2006年12月03日

鉄は熱いうちに打て(5)4

8dc482db.JPG このシリーズは、(4)をもって終了にするつもりだったが、ちょっと補足したいことがあるので、よろしくお願いたい。


 11月9日の記事、『本シリーズ(3)』の、職員玄関であった、1年生のいじめのことだが、あのとき、Bちゃんは、『やめてよ。やめてよ。』と大声を出して助けを求めたのだった。そして、わたしが駆けつけると、ほっとしたのだろう。急に大声で泣き出した。

 翌日、学級のすべての子の前で、『こういうことはこれまでもあったのか。』、『他にやられた子はいないか。』を確認し、いじめたAちゃんの言葉にうそはないと分かると、正直だったことについては、うんとほめたのだった。

 学級すべての子の前で、こういう問題をとり上げるときは、『悪い子』扱いをしないことが鉄則だ。
「やったことは絶対いけないが、正直に言えたのはよかった。えらい。『正直だから、これからはしないな。』と、先生は思える。
 それに、Bちゃんだって、もういじめられることはないと思うだろうから、ほっとするのではないかな。」

 学級のみんなが、Aちゃんに対し、好感を持って生活できるよう、全力を尽くす。

 ここまでは大筋、(3)で述べた。

 今日は、前号でふれなかった部分についてふれる。


1.まずは、いじめられていたBちゃんへの言葉かけだ。

「『やめてよ。やめてよ。』って、よく言えたな。えらいぞ。それがよかった。先生はうれしい。
 おっかなくて、黙っていて、それで、いじめられるままだったら、先生は、あの時、気づかなかったかもしれない。そうしたら、ほんとうに大変なことになるところだった。これからもいじめられちゃうだろう。」

 これもみんなの前で言う。それが、いじめられやすい子へ勇気を与えることになるだろう。

 いや。そこまでは言えないか。『勇気を与えることが期待できる。』くらいのことかもしれない。言うべきことは言う勇気。それを、内気な子にもたせたい。
 
 また、これは、いじめた子も聞いているわけだから、『これからは、弱い者いじめをしにくくなる。』という思いを持たせることが、期待できる。


2.もう一つ、大事なこと。

 昨年、初任者のクラスであったことだ。

 朝、数人が、『大変なことが起きた。』といった調子で、職員室に訴えに来た。
「先生。Aちゃんが、Bちゃんをいじめて、Bちゃんは泣いちゃったよ。」
「今もまだ、泣いているよ。」

 あわてて、担任と駆けつける。駆けつけながら、担任に言った。
「職員室へ知らせに来てくれた子に、うんと感謝しろよ。その感謝の言葉も、学級全体に言うようにしよう。それが、『いじめを許さない』学級の雰囲気作りに役立つと思う。」

とかく教員は、こういうとき、いじめた側といじめられた側への対応だけで、終わってしまっている状況があると思う。しかし、いじめを許さない学級集団にするには、こうして連絡してくれた子への対応が欠かせない。

 
 『いじめをしない、させない、許さない。』は、我が地域のいじめ対策のスローガンだ。
 前者、『させない』と、後者『許さない』学級、学校の雰囲気をつくることは、絶対必要だ。
 だから、『鉄は熱いうちに打て』は、何も、いじめる子への対応だけを意味しているのではない。すべての子をひっくるめての対応なのだということを、強く訴えたい。1年生のうちから、いじめを意識して、的確な指導を行うことが何より大切だ。

 
 なお、誤解のないように言っておきたいのだが、『いじめられる側にも問題がある。勇気がないから、いじめられるのだ。』などと言っているのではない。

 あくまで、『いじめをしない、させない、許さない。』教育の一環だし、それは豊かな人間性を育む教育のはんちゅうなのだ。決していじめられる側だけをとり上げ、『もっと強くなれ。』などと言って済ますたぐいのものではないことを申し述べたい。
 

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 どこかの教育委員会が、いじめの再調査をしたら、それまで数十件の報告しかなかったものが、一挙に数千件になりました。
 現在のところは、ほんとうにいじめがあった件数なのでしょう。できるだけ早く、それを、学校がいじめに取り組んだ件数となってほしいと思います。

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rve83253 at 10:32│Comments(18)TrackBack(0)学級経営 | いじめ

