2006年07月18日

『母性』は死語になってしまったか。5

101fc5df.JPG まだ、あれから、10年もたっていない。

 わたしの勤務する学校の養護教諭が言った。

 何の話をしていたかは忘れたが、突然、ムッとしたような感じで言ったのだ。
「そんなことはありませんよ。女性には、母性本能がありますから。」


 さあ、今、そんなことを言う人がいるだろうか。

 あまりにも母性本能を疑うような事件が起き過ぎる。

 そうしたこともあり、急激に世の中の常識が変化しているのを感じる。もはや、『女性の母性本能』は、死語になってしまったかのようだ。


 さあ、それでは、『母性』はどうか。

 わたしは、新しい時代の、そして、新しい概念の『母性』が存在することを強く言いたいと思う。

 そのまえに、お断りする。

 わたしは、ここのところ、『教頭先生のお仕事』シリーズを掲載している。

    6月24日  教頭先生のお仕事(1)
    7月12日  教頭先生のお仕事(2)
 
 実は、このシリーズは、『教頭先生のお仕事は、母性と深く関わる。』をシメにして終わろうと思っていた。
 しかし、このシリーズ(2)にして、『教頭先生って、学校のお母さんみたいだなあと感じました。』とのコメントを、くるみさんからいただき、大変驚くとともに、心を見透かされたような気がした。

 いえ。心が通じ合ったのですね。うれしかったです。

 
 それと、前述のように、母性を否定するような、あるいは、母性とその容疑者の心との相克を感じさせるような事件が続出しているのを思い、今日、記事にした次第である。


 また、いきなりで恐縮だが、以下の話は、別にわたしを、野口英世に、なぞらえるわけではない。ただ話がそんな感じで進行すると思うので、あらかじめ、お断りしたい。
 野口英世は野口英世。けっして、わたしなどの出る幕ではないが、たまたま母性という意味で共通する部分があったので、そのような記事にするだけだ。他意はない。ご勘弁願いたい。


 わたしの通勤の道沿いに、野口英世博士の碑がある。その碑には、博士のレリーフとともに、『博士は、人類の母として、この地に永遠にある。』という文字が刻まれている。

 この言葉が特に印象深く、胸に刻まれたわけとして、次のことがあった。

 わたしが、教頭として離任式に臨んだときである。式の直前に、若い先生から、次のような言葉をいただいた。

「toshi教頭先生は、男の先生なのに、こんなことを申し上げるのは、とても変な感じがするのですけれど、先生は、わたしたち教職員のお母さんだったなという感じがしていたのです。」

「よしてよ。それを言うなら、お父さんでしょう。」

「いえ。ごめんなさい。お父さんという感じではないのです。だって、縁の下の力持ちとして、いつも、わたしたちの仕事に気を遣ってくださり、足りない部分はそっと力を差し伸べてくれました。」

「それに、わたしたちが働きやすいように、いつも、まえもって、気を配ってくださいました。」

「ありがとう。そこまで言ってくれて、穴があったら入りたい気持ちだ。・・・。でもね。それは、校長先生が、わたしの動きやすいように、何でもやりたいようにやらせてくれたし、わたしが足りない部分は、かげで、『こうしろ。』とおっしゃるものの、教職員の皆さんの前では、いつもわたしを立ててくださったからなのだよ。」


 さて、最後に言いたいのは、冒頭に問題提起した、新しい時代の、新しい概念としての、『母性』についてである。

1. 母性はもはや、女性だけのものではない。人間性そのものである。男だから、女だからといったものではない。したがって、父性と両立する。つまり、同一の人物が両方とももっているはずである。

2. もはや、それは、本能と呼べるようなものではない。一人ひとりが努力によってかち取るものである。当然、教育の力も大きいと言わなければならない。

3. 以上の概念としての『母性』を、新しい時代の言葉として、認知されるようにしたい。

4. そんな願いをこめて、これからも、『教頭先生のお仕事』シリーズを続けたい。


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rve83253 at 23:31│Comments(11)TrackBack(0)教育観 | 自己啓発

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この記事へのコメント

1. Posted by 大山虎竜   2006年07月19日 20:29
toshi校長先生。
いや本当に勉強になります。
教職員が仕事をやりやすいように配慮することの大切さを教えて戴き、一歩成長できたように思います。
まだまだ何年も教頭修業は続きそうですが
toshi校長先生のブログを励みに頑張っていきます。
明日でなんとか激闘の一学期が終わりそうです。
でも、教頭は夏休みの忙しいんですよね。

