2006年10月23日

競争すること4

28d7a342.JPG 競争社会。そう言われるせいか、学校において、競争することは、まるで悪かのように言われかねない昨今である。

 しかし、この『競争』も、教える側の子どもを見る目、育む心で、良くも悪くもなる。


 ただし、断っておくが、わたしは子どもに負担を強いたり、圧迫感を与えたり、さらに言えば、差別意識をもたせかねないような、そんな競争には、断固反対する。
そうではなく、仲間との連帯意識を盛り上げるのに役立ち(もちろん競争相手も含め)、生きがいにも通じる、そういう競争のことである。


 子どもは本能的に競争が好きである。子どもらしさの一つとみてもいいくらいだ。だから、競争を避けようとする、大人の思いと言動は、子どもの意欲をそいでいることもあるのではないか。
 

 わたしは昨日の記事に書かせていただいたが、勝ちたいという子どもの思いは尊重してきた。そういう子どもの生の思いを尊重しないと、真剣味が薄れる。力もつかないだろう。

 そのうえで、いや、そうするからこそ、仲間とのチームワークがとれるようになるのだと思う。
 ドンマイ精神などもその表れだ。決して、『勝とうが負けようがドンマイ。』ではなかろう。
 また、たとえ相手チームであっても、相手チームがあってともに力を磨くからこそ、自分たちもがんばれるのだという、そういう心が育っていくのだと思う。



 唐突で恐縮だが、話を運動会に移そう。

 運動会。閉会式での得点発表。『勝った。』『負けた。』の決定的瞬間。あの、喜びとくやしさの入り混じった子どもの表情は、興奮、涙など、すごいものがある。喜びを全身で表現する。

 聞くところによると、そうでもない学校もあるらしい。そんな話を聞くと、『どうしてそんなに冷めた感情でいられるのか。』と、そちらの方が気になる。


 そんなわたしだが、むかしから気になることが一つあった。

 それは、職員、PTA来賓種目を、採点種目からはずしていることである。少なくとも、我が地域においては、どこの学校もそうだった。
これは全国的に言えることだろうか。

 それにもまして、わたしが気にしたことは、こうしたことを、教員が、職員会議などで、決めてしまっていることだった。なぜ子どもに決めさせないのだろう。そう思った。


 ある年、わたしは、職員会議で言った。

「先生方。どうでしょうか。
運動会の採点種目、採点法などは、子どもに決めてもらっていいのではないでしょうか。うちもそうなのですが、何もかも大人が決めてしまっている。教職員種目などは、子どもに関係がないからということで、どこの学校も採点競技からはずしているようですが、子どもは一生懸命応援しているわけですよ。自分たちの先生ががんばっているということで、夢中になって旗を振ったり、立ち上がって大声を張り上げたりしての応援なわけです。
 PTA来賓種目にしても同じですね。自分たちの親が出ているわけです。それで、勝ったときの喜びようといったらありません。・・・。ところが、それが点数に入らないと分かると、勝った方は、がっかりするわけです。

 まあ、子どもに決めてもらうとすれば、代表委員会の場ということになりますが、現状では、通例、どこもスローガンを決めるということのようですね。
どうでしょう。それで、切実性のある話し合いになりますかね。(後略)」

 先生方は、おおむね賛同してくれた。ただ一点、疑問として提示されたのは、
「これから毎年子どもが決定するとなると、今年は採点種目としたが来年はどうなるか分からないということになりますね。毎年ころころ変わってもかまわないのでしょうか。」

 これに対しては、こう答えた。
「毎年変わってもかまいませんよ。地域、PTAに対しては、わたしが説明します。子どもの思いを大切にして、子どもに決めてもらっているのですから、納得してもらえると思います。」


 代表委員会では、喧々諤々、けっこう議論になったらしい。
 「子どもの種目だけの採点でいい。ぼくたち、わたしたちの運動会なのだから、大人の種目まで採点に含めることはない。大人の種目で逆転されたら、負けた方は、悔しくなってしまうと思う。」
 「そんなことはない。スローガンは、まちの人にも見えるように、一つの窓に一字ずつ大きく出しているのだから、まちの人や、お父さん、お母さん、それに、先生と、子どもと皆が参加して盛り上がる方がいい。だから、全部採点種目でいい。」

 けっきょく僅少差で、後者に決定した。

 先生方の話だ。
「いやあ。子どもたち、ほんとうに真剣に話し合っていました。そのなかで強く感じたのは、子どもたちには、まちの意識がかなりあるなということでした。『まちの人』と一緒にとずいぶん言っていました。みんなで盛り上げる運動会という意識は、ほんとうにうれしかったですね。」

 そして、学校評議員会、PTA役員会などで、この話をすると、ほとんどの方が喜んでくださった。
「うわあ。これは責任重大だ。真剣にやらないといけないですね。」
「それにしても、子どもたちの思いはうれしいですね。」

 なかには、「子どもの種目だけでいいですよ。わたしたちの種目まで点数に入れられると、うっかり自分のせいで負けたとき、子どもに何を言われるか分からない。」などと笑っておっしゃる方もいたが、それは少数だった。


 ある先輩校長の話が忘れられない。
「先生方は、運動会が終わると、どういう思いになりますか。無事終わってほっとしたとか、みんなが楽しみ、大いに盛り上がってよかったとか、演技が感動的だったとか、そういうことになりますかね。
 でも、子どもは違いますよ。子どもにとっては、運動会の一番の関心は、なんと言ったって勝ち負けです。勝つことに、それこそ、情熱を傾けます。
 ですから、勝負の判定、ルールの確認・徹底には万全を期して、どうかあいまいさの残ることのないよう、全力を傾けてほしいと思います。」

 いや。大人だって同じではなかろうか。オリンピックのたびに、メダル何個とれるかが、強い関心事になっていると思う。



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 近年、運動会の勝ち負けについては、保護者の方も夢中になるケースがあるようです。勝負のあいまいさは、だんだんゆるされなくなっているように思います。

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rve83253 at 21:52│Comments(2)TrackBack(0)教育観 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by フーテンの科学寅   2006年10月24日 23:35
PTA役員として、とっても参考になりました。

うちの学校でも、提案したいと思います。

校長先生の指導力に、いつもながら、拍手をいたします。
2. Posted by toshi   2006年10月25日 05:48
フーテンの科学寅さん
 勝負に夢中になること自体は、当然のことで、それは認めていきたいと思います。
 ただ、夢中になり過ぎるあまりの問題行動には、気をつけたいですね。

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