2006年11月26日

ユーモアにはユーモアで4

c3d60e5f.JPG 今日の話題は、たいしたことではない。流し読みでもかまわない。・・・。すみません。

 もうすぐ、12月。
 初任者の学級経営も半ばを過ぎた。
 それぞれ、必死に、真剣に取り組んでいるが、いくぶん、余裕というか、ゆとりも出てきたようである。どの初任者も、笑顔がふえてきた。

 そんななか、わたしが担当する初任者4人が、お互いに他の3人の授業を見合う、研究授業が始まった。授業の様子は、姉妹ブログの『小学校初任者のブログ』に譲る(現在、未掲載)。とても、いい授業だった。

 ここでは、・・・、すみません。ちょっと軽い話題です。


 授業は、4年生。国語。『一つの花』。

 初めに、お断りだが、わたしの担当は、4年生の先生がもう一人。あとは、2年生と3年生の担任である。そんなわけで、後者2人は教科書の用意がなかった。それで、数冊、研究討議用に、子どもから借りることにした。

 研究会直前、A先生が、借りた教科書を開け始めた。すると、突然、突拍子もない声を上げた。
「あらあ。この子、鉛筆で、みんな、『一』を『二』にしている。二つの花だあ。・・・。(そして、ページをめくりながら、)うわあ。すごい。最後まで、全部、『二』だわ。根気強い子ね。」

 わたしも、どれどれとばかり、それを見て、笑ってしまった。

 そして、B先生。
「おもしろいね。さらに一本付け足して、全部、三にしちゃおうか。」
 わたしはもう、大笑いだ。


 そして、2人の初任者をほめた。
 
「いいなあ。先生方のその感覚。・・・。ふつう、なかなかそうはいかない。まして、『根気強い。』などとは言わないだろう。
『あら。いやだ。うちのクラスの子っていったら、こんないたずらをしているわ。授業に集中していない証拠ね。明日、叱っておかなくちゃ。』となるところだよ。」
「ええ。そうですね。わたしだって自分のクラスだったら、そう言ってしまうと思います。」
「そうか。じゃあ、たとえ、自分のクラスであっても、今の感覚を忘れないようにすることだな。・・・。このくらいのことは、ユーモアで対処するのが一番いい。」


 そう。担任というものは、とかく余裕がない。親ほどではないだろうが、つい、お説教に走ってしまう。『すぐ消しゴムで消しなさい。』などとやってしまう。

 そうしたら、担任のC先生が口を開いた。
「授業がつまらないので、こんないたずらをするのでしょうかね。」
「そんなことはないだろう。授業はいきいきとして、子どもたち、よく発言していたし、よかったよ。現に、この、『二つの花』のDちゃんにしたって、よく発言しているじゃないか。主人公の心情にふれる発言をしているよ。」

 そう。こんないたずらをする子は、意欲的なのだ。
 つまらないでする場合もあるだろうが、この場合は、そうではないと断言できる。それこそ、ユーモア感覚でふざけてやったのではないか。授業に集中することとはまた別だ。


 翌日は、一日このクラスに張り付く日だった。
 わたしは、朝、教室に入ると、借りた教科書を、にやにやしながら、『ありがとう。』と言って、返した。持ち主のDちゃんは、わたしのにやにやの意味が分からないようだった。無視された。

 それで、わたしから口を開く。
 「よう。おもしろい教科書だなあ。『一つの花』が、『二つの花』に化けているね。B先生が、もう一本付け足して、『三つの花』にしちゃおうかって言っていたぞ。」
 そうしたら、やっと分かったようで、苦笑いを浮かべた。しばらくすると、消しゴムで消しだした。

「おっ。消すか。消さなくてもいいだろう。Dちゃんは、ふだん、一生懸命勉強しているから、発言するにしても、二つの花なんて言っちゃうことはないと思うよ。」
 そうしたら、また、苦笑いだ。前よりもっと一生懸命消すようになった。


 信頼関係、日ごろの人間関係にもよるが、どうだろう。その方が子どもは、反省するのではないか。叱るのでは、みんなの前で恥をかかされたと思う子もいるかもしれない。


 もっとも、これくらいのことは、たいしたことではないと、何も言わない先生もいるかな。

 それでいいかもしれない。


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 子どものユーモアには、ユーモアで返すことも必要でしょう。それにはやはり心のゆとりがなければできません。

 わたし、ちょっと反省しています。やはり、教科書を返すのは、担任であるべきでしたね。

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rve83253 at 17:01│Comments(4)TrackBack(0)児童指導 | 児童観

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この記事へのコメント

1. Posted by つぼみ   2006年11月26日 17:36
なんだか、二つの花にしたお子さんの顔がうかんでくるようで、思わず微笑んでしまいました。

ゆとりをもって、接していると
子どものしていることって、本当に楽しくなってしまいますよね。
忙しい、は心を亡くすと書く、とよく言われますが、
人としての心で、子どもたちに接していけるようにしたいと思います。
ありがとうございました。
2. Posted by kei   2006年11月27日 20:45
 初任者の方、お見事です。心に余裕があると、子どもの姿がいとおしくてたまらなくなります。かりかりしていると、悪いところがたくさん目に入ってしまいます。
 明日授業があり、緊張しているのですが、この記事を読ませていただいたら、やっぱり笑顔で授業をしたいなと思いました。いつもありがとうございます。
3. Posted by toshi   2006年11月28日 01:09
つぼみさん
 人としての心、ほんとうに大切にしたいです。
 教育を志すものなら、当然なければいけない心です。
 ああ。でも、これ、永遠の課題です。単に余裕があるだけでもだめですね。人の心を推し量る心、子どもも一人の人間として、尊重する心、そういったものが大切なように、あらためて思いました。
4. Posted by toshi   2006年11月28日 01:15
keiさん
 子どもがいとおしくなる。いい言葉だなあ。
 そして、わたし自身の、子どもを見る目が、問われてくるのですね。
 kei先生。今頃は、研究授業、終わっているのですね。きっとすばらしい授業だったことでしょう。昨年、お会いしたときのことを思い出しました。あらためて、あのときは、ありがとうございました。

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