2. Posted by hirarin   2006年07月20日 04:16
母性と父性。

一昔は、父親と母親で役割分担ではないですが、そこそこ子どもに対して、しかり役とフォロー役がいたかと思います。

教職に就いて一回り経ち、親の姿もかなり変わってきたように思えます。

感情的な親、無関心な親、勘違いな愛情をかけている親、母性と父性のバランス以前のような気もします。

母性と父性。

本能ではなく、教育によって培っていく・・・・・
そんな時代になってしまったのかと嘆いていますが、我々教師の力でできることならば、頑張ってみたいと思います。


話は変わりますが、新潟は終業式が24日です。他の地域はもう夏休みに入るんですね。驚きです。
3. Posted by toshi   2006年07月20日 05:31
大山虎竜さん
 いつもありがとうございます。
 日夜、教頭稼業にお励みの大山先生も、今日で一学期は終了ですね。ご苦労様でした。
 教頭稼業はほんとうに大変です。おうぎの要とも言われますが、今、それがよく分かります。だから、教頭は、職員室にしか席がないのですよね。自分だけの部屋というのがありません。いつも誰かに見られています。緊張を強いられる仕事と言えるでしょうか。
 がんばってください。
4. Posted by toshi   2006年07月20日 05:49
hirarin先生
 保護者は確かに変わりました。しかし、これ、保護者だけではないと思います。わたしから見ると、教員もやはり変わりましたよ。
 そういう意味で、新しい時代の到来と言えると思います。
 むかしだって、いろいろな人がいたのは事実ですが、でも、共通して言えたのは、むかしは人間性むき出しだったなということです。
 親切にしても、いじめにしても、むき出しでした。今は何か、日ごろはかくされていて、うっ積したものが爆発するといった感じです。

 
5. Posted by toshi   2006年07月20日 05:50
ごめんなさい。なんか、論点がはずれていますね。母性と父性。努力によって克ち取るものというのは、わたし、確信があります。
 やはり生き物は、楽できる環境になれば、楽したくなってしまうのですね。物が豊かになり、特別努力しなくても、生きていかれる時代は、こういうことが問題となりそうです。
 教育に生きる者としては、努力が生き甲斐となるような、そんな人間性を育む教育を大切とする必要がありそうです。
6. Posted by POOHママ   2006年07月20日 20:08
母性も父性も
ジェンダーと同じで、
本能ではありません。
あとから、育てられたり学んだりしながら
身につくものです!!

そして、
父性は社会性を育てる能力で、
母性は身を守る技術を育てる能力ではないかと
思います。
単親なら尚のこと、
母性と父性の使い分けが必要でしょうね。
それをわきまえてがんばっている単親も多く、
感心させられることもありますよ。
7. Posted by くるみ   2006年07月21日 00:57
心が通じた・・・と感じて下さったtoshi先生の心がうれしくて、うれしくて。心よりお礼申し上げます。

そして、母性と父性についてのお考え、まさに新しい時代の今まさに必要。自分の中にも両方があるのをずっと感じていました。

コメントの『 親切にしても、いじめにしても、むき出しでした。今は何か、日ごろはかくされていて、うっ積したものが爆発するといった感じです。
』ということと、今、私たち大人が、父性・母性を
学び・獲得する必要性が発生したことは、「つながって」いて、根は同じであるという確信があります。大人の根の問題だと思っています。

いつかきちんと明文化できればよいと想います・・・。力不足です。

なんだか訳のわからないコメントですみません。

ありがとうございました。


8. Posted by toshi   2006年07月21日 05:01
POOHママさん
 いろいろお教えいただき、ありがとうございました。わたしはそこまで断定はできませんでした。
 でも、今の世相が、POOHママさんのおっしゃることを証明しているように思います。
 少なくとも10年前までは、母性本能が存在することを疑わない人の方が多かったのですがね。
 母性と父性の定義づけについても、ありがとうございました。わたしもよく考えてみます。
9. Posted by toshi   2006年07月21日 05:24
くるみさん
 おっしゃるとおりと思います。訳が分からないなどということはないですよ。
 わたしも、自分の内面に双方があることを、あのとき以来、自覚するようになりました。
 それまでは、『母性本能』の存在を信じる方でした。
 急激な道具の発達。
 この場合は、ほ乳瓶と粉ミルクを指すわけですが、それが、女性から母性本能を奪い、あるいは、女性を子育て分担から解放し、両性の協調が必要になってきたのだと思います。
 しかし、男性の意識改革が進まず、あるいは、社会が、まだそこまでついていけず、意識の混乱が見られるのが今の日本かもしれません。
 少子化の原因もそこにあるのではないでしょうか。
 こういった点も学んでいかないといけないのでしょう。
10. Posted by くるみ   2006年07月22日 01:59
21日付けで、この記事にリンクさせてもらいました。明文化、むずかしいです。
11. Posted by かぎ   2013年01月14日 07:35
1 くだらない 本題より自画自賛的な話ばっかり

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