2006年09月18日

ショッキングな新聞報道を目にして4

903d8b63.JPG 公立小学校における子どもたちの校内暴力が、過去最多になったという。そのなかでも、対教員暴力が30%増だという。

 わたしは自分の身のまわりを見渡して、納得できるような、できないような、複雑な気持ちだ。わたしの在職した学校、また、今、勤務している学校を見渡して、言えることは、

 確かに、すぐきれる子ども、ふつうの授業に耐えられず、教室を跳びだす子どもはいるし、ふえつつある。荒れる子どもを落ち着くまで押さえつけようとすると、振りほどこうとして、結果的に対教員暴力のようになることはある。

 しかし、『道草学習のすすめ』にあったが、

 『教員が「おはよう。」と挨拶すれば、「死ね。」という言葉が返り、少し注意しただけで顔や目をなぐられる。授業中はナイフや彫刻刀が教員めがけて飛んでくる』となると、

 これはもう、『ええっ。学校によっては、そんな事態になっているのか。』と、暗然たる思いにならざるを得ない。


 いろいろな要因があるだろう。これまでも、ずいぶん、わたしは、このブログで記事にしてきた。

 今回、マスコミ報道によれば、その原因はさまざま。「家庭の教育力の低下」「食生活のひどさ」「塾へ行かざるを得ない状況」「学校の指導力の低下」などが上げられているかな。


 また、教育ブログでは、道草学習のすすめ「徹底反復訓練学習の横行」 小学校長のお仕事、「マスコミの影響」なども上記に追加されるかたちで載っていた。
 
 さらには、今日のテレビでは、中曽根元首相が、「国の教育哲学のなさ」を上げていた。


 わたしは、これらを読ませていただいて、いろいろ考えた。
 考えた結果、わたしとしては、この現象の原因として、「家庭の教育力の低下」をあげたい。

 
 しかし、これには、注釈がいる。

 人間社会は、今、恐るべき早さで、二極化が進行している。とは言っても、わたしの言う二極化は、心の二極化だ。(勝ち組、負け組の話ではない。)
 思いやりがあり、人間性豊かな人たちは確かに大勢いる。他方、自己中心的、衝動的で、心のゆとりのない人たちも大勢いる。

 このこと自体は、かつて記事にしたことがあるので、それをご覧いただければ、幸いである。

    二極化現象を考える

 家庭の教育力低下に関しては、こだま先生の「道草学習のすすめ」のコメント欄に、たくさんのコメントがある。

 
 わたしもそれに二点補足したい。

1. 下町で医院を経営するお医者さんの話である。
 最近の待合室は、もう、荒れ放題だという。
 子どもは大声でしゃべる。親もしゃべっていて、子どもがどんなふうでも無頓着。注意などしやしない。それだけではない。おろしたてのスリッパが、だんだん少なくなっていくのだそうだ。
「幼児用の小さなスリッパまでなくなっていくのですよ。まさか子どもが持っていくわけはないと思うのですがね。医院名の入ったスリッパを家へ持っていってどうするのでしょうね。」


2. 最近、学校によっては、入学式後の学級ごとの記念撮影がやりにくくなっているらしい。
 あっちこっちで、子ども同士の突っつき合いが始まる。なかには、寝そべってしまう子までいる。注意しても、もぐらたたき同然だ。
 そして、後ろには保護者もいるのだが、まず、我が子を叱ったり注意したりすることはなく、『どこの子でしょう。』といった感じで、ただ立っているのだそうだ。

 
 かつて学校は、いや、今だってそうだが、小学校入学までの6年間、しつけなど、一定の家庭教育があることを前提として、教育課程を組んでいたし、教育活動を営んできた。

 その前提は、学級あたり、2〜3名、暴力事件を起こしたり授業中教室を抜け出すなど、問題行動の多い子がいただけで、くずれてしまう。そして、今や、初任者の学級にも、そういう子を配置せざるを得ない実態がある。

 

