2006年11月17日

中学校の問題(2)4

b8a38335.JPG もう、10年以上前のことだから、今は改善されていることと思う。

 他方、地域による教育風土の違いは、今回、これまで以上に感じているので、よそでは、今もこういった意識があるのかな。
 そんな思いで書いてみる。

 前回とはまた違った地域の小中教員交流会(こちらは、懇親会での話)での話だが、ある中学校教員が、話の流れのなかで、以下のようなことを言った。

「小学校は何かというと、『楽しい学校』とか、『楽しい授業』とか言いますけれど、不思議で仕方ない。学校や授業が、楽しいものであっていいわけがない。
 そんなことを言っているから、子どもが荒れるのですよ。」
「ええっ。何でですか。楽しくてはいけませんか。それから、学校が楽しくない場合に、学校が荒れるのではないのですか。」

 どうも、『楽しい学校』で、思い描くイメージが、まったく違うようだった。

 小学校の先生のそれは、『学校生活や授業が充実し、はりがあり、個性を十分に発揮でき、また、学習内容がよく分かるので、楽しい。』
となるのに対し、
 中学校のそれは、『学校生活や授業は、しつけや訓練、鍛錬の場で、苦しかったりつらかったりすることが中心。耐える場でもある。それを通り過ぎなければ、立派な大人になれない。楽しいなどというのは、羽目を外したりいい加減になったりして気がゆるみ、ろくなことはない。』
となるようであった。

 わたしは、彼等の話を聞いていて、前回も書いたことだが、小中の断層のきびしさに、あぜんとする思いになった。教員の意識がまるで違うのだ。学校観、授業観が違う。さらに言えば、人間観が違うと言ってもいい。

 初任のときは、みんな同じ意識だったはずだ。希望に燃え、健全な児童生徒の育成を夢見て、就職したに違いない。
 だから、この違いは、接する子どもの年代の違い、学校風土、環境の違いが生み出したものと言えよう。

 若いとき、警察官と教員との懇親会に出席したことがあった。この会の後、校長がしみじみ言ったものだった。
「教員が性善説なのに対し、警察は性悪説だね。人間に対する思いが見事に分かれたのは、やはり職業のなせる技なのだろうね。」
 それと似ていることが、小中間で起きていると感じた。


 でも、先日、うれしい思いがした。

 わたしの今の勤務校の子どもが進学する中学校へ行く機会があったが、その校舎を見て、『おっ。いいぞ。』と思ったのだ。

 校舎屋上の壁面に、校庭から見えるようにして、スローガンが大きく掲げられていた。そこには、『楽しい学校、和のある学校、夢のある学校をめざそう』とあった。


 もう一つ。冒頭の小中交流会の話題に戻る。

 小学校教員が、感慨深げに言ったことだが、みんなが大笑いしてしまったことがある。

「中学校っておもしろいですね。こういう場だと、みんなが対等な感じで、誰が校長先生か、ついさっきまで分かりませんでしたよ。」

 そう。校長と教員が対等に口をきいている。わたしは、もちろん校長先生を存じ上げていたから、分からないということはなかったが、管理職と教員の関係が、何か小学校とは違うとは感じていた。小中の管理色(職ではない)の違いを思わせ、そのときは、楽しく思った。

 中学校は、ご承知のように教科担任制だ。『数学畑で歩んできた校長は、体育の教員の指導ができない。』という部分が、どうしてもある。

 そう言えば、わたしの義弟に学校事務職がいるのだが(8月亡くなった妹のつれあいとは違う。もう一人の義弟である。)、彼が言っていた。

 「わたしには、中学校の方が、肌に合いますね。小学校はどうも管理職から受ける制約が強いように思いますよ。」
わたしの前で言うものだから、おかしくなった。

 このエピソードから感じること。管理職のリーダーシップを発揮しやすいのは、どうも、小学校のようだ。


 今日の話題を、いじめ自殺多発事件と結びつけるのは、やめよう。
 その辺の判断は、読者の皆様にゆだねたいと思う。


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 最後は、逃げをうったようで申し訳ありません。でも、わざわざこうしてブログに書くのですから、悟られてしまったかな。

