2006年08月13日

やすらかに、母の元へ(2)4

160d4a49.JPG 前記事をお読みでない方は、そこから、お読みいただければ、幸いです。

   8月9日   やすらかに、母の元へ

 昨日、通夜、告別式が滞りなく終了した。
 ほっとした思いとともに、式などでいただいた数々の言葉、また、このブログに寄せられたコメントの数々、そこから、妹の生と死を考えさせられたし、多くのものを学ばせてもらった。その感慨は実に大きい。

 多くの方々に感謝したい。


 盲人の方が何人もいらしてくださった。介助の方もいらして、お焼香には逐一介助の手がさしのべられていた。また、盲導犬の誘導もあり、そうしたことの一つ一つ。一途な姿に感動し、目頭を熱くした。

 しかし、妹にしてみれば、こういう方々とのふれ合いは、日常茶飯事のことではなかったか。いちいち感動を伴うようなことではなく、それがふつうの生活だったのではないか。
 そう思うと、あらためて妹の人生のすばらしさを感じざるを得なかった。


 かつて、点字の本の作成に携わっていた妹から聞いたことがある。妹がわたしに問うた。
「点字には、2種類あるの、知っている?」
「いや。知らない。何だろう。」
「打つ点字と、読む点字のことよ。一方はへこんで、もう一方は出ているわけ。」
「ああ。なるほどね。両方並べれば、左右対称ということか。」

 また、こんなことも聞いた。
「道路にある黄色のカラーブロックだけれど、あれも2種類あるの。」
「あれっ。そうだっけ。・・・。分からないなあ。」
「横線のブロックは、その方向に進めっていうことでしょう。あと、丸いのがあるの。あれは、止まれっていうことよ。」
「あっ。なるほど。そうだな。2種類あるなあ。」

 わたしはこのときまで、こんなことも気づかないでいた。毎日のように目にしていても、眺めているだけでしっかり見てはいないのだった。

 そんなことを思い出していた。



 弔辞が読まれた。

 「〜。Aさん(妹の名)は、子育てが上手という評判が、職場のなかにありました。あるとき、『子育てのコツは何なのかしら。』とうかがいました。
 そうしたら、Aさんがおっしゃるには、『そんなにむずかしいことではないわ。子どもが料理をしたがったときは、あなたの買いたいものを何でもいいから買っていらっしゃいって言って、買い物からやってもらうの。そうして、黙って見守ってやるわ。これ、どうするのって聞かれたときだけ、教えてやるのよ。』とのことでした。
 無理せず、子どもの意欲を見守るという姿勢から、わたしたちは、多くのものを学ばせてもらいました。〜。」

 「〜。会計が好き、数字をみるのが大好きとおっしゃっていました。
どんな仕事も責任を持ってやってくださいました。ややこしい計算が、何種類あっても、見事にそれをこなしていらっしゃいました。
 あるとき、よく混乱しないのねって聞いたのです。そうしたら、『ひとつひとつ、バッグから分けているの。今日はこの会計だから、このバッグだけ持っていけばいい。』そうやっていると混乱しなくてすむわ。」

 ああ。前半はまさに教育の極意だ。こんなこと、妹と話した記憶はないが、やはり、『押さえるべきところはしっかり押さえていたな。』
 父親の感化があったのかもしれない。
 意図的、計画的な実践の場である学校だって、基本的にはこうあるべきだ。

 逆に、後半について言えば、わたしは苦手とするところ。兄と妹でありながら、こうも違うかと苦笑いだ。


 家族から聞いたのだが、妹は自分の葬儀について、細かく要望を出していた。

 写真も、本人が選んだ。ハイキングに行ったときのものだろう。すてきな花をバックに撮った写真。笑顔もすてき。親族みんながその写真をほしがった。

 戒名はいらない。納骨はどことどこなどなど。細かいところまで指示していたことを知って、驚きの念を禁じ得なかった。

 自分の運命を予期しながらも、冷静な心。死への心の準備は万端整っていたということだろう。



 さて、前記事の、『やすらかに、母の元へ』では、何人もの方からコメントをいただきました。ありがとうございました。わたしは、それら、コメントからも多くのものを学ばせていただきました。


 妹の、あの、心の強さはどこからくるのか、分かったような気がした。
 福祉の仕事に携わり、達成感のある人生を送ることができたからではないのか。

 むかしからのことわざ、
『情けは人のためならず。』
そう。まさに、自分のためだった。

 だから、今、妹は、すばらしいところ、美しいところにいて、ほほえんでいる。
 わたしも、そう思えるようになった。

 妹は、多くの人に感謝され、多くの人に生きる勇気を与え、逝った。

 多くの人に生きる勇気を与えた妹の存在。病気と闘う姿も同様だった。


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 妹はこれまで健康そのもの。子どもの出産以外には、入院経験なし。運命の皮肉を感じます。でも、これも、神の思し召しなのでしょうか。

 さて、次回は、母の思い出を記事にします。
 わたしが20歳のとき、逝った母。妹の死で、ここのところ、母を思うこともふえています。


rve83253 at 13:50│Comments(0)TrackBack(0)エッセイ | 自己啓発

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