2006年07月25日

いわゆる『観点別評価』について5

18d7040d.JPG 従来の3学期制の学校では、すでに通知表が渡されたことだろう。

 この時期、ブログにも、通知表についての記事が多い。
 作成する教員の立場から、また、受け取る保護者の立場から、いろいろな思いが寄せられる。その一つ一つが大変参考になる。
 わたしはもう退職した人間だが、もし現職なら、どういう説明責任を果たすべきかが明確になるので、そういう意味での第一級資料となるだろう。現職の校長はじめ、教員にも、ぜひとも読んでいただきたいものである。

 今回、『道草学習のすすめ』のこだま先生の、いわゆる『観点別評価』に関わる記事を読ませていただいた。初め、コメントさせてもらおうと思ったが、かなりのボリュームになると思われたので、このブログで記事にさせていただくことにした。

 そのまえにお断りしたいのは、これからの通知表は、たぶん、地域、保護者、学校とで話し合い、よりよい通知表はどうあったらよいか、叡智を傾け合って作成する。そういう時代になっていくだろうと思われる。

 これについては、直接通知表にふれたわけではないが、すでに記事にしたことがあるので、それを参照していただけたらありがたい。

     2月27日   真の主権者は?

 通知表は、国が決めた評価、評定のあり方の影響は受けながらも、基本的には学校が決めるものである。しつこくて恐縮だが、将来は、これが、学校、地域等で決定となるだろう。

 広い日本のなかには、通知表を出さない学校も出てくるかもしれない。その場合は、なぜ出さないかの説明責任を果たすことになる。


 という訳で、(というのは、学校が決定するものである以上当然なのだが、)こだまさんのお子さんの通う学校の通知表と、我が勤務校のそれとはかなり異なるようである。
 その点から書いていくことにする。
 ただし、いわゆる『観点別評価』は、どちらも採り入れている。


 違う点について。

 こだま先生がおっしゃるむかしの通知表は、たぶん、教科ごとに、『よい、ふつう、がんばりましょう』がついたのだと思うのだが、我が勤務校では、現在もこれをつけている。(ただし、国のだしたせんに沿い、3年以上)

 そして、所見欄は、たぶん、こだまさんも、ご満足いただけるくらいの文章記述をしている。(これはいずれ文例集にして当ブログに掲載するつもりだ。)

 わたしは先に、『通知表は、担任の作品』という記事を書いた。これも、この所見欄をたぶんに意識しての記事と受け止めていただけたらありがたい。

     12月26日   通知表をめぐって


 また、いわゆる『観点別評価』の文章についてだが、国は、国語については、『関心・意欲・態度』『話す・聞く』『書く』『読む』『知識・理解・技能』という観点をもうけることは決めた。

 それで申し上げたいのは、こだまさんがご指摘の、いわゆる『観点別評価』項目の文章は、上記を受け、学校が作成したものである。
 私見だが、こだまさんのお子さんが通う学校は、『段落相互の関係』に、けっこう重きをおいているなと感じた。二度も出てくるからだ。

 なお、こだまさんのお子さんの学校では、書写に関わる文章表記があるが、これは、国は、もうけていない。たぶん、お子さんの学校が必要と考えて、もうけたと思われる。

 また、上記の、国が決めた『関心・意欲・態度』『話す・聞く』『書く』『読む』『知識・理解・技能』の表記を、そのまま通知表に使用している学校もあると思う。
 

 次に、賛同できる部分について。

 いわゆる『観点別評価』についての評価法は、わたしも、かなりの部分、こだまさん同様の見解をもつ。今は絶対評価だから、かわいそうだが、お子さんによっては、ほとんど、Cがつくということもあり得る。

 かつては、そういうことはほとんどなかった。教科ごとに、『よい、ふつう、がんばりましょう』(この記述も学校によって異なる。)の評定をつけながらも、今の観点別に似た部分においては、顕著なものだけを、個人内評価としてつけていた。

 だから、当時の校長に、よく言われたのは、
「個人内評価なのだから、まあ、全部に○がつくことはないでしょう。その子の特徴、個性として、顕著なものに○がつくのです。
 △(実質は×なのだが)は、つく子だけでけっこうです。まあ、これを2個も3個もつける先生はいないでしょう。評定でCがつく子には、できるだけよい点を見つけ、特に、以前より努力していると認められれば、○をつけてやってください。」

 どうだろう。こちらの方が、担任にとってはつけやすいし、子どもにとっては励みになるのではないか。子どもへの愛情も感じられる。今は、所見欄の文章で書いてやることしか、手だてがないのは残念である。

 しかも、所見欄にいいことを書くと言っても、いわゆる『観点別評価』で、Cをたくさんつけていたのでは、どうだろう。保護者や子どもは救われた気になるだろうか。そこに、矛盾や気まぐれさを感じるだけではないだろうか。