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rve83253 at 23:44│Comments(24)TrackBack(0)学校管理職 | 小中連携・一貫

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この記事へのコメント

1. Posted by yu-ri   2006年11月19日 00:31
toshi先生
先の記事ではいろいろな改善方法をお教えいただきありがとうございます。ただ、この2年近くさまざまな方法を試みてきました。その中にはもちろん、スクールカウンセラー、教育委員会、人権擁護の機関等、さまざまなところに相談に行きました。頼みの綱だった人権擁護機関でさえ、警察と違い、強制力はないので学校側の拒否にあい、いじめている子供と話していただくことさえ出来ませんでした。今、いじめられたらその時点で人権も、何もかもが踏みにじられます。toshi先生でさえ『転校』という解決策を仰ることで、それが判ります。いじめられた子供は何もかも奪われ、『逃げる』しかないのです。
2. Posted by yu-ri   2006年11月19日 00:32
学校の先生はいじめられた子供を守らず、いじめた子だけを守ります。だからいじめられている子を『転校』させてしまえばそれで終わるのです。
わたしの学校の教頭は『どこに行ってもいじめっ子はいるから転校しても同じだ』と子供を脅しました。
今、わたしのブログでいろんな意見が寄せられています。初めて『先生』の立場からも「ゼロ・トレランス」に賛成してくださる書き込みもありました。
どうかお読みになってご意見をいただけたらと思います。此処に来られている先生方にもご一読いただきたいと思います。そしてぜひ、コメントを残していただければと思います。
3. Posted by toshi   2006年11月19日 06:34
yu-riさん
 ほんとうに驚くことばかりです。
 人権擁護機関が、口をきいても、学校は拒否するのですか。およそ、我が地域では考えられないです。『どこに行っても、いじめっ子はいるから、転校しても同じだ。』などとは、まず、言いません。また、そうも思っていません。
 いじめではなく不登校の例ですが、わたしの学校に転校してきて、不登校でなくなった例はいくらもあります。(不登校のままだった例もありますが。いじめによる転校例は、ありませんでした。)
 
 貴ブログを読ませていただきました。貴ブログはすばらしいもので敬服していますが、寄せられるコメントのある部分、『いじめられる側に(も)問題あり』。また、多く言われる『いじめは絶対なくならない。』などの論調には、とてもついていけません。
4. Posted by toshi   2006年11月19日 06:39
また、これだけいじめ自殺が相次いでも、学校は、いじめた側に対しての指導をしていないようで、これについても、嘆かわしく思っています。
 民主主義にとって一番大切な、人間の尊厳。それは、教育の一番大切な部分だと思うのですが、それが、学校においてないがしろにされているようで、日本は、まだまだかなあと思ってしまいます。
 当ブログで、常にアッピールしていきたいです。よろしくお願いします。
5. Posted by つぼみ   2006年11月19日 15:10
「楽しい」ではなく「愉しい」なのだということだと、わかってほしいですね。
 中学校にもいたので、その難しさはわかってはいますが、できることもあると感じます。
 先日、安東小学校の研究会に行ってきました。たいへん、示唆をうけました。記事にもいたしましたので、もしご一読いただけましたら幸いです。
6. Posted by toshi   2006年11月19日 17:53
つぼみさん
 今、貴ブログにお邪魔していたところです。
 ほんとうにできることで、がんばってもらうしかないですね。
 安東小に行かれたとのこと。
 いいなあ。うらやましいなあ。

