2006年08月29日

通知表 文例集(2)4

e93485bc.JPG 今日は、文例集の(2)。
 お約束の教科等、学習面に関わる記述を掲載する。

 
 でも、その前に一つだけ。

 よく、『今の通知表は、子どものよくないことは書かない。』とか、『子どものよくないことは書けないのだから、言外の意味をくみ取ってほしい。』とか言われる。

 でも、ほんとうにそうだろうか。

 わたしは、いわゆる『子どものよくないことは書かないように。』などと、教員に言ったことはない。

 たとえば、前回の記事、文例集(1)。

 『個の成長を見とる視点から』の個別支援級、1年生、3年生の表記は、『子どものよくないこと』も書いていると言えるのではないか。

・ 小さなことでくよくよしたりすねたりすることが、ときどきはある。
・ けんかになりそうなときがある。
・ 一番早くやりたいという思いが強すぎて、あわてたりわがままになったりすることがある。
・ 間違えたり自分が悪かったりすることがある。
などと書いているわけだ。

 それでよいのではないか。人間だもの。いいこともあれば、よくないこともあるのは当たり前。
 
 まして、通知表は、担任の作品と言っているわたしとしては、いいことしか書けないとしたら、それは不自然だ。

 上記誤解はどこから来たのだろう。はっきりは分からないが、たぶん、指導要録の開示請求がなされるようになって、それまでのように、あけすけに書けなくなったという思いから、そういう誤解が生まれるようになったのではないか。

 でも、わたしは思う。
 そう。無遠慮。単刀直入。それはダメだ。
 人の欠点を、無遠慮で単刀直入に書かれたのでは、誰だって、不愉快になるだろう。書きっぷりに、気を配るのは、それは、通知表に限らず、人間社会においては、当然ではなかろうか。
 『おしい。今一歩です。』『〜はがんばっているのですが、〜の点については、〜ちゃんらしくないと言って励ましました。』など。など。


 大事なのは、保護者、子どもと、担任との間の信頼関係であろう。子どもへの愛情と言い換えてもよい。
 保護者が、『ああ。先生は、こんなにも、うちの子(わたし)のことを見てくれているのだ。』と思えれば、通知表の書きっぷりなど、小さな小さなことのように思われる。


 さて、それでは、わたしが全教員に文例集を配布した際の、ある年の巻頭言を掲載したい。
 すみません。文例集はまだまだ、あとの方です。


 『2学期も終わりました。夏の暑い盛りから、厳しい寒さの最近の日々まで、長い長い2学期。ほんとうにご苦労さまでした。
 通知表の作成も大変だったと思います。ここ数日は、休みなしだったでしょうね。
 わたしは老眼ですから、細かい字は読みにくい。そんなわたしが、虫眼鏡を使わないと読めないような通知表も多々あり、うれしい悲鳴を上げました。

 さて、それでは、今学期も、通知表に書かれた、先生方の言葉を紹介させていただきます。先生方の書かれた文章がすばらしいので、何回も感動を味わわせてもらいました。
 通知表は、一生残るものです。お嫁に行くときも、持参するものです。
 ですから、心に残る感動的な文章を読めば、受け取る親子は、大変ありがたい思いになるだろうなあと思いました。

 以下、この文例集をお読みいただくときの観点を述べたいと思います。

1. 知識・理解に関わる記述も大事です。関心・意欲も同様です。しかし、それに偏る傾向はないでしょうか。『生きる力』『学ぶ力』という意味では、思考力、判断力、自己教育力も大事。そんな観点での記述も大事にしてほしいと思います。どうも、こうした学力の記載が少ないように思います。

2. 『行動の様子』『特別活動の様子』では、子どもの自主性、自発性あふれる行動が数多く記載されていました。子どもの言動に感動した様子がいきいきと書かれています。心温まる話題が豊富にあると言ってもいいでしょう。これは、とてもありがたく思いました。

3. 道徳の学習、外国人講師による国際理解教室に関わる記述も少ないようです。この点もご配慮くださればと思います。

4. 1学期の連絡欄に保護者の声がたくさん寄せられています。正直のところ、よくこんなに書いてくれたなと驚きます。我が子の成長を肯定的に見てくださっている保護者が多いのもうれしいことです。まさに感動です。
しかし、中には、我が子について不安を抱いている記述もあります。そういう場合は、連絡欄などを使って、2学期の様子を書いてやってください。個人面談によって答えている例もあるでしょうが、上記のように通知表は、一生残るもの。よろしくお願いします。

