2006年09月29日

さりげないふれ合い4

4a4d3e58.JPG ここのところ、重たい記事が続いたので、今日は、軽い話題でいきたい。

 教員がちょっと心がけたらいいかなと思うが、まあ、でも、日ごろ、しっかり学級経営ができていれば、別に気にすることもないくらいの話題である。


 わたしは今、学校最寄りのバス停から10分程度歩いて、学校に着く。その間、登校中の子どもには、何人もでっくわす。

 昨日の会話は、

「toshi先生。先生は、いつもわたしたちのA小学校に来ているのではないのだよねえ。」
「うん。そうなのだ。水曜日と木曜日に来ているのだよ。」
「ふうん。あとはどこへ行っているの。」
「おとなりのB小学校だよ。」
「そうかあ。でも、どうして、2つの学校へ行っているの。」
「わたしは、ほら、先生になったばかりの先生と一緒に勉強するのが仕事でしょう。それでね。先生になったばかりの先生が、2つの学校にいるからだよ。」
「わかった。じゃあね。先生になったばかりの先生と一緒に勉強する仕事をがんばってね。」

 そのほかにも、子どもの安全のためにパトロールしてくださっている地域の方、子どもたちを学校まで送ってきた保護者などにお会いする

 このときの地域の方や保護者とのやりとりが貴重な場合がある。落とし物を受け取ったり、不審者情報が入ったり、先日記事にしたような子どもと地域の方とのほほえましいふれ合いを担任に伝えたり、まあ、種々雑多、いろいろいいことがあるのだ。


 校庭に入る。ここには、開門を待つ子どもたちが鈴なりだ。

・ 「toshi先生。おはようございます。」わざわざわたしのところへ駆けつけて声をかけてくれる子がいる。

・ 声はかけないが、わたしと目を合わせ、にこっとほほえんでくれる子もいる。この子は、ついこの前まで、無表情だった子だから、それだけでもうれしい。

・ こちらが、「おはよう。」と、声をかけても、無視して通り過ぎる子がいる。『この子もいずれは、にこっとしてくれるだろう。そのときはどんな言葉をかけようかな。』そんな思いでやり過ごす。

・ 「toshi先生。ぼくのお姉ちゃん、知っているでしょう。」
『そりゃあ、名乗ってくれれば、たぶん知っているでしょう。でも、わたしは、あなたを知らないのだよ。』
 そう言いたくても、そんなことは言わず、にこっと笑顔を返して、
「ごめん。分からないよ。お名前は。」
「Cだよ。C。ほら。D組にお姉ちゃん、いるでしょう。」
「ああ。そうか。いる。いる。・・・。そうか。Cちゃんの弟さんか。ああ。そっくりだねえ。お姉ちゃんと。」
うれしそうな表情の弟。わたしも、にっこり。

・ 泣いている子を見つける。「どうしたの。」声をかけると、そばにいる子。「この子ねえ。途中で転んじゃったの。ほら。少し血が出ているでしょう。」
ほんとうだ。ひざ小僧をすりむいている。
「あら。あら。血が出ているよ。それなら、すぐ保健室へ入っていっていいのではないかな。先生と一緒に、行こう。」
そう言って職員玄関から入る。保健の先生に声をかけて、手当てを頼んだ。

 以上、早朝の通学路、校庭は、人間関係構築や情報収集など、『ああ。会って話しておいてよかったな。』と思うことばかりだ。それなのに、教職員の多くはここを通らない。裏口を通った方が、職員室まで20メートルくらい近いからだ。もったいないなあと思う。


 話は変わるが、わたしが初任だったころだ。

 このころ、教職員の車通勤がふえ始めたと思う。

 わたしはもちろん電車通勤。初任者に車はまだ無理だった。駅までの道を歩いていると、なにやら保護者と話し込んでいるE先生に出会う。「お先に失礼します。」と声をかけて通り過ぎる。
 『あれれ。E先生は、たしか、40分くらい前に、学校を出たはずだが。・・・。すると、もう、そのくらいさっきの保護者と話しこんでいたのかな。』そう思って、あらためて振り返ってみる。
 なにやら楽しそうだ。あの調子では、立ち話は、まだまだ続くのかな。