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この記事へのコメント

1. Posted by kei   2006年12月03日 17:29
「いじめに取り組んだ件数」とすれば報告しやすいですね。toshi先生の言葉かけは、あまりにも自分が大事にしていることと似ているので、驚いています。「させない・許さない」集団にするためには、教師の姿も問われてくるのですね。
 「やめて」って言えた子。教師に知らせに来てくれた子。それぞれを認めることで、実際に問題が起きたときにどうしたらよいのか、子どもたちが学ぶこともできると思います。
 ああ、このブログ多くの方にもっと読んでいただきたいです。(だからぽちっと押しますね♪)
 寒くなりました。くれぐれもお身体ご自愛ください。
2. Posted by POOHママ   2006年12月03日 19:21
いじめを見つけた子も、
受けた子も、
報告できることがすばらしいと思います。
報告したその子というより、
報告できる学校環境や
こどもと教師の信頼関係がいいのだと思います。
いじめの指導って、これだと思うのです。

いじめそのものが悪い、
だから、いじめがあること自体がだめだ、
といっていたのでは、
いじめの報告もできないと思うのです。
だから、いままで報告がなかったのでしょう、
と私は思っています。

いじめがない社会なんてあるわけがない。
今の日本で、いじめを皆無にするのは不可能です。
だからといって、あっていいと思っていません。
可能な限り、減らす努力は必要です。
また、いじめから学ぶものもあると思います。
だから、いじめを指導の機会ととらえて、
学校ではそれを人間関係を学ばせることに
利用すればいいと思うのです。
(言い方は悪いですが)
3. Posted by toshi   2006年12月04日 01:47
keiさん
《ああ、このブログ多くの方にもっと読んでいただきたいです。(だからぽちっと押しますね♪)》
 このようにおっしゃっていただき、大変光栄です。ありがとうございます。
 先日、昨年度、初任者指導に行っていて、kei先生にもお会いしたことのある学校が、研究発表会を行い、行ってきました。
 初任者2人が、さらにまた成長していて、すばらしい授業を展開していたので、うれしくなりました。子どもたちの話し合い学習もすばらしく、表情や話の中身などに、『ゆとりと張り』といったものを感じました。
 講師の先生の中に、先日の安東小の6年生の授業をご覧になった方がいらして、その座席表のコピーをいただくことができました。うれしかったです。
 
4. Posted by toshi   2006年12月04日 01:56
POOHママさん
 おっしゃる通りと思います。
 いじめに限らないのですが、子どもの問題行動は、格好な指導のチャンスなのですね。問題行動をなくすというよりも、問題行動そのものを、子どもの心を育むチャンスととらえ、学級内の子どもたちの人間関係をよくする方向で、指導していきたいものだと思います。
5. Posted by namiママ   2006年12月04日 20:55
先日はあたたかいコメントをいただき
ありがとうございました。

いつも子どもたちの心に寄り添ったことばかけ
参考にさせてもらっています。
子どもたちに事件が起こったときこそ
子どもたちの心に何かを訴えるチャンス。
種を植えるチャンス。私もそう思います。

子どもたちも教員もあたたかいことばでつながっていきたいものですが
教育界を取り巻く社会情勢はますます厳しいものになっていますね…

また、お知恵を拝借に伺います。
6. Posted by Hideki   2006年12月04日 23:23
こんちは

政府が発表した「いじめ」への対策指針。いじめた者への『懲罰』。ポイントが思い切りズレているような気がしてなりません。

いじめたものを叱る、いじめを見てみぬした者も「同罪」として叱る、…この指針が本当にいじめを解決することにつながるとは、到底思えません。

Toshi さんの言葉を借りれば「ほめる」ことの方が、教育にはずっと大事なように私には感じます。懲罰というのは、ルールが分かっている「大人の世界」の話だと思うのです。

いじめを見逃さなかった子をほめる、いじめられていることを訴えた勇気をほめる、自分の犯したいじめを反省し謝った姿勢をほめる。もちろん、いい加減にただほめて終わりにするのではなく、最後まで目を行き届かせた上での話。そういうToshi さんの姿勢ややり方が、これからもっともっと求められてくるのだと思うのです