 全国にはこういう学校が、いくつもありますね。わたしも、富山市の堀川小、長野県の伊那小など、むかし、勉強させていただきました。
 なつかしい思い出です。
 ただ、どうなのでしょう。そういう学校が、近隣校によい影響を与えているのでしょうか。それだったらいいのですが。
7. Posted by 消耗品   2011年08月25日 15:21
>「小学校は何かというと、『楽しい学校』とか、『楽しい授業』とか言いますけれど、不思議で仕方ない。学校や授業が、楽しいものであっていいわけがない。
 そんなことを言っているから、子どもが荒れるのですよ。」
>「ええっ。何でですか。楽しくてはいけませんか。それから、学校が楽しくない場合に、学校が荒れるのではないのですか。」

双方の意見の食い違い、分かる気がします。
中学の場合、受験を控えていると言う背景もあると思います。以前通信簿のトピックがありましたが、中学から5段階評価とはっきり成績を出されるようになったり。そのため現行の制度のもとではどうしても詰め込み式になってしまうと思います。
中学、高校と上がるにつれ、指導量、学習量が格段と増加します。試験範囲も広くなり、教科も増えます。
勉強、自ら学ぼうとする意欲や自学自習のきっかけは楽しい物に越したことは有りません。しかし、それらを知識として身に着けるとなると、つまらない作業も必要となります。膨大な量の年表や英単語や古文単語、漢字、公式を覚える作業等々。教科によっては退屈な講義中心になるものもあると思います。今まで楽しい授業だからこそ意欲的に学習に取り組んだ生徒たちが、そのような環境に身を置いた時、適応能力が低い子は「こんなつまんねー授業やってらんねー!覚えることも多すぎるし」と言いだすでしょう。また、そういった子が多ければ荒れると思います。
勉強のきっかけは楽しいものであることに越したことはありませんが、楽しいだけではダメだという経験を初めてするのが中学校なのかもしれません。そういった部分を受け入れられない子が多いと、中学校の先生のような意見も出るのかもしれません。あくまで私の主観による推測ですが。

8. Posted by 消耗品   2011年08月25日 23:41
授業は中学、高校に進むにつれ、アカデミックなものに変わっていきます。すると授業も詰め込みの講義式のものが増えていくと思います。しかし退屈な授業が果たして荒れの原因か、疑問もあります。
書き忘れましたが、中学で荒れる理由の一つとして反抗期という年齢的なものも大きいと思います。またファッション感覚で不良に憧れやすいのもこの時期です。多くは要領が良く、受験までの暫定的な不良でしょうが、中にはそのまま染まってしまう者もおります。家庭にも何ら問題も無く、ぐれる理由も特に無い、ただ真面目にやるのが恰好悪い、漫画やドラマや映画のようなcool(かっこいい)?な不良に憧れる、、、そういった子もおります。中には漫画などの台本通り「授業がつまんねーから」と言う子もいるでしょう。善の影響力より悪の影響力の方が強い年頃というか、つまり悪に走る方が簡単ということでしょうか。クラスの中にそういった悪い意味での影響力のある子がいれば簡単に荒れてしまうかもしれません。真面目になること、授業に真面目に参加することがカッコ悪いと思う子に楽しい授業を提供したら意欲的に学習活動に参加するとも思えません。またはそのような考えを持った子がクラスを牛耳っている場合、本当は授業に参加したい子が周囲にいても、その子が怖くて、その子に合わせて授業に参加しなくなるかもしれません。
もちろんこれだけではありません。
小学校のようにいかせない、その他様々なファクターがあるのだと思います。
9. Posted by 消耗品   2011年08月26日 00:02
小学校で6年間勉強してきた道徳が、不良を題材のマンガ、ドラマ、映画の一作品がキッカケであっけなく不良の道へ足を踏み入れる、、、私が子供のころから、そういった人はたくさんおりました。
表現の自由等の問題も有り、規制は難しいと思いますが、こういったものが特定の子供に悪影響を及ぼすことも事実ですから何らかの対策をしていただきたいものです。
10. Posted by 消耗品   2011年08月27日 00:42
姪を見ていて思うのですが、中学生は疲れているようです。姪は中3の受験生でブラスバンド部の部長ですが、まだまだ引退させてもらえないそうです。部活の朝練で早起きし放課後は夜8時9時まで部活動、それ以外にも塾、土日も部活、お盆も部活、これで文武両道など、求めすぎだと思います。そもそもプロフェッショナルのチームを作るわけでもないのに、大会があるからと顧問は張り切り、その後も主力の3年生は手放しがたく、3月まで引退させてもらえない、、、
学生の本分は勉強です。こんな状態で授業も勉強もやらなければならないとは、、、疲れとストレスで飽和状態であるのがよく分かります。これでは真面目な子も崩壊してしまうと思います。


