう。


 また、それとは違う解釈もあった。

 正しくは読みとっているが、できないことにばかり目を向けてしまうのである。

『わたしはお空をとべない。』『小鳥は地面を速く走れない。』『わたしはきれいな音が出ない。』『すずはたくさんな歌を知らない。』

「だから、みんな、できなくてかわいそう。」
と言うのだった。『みんなちがって、みんなかわいそう』というわけだ。


 さあ、大変だ。こうした読みとりをしていたのでは、詩を味わうどころではない。みんなが正しく読みとるようになるまでに、大変な時間を要してしまった。

 しかし、こうした学習に時間をかけたことによって、全員の子が、この詩をしっかり味わうことができたのだと考える。


 さて、ここで言いたいのは、教員主導で、発問ばかりで授業を進めたら、こうした子どもの読みとりは、おそらく表面にでないだろう。まさかこんな読みとりをする子がいるとは思えないから、聞くこともない。
 その結果、『不可解な詩』と思った子は、未消化のまま授業を終わてしまうのではないか。
 ほっとすると同時に、心配になった。


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(2)へ続く。





rve83253 at 23:54│Comments(10)TrackBack(0)国語科指導 | 指導観

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この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2006年06月14日 04:32
勉強になりました。

今まで私もその詩を教室に掲示して一緒に子どもたちと読みあっていましたが、子どもも私も最後の一文にとらわれるあまり、そのような解釈までには至らなかったような気がします。まだまだ甘いですね。

改めて、子どもって凄いなあと思いました。
2. Posted by toshi   2006年06月14日 06:02
hirarinさん
 いやあ。わたしもびっくりしてしまったのです。そして、なぜこう子どもが読みとってしまうのか、そのあたりを瞬時に正しくわたしがとらえたら、いい初任者指導ができたはずなのですが、それができなかった。
 わたし自身が時間がかかってしまったのです。
 子どもにも初任者にも申し訳ない思いでいっぱいになりました。
 
3. Posted by くるみ   2006年06月14日 06:35
 子どもの素朴な読み取りを拾い上げて下さるご指導、中々大変ですよね。目配せだけ、完全無視という授業が当たり前だと思っていました。
 また、「みんなちがってかわいそう」って、うちの地域では、保護者が思ってるようなんです・・・というのも、教務主任に先生が仰っていました。(遠まわしに、うちは、みんなとちがうけど、いいんじゃない?と仰りたかったのかもしれません。)
 「みんなちがうからおもしろい」私はその想いを強くするこのごろです。
4. Posted by 熊蜂   2006年06月14日 15:12
教育の事は門外漢なので、色々勉強させていただいています。でも仕事柄、情報だけは入ってきますし、子供と接することもあります。
今回の記事を読ませていただいて、感じたこと。
子供たちが『みんなちがって、みんなかわいそう』と読み取ってしまうのは、文章を読み取る力の問題とは別に、『みんなと違う事は、良くない事』と言う考えを常に根底に持っているからだというような気がします。
個性を尊重する教育と言いながら、ちょっと変わった子供は仲間はずれにされたり、いじめられたりしている現実は、ここのコメントを読んでいても判ります。『違っていてもいい』が、子供たちのココロにすっと入っていく事をみすずさんも願っているような気がします。
5. Posted by toshi   2006年06月14日 22:04
くるみさん 熊蜂さん
 わたし、4月9日『いじめの問題(3)』で、『ちがいとまちがい』についてふれた記事があります。お読みいただいてなければ、ぜひ、お読みいただければ幸いです。
 今日の記事は、「できないことばかりでかわいそう。」という意味なのですが、おっしゃりたいことはよく分かります。
 『世界で一つだけの花』が大好きという教員が、十把一絡げの授業をしているのを見ると、がっかりしてしまいます。そういう現状は確かにあります。
 日本はまだまだ、個性をつぶすことが多いですね。子どもの思いを大切にしていると、進度が遅れるとか、収拾がつかなくなるとか、大事なことが押さえられないとかいう考えが、ほんとうにたくさんあると思います。そんなことはないのですけれどね。
6. Posted by みっぴ   2006年06月14日 22:42
金子みすゞさんのことはよく知らないのですが、もしかしたら、みすゞさん自身も、できないことを「あれもできない、これもできない」または、「みんなとちがってかわいそう」と言われていたのではないでしょうか。

その人達に、「あなたは私に『できない』と言うけれど、他の人だって私ができていることができていなかったり、みんなと違っていたりするじゃないの。私にばかり『できない』『できない』って言うんじゃないわよ。できないことをとやかく言うんじゃなくて、その人ができることを考えてごらんなさいよ」と言いたくて、この詩を書いたのではないか、と思ったのです。否定の言葉が並ぶのは、自分が言われたことをそのまま返しているから、とも考えられないでしょうか。

本当のところはわかりませんけどね。
7. Posted by Hideki   2006年06月14日 23:32
ご無沙汰しました

今回のお話、2つの要素が入り混じってて、とても考えさせられました。

まずは、「(他人より)できないこと」「他人と違うこと」はできないこと・違うこととして認めながらも、それがために、自分自身を貶めたり、卑しんだり、辱めたりしないこと。劣等感をもつ・人格を否定することなぞ、さらさらない。

恥じることなぞない、胸を張りなさい、まっすぐ前をみなさい、という、ちづるさんのこの強烈なメッセージを、広く、つよく、正しく、いまの子どもたち・・・ひいては大人たちにひろめていきたい、ということ


これは全くもって賛成します
8. Posted by Hideki   2006年06月14日 23:38
一方で、もうひとつのこと…「正しいこと」は自分でみつけることが大事だということ。

仮に上記の強い思いを広めたいとしても、それに反すること…「間違い」が出てきても、即座に正さないことが大事だということです。

むしろ、今回のお話ではこっちのほうが重要かも。

最初間違ってる答えを出しても、その跡で子供達の中で何が正しいかどうかをよく考えて、その中で「自分の答え」として結論を出すことが重要

ましてや、最初から正しい答えを先生(大人)が出して、それを「覚えさせる」だけでは、けっして身にはつかない。

「間違い」をどう引き出し、それをどう「考えさせるか」という点に、一番のカギがあるように感じました
9. Posted by toshi   2006年06月15日 02:25
みっぴさん
 なるほど。そういう解釈も成り立ちますかね。
 子どもの解釈も、あながち間違ってはいないというわけですね。詩って、おもしろいですね。
 ほんとうのところは、誰も分からないですよね。
 わたし、できることを中心に書いた詩を考えてみました。次の記事をご覧いただければ、幸いです。
 
10. Posted by toshi   2006年06月15日 02:38
Hidekiさん
 最初のコメントは、みっぴさんと同じなのでしょうか。詩っていろいろな解釈が成立するのだなと、今、改めて、強く感じています。
 そうか。『人それぞれ、できることもできないことも、あるいは、得意なことも苦手なこともあるわよ。でも、それでいいじゃない。いや。それがいいのよ。』今、わたしは、そのように感じました。

 後半の部分は、まったく賛成です。人から与えられた知識は、その子にとっては本物にはならない。そのくらいに思います。自ら獲得すること。それが大事です。前にも書いたかもしれませんが、『馬を水飲み場へ連れて行くのはたやすいが、水を飲ませるのはむずかしい。』のです。
 かなりの教員は、水飲み場へ連れて行っただけで、水を飲ませたと錯覚しています。

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