5. 低い能力に関わっての記述は、むずかしいようです。こういう記述でも心温まるように書くには、どう書いたらよいか、この文例集からお考えいただけたら幸いです。

6. やはり具体的な記述が感動を呼ぶように思います。『あのときのあの言動がすばらしい。』という感じで、書かれるといいでしょう。


 国語科
個別支援級
・自発的に、A先生(前年度の担任)にお手紙を書き、相手への思いを伝えることができました。日記を進んで書きました。友人との会話文を入れたり、自分の思いを書いたりするようになりました。
1年生 
・ 1分間スピーチは、1文だった話が、2文、3文となり、だんだん長く話せるようになりました。人の話も聞けるようになってきています。
・ 「大きなかぶ」では、文章の繰り返しの楽しさを味わいながら、意欲的に劇に参加しました。
2年生 
・ 4つの場面の話をうまくつなげて、絵本「わにわにくんとパクパクくん」を書きました。最後の場面の「お月さまのきれいな野原で眠りました。」という表現がすてきでした。
6年生 
・読書量が多く、読書の範囲も物語から自然科学、歴史の参考資料等へと、広がっています。
・敬語の正しい使い方がわかり、場に応じ適切に話をすることができます。また、相手の気持ちを考えながら話したり行動したりできます。

社会科
3年生
・お弁当屋さんの弁当づくりでは、給食室の機械との違いに着目しました。そして、それについて写真や文にまとめ、一つのお弁当箱に他種類のおかずを詰めるための工夫を発表することができました。
5年生
・「和紙づくり」では、「農家は野菜や稲を我が子のように大切に扱っているが、和紙はどうか。やはり同じように大切にしているかな。」という鋭い問題意識を持ち、これをテーマに学習を進めようとしていました。

算数科
1年生
・ 「どちらがおおい」では、異なる入れ物の水のかさを、個別単位で楽しそうにくらべていました。
3年生
・ 問題がわかるまで自分の力で解こうとがんばっていました。絵や図も使って考えられました。

理科
3年生
・ 実験に取り組む前の予想では、自分の生活経験をもとにして考えることができ、説得力のある発言をしていました。
5年生
・「天気の変化」の学習では、台風が来たときの天気の変化や秋の天気の変化を雲画像などの情報をもとに考え、次の日の天気を予想することができました。

生活科
1年生
・ドングリごまづくりでは、よくまわるようにと、友達のこまを参考にしたり、研究したりして、ねばり強く取り組みました。

音楽科
1年生
・ やわらかく歌えるようになりました。また、愛唱歌をふやしました。
・ 高い声が大変澄んでいて美しいです。誰よりも早く歌を覚えるので感心しました。
2年生
・どんな曲も正しいリズムや音程で歌い、身体表現をしながら歌いました。とてもすてきな声で歌い、みんなが聞きほれました。

図画工作科
2年生
・ぼかした色の形をうまく使い、おなべの湯気からクリスマスのプレゼントが現れる楽しい絵を描きました。
3年生
・ いつも自分の発想を生かし、熱心に取り組んでいます。友達の作品のよさもたくさん見つけられました。
5年生
・電動のこぎりを上手に使って、たこの形をした小物入れを作りました。8本の足をスムースに切るAさん。みんなから、「うまい。」と声をかけられていました。

体育科
2年生
・ ドッジボールでは、チームの他の子の動きを見ながら力を合わせていた姿が、印象に残っています。
3年生
・ 鉄棒の技がきれいでみんなのお手本でした。どの種目も積極的で楽しく運動できました。
6年生
・バスケットボールは、背の高さが生かせるので、張り切ってパスやシュートなど、がんばっていました。

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rve83253 at 21:20│Comments(11)TrackBack(0)評価観 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by うさ   2006年08月30日 22:05
>保護者が、『ああ。先生は、こんなにも、うちの子(わたし)のことを見てくれているのだ。』と思えれば、通知表の書きっぷりなど、小さな小さなことのように思われる。