 ただ、こだまさんがおっしゃる、ほとんどが、同じになるという点については、わたしの経験で言わせてもらえれば、そういう子もいるが、そうでない子もいるとしか言いようがない。
 『少なくとも、ほとんどが同じになるはずだが、それでは、かわいそうなので、変化をつける意味で無理して、いろいろな点がつくようにしている。』ということについては、そういうこともあるかもしれないが、わたしは、『そんなことはないですよ。』と言いたい。(すみません。とらえどころのない文章で。)

 この点についても、直接、通知表にふれたものではないが、わたし、かつて記事にしたことがあるので、ご参照いただければありがたい。

     2月13日   思考と知識と、

 この記事では、思考はAだが、知識・理解はCという、極端な例を書いている。こうしたことは、さすが、少ないだろうが、AとB、BとCなら、いくらもあるというのが、わたしの印象だ。

 
 ここまで書き進めて、読者の皆さんは、いぶかる気持ちをお持ちかもしれない。

 「通知表の評価項目、評価法を学校が決めることができ、しかも、絶対評価のあり方に疑問を持つのなら、国が決めた評価法にしばられることなく、学校が望ましい評価法と考えるやり方でやったらどうか。」
そう言われそうである。

 それを、かつてやった学校があった。それは主に、相対評価の時代に、正常分配曲線に従わないパーセンテージで、評定を行った学校だった。これは、『二重帳簿』と言われ、かなり批判された。

 つまり、こういうことだ。

 学校は、国のきまりにしたがい、一人びとりの子どもの指導要録をつけなければならない。

 国のきまりとしての指導要録と、学校が決める通知表とが、違った表記、評価法をしていることについて、『二重帳簿』と言われたのである。

 実は、わたしの勤務する学校でも、あえて、こうしたことがあった。でも、当時の校長が、説明責任をよく果たしてくれたから、二重帳簿と言われたことはなかった。これも、信頼関係があったからだと思う。

 代表的な例としては、3年生でありながら、ほとんどの子が、笛を6年生並に吹けてしまうということがあったとき(どうしてこうなったかは、後日また、記事にしよう。)、いくら相対評価だとしても、あんなに吹けて、2や3がつくのではかわいそうということで、校長にお願いをした。その結果、確か、「5」を40パーセントくらいつけることを許可してもらった。

 わたしの校長時代も、言った。
「資料を用意し、見せてくれるなら、パーセンテージをはずしてくださったかまいませんよ。わたしが保護者へよく説明します。」

 つまり、指導要録までパーセンテージをはずすことはできないから、『二重帳簿』となる理由を説明するという、そういう意味である。

 現在も、真に子どもの励みになる通知表にするために、このくらいのことはしてもいいだろう。


 最後にわたしとして、担任時代、心がけていたことを書く。

 
 わたしは、この記事を書くにあたり、観点別評価とは書かなかった。

 全部、『いわゆる』を使用し、『観点別評価』と、『  』つきで書かせてもらった。それはこだわりがあるからである。

 評価は日々のもの。明日の授業につながるもの。そういうとらえだ。
 特に、子ども主体の授業を標榜する者は、子どもについての日々の評価なくして、明日の指導はあり得ない。

 だから、日々の評価と区別する意味で、『観点別評定』という言葉を使いたいのだが、そういう言葉はない。(ないだろう。)

 わたしは、昨日、学校で、指導要録を見たが、観点別学習状況とあった。これが全国統一された用語なのかは分からない。そこで、『いわゆる』と、『  』を使わせてもらって表記することにした。

 
 しかし、こだまさんもお察しくださっているように、すべての時間、すべての児童について評価するのは、はっきり言って無理だ。

 そこで、わたしが採り入れた手法について述べたい。

 毎時間、顕著に表れたものだけを記録する。そして、それを明日の授業づくりのために、役立てる。

 そして、週の後半になって、記録のない子をさがし、次の日は、その子たちをじっくり見るようにする。ここでは、おおざっぱな言い方しか書かず、大変恐縮だが、基本的には、そんなやり方をしていた。

 通知表はあくまでその積み重ねをエキス化(こんな言葉はあるかな。)したものだった。


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 確かに今の通知表は問題があります。絶対評価で、なお、3段階評価であること。これって、いくら努力しても、変わらないことが多いでしょうね。
 
 むかしはよかったなあ。(ごめんなさい。こだま先生のまねをしてしまいました。)5段階評価で、相対評価。しかも、個人内評価もとり入れていました。
 
 あっ。そう。そう。今の通知表は、自己評価力も大事にしています。これは、これで、すごく大事。ただし、自己評価力の育成も、そんなに簡単ではありません。
 いずれ、記事にさせてください。

 もう一つ。今回は特に書かなかったのですけれど、絶対評価もいい点はあるのです。『絶対評価=絶対悪』ではないですから、その点は、ご了解を。(と言っても、全然書かなくて、了解を求めるのは、無理ですね。すみません。・・・。ああ。宿題がたくさんになってしまったな。)

