2006年09月09日

定  見(2)4

8102cd97.JPG 9月6日付で、定見(1)と題し、『国は、一定の見識のある教育施策をもっているのか。』という記事を書かせていただいた。

 わたしは、この記事を、『国の見識を問う。』という姿勢で書かせてもらったと思う。

 しかし、いつもお世話になっているくるみさんから、
『国と国民のコミュニケーションのなさが、この混乱を巻き起こした一つの原因か。国の教育施策をきちんと理解しようとしない国民。どうにかして理解を求めるという信念に基づく説明責任を果たさない国。漂流状態ですね。』
とのコメントをいただいた。

 なるほど。国だけを批判しても始まらないか。・・・。目を開かせてもらった。


 今日は、『国には、教育についての定見があるのか。』の第2弾として、学校五日制導入をとり上げるつもりなのだが、上記のように言われれば、この問題こそ、さらに顕著に、国と国民との間のコミュニケーションのなさを示しているようにも感じる。
 今日は、そのことも、論点に加えよう。


 ふり返れば、平成元年だった。
 わたしは、教頭試験を受けた。その問題の一つは、忘れもしない。『学校5日制について、思うところを述べよ。』だった。

 それで、わたしは、『時期尚早である。学校外の子どもの生活の受け皿として、地域・家庭の教育力がもっと高まれば別だが、そういう保障がない以上、結果的には、子どもを塾へ追いやる結果になるだけではないか。
 それで、受け皿としての地域・家庭の教育力を高める方策を第一に考え、それから、学校週5日制にふさわしい教育課程の作成に取り組み・・・、〜。』そんな意見を書いた。

 そうしたら、先輩から言われた。

『なんだい。toshiさんは、そんなこと書いたのかよ。だめだな。そりゃあ。もう、学校五日制は是か非かと議論する段階ではないのだよ。五日制に移行することは内々にはもう決まっているのだ。だから、学校五日制下で、学校はどう新しい教育に取り組んでいくかを書かなければいけないのだよ。』

 そんなことを言われ、ショックだった。
 それは、試験をパスする可能性が少なくなったこととともに、そこまで事態が進んでいることを知らなかったことを情けなく思ったからだった。

 学校五日制を採り入れる理由付けとして、国は、
『ゆとり教育を身のあるものにするため』
『地域・家庭・学校が一体となり、子どもを健全に育成していくことの大切さ』
『自ら学び、自ら考える力や豊かな人間性などの生きる力を育む。』
などと説明した。

 国は少なくとも、熱っぽくこれを語っていたが、国民はこれで納得したか。

 多くの国民は、眉につばをつけて聞いたのではなかったか。

1. 学校週五日制は、少なくとも国民の側から盛り上がった世論というようなものではなかった。
2. 国民の多くは、わたしの教頭試験の答案と同じように、本音では時期尚早と思っていたのではなかろうか。国だけが突っ走った。
3. 『国の説明そのものは、教育のあり方としては納得だ。しかし、果たしてそれが、五日制をとり入れる理由となりうるのか。』国民の多くはそう思ったのではないか。少なくとも説得力のある説明はできなかったのではないか。
4. それにもかかわらず、国民はこれを受け入れた。まさにコミュニケーション不足のままではなかったか。


 わたしはそれ以前、ばくぜんと学校の週五日制について、考えないわけではなかった。

 企業や役所の週休2日制が進むに連れ、遅ればせながら、学校の週休2日制もいずれは、実施の運びになるだろうと思っていた。

 しかし,その場合は、長期休業日を大幅に減らすのではないか。たとえば、夏休みを半分に減らす。幸い今は、エアコンがあるから、全教室に設置すれば、問題はないだろう。

 それでも、授業日はざっと年間20日程度減ることになる。

 ところが、国がめざしたものは、とてもそのようなものではなかった。長期休業はそのままで、土曜日をすべて休みにするという方向だった。


 わたしは、正直のところ、不可解という思いになったものである。休日をふやしてくれるのだから、教員として不満はないが、それだけに、『なぜ。』の思いがぬけ切らなかった。

 今になって思う。

 諸外国の多くは、学校5日制。日本だけが、教育過密となっている。突出して授業日数が多い。それでは、フェアな国際間の競争にならない。放置すれば貿易摩擦になりかねない。それであわただしく学校5日制を採り入れた。

 でも、ほんとうにそうだったのか。今でもわたしは疑心暗鬼だ。

 今、その矛盾が、学力低下論争に跳ね返るかたちで、露呈しているように思える。

 くるみさんがおっしゃるように、国と国民のコミュニケーションが不足した。そのつけが今来ている。


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 わたしは当時、学校説明会などを開催し、地域・保護者の皆さんに、学校5日制の趣旨を説明する側でした。
 わたし個人は、国の言っていること以上に踏み込み、『私見ですが、〜。』というかたちで、上記のように意見を述べさせてもらいました。不可解な思いは率直に不可解とお伝えしました。

 どうも今日は歯切れが悪く、申し訳ありません。

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    (3)へ続く。

rve83253 at 13:13│Comments(2)TrackBack(0)学校経営 | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by くるみ   2006年09月11日 13:39
toshi先生、私自身の反省のコメント、の意味が強かったのですが・・・。

私の住む地域では、昨年度、向こう10年の教育施策がスタートしました、しかしながら、現場の先生方は前向きなのか疑問です。保護者、地域・・・人々は理解していない、というか、知らない人もいます。

個人的にはパブリックコメントを寄せたり、説明会には参加しました。でも、それだけです。本当に無力を感じ、大人としての至らなさを痛感するこのごろでした。

でも、自分のできることからやるしかないのですよね。いつもtoshi先生のブログやコメントを通して、弱った心に力を頂戴しています。
2. Posted by toshi   2006年09月12日 03:40
くるみさん
 いやあ。おっしゃること、よくわかります。
 わたし、このシリーズものでは、国がおし進めているいいこととして、学校評議員制度、地域・保護者による学校評価もとり上げるつもりなのですが、これにしても、どれだけ、地域・保護者は理解しているのでしょう。
 もっとも、学校にしても説明責任をちゃんと果たしているのでしょうか。
 また、国にしても、新しいものを追い求めてばかりいます。こだま先生のおっしゃる、「第三者による学校の5段階評価」にしてもそうですね。今年、国はこのことを表明しました。
 つまり、くるみさんのおっしゃる、向こう10年の教育施策というのが、可能なのかという問題もあります。そのくらい、国は新しいものを追い求めています。
 ここにも、国と国民のコミュニケーション不足がありそうですね。
 

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