今高校1年の長男が小学生のの時に感じたことは、「先生、この子をよくみてくれているのかしら?」と言うことでした。確かに良いことを書いてくださっているのですが、そんなに良いことばかりではないと思っていたからです。ひらがなさえ教えず入学したし、忘れ物・落し物も多かったし…。
確かに良いところを探してくれるのは嬉しくもあったのですが…反面どこを見てるんだろう…と。
勝手な親の言い分なのでしょうが…。
2. Posted by toshi   2006年08月31日 05:14
うささん
 いえ。いえ。勝手な言い分などとは思いません。人として、当然の思いというように思います。やはりよいことしか書かないというのは、変ですよね。
 通知表の目的は、子どもが意欲的に学んだり生活したりするようになってもらうことだと思うのですが、それなら、やはり努力目標みたいなものも書いてほしいですよね。
 やはり究極のところは、子どもへの愛情でしょうか。
3. Posted by くるみ   2006年09月01日 02:40
toshi先生、先生方は、細かな視線と心遣い、そして、洞察力、記憶力をいつもフルに発揮しておられるのですね。目に見えない気働きやご苦労があるということを改めて感じました。

そして、このような先生方のまなざしを私たち保護者が共有し、さらに深め、子ども達に注ぎ、褒めたり、喜んだり、時には、痛みを伴いながらも子どもを自分を見つめ、正すべきところは正し、厳しさの中からさらなる成長を目指す・・・。

長い2学期に向けての切り替えや心の準備の力となりました。有難うございました。
4. Posted by おそなえ餅1号   2006年09月01日 11:53
CRNのリンクから来ました。私自身、子を持つ親であり、学校ではありませんが、指導に長くかかわっている人間として、通知表の評価について興味深く読ませていただきました。

子どもの学校の通知表には、保護者の連絡欄がないんですよね。あるといいなぁ、と、いつも思っています。
5. Posted by toshi   2006年09月02日 05:03
くるみさん
 いつも、前向きで明るく、建設的なコメントをいただき、感謝しています。
 通知表に限らずですが、よりよい教育をめざして、がんばっています。
 ただ、批判される部分も多々あるわけで、でも、その部分は改善を目指し、がんばっていきたいと思います。
6. Posted by toshi   2006年09月02日 05:08
おそなえ餅1号さん
 そうですか。さっそくご批判をいただきましたね。連絡欄がないとは。
 わたし自身は連絡欄のない通信票など、経験がありませんので、びっくりしました。
 連絡帳、個人面談など、連絡手段はいくらでもあるということなのでしょうか。
 学校評価などといわれる時代ですから、学校経営についてのアンケートなど、あると思います。要望として書かれたらいかがでしょう。
7. Posted by ぴっぴです。   2011年03月24日 09:18
はじめまして、

昨日末の娘が小学校を卒業させていただきました。

最後の通知表をもらいました。
内容ではなく、家族全員とてもがっかりしたことがあります。

それは、評価や所見あわせて10箇所も修正テープで訂正してあったからです。

通知表は公のものではないのかは存じませんが、訂正印で直すとか、砂ケシゴムでわからないように直すとか、するものではないでしょうか?

とても驚いて、卒業式後に担任に連絡しました。
「とてもがっかりしたことがありますがわかりますか?」と切り出しましたが、全く気にもとめていらっしゃらないようでした。

で、あっさり「差し替えましょうか?」とおっしゃいました。

修正箇所が多く、プロ意識、緊張感がもう少し欲しかったこと、一生の記念にするにはとても残念だということを伝えました。

担任は定年まであと1年の、ベテラン先生ですが、
16回目の6年生担任とかで、過去に作った自作のプリントと漫談、雑談だけで授業を乗り切ってこられ、フレッシュな子ども達には響かない先生でした。