 
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rve83253 at 05:51│Comments(10)TrackBack(0)評価観 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by 奈々氏   2006年07月25日 23:22
ご無沙汰しております。記事の中心とは外れるところなんですが,評価に関して私たちの学校の方針と

>評価は日々のもの。明日の授業につながるもの。
>そういうとらえだ。
> 特に、子ども主体の授業を標榜する者は、
>子どもについての日々の評価なくして、
>明日の指導はあり得ない。

この部分が非常にマッチしてます。うれしいなって思ったので。
2. Posted by toshi   2006年07月26日 10:46
奈々氏さん
 お久しぶりです。いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 心から共感しあえる学校が、全国にあるということ、ほんとうに励まされます。
 子どもを知ると言うこと、初めに子どもありきと書かれたブログもありましたが、この精神でがんばっていきましょう。
3. Posted by こだま   2006年07月26日 15:08
ありがとうございます。こんなに長いコメントをいただきまして。(^_^)

私の不勉強であの文言を地域の教育委員会が作成しているものとばかり思っていました。学校それぞれが作成しているのですね。今度、どんな流れで作成されるのかを記事にかいて頂けると嬉しいです。

>毎時間、顕著に表れたものだけを記録する。そして、それを明日の授業づくりのために、役立てる。

私も塾の中で同じ方法を取っています(毎日が試行錯誤で、なかなか「これだ!」というものに出会うのは難しいものですね)。評価は実は指導者にとってこそ必要なんですよね(もちろんきちんとした評価がくだせるのなら、子どもにとってもといいたいのですが…)。子どもができないのは、基本的に自分のせいだと思っていますから、今の通知表のあり方にはどうも抵抗があります。なんとかならないものでしょうか。
4. Posted by 奈々氏   2006年07月26日 19:48
こだまさんへ

通知表(それこそいろんな言い方がありますが)は私の地域では,市の教育委員会から届きます。だから,市内は共通です。ただ,共通でなければならないというわけでは無いと思います。
5. Posted by こだま   2006年07月26日 23:52
奈々氏さん

ありがとうございます。
地域によって違うということなのですね。
いろいろと難しいですね。外部の人間にとっては、学校という世界、どうなっているか本当にわからないことだらけでして…。(^_^;)
6. Posted by toshi   2006年07月27日 03:29
奈々氏さん
 ちょっと質問させてください。
 それは、ほんとうに、市教委なのでしょうか。(ごめんなさい。疑っているようで、恐縮です。)
 もしかしたら、教員で組織する研究会であるとか、市の校長会の組織であるとか、そういうところが出しているのではありませんか。
 別な聞き方をすれば、その市版(そう言っているかどうかはわかりませんが、)の通知表を使うようになっているのか、市版を使うかどうかは、学校ごとに決定できるようになっているのか、ということでもあります。
7. Posted by 奈々氏   2006年07月27日 19:29
市教委にとりに行きますね。
ただ,学校ごとに決定できると私も理解してます。少なくとも以前勤めていた地域では,確かに,学校ごとにばらばらでした。今の地域は,一昨年までは市教委のある場所に(少なくともこれはあってます。校長会の組織であるのではと聞かれたら,私たちではわかりません。。。)昨年からは,各学校ごとにデータから印刷して作るようになりました。今年は,各学校ごとに自由に使える欄はありますが,教科についての項目や所見などの欄は一律だと思います。
8. Posted by 奈々氏   2006年07月27日 19:32
追記
ただし,確かに評価委員会という組織もありますし,通知表について検討する所もあると思います。が,最終的に一律のものです。市教委にとりにいく=市教委が作成したのでは無いのかもしれません。予算なども関係しているのかもです。
9. Posted by toshi   2006年07月29日 12:58
奈々氏さん
 ご回答、ありがとうございました。
 たぶんこういうことだと思います。
 やはり、教育委員会作成ではないのだと思います。教育委員会作成だと、教育委員会の予算を使い作成しますから、各校には無料で配布され、その場合は希望をとることはないでしょう。
 研究会、校長会などで、作成したものだと、これは、任意団体ですから、使用を義務付けられるものではなく、各校に選択権はあります。その場合、もちろん保護者から、通知表作成費を徴収することはないでしょうから、各校に配当された予算で支払うことになります。
 
10. Posted by toshi   2006年07月29日 12:59
何が言いたいかと言えば、通知表はあくまで学校の責任で作成するものです。
 ただ各校で自由に作成するのでは、そのまちまちなことが、学校間の差のように保護者に受け取られて、それへの対応が大変と考える地域は、できるだけ、揃えようとします。
 それでも教育委員会が作成すると、これは使用が義務付けられますから、各校で作成という建前が崩れます。そこで任意団体作成ということになるのだと思います。
 奈々氏さんの地域では、各学校がデータから印刷して作るようになったとのこと。たぶんCDなどで配布されるのでしょう。
 それをもとに、各校の創意を生かすことはできるはずですから、教科の項目や所見なども、一律と決めてかかる必要はないのだと思います。

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