2006年09月28日

定  見(4) 学校評議員制度 4

7d920a1c.JPG 先の記事、『定見(3)』において、わたしは国がおし進めている『いいこと』として、『学校評議員制度』をとり上げた。しかし、それに対し、POOHママさんから、『これは、地域によっては、地域ボスが学校を牛耳ることになる可能性もあるのではないか。』とのご指摘をいただいた。

 確かにその心配はある。

 そこで、今日は、この制度を上手に運用するために、どうしたらよいかということに焦点を当て、記述することにした。

 
 そのまえに、このことは、民主主義の根幹に関わることだと思うので、話は急に大きくなるが、ご勘弁願いたい。

 これまで、人類は、絶対君主制、封建制など、いろいろな制度を生み出してきた。そのあゆみのなかで、人類の英知を結集したものとして、民主主義制度を生み出したと思う。今、わたしたちは、これを、絶対のものとして受け止めているのではないか。時の政府への批判はあるにしても、『だから、民主主義はだめなのだ。』という論は聞いたことはない。

 しかし、民主主義とは、そんなに、絶対的にいいものか。あくまで他の制度と比較した上で、それよりはましという程度のものではないのか。

1. たとえば、選挙だが、この結果が、天候に左右されることもあるのは、わたしたちが実感していることと思う。晴天ならA党の政権、雨天ならB党の政権ということは、おおいにありうる。

2. 民主主義の原則として、一事不再議の原則というのがある。これは議決の安定性を保つためのものである。一度決めたことは、同一会期内では再度審議しない。
 ところが、先の郵政国会では、参議院議員の数十人もが、衆議院選挙の後先で態度を変え、逆の議決をした。それでいてまったく責任をとらない。これでは、議員がいつ態度を変えるか分かったものではないということになり、民主主義の前提が崩れる。

3. つい先日の滋賀県、数年前の長野県の選挙結果は悩ましかった。知事選と県議員選で、民意は逆となったからである。これは県政を混乱させる。うまく運営してほしいとは思うが、こうなってしまうのも制度がまずいからである。場合によっては、混乱に終始し、県民はえらい迷惑をこうむることにもなりかねない。

4. 選挙が、政治、政策とは無関係に、人気投票のようになってしまっているというのも、国民が実感しているところではないか。

 以上、問題点は多々あるのだ。

 それなのに、民主主義そのものを否定する声はまったくない。・・・。(そう言い切っていいですよね。)

 

 さあ、そこでだ。

 話を学校評議員制度に戻すが、地域住民、保護者が、学校運営に参画するという制度、つまり民意を学校運営に反映させる制度というものが、悪い制度であるわけがない。
 わたしたちは、これを、地域ぐるみ、また、地域と保護者と学校が一体となって、子どもを守り健全に育成する制度として、別な言い方をすれば、くるみさんがおっしゃっていたが、『真の成熟した市民自治社会』形成に向けて、大切に育てていかなければいけないと思う。


 まず、その基本線は押さえた上で、

1.それでも、POOHママさんがおっしゃる、『地域ボス』の心配があるのも事実。

 実は心配とされる点はまだある。

 2.くるみさんがおっしゃるように、地域住民、保護者の考えは多様だろう。自他を尊重し歩み寄る姿勢があればよいが、場合によっては、何度会合を開いても、何も決まらない。溝が深まっただけという心配がないとは言えない。

 3.もう一つ。実はこれ、わたしは、問題視していないのだが、学校評議員は校長の任命によって決まるという点だ。多くの方はこれも問題視するのではないか。

 4.あっ。いけない。まだあった。それは、地域住民、保護者が、徹底反復訓練学習を、もっと言えば受験教育を支持したり、要望したりした場合だ。


 それでは、どうするか。将来の姿が多いだけに、うまく書けないのは申し訳ないが、・・・、

1.についてだが、我が地域においては、急速に、『地域ボス』が減少している。住民がそれを許さなくなってきている。これは、情報開示、密室での議決の排除、もっと言えば、内部告発の増加など、現代の世相と深く関わるであろう。
 こういう時代だけに、もし、そういう地域、学校があったら、不信感が強まり、運営がむずかしくなるのではないか。