保護者として、この先生に、どのように伝えたらわかってくださるのか、どうしたらいいのか、考え込んでしまいました。

いろいろ書いてすみません。
8. Posted by toshi   2011年03月25日 07:03
ぴっぴさん
 とお呼びしてよろしいのでしょうか。
 まずは、お嬢様のご卒業、おめでとうございます。
 さっそく本論に入らせていただきますが、
 時代はどんどん変わっています。コミュニティスクールとか、学校評議員制度とか申し、保護者や地域が学校運営に対し意見や要望を伝えたり、学校運営に参画したりする時代です。
 また、人事考課制度も実質的な意味をもってスタートしています。
 そういうときに、『旧態依然たる』と言っていいのでしょうか。そのようなベテラン教員がいること自体、驚きです。通知表もさることながら、わたしには日々の授業のひどさの方が胸にこたえました。
 わたし、教員の立場ではありますが、思います。
 そういう教員がいることに対し、もっと、保護者やPTAは、学校(校長)に要望や意見を伝えていいのではないか。また、学校は謙虚にそうした声に耳を傾けるべきではないか。
 そういう教員が、16回目の6年生担任というのにも驚かされます。これまで、校長等の指導もなかったのでしょう。
 公教育に携わる立場としてお詫び申し上げるとともに、このことに関しては、学校改革の必要性、切実性を実感させていただきました。
 ありがとうございました。
 
9. Posted by ぴっぴ   2011年03月25日 21:13
ご丁寧にレス下さり本当にありがとうございます。
 結局校長を通して、その通知表を見てもらい、
「こんなことはあってはならないこと」と平謝りに謝られました。
 校長先生と我が家と約束で、もう一度書き直したものを責任をもって作成することになりました。
 そして、担任がもう一度書き直して持って来てくださったのですが、先生がお帰りになった後なんと、また転記ミス(それも評定の大事なところ)を娘が発見し、またまた、がっかりしてしまいました。
 私は母親として、もう一度きちんと先生にお話すべきだと主張しましたが、夫は、「こんな先生にはいくら言っても無駄だし時間が無駄だ、何よりこうやって娘が一番傷ついていることがやりきれないから、もういい!」と、私と夫が娘の前で言い争いになってしまいました。
 そして話し合った末、やはりきちんとすべきだと、今朝校長にその二回目のミスのある通知表を届けてきました。
ちゃんと確認しないで校長印を押した責任も感じていただく意味で。
 担任は今日は公休とかで、休みのところを、通知表の訂正だけにこられ、本人は来ないで、校長が夜届けてくださいました。


ここまでで、一度投稿させて頂きます。

10. Posted by ぴっぴ   2011年03月25日 21:16

 ちなみに、私は三人の子供を育てていまして、

今までの三人の小学校の通知表18通全部を確認しましたら、訂正印を押して訂正してあるものが3箇所ありました。砂消でこすった後のあるものも1箇所ありました。修正液や修正テープはこの先生だけでした。
 

今回の通知表の件は、まず娘が、
「お母さん、今回の通知表見たらびっくりするよ!」と渡してくれたことがきっかけでした。

何がびっくりなのかというと、
「修正テープがいっぱいだから。」
と悲しそうに渡してくれたことでした。。
 大人になって、子供が生まれて、こんな修正テープだらけの通知表を子供に発見されて「いくらでも改ざんしたみたい」などと言われたら悲しいよーー、と言っていた娘の気持ちが本当に哀れでした。


ベテラン先生のプロ意識の欠如、
イマジネーション【自分の身になったら)の欠如、
集中力の欠如、
ミスは誰にでもありますが、そのフォローのやり方を間違う。

とても疲れ、いろいろ考えさせられました。

 お忙しい中、本当にありがとうございました。

誠意のある先生がまだまだ沢山いらっしゃること、
この日本を背負って立つこどもたちを育てようと尽くしていらっしゃる先生がいらっしゃることを

信じていきたく思います。
11. Posted by toshi   2011年03月27日 07:08
ぴっぴさん
 校長先生にお話いただいたとのこと。よかったなと思いました。ただそれも2度にわたるとは、あぜんとしてしまいました。
 しかもご夫婦で言い争いになってしまわれたとのこと。もう申し訳ない思いでいっぱいになってしまいました。
 『古き良き時代』は確かによい部分もあったのですが、こういう教員が野放しになっていたという、そういう側面もあったのですね。
 程度の違いはあるにしても、これは我が地域でも言えることです。ぴっぴさんからのコメントも心にとめて、これからも初任者指導に当たっていこうと、改めて心に誓いました。

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