2006年12月12日

マスコミ報道とブログ(1)4

2910c3c2.JPG いじめの報道が連日のように続くと、あれだけ、やかましく叫ばれていた学力低下論の報道が、ずいぶんへってしまったようだ。

 教育の問題についてマスコミ等が関心を示してくれるのは、本来大変ありがたいことだが、ここ数年、かなり過熱気味になり、特に、感情的で、皮相的な学力低下論やゆとり教育批判など、眉をひそめてしまうことが多かった