学生の本分である勉強をおろそかにしてしまうような部活なら無い方がマシです。
私が顧問の時、授業には出ないのに放課後ふらふら学校に来て部活にだけ顔を出すような生徒は部活の参加を禁止しました。彼らは部活だけが楽しいから部活だけ顔を出していたのです。
禁止した理由は授業の方が大切ということが一つと、もう一つは、好きな物を伸ばすことはもちろん良いですが、好きなことしかやらないのは良くないという考えがあるからです。

11. Posted by 消耗品   2011年08月27日 00:49
荒れる理由について私なりの考えを述べた結果、長々と話が部活動にまで広がってしまいました。管理人様、皆さま、申し訳ございません。

この話題とは関係ありませんが、最後に部活に関してひとつだけ

たとえその学校にやりたい部活がなくても必ずどこかに所属しなければならない必修クラブ、この在り方に私は学生時代から疑問に感じておりました。まだ自分が入りたい地元のクラブやスクールで放課後汗を流したり、あるいは自分たちで同好会を作ったりした方がマシだと思います。
勉強がしたい子が居れば補習をしてあげたり、技術指導ができず名ばかり顧問でいるだけよりも、少しでも生徒のために役に立てた方が、こちらとしてもやりがいがあります。
12. Posted by toshi   2011年08月27日 17:44
Aさん
 そうです。わたしは、受験体制こそが、一番問われなければいけないと思います。
・『学力とは何か。』という問題。受験学力こそが学力という見方が横行していますね。
・中学校、高校が進学予備校化しているという状況。つまり、真の学力『学び方・生き方・生きてはたらく知識・技能』との間に断絶があること。
・そして、受験偏重教育は、事実上そこからはずれた多くの子どもたちの心にまで悪しき影響をもたらしてしまっていることなど。
・受験システムから中学校、高校が解放されれば、小学校以上に充実し、専門的な問題にまでつっこんだ問題解決学習が可能になるであろうこと。
・つまり、自分の問題にとって解決するのに必要な知識・技能となるので、膨大ということはなくなります。そして、生涯を生きぬくうえで自分で必要と思う年表。英単語、古文単語、漢字、公式となるので、覚える作業も主体的に取り組むこととなります。つまらない作業ではなくなるはずです。
13. Posted by toshi   2011年08月27日 17:45
 《退屈な授業―》が荒れの原因だと思いますよ。それは、分からない、理解できないから退屈という部分も含めてです。《ファッション感覚で不良に憧れやすい》のも、《真面目にやるのが恰好悪い》となるのも、《悪の影響力の方が強い》となるのも、受験一辺倒の教育システムのなせる業でしょう。つまり、断片的な知識・技能の習得一辺倒で、学び方、生き方の教育がおろそかになっているからにほかなりません。Aさんが勤務された学校の諸問題もこのことと深くかかわっているでしょう。
 あまいと言われるかもしれませんが、わたしは、元来、善の影響力も悪の影響力も同じ程度だろうと思っています。そうでなければ、社会は確実に滅亡するでしょう。そういう人間不信者が多いのも、だから、規制しなければいけないと思うのも、受験システムの影響だろうと思っています。
14. Posted by toshi   2011年08月27日 17:48
姪御さんの部活の話には驚きました。受験システム下において、3月まで部活というのは、我が地域の常識からいって考えられません。みんながそうだからいいのだということなのでしょうか。でも、ほんとうにかわいそうだと思いました。もう、教育以前ですね。
15. Posted by 消耗品   2011年08月27日 22:26
管理人様、ご返答ありがとうございます。
補足です。