7. Posted by toshi   2006年12月05日 00:12
namiママさん
 大変なときなのに、こうしてコメントまでいただき、恐縮しています。
 わたしたち教員は、現場で苦労するもの。現場で喜びを感じるもの。そう思うのですが、今の教育界は、教育問題というより、社会問題化して、ほんとうにすごい状況になっているなと思います。タネが尽きないですものね。まったくいやになってしまいます。
 そんなときだけに、これからも、学級経営、学校経営のあり方を考え続けていきたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします。
8. Posted by toshi   2006年12月05日 00:24
Hidekiさん
 またまた大事なことを書き落としていたことに気づかせていただきました。
《自分の犯したいじめを反省し謝った姿勢をほめる。》
 この部分を記事にしていなかったように思います。でも、ほんとう、Hidekiさんがおっしゃるような、そういう対応もしていました。
 すみません。そして、ありがとうございます。
 
9. Posted by toshi   2006年12月05日 00:25
 この『鉄は熱いうちに打て』シリーズですが、小学校低学年のうちは、子どもは言うことをよくきくので、どうしても、教員の、やらせている姿勢が目立っているように思います。
 無理やり謝らせたり、お説教をしたりすると(もちろん必要なときもあるのですが)、子どもの実態と指導がかけはなれてしまうので、その矛盾が、高学年、中学校で出てしまうのではないかと、そんな思いになるのです。
 あまり世間で言われていないので、あえて言いたくなりました。
 低学年の先生。指導しやすい時期に、心をこめて指導してほしいです。
10. Posted by toshi   2010年11月14日 23:10
HIDEさん
 えらく間隔が開いてしまって申し訳ありませんでした。
 道子先生のクラスにおけるいじめは、いじめの典型例のように思いました。確かに、初任2年目の先生が、いきなり6年生を担任するというのは、大変なことだろうなと思いました。
 HIDEさんもおっしゃっていると思いますが、わたしも、こうした下学年のときからの構造的ないじめを、6年生段階でなくすということは至難のことのように思います。
 それだけに、今よりひどくならなかったり、今までより頻度が減ったりした場合は、もうそれだけでも道子先生の努力の成果とみてやることが大切と思います。その努力をたたえていいと思います。
 道子先生の努力がなければ、いじめはエスカレートするに決まっているからです。
 よくいじめをなくすことができなかったと、自分の力不足を悔いる話を聞くのですが、もちろんご当人はそうした想いから抜け出せないでしょうが、まわりはそう言って励ましてやるのが大切と思うのです。
 貴ブログ記事に、道子先生が、いじめグループの子たちと心を通わせるよう努力するという話がありますね。
 これすごく大事と思います。先生であるとともに友達にもなってしまうことですね。
 が、それがまたむずかしい。いじめだけでなくいろいろな悪さをするでしょう。いきおいしかることが増えてしまうのではないでしょうか。また、信頼関係ができたと思ってもそれが裏切られることもあるだろうと思います。
 でも、それでがっかりするのではなく、そこからまた新たな信頼関係の構築に向けて努力することも必要になってくるでしょう。
 わたしは、道子先生の人間性もとぎすまされていくことと思います。そういう意味では、悪いことばかりではないようにも思います。
 でも、教員の多忙は何とかしてほしいですね。ご奮闘を祈念しています。
 ごめんなさい。たいしたことが書けなくて。
11. Posted by toshi   2010年11月14日 23:36
かげちゃんさん
 《文部科学省や知事まで話しが進んでいるのに、なぜ学校と桐生市教育委員会は頑ななのかわかりかねます。》
 これは、わたしも理解できません。かげちゃんさんと同じ思いです。
 むかし、本記事を書いたころですが、全国各地で、件数0のいじめ報告が多発して問題になったときがありました。そのとき、我が地域では、正真正銘の件数報告をしていました。
 そのときの指導主事の言葉が忘れられません。『我が地域では、いじめ報告は、学校が真剣にいじめに立ち向かった件数、つまり発見し指導した件数ととらえています。ですから、多いことは誇りなのです。それだけ努力したことの証なのですから。』
その言葉に、わたしは感銘を受けたものでした。
《先生なら学校の非常事態にどう対応されますか?》
 恥ずかしながら、一つの過去記事を紹介させてください。教員と子どもの暴力事件が起きたときの事例です。本コメントのtoshi欄にURLを貼りつけました。ご覧いただければ幸いです。

12. Posted by schoolHIDE   2010年11月15日 17:01
(From HIDE)

とても参考になるコメント感謝しています。

<信頼関係ができたと思ってもそれが裏切られることもあるだろうと思います。
 でも、それでがっかりするのではなく、そこからまた新たな信頼関係の構築に向けて努力することも必要になってくるでしょう。
 わたしは、道子先生の人間性もとぎすまされていくことと思います。そういう意味では、悪いことばかりではないようにも思います。>