 さて、愚痴ってばかり言っても仕方がない。2つほど、解決へ向けてのヒントを提供したい。

1. 先に二極化と書いた。学校に理解があり、あるいは、心配して、
「先生。大変ですね。毎日。・・・。体、こわさないでくださいね。わたしたちにできることがあれば、やらせてください。」
そういう保護者は必ずいる。わたしが現職のときも、そして、今の初任者の学級にも、こう言ってくれる保護者はいるのだ。担任はどれだけ励まされることだろう。
 
 あるとき、ある学級だけ、臨時の学級懇談会を開催した。問題行動の多い子どもの保護者も、出席した。わたしは、その勇気に感謝した。
 この保護者は、『みんなからつるし上げられる。』そう思って来たようだ。だから、最初は、食ってかかるような言動だった。
しかし、「みんな同じよ。」「反省することばかりよ。」「至らない者同士、力を合わせていきましょうよ。」「一人で悩んじゃだめよ。」そんな声ばかり。
 最後、その保護者は涙を流し、「うちの子が、皆さんのお子さんにご迷惑ばかりかけているのに、〜。」
 ああ。もう、細かいことは書くのを控えよう。

 それまで、その子は、担任への甘えの結果の暴力だったり罵声だったりしたのだが、また、同級生への暴力もあったのだが、そういうことはどんどん減っていった。


2.先に、しつけなど家庭教育を前提としての学校教育と書いた。しかし、その前提がだんだん崩れつつある現在、過去に戻ることは、基本的には期待できないだろう。とすれば、学校がいつまでもその前提にたよっている限り、破綻は目に見えていると言わざるを得ない。
 
 ここはやはり、いつも言うようだが、教員の意識改革が必要だ。子どもの興味・関心・意欲・態度を養うことに全力を挙げなければいけない。

 やればできるはずだ。少なくとも、わたしが去年担当した初任者は、初任者全員とは言わないが、ほぼ全員の子どもが発表するような、すなわち、意欲的になるような授業をやっている。

 他方、こだま先生、今日先生がおっしゃっている、そう、そう、Hidekiさんもおっしゃっていたが、徹底反復訓練学習は、問題を深刻化するだけだろう。


にほんブログ村 教育ブログへ

 つい最近、わたしのホームページ『小学校初任者のホームページ』に、わたしの30代のころの授業を掲載しました。学級全員が意欲的に学習に取り組む授業とは、どういうものか、ご覧いただけたら幸いです。

 それでは、今日も、1クリック、お願いします。

人気blog ランキングへ
 
 こちらも、どうぞ、よろしく。


rve83253 at 00:42│Comments(20)TrackBack(1)教育観 | 保護者

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 校内暴力について考える  [ 七星 来人 ]   2006年09月21日 00:43
校内暴力が増加しているというニュースが流れた。 感覚としてそう感じていたけれど、統計的データがだされ、新聞記事になるとやっぱりなぁという思いがある。 他のブログでも原因を考えていたけれど、自分としての考えがまとまらず、記事にするのを控えていた。まだ、完....

この記事へのコメント

1. Posted by 今日   2006年09月18日 10:06
徹底反復訓練学習は、問題を深刻化するだけだろう・・・・・・・・・・・

大変、深刻な課題を取り上げてくださいました。
有難う御座います。

僕は、校内に視点を当てて考えてみたいと思います。
貴グロブフでもこだまさんグロブでも、反復中心の授業の弊害を繰り返し書かれて来ましたが、
この事の非教育的な面をもっと、もっと、国民的に明らかにしていくことだと思います。

まだまだ、それでいいと考えている国民が、たくさんいるのではないでしょうか。

子どもは、一人一人考えるようになる学校、これが、急務ですよね。

参考になるかどうか、提起に参加する意味で、TBさせて戴きます。
2. Posted by toshi   2006年09月18日 19:59
今日さん
 今日さんは国語で、こだまさんは算数で、そして、わたしは社会で、ともに、思考力を養うことの大切さを、根気強く訴えてまいりましょう。