>退屈な授業が果たして荒れの原因か、疑問もあります。

この部分、
言葉足らずですみません。退屈な授業だけが荒れる原因ではない、と書くつもりでした。
そのため荒れる原因とされる、その他のファクターとして、反抗期や不良、部活動、受験システム等を挙げました。


>善の影響力より悪の影響力の方が強い年頃つまり悪に走る方が簡単

こう述べたのは、中学時代の反抗期がピークの時期、この「反抗期」と「不良」がシンクロしやすい時期であると個人的に思ったのです。
イラダチや不満など反抗期の子が持つ特有のネガティブな心理状態の時期に、(客観的に)破壊的、反抗的、自己中心的、自由気まま、等々の漫画やドラマの不良の生き方を目にすることは、反抗期の子にとって、見ていて爽快、やってみたい、今抱えている不満を発散してみたい、それらを叶える手っ取り早い手段となりやすいのでは?と思ったのです。
恰好、ファッションから非行に走る子がいます。それも同様な成り行きではないかと思うのです。
16. Posted by 消耗品   2011年08月27日 22:40
しかし、そういった行動に走らせない、自制心を働かせるためには、やはりそれまでの教育が肝要なのだと思います。
それと現行の受験システムの問題、この問題に一体何十年費やしているのでしょう。これが改善されない限り解決できない問題が可なり有ります。
この問題を解決し、
小中高、連携一貫し、最後に安心して生徒が巣立っていく様子を見届けられるような教育を私は夢見ています。
17. Posted by 消耗品   2011年08月27日 23:00
姪の部活ですが、引退時期が遅いのは、この学校でもブラスバンド部だけなのです。たしかにこのブラスバンド部は毎年大変優れた実績を出しているのです。
顧問もまた、その分野では数多くの実績のあるベテラン教師でした。
去年までは校長もこの部に対しては協力的だったそうです。そのため、活動時間が遅くなっても目をつぶっていたのでしょう。
今年顧問が移動で変わり、それまでとは様子が少々変わりました。(校長が以前程協力的ではなくなった。それと重なって、部活終了時間が以前より早くなったこと※ただし練習場所が学校敷地内の場合)
それでも、やはり活動は異常です。特に今の時期は。
果たして、この学校の他の教員は、この部のやり方に対してどう思っていることでしょう。また今年この部を引き継いだ若い教員、前顧問と同じように(部活に対して)完璧主義のような方なのか?プロフェッショナルなチームでも目指しているのだろうか、と気になります。そして、学業の事、受験の事、卒業後の生徒の事、に関して、どれほど考えているのか?とても気になります。
18. Posted by toshi   2011年08月30日 06:16
Aさん
 受験システム。これは、わたしの子どものころからずっと続いているものです。しかし、その当時は、全員高校受験に向かっていくわけではなかったので、Aさんが勤務された学校のような事態は、比較的少なかったと思います。ただ、一億総貧困生活でしたから、それと関連しての学校の荒れはありましたけれどね。
 姪御さんの件、よく分かりました。ただし、2つの側面があるかなと思いました。
 姪御さんの部活だけ引退時期が遅いということであれば、よけい事態は深刻かなと思いました。他の子たちはみんな受験勉強に取り組んでいるだろうと思うからです。
 ただし、それをあらかじめ承知のうえで、部活をされているという面もあるのではないでしょうか。それだけ好きで、生きがいを感じているといった側面もあるのではないかと感じました。
 ごめんなさい。事情もよく分かっていないのに、勝手な想像だったかも知れません。
19. Posted by 消耗品   2011年08月30日 07:43
いいえ、とんでもございません。私もそうであって欲しいと願っていたのですが、姪は「高校入学後はもうマーチングはやりたくない。」「勉強が忙しい所にも行きたくない。」「今のように早起きしなければならない、帰りが遅くなる、併せて寝る時間も遅くなるような学校には行きたくない。」と言っております。マーチングをやっているブラスバンド部は全国的に見て少ないらしく、せっかく身につけた技量や経験、実績等を考えると、勿体無く感じるのですが、このあたりは他の者の介在を許さぬ心境なのかもしれません。
