2006年07月20日

育つ初任者(6ー1) 造形遊び5

67f0107d.JPG これまでの初任者の伸びにかんする記事は、以下の通り。いずれも昨年度の初任者である。

    育つ初任者 (1) (2) (3) (4) (5)
 
 本日は、初めて今年度の初任者の実践を掲載する。
 
 すばらしい実践だった。『造形遊びの授業のあり方がよく分かっている。』そう思わせた授業だった。

 
 まずはお断りから。

1.これは、本来なら、姉妹ブログの『小学校初任者のブログ』に掲載すべきだったかもしれない。しかし、教員でない多くの方にも、今の授業のあり方をご理解いただければありがたいと思い、あえて、こちらに掲載することとした。
 と言うのは、今、授業についての考え方は、保護者の皆さんの子ども時代と大きく変わっているからである。

2.また、本学級は、姉妹ブログの『小学校初任者のブログ』に7月13日掲載した、『いじめ発生』の記事と同一の学級である。本記事では直接いじめの件にはふれないが、『いじめ発生』の視点からの当授業の分析は、近日中に、『小学校初任者のブログ』の方に掲載することとする。

3.最後に、この記事は、授業の様子と解説を含め、かなり膨大になってしまった。そこで、2つに分けて掲載することとする。今日は、『その1』となる。


 この授業は、2年生。図工。『造形遊び』。保護者の皆さんが子どもだったころは、なかった学習である。
 校庭のジャングルジムを、新聞紙を張り合わせた包装紙で包んでしまうとか、何色もの色テープ、折り紙などを使って教室中を立体的に装飾するとかいうように(あくまで例示ですよ。)、体全体を使って作る造形活動である。むかし、わたしたちが子どものころやった、砂場遊びなどもこれに入る。

 むかし、わたしたちが子どもだったころは、放課後、任意の異学年集団で、やったものだった。まちを舞台に、思いのままに遊んでいたのではなかったか。
だから、ルール違反でもない限り、大人に介入されることはなかった。
 この遊び仲間は、仲がよかったりけんかしたりもした。『いち、ぬけた。』などと言って、仲間に加わるのもぬけるのも自由だった。

 
 今は、これが、授業時間に行われる。だから、ねらいは、図工でありながら、図工にとどまらない。仲間との協力、人との関わり、遊びの心なども含まれる。


 本学習は、校庭の砂場で、思いのままに活動を楽しんだ。これは、むかし読んだ、『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ。』を彷彿とさせる活動だった。

 そう。『人生に必要な知恵はすべて〜』と言っている。この意味からも、この活動のねらいが、図工にとどまらないことがご理解いただけるのではないか。

 初任者は、出過ぎず、引っ込み過ぎず、ほどよい感じで、豊かに子どもと関わっていた。

 授業が終わって、初任者に言った。
「すばらしかったよ。先生の指導に90点をあげる。わたしが見ている限り、先生の指導の問題点は、2つしかなかった。あとはすべてよかった。それだけではない。『おっ。先生は、造形遊びの指導がよく分かっているな。』そう思ったよ。」

 先に、この造形遊びは、図工の学習にとどまらないと書いた。現在の指導のあり方を象徴している学習と言えよう。だから、この指導法を身につければ、その応用発展は無限に広がる。


 それでは、授業風景を、描いてみよう。

T.手で砂にさわってみて、どうだった? 
C.すっごく気持ちいい。
C.さばくみたい。
C熱い。
C先生。砂を掘ったら、中は色が違っているよ。

T.あっ。すごい。さっき、手がよごれるからいやだと言ったのに、砂にさわっているじゃない。どう。どんな感じ?
C.うん。気持ちいい。泥水だけどね。すっごく気持ちいいからびっくりしちゃった。
T.そう。よかった。 

C.先生。持ってて。(担任も間違えて聞き取ったが、わたしも同様だった。『持ってて。』と言っているように聞こえた。また、その子がシャベルを担任に渡そうとしているようにも見えた。)
T.ええっ。何で、先生があなたのシャベルを持たなきゃいけないの。
C.違うよ。水汲みにいくから、ここ、守っといてって言ったのだよ。
T.ああ。そういうことね。分かりました。(他の子にこわされるのを心配したのだった。)

C.うわあい。競争だ。競争だ。
T.へえ。何の競争をしているの。
C.山の高さだよ。(次は友達に向かって)ほら、もっと砂をかけろよ。

水を汲んできた子。C.ほら。この水、貸してやろうか。
C.うん。ありがとう。・・・。うわあ。あふれる。あふれる。
T.いいね。協力しているんだ。

C.先生。ほら。つながったよ。
T.えっ。何が。
C.ほら。トンネルがつながったんだよ。
T.あっ。ほんとうだ。すごいな。(そう言って、トンネルに腕を突っ込む先生。)T.うわあ。長い。まだ奥まで手が届かない。
C.先生。そんなに、手、つっこまないでよ。先生の手だと壊れそうだよ。

T.あら。さっきのが広がったのね。すごい。
C.これ、お城なの。
C.先生。これは池だよ。

C.先生。手伝ってえ。もっと大きくしたいから。
T.うん。わかった。・・・。ここをもっとふくらまそうかな。
C.うん。いいよ。


 子どもたちは、あらかじめ決められたグループで活動していたわけではない。あくまで自然発生的に生まれたグループでの活動だ。
 仲良しの子とやっているのもあるだろう。
 作りたい物が一緒だから、自然に一緒に作り出した子もいるだろう。
 初めは別々だったのに、作ったもの同士で合体したところもあった。
 また、終始一人で一生懸命穴を掘り続けた子もいた。あとで、自分の力だけでやったのだと自慢し、うれしそうだった。


 こうして、授業は終わった。まさに子ども主体の学習ではないか。子どもが思いのままに楽しむ活動に、担任は終始寄り添っている感じだった。共感、賞賛、感動。そうした言葉かけに満ちていた。

 さあ、今日はここまで。(6−2)へ続きます。


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rve83253 at 23:55│Comments(0)TrackBack(0)図画工作科指導 | 指導観

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