 〜この事の非教育的な面をもっと、もっと、国民的に明らかにしていくことだと思います。〜

 ほんとうですね。みんな自分の子ども時代を思い起こせば、わかるはずと思うのですがね。

 ただ、思考力の育成という面から考えると、中学校の問題もありますね。中学校は、高校受験を控え、さらに厳しい問題がありそうです。
3. Posted by だまた   2006年09月19日 00:26
こんにちは、toshi先生。崩れつつある前提。まさに、私はその代表者ではないでしょうか?..そんな思いを抱きながら、記事を拝見させていただきました。

昨日は、小1の愚息が、学校からの
「はやく、せいかくに」のキャッチフレーズのタイム計算問題で、(ゆっくりやれば、それなりに出来るのに)答えが出なくて、時間ばかり経ち、悔しくて、もどかしくて、とうとう机に頭を打ち付けていました。(涙)
どんなに、母が「ゆっくりでいいんだよ」と、言ったところで、学校の先生は絶対です。
とても、悲しく思いました。〜〜〜続かせていただきます。
4. Posted by だまた(長くなってごめんなさい)   2006年09月19日 00:27
しかし、この状態(自分の力ではどうにもならない時の気持ちのぶつけ方)を見せているのは実は、私なんです。状況は違いますが、私にも我慢できない事が色々有ります(根が温和では無いのでしょう〜)。そのいらいらを、物に当たったり(壊すまではいきませんが、ぞんざいに扱ったり)、口で架空に当たったり(大きな独り言)、(精神異常?と,取られてもおかしくない?)いわゆる、キレた状態です。
子供に伝えたい事がいっぱいある自分がキレてる親(二極化人格?)なんです。情けないな、愚かだな、と、思っていますが、怒りが心に充満されたとき、どうにも、抑えられません。

ごめんなさい、何だか気持ち(言葉)の整理がつきません。
聞いて(書かせて)いただきありがとうございました。
5. Posted by toshi   2006年09月19日 06:45
だまたさん
 初めにお断りしますが、わたしが『崩れつつある前提』というとき、だまたさんのような家庭を指しているわけではありません。
 親が自分本位の価値観を、子どもに押し付けていたり(この場合、ほんとうに押し付けているのです。親の行動が、そのまま子どもに影響を与えるなどといった類のものではないのです。)、逆に、ネグレクト、つまり、育児放棄したりする家庭などを指しているのです。
 
 人間誰だって、完全無欠ではありません。失敗、ミスはつきものです。

 この境目は何なのでしょう。わたしは、反省する心があるかないかだと思います。反省する心だって、子どもに感化すると思うからです。
6. Posted by toshi   2006年09月19日 06:59
わたしも子育ての時期、失敗と反省だらけでした。その一つはすでに記事にもしています。本欄のわたしの名前をクリックすれば、その記事がでるようにしましたので、お読みでなかったら、ぜひ、どうぞ。

 それにしても、お子さんの学級も、強制的に徹底反復訓練学習をさせられているようですね。公教育でそれをやるのは、明らかにおかしいです。国の学習指導要領でも、『早く計算できる力を養う』などとは言っていません。もっとも、国は、学習指導要領は、最低ラインと言っていますが、

 我が地域の算数の研究会長は、『これは、子ども残酷物語』と言っています。お子さんが机に頭を打ち付けるなどと聞くと、同じ公教育に携わる者として、申しわけない思いでいっぱいになります。これはほんとうにやめさせたいです。(たまに楽しくゲーム感覚でやる分には、けっこうだと思いますがね。)
7. Posted by toshi   2006年09月19日 07:12
本欄をご覧の皆さんへ
 学ぶ喜び、意欲的な学びに、思考力の育成は欠かせないと思います。
 もちろん学校でやるべきなのですが、家庭でもできる思考力育成に関する記事を掲載したことがあります。
 本欄のわたしの名前をクリックすれば、出るようにしましたので、お読みでない方はぜひご覧いただければと思います。
8. Posted by junko   2006年09月19日 12:32
二極化の原因は家庭にある。

もちろんそうなのですが、
そういう家庭の両親を育てた家庭の存在を忘れてはいけないと思うのです。

彼らは戦後の混乱のなかで家庭教育に手が回らなかったのかもしれない。

家庭にある
というだけでは片手落ちの表現だと思うのです。
そう育てた親も含めての表記にしてほしいです。
9. Posted by toshi   2006年09月19日 14:11
junkoさん
 おっしゃりたいこと、よく分かります。
 よく分かりますが、それを言うなら、わたしは、我が教員生活を振り返らなければなりません。わたしが若き教員生活を送っていたとき、世は、詰め込み教育全盛でした。
 わたしは人間性を育むことを軽く見た教育に疑問を感じ、なんとかそこからの脱却を目指しましたが、当時小学生、今、小学生の保護者になっている方のブログを読ませてもらっても、内心、忸怩たる想いになります。
 また、junkoさんのおっしゃる、『そういう家庭の両親を育てた家庭の存在』については、ある女性評論家が、ちょっと論述の趣旨は違うのですが、やはり、反省の弁を述べています。
 それについては、わたし、このブログで記事にしたことがありますので、本コメントのわたしの名前をクリックしていただければよいようにしました。
10. Posted by toshi   2006年09月19日 15:33
どうぞ、お読みいただければ幸いです。

 わたしたち世代は、猛烈な反省が必要ですね。

 家庭も、学校もです。

 少子化も教育も根はつながっていると思うのですが、結婚生活の充実、子育ての喜び、そして、人間性豊かな子どもを育む教育を軽んじてきた結果のような気がします。

 
11. Posted by junko   2006年09月19日 16:27
記事拝見しました。
私、それぞれ人には能力の限界があるんだと思うんです。
『そういう家庭の両親を育てた家庭』には、戦後の混乱期の中で、一族として受け継がれた価値観もなく、混乱に不安を抱き、暮らしの手帳を買い求めることもせず(私見!)、混乱にただ翻弄された家族であり、その人達を責める気はないんです。
価値観を次世代に伝承しなければならないという判断実行能力の限界を超えて現実が存在してしまっただけなんだと思いますから。
今、やるべきことは、前世代から価値観を受け継いてこなかった家族に対して、社会みんなでフォローし、改めてここで価値観を共有していけばいいと思うんです。
今の家族が・・・・という表現は、前世代の責任が一切感じられない表現となってしまうので、違う表現の方がいいと思うだけなんです。
12. Posted by Hideki   2006年09月19日 21:56
こんにちは

記事を拝見して驚きました。うちは上が高1、下が中1。ついこの間まで小学生。でも、そんなひどい状況ではなかったし、TVとかでとりあげられても誇張がまじったものだと思っていました。

確かに、家庭の問題は大きいと思います。自らの頭で考えて行動する、自律、自立、自己責任といったことと、自分の主張ばかりを繰り返す自己中と勘違いしている人も、子ども・大人を問わず多いですね。

ただ、ここが少し考えなければいけないのは、「自己中が多いのは自律を進めるからだ」と勘違いして、有無をいわせぬ強要に立ち戻ってしまう論調がでてきてしまうと、それは間違いだということ。

自分の頭で考える、とはどういうことか?という点を、よくよく見極める必要があると思います
13. Posted by だまた   2006年09月19日 23:57
toshi先生、愛がとうございます(イエ愛をありがとうございます^^)
先生の記事(特に親向けの)は、しっかり、拝読しております。でも、あらためて又、読ませていただきました。

蛇足では有りますが、私の母親は成績こそが人間だ(表現おかしいですね~笑い)私が小学生だった頃、勉強しないからと何度腕に青痣をつけられた事でしょう。
昔も今も気にもしてはいませんが、意外とトラウマ有ったりするのかな〜?ふと、そんな事思いました。

>少子化も教育も根はつながっている〜
大切にしたいお言葉です。全ての愛を子供達に。
あっ、私のような「親」にも、お願い致します。
14. Posted by toshi   2006年09月20日 05:26
junkoさん