 翌日。E先生に声をかける。
「昨日は、先生、ずいぶん長く、保護者のFさんと話し込んでいらしたようですね。」
「そうなの。もう、話し始めると、止まらなくなっちゃってね。・・・。だけど、最近車で通勤する先生がふえたでしょう。あれはよくないわね。まちを歩いていると、いろいろな人に会うのよ。それが、貴重な時間になったりするのよね。車じゃ、せいぜい、会釈するくらいで終わっちゃうでしょう。もったいないわよね。」

 それからというもの。わたしも努めて話し込むようにした。しかし、男ではせいぜい、5分くらいしか話は続かなかった。

 まだまだ、今と比べれば、のんびりとした時代だったかもしれない。

 むかしに戻れとは言わないが、20メートルくらいの遠回り。と言っても、職員玄関を通るのは、別に遠回りとは言わないのではないかな。
 それくらいは、歩いて、子どもとふれ合うことのできる貴重な時間を大切にしたいものだ。


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rve83253 at 04:18│Comments(6)TrackBack(0)学校経営 | 子ども

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この記事へのコメント

1. Posted by POOHママ   2006年09月29日 21:23
素朴な感想・・・
>開門を待つ子どもたちが・・・
そっかー、
門に鍵がかかっているんですね。
というか、教職員が出勤してから、
門が閉じるんですね。
ところ変われば・・・です。

厳寒地の習慣なのかも知れませんが、
子どもが外で待つことなど
ありえません。

逆に、田舎は自家用車の所有率が高いので
子どもの送迎が多いことが、
いろいろな面で心配です。
(交流不足・運動不足など)


2. Posted by toshi   2006年09月30日 05:15
POOHママさん
 おっしゃる通りです。これも悩ましいですね。
 学校は、定刻の登校を呼びかけているのですが、家庭の事情があるのでしょうか。どうしても早く来てしまう子がいるのです。
 でも、わたしは、現職のとき、呼びかけはするものの早く来る子は入れていました。何人も早く出勤する教職員はいますからね。

 自家用車の送迎は、こちらでも、あります。これも悩ましいですね。遅刻を恐れるあまりということでしょうが、・・・。でも、今は、どうでしょう。『やめてください。』とは言えない時代になっていますね。
3. Posted by だまた   2006年09月30日 15:04
toshi先生こんにちは。3児の母です。
今回の記事もとてもあったかくなりました。ありがとうございます。自分も常に心のゆとりを持ちたいものです。toshi先生がおっしゃると、とてもさらりと簡単に感じますが、なかなか、どうも、うまくいきません^^。
開門にしても、我子が学校から「あまり早く来てはいけません」と、いう事があって、自分の子供の時は用務員さんが常にいらっしゃった、もしくは、先生が早く来ていて、又遅く帰っていたなぁ〜。と、全てに時間の流れの違いを感じた事がありました。
4. Posted by toshi   2006年10月01日 10:23
だまたさん
 わたし、心のゆとりはあるつもりなのですが、それでも、反省することは多々あります。
 『あんなこと、言わなければよかった。』『もっとこう言えばよかった。』ほんとうにそう思うことがあります。
 人間、いつまでたっても修行ですね。
 
 早く登校する子にどう対応するかも、学校それぞれの判断でしょうが、そして、対応はさまざまでも、やはりそこに、子どもに伝わるかたちでの愛情はほしいなと思います。
5. Posted by kei   2006年10月01日 10:27
こんにちは。
「おはよう」の返事がなくても、ほほえんだだけでもToshi先生は、子どもたちを心の中で温かく見守っていらっしゃる。だから子どもたちは安心して、心を開いていくのでしょうね。その日にちは、ばらばらでも。

 まだ子どもが小さいので、自分の子どもに「いってらしゃい。」を言ってから、自分も職場に向かっています。いつか早く出勤できるようになったら、こうやって子どもたちを迎えてあげたいな。と心から思いました。
6. Posted by toshi   2006年10月02日 00:56
keiさん
 とかく、返事を返した返さなかった、
 目上の人を呼ぶとき、敬語を使った、使わなかったということのみを気にし、望ましいとする態度を強制することを、指導としていることが多いと思います。
 もっと子どもの内面を見つめるべきだと思うのです。そうすれば、たとえ言葉では言っていなくても、表情などから、成長を感じることもできるのですね。

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