信頼関係を築くことは、かなり知恵と汗のいる、しんどいことだと思いますが、toshi先生がおっしゃるように、人間性をとぎすます一環と考えるならば、がんばらなくてはならないでしょうね。

ありがとうございました。
13. Posted by toshi   2010年11月19日 02:41
HIDEさん
 こちらこそ、ありがとうございました。
 たいしたことは申し上げられず、申し訳ありません。
 道子先生にとっては、まだお若いのに、ご苦労の多いことだと思います。ご奮闘を祈念しております。
14. Posted by 消耗品   2011年08月18日 00:18
いじめがあった件数といじめに取り組んだ件数は大違いですね。こういった捉え方がもっと広く浸透していって欲しいと思うます。

実は私も元いじめられっ子でしたが、誰に言う勇気も無く、誰から助けられることもありませんでした。
イジメの内容は今思い返しても酷い物で下手すれば死んでいても不思議ではありませんでした。非常に危険な拷問やリンチが多かったのです。小学校4年から中2までですね。小4の時に4階の窓から逆さ吊りにされたこともありました。
中学校では勇気を出して担任に「いじめられているからなんとかしてください」と頼んだのですが、返ってきた言葉は「今は堪えろ」でした。
私が教師になったのは塾の講師のアルバイトがきっかけでしたが、その熱意の根底にはその頃の苦い経験が原動力となっていたのかもしれません。
そして、もともと第一志望は教師ではなく学校図書館司書でした。教師は第二志望だったのです。ただ学校図書館司書は正規職員の募集が無いので教員だけをやってきました。なぜ学校図書館司書になりたかったのかと言いますと、自分がいじめられている時、唯一の逃げ場が図書室だったのです。授業が終わった瞬間、昼休みになった瞬間、図書室に、正確に言えば書庫に逃げ込んでいたのです。どういうわけか、司書の方はほとんどおらず、図書室も書庫も常時開いていたため、人が来ない書庫に篭もって絵本を読んでおりました。本当は誰かに助けを求めたかったのです。
寂しい想い出です。
15. Posted by 消耗品   2011年08月18日 00:19
教員になってからも、どこの学校にも図書室に居場所を求める子がいます。いじめられている子、集団にとけこめない子、仲間外れにされた子、等。彼らは図書室に本を読みに来るわけでもないのです。弁当を食べに来たり(本当は飲食禁止なのですがイジメ、校内暴力が盛んな荒れた学校であった為、司書の方は黙認しておりました。)。保健室登校という言葉がありますが、私が勤めてきた高校はどこも保健室はヤンチャな子たちに占領されております。特に女子に。利害関係の無い、気の許せる身近な大人が保健室の先生といったところなのでしょう。しかしその保険の先生は彼らに独占されています。
では司書はと言うと、図書委員の生徒とだけ仲良くしているだけ、、、お節介かもしれませんが、私は教師になっても図書室に頻繁に足を向けておりました。逃げるためではなく、彼らに声をかけ彼らにとって気の許せる身近な大人になるために。私のような寂しい思い出を作って欲しくないからです。
個人的な事を長々と語ってしまいました。申し訳ございません。
16. Posted by 消耗品   2011年08月18日 00:25
書き忘れましたが、トイレで昼食を食べる子すらいるのです。一見学校は広いですが、彼らにとっての居場所は非常に限られてしまっているのです。なんとかしなければなりません。
17. Posted by toshi   2011年08月18日 16:49
Aさん
 とても信じられない、あってはならない話ばかりでした。小学生の時から、そのようなめにあっていたということ、そういうこともありうるのだということ、固く心に留めておきたいと思いました。
 ありがとうございました。
18. Posted by 消耗品   2011年08月18日 22:17
仕事を失ってからというもの、私はよく早朝に母校の小学校に散歩に行きます。当時のいつも通りの日常が鮮明に蘇ってきます。楽しかった小学校3年までの思い出、そして後半は壮絶なイジメの日々、、、何といいますか、時が止まってしまったような、自分だけ当時に取り残されてしまったような、寂しい気持ちになります。何故辛い過去を思い出す母校の方へ足が向くのか・・・?今抱えている悩みの答えを過去の記憶から探そうとしているのかもしれません。

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