 〜社会みんなでフォローし、改めてここで価値観を共有していけばいいと思うんです。〜

 改めて思います。わたしの記事にある

 〜「みんな同じよ。」「反省することばかりよ。」「至らない者同士、力を合わせていきましょうよ。」「一人で悩んじゃだめよ。」そんな声ばかり。〜

は、junkoさんがおっしゃる『価値観の共有』に向かっているのではないでしょうか。そして、わたしは、そこに、明かるい展望を見出しています。
 そう。ともに生きようとする姿勢を感じるのです。

 わたしが、今の家庭を責めているようにお感じになったのなら、それはわたしの本意ではありません。2つ、例示したのがよくなかったかな。申し訳ありませんでした。


 
15. Posted by toshi   2006年09月20日 05:43
Hidekiさん
 わたし自身も驚いていますが、でも、ありうることとは思いました。そんな実態がますますふえていくのかと思うと、わたしもこのブログでがんばらなければと思います。
 徹底反復訓練学習など、もう、やろうと思っても子どもが受け付けない。
 そんな時代になっていくのかなとも、思います。

 自己中心と自律のこと。なるほどなと思いました。自己中心は、自立も自律もできていないですよね。今後、その辺を気にしながら記述していきたいと思いました。ありがとうございました。
16. Posted by toshi   2006年09月20日 05:57
だまたさん
 いつもご覧いただき、ありがとうございます。
 おっしゃるように、愛情こそが、解決に向かううえで大切ですね。包み込むような愛と言ったらいいでしょうか。
 親の愛に感化され、感謝しながらも、一方では、親を乗り越える努力も大切と、だまたさんのコメントを読ませていただきながら、そんなことも思いました。
 ありがとうございました。
17. Posted by こだま   2006年09月20日 22:47
私はいつもブログの中の記事では、今の状況を悲惨だ悲惨だとわめいていますが、実はこの中にこそ希望の光があるのかもしれないと思うことがあります。今の社会状況は、おそらく古い価値体系が力を失って崩れ落ちている段階だと思うのです。新しい秩序を得るためには、一度混沌の世界をくぐり抜けなくてはいけないのかなとも思います。創造的破壊という過程を経て、新しいよりよい社会への過渡期だととらえていきたいと思います。このことも近いうちに記事に書く予定です。大切な問題ですので、より多くの人に真剣に考えてもらえるといいですね。
18. Posted by toshi   2006年09月21日 04:34
こだま先生
 いつも、すてきな問題提起をされ、敬服しています。
 また、今日先生からもコメントをいただき、ともに努力していきたい思いが、強くあります。今後ともよろしくお願いします。
 それにしても、企業の年功序列、終身雇用は崩れ、それにより、学歴主義も意味をなさなくなり、受験体制も変革されつつあったときの、強烈な学力低下騒動ですから、せっかくいい方向に向かっていたのにと、残念な思いになります。
 繰り返しになりますが、こだま先生のおっしゃるように、今が新しい時代への過渡期と位置づくよう、ともにがんばりましょう。
 
19. Posted by poti   2006年10月14日 13:41
はじめまして。生意気な能なしの学校事務職員です。
前提にたよっている限り、教員の意識改革がない限り、最低限この2つは心にとめておかないと、とん挫してしまうと感じています。今、「授業」をどうにかしないと、未来はますます得体の知れないものになってしまう気がします。本気になって「授業」をどうするか、学校内外に関わらず考えていかなければいけないのではないでしょうか?過去があって今があるわけで、仮に2,3年前に何かがあったから今おかしくなったとしたら、今ここから変えなきゃいけないわけで。(2,3年前に何が起こったというより、以前からそうだったのでは?)何十年も前から何か原因があったので有れば、この先何十年かかってでも変えていかなければならないのかなと。
20. Posted by toshi   2006年10月15日 07:40
potiさん
 わたしも、学校としてできることは授業の改善だろうと思っています。
『子どもが変化しているのなら、授業も当然変えていかなければいけない。』
 そうでないと、子どもはますます教室をとび出してしまうだろうなと思います。
 家庭の教育力の低下と言っても、まだまだその反省は大きな世論とはなっていないと思います。ですから、学校の努力は、さらに必要となっていくでしょう。がんばらなければなりませんね。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字