20. Posted by 消耗品   2011年08月30日 07:46
また、3年になってから頭痛や腰痛で通院することを理由に随分と学校を欠席するようになりました。これらのことだけが原因とは思いませんが、心配です。
21. Posted by 小牧の教諭   2011年08月30日 22:34
 消耗品様。
 私も吹奏楽を中学校以来続けています。自分の経験とも合わせて考えて、いやになるほどやるのは問題という気持ちから、本人がギブアップしそうな状態で退部を申し出た場合は、(一度は留意しますが)休ませることにしています。それで、学校をかわったらまた始めたということを何人か聞きました。
 心理的に追い詰められていないか心配です。
22. Posted by 小牧の教諭   2011年08月30日 22:40
 私の市では、小学校と中学校の人事交流がわりと盛んです。ですので、小中の先生の意見の食い違いはあまり聞いたことがありません。お互いの大変さを分かっていますので。
 授業が退屈だと子どもは荒れる・・・小牧も数年前まではそうでした。しかし、市として佐藤学、石井順治氏の「学びの共同体」を取り入れてからは、荒れる中学校は減っていきました。
 やはり授業の取り組みがいちばんではないでしょうか。
23. Posted by 消耗品   2011年08月30日 23:33
小牧の教諭様、はじめまして。
事例を紹介していただき、ありがとうございます。
姪の学校では小中交流はあまり行われていないようです。交流が少ないので逆に双方遠慮し合って喰い違いも生まれないのか、そのあたりの事情は私も分かりません。
>授業が退屈だと子どもは荒れる
これは、どこの学校でも荒れる要素の一つだと思います。ただ高校の場合、荒れた学校でなければ、退屈な授業でも荒れる事はあまりありません。教員にそれ相当の問題がない限りは。
私が中学時代を振り返ると、ほとんどが退屈な授業でしたが、荒れていたのは大抵、来たばかりの若い先生の授業だったことを記憶しております。あの当時は授業は本来退屈な物というイメージすらありました。退屈な授業は荒れるというより寝るという印象が強かったです。昼休み後の退屈な授業はお昼寝の時間のように静かだった。校内暴力さかんでヤンキー全盛期の荒れた時代の荒れた学校だったのですけど、なんだか現在とは性質が違いました。
精神年齢も今の同年齢の子より若干上であったような感じもします。当時の教師の目から見てどうかは分かりませんが。

>本人がギブアップしそうな状態で退部を申し出た場合は、(一度は留意しますが)休ませることにしています。

生徒ひとりひとりに留意されておられるということが伝わってきます。私の姪の学校はというと、生徒の心の状態も健康の状態も留意せず、とにかく大会で勝たせるために顧問がはりきっているようです。マーチングはスペースの問題もあって40度以上ある蒸し暑い体育館や校庭、時には市外の体育館をまるごと借りて朝から晩まで立ちっぱなし、歩きっぱなし、演奏しっぱなしといった感じです。特に大会近くは。
本人は退部するつもりは無いようですが、絶対に卒業後はマーチングだけは、やりたくないと申しております。今日も体調を崩しておりました。
24. Posted by toshi   2011年09月02日 16:52
小牧の教諭様
 ご投稿、ありがとうございました。わたし宛ではないようですが、小中交流に関して一言書かせてください。
 我が地域も少しではありますが、人事交流が行われるようになりました。ただ今のところ、効果は?です。
 『学びの共同体』については、子どもにゆだね過ぎているように思い、あまり賛成できない気持ちなのですが、でも、荒れた中学校を立て直す効果という意味なら、心から是認することができます。
 小中の交流と中学の授業改革が実りあるものになりますよう祈念しています。

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