2.これについては、混乱するだけの学校評議員会になった場合は、その学校の評議員会は閉鎖できることになっている。

3.校長は学校運営について全責任を負う立場なので、わたしはこれでいいと思っている。地域・保護者が、御用組合的になるとは、1.と同じ理由で考えにくい。

4.これはもう、民主主義の世だ。たとえ学校の意に沿わなくても、要望に応えざるをえなくなるだろう。そうならないよう、わたしたち教職員は、学校としての教育のあり方をPRしたり、実践力を高めるように努力したり、説明責任を果たしたりして、(今もやっているだろうが、)さらに、努力する必要がある。

 なお、以上の1.から4.の問題点については、学校評価制度が、有効に機能することになるだろう。地域住民、保護者が学校を評価するシステムは、情実、あいまいな態度を許さない方向で機能すると思う。


 いろいろ述べてきたが、最後に言い訳。・・・。すみません。

 今日の記事は、現状では、やや理想論になったかもしれない。


 学校評議員制度そのものが、まだ、市民全体に知れわたるという状況ではないのではないか。学校はもっと、この制度について、PRする必要があるだろう。また、現状では、どうだろう。学校運営そのものの話し合いになっているだろうか。わたしは、

・ 学校運営全般(予算、決算を含む) 
・ 教育課程(特に、地域、保護者の協力を得て行う授業、行事など)
・ 児童の実態(学力、生活面を中心に)

 などが、話し合われるべきだと思うが、現状はどこまでいっているだろう。

 また、評議員は、あくまで代表者だから、地域全体に話し合われた内容の周知を図り、広く意見を求める必要があるが、それもどこまで進んでいるだろう。

 なお、この点についても、学校評価とあいまって行われるべきだろう。


 最後に、こだま先生の、『道草学習のすすめ』ブログの8月30日、『え、学校が5段階評価を受けるって!?』にふれたい。

 これも、国の無定見を示していると言えよう。

 今日、わたしがずっと記事にしてきたことは、もともと国がおし進めてきたことだ。そして、これは、地方分権の動きにも沿うものだ。学校は地域と一体のもの、・・・、そういう方針でおし進めているものと理解してきた。

 しかし、この、5段階評価は、国が全国の公立学校に対して一律に実施しようとしている。完全に、中央集権的ではないか。したがって、わたしもこだま先生同様、反対したい。

 今日わたしが述べた学校評議員制度と学校評価を充実させることによって、中央集権的評価は、排除しようではないか。


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   (5)へ続く。


rve83253 at 00:42│Comments(2)TrackBack(0)学校、第三の民主化 | 教育制度・政策

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この記事へのコメント

1. Posted by POOHママ   2006年09月29日 21:15
早速、記事にしていただき、
ありがとうございます。

>わたしたちは、これを、地域ぐるみ、
>また、地域と保護者と学校が一体となって、
>子どもを守り健全に育成する制度として・・・
そう、一体となれたら、
それはいい制度といえるでしょう。

一番問題なのは、
いったいとなれなかった場合では?

うちの地域の場合はまだ、
教育内容の評価にはいたっていませんが、
やはり、受験競争重視の考えが
評議員から強くならないことを祈ります。

どんな活動でも、教育の場合、
いい取り組みほど、即効性がなく、
理解してもらうのに時間がかかります。


2. Posted by toshi   2006年09月30日 05:31
POOHママさん
 受験競争重視となる恐れがあるのですね。
 でも、『主権在民の民主主義の時代』も、60年たちました。もう、規制とか規則で縛りをかける時代ではなくなりつつありますね。
 ここは、学校教育への地域、保護者からの信頼感と、望まれる子育て、教育について、学校は、かち取ったり説明責任を果たしたりする時代になったのではないでしょうか。
 でも、わたしのようなことを言う、学校関係者は、まだまだ少数ですね。
 わたしは、現代という時代に、問題提起しているつもりです。
 『いい取組ほど、即効性がなく、理解してもらうのに時間がかかる。』これもよく分かります。分かりますが、子どもの変容を目の当たりにすれば、地域、保護者は理解してくれると思うのです。

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