2006年11月23日

手話と歌と5

fedc652a.JPG この時期、学芸的行事を全校で行う学校は多いのではなかろうか。

 わたしの勤務している学校も、ご多聞にもれず、もうすぐ『A小フェスティバル』なので、今、どのクラスもそれへ向けて、活気ある取組をみせている。

 初任者B先生のクラスは、手話つきの歌を発表する。朝の会での歌を何回も聞いてきたが、だいぶ上手になってきた。

 真剣な表情、覚えようと必死な顔、余裕が感じられる笑顔など、子どもたちの表情はさまざまだ。
 そのなかで、Cちゃんたちの全身で表情豊かに表現する手話と歌が、とても魅力的だ。曲想と手話がぴったり合っている感じ。一体となっている。

 
 そう。歌の手話って、

 手話はただ通訳の役目を果たすだけではない。手話自体が名演技を思わせる。ゆったりとした曲は、流れるような手話。リズミカルな曲は、心もち、はずんだような手話。

 わたしは、Cちゃんたちのそれを、学級全体に見せれば、学級の雰囲気がさらに盛り上がるだろうと思い、B先生に言った。ますます来週のフェスティバルが楽しみだ。

 
 わたしは、こういうのに弱い。すぐ目頭が熱くなる。熱くなったら、もう10年くらい前になる、チェリッシュのコンサートを思い出した。

 ああ。正確に言えば、コンサートではなかった。地域のPTA協議会主催の研修会に招かれて歌ってくれたのだった。

 このとき、中央で歌うチェリッシュと、舞台の袖で手話をする方とが、ほんとうに一体となっていた。
 それまでの研修会における手話とは一変していた。チェリッシュの語りと歌を、 明るく軽快な手話が、盛り上げていた。

 また、手話が、完全な一つの芸術作品に見えた。

 
 楽しいコンサートで、涙ぐむような場面はどこにもないのに、

 そう。軽妙な語り口。『わたしたちの子どもが小学生だったときは、〜で、』などと、PTA協議会に合わせた話題で、楽しいひと時だったのだ。
 
 それなのに、わたしは、ずっと熱い思いで、ハンカチを何回も使った。これは完全に、手話にまいってしまったのだ。

 チェリッシュは、最後、その手話の方を中央に招き、手をつないで、お礼の言葉とともに、しめくくった。

 温かかった。


 そんなことを思い出すくらい、今回の子どもの手話の歌もすばらしいものだった。

 いい発表になるだろう。


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 かつてわたしが勤務した学校には、耳の不自由な調理員さんがいました。そして、なんと、その方とは今また、偶然、同じ職場となっています。
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『調理員のAさん 〜障がいのある人とともに〜』に続く。

rve83253 at 14:29│Comments(5)TrackBack(0)エッセイ | 児童観

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この記事へのコメント

1. Posted by POOHママ   2006年11月29日 20:20
お久しぶりです。
私の学校も先日、学習発表会でした。
本題とはそれるかも知れませんが、
ちょっと愚痴らせてください。

6年生の器楽合奏は速いテンポの曲が2曲。
そのうち1曲を私が指揮をし、
参観した他の学年の保護者からは、
お褒めの言葉を多くいただきましたが、
なんだか、不完全燃焼。

原因は「手拍子」かも?
曲紹介のアナウンスにも
「みなさんも、手拍子でご参加ください」と
あるのだが、
本番は手拍子がない。
(総練習は、1〜5年の手拍子でノリノリ)
保護者のノリが悪いのか?
ビデオや写真撮影に夢中でそれどころではないのか?
楽譜上は完璧にできたのに、満足感がない。
上手だったのに、なんだか、興ざめ。
でも、私は、ここまで頑張った子どもたちを
大いに褒めました。
本当に、素敵でした。

ここまでがんばった子どもたちを、
家庭でもいっぱい褒めてほしかったなー。
2. Posted by toshi   2006年11月30日 20:59
POOHママさん
 なんだか分かるような気がします。
 たぶんそれはビデオ撮影のせいですよ。わたしも経験があるのですが、ビデオ撮影に夢中になると、場の状況であるとか、音楽にひたるとか、そういう感じではなくなります。
 演奏がどうだったのかの印象はほとんど残りません。カメラのわくしか見ていないですものね。
 その代わりと言っちゃあ何ですが、撮影した画像の印象は、かなり後まで残ります。
 わたしも経験があるので、えらそうなことは言えないのですが、たまには、生の演奏をしっとりと聴いてほしいですよね。
3. Posted by まま   2006年12月01日 14:23
チェリッシュの歌声はいいですね。
手話で通訳をされてる方々は、いつもは舞台の袖で表舞台にはなかなか出ておられませんよね。
心遣いが優しいですね。

子供たちには、やはり出来るだけ感受性の育つ時期に生の演奏を聞かせる機会を設けたいですね。

そういえば、中学のときですが、面白い企画をされてた時があり、吹奏樂部の演奏なのですが、各学年の新人の先生・または、転入の先生が、マイク片手に吹奏楽部とジョイントコンサート。校長先生自ら歌い演奏したそうです。事前まで内緒にしていたので、生徒は、おおよろこび、学校の雰囲気って保護者の立場で言うと、校長先生や、職員、保護者のもって行き方でいかようにも変わる気がしました。


4. Posted by toshi   2006年12月02日 05:27
わたしたちの地域では、毎年、地域のオーケストラの演奏を聴く機会を設けています。
 ところが、年々、鑑賞態度のよくない学校が出て、それが問題となったりします。だから、管理職が必ず一緒に行くようにという指示も出たりします。

 わたしが勤務したある学校では、地域が学校で行う敬老会に招かれましたが、ある年、その場で、森進一の襟裳岬を歌わせてもらいました。大変喜んでくださいました。

 その場には、子どももいましたから、その後しばらくは、「校長先生。歌って。歌って。」と言われ、けっこういい気持ちになりましたよ。
5. Posted by POOHママ   2006年12月02日 22:08
Toshi先生、レスありがとうございます。

たとえば、ビデオ撮りのせいだとしても、
せめて
家でもう一度ビデオで鑑賞して、
そして、子どものがんばりを褒めてくれていれば、
愚痴ることもないのですが・・・。
子どもたちに、
家での反応を聞くと、
本人に対する感想がないのが残念。
「○○さん、うまかったね」とか
ほかの学年のはなしとか。
場合によっては、廊下でほかの保護者との
話に夢中で、出番を見損ねたとかも。
本人の成果や努力に対する
ねぎらいの言葉とか、褒め言葉がないのです。
6年生の担任もそれを残念がっていました。
この学年が特別だと思うのですが・・。
ただ、子どものがんばりを
家庭に充分に伝わっているかというと、
それはなんとも。
もしかしたら、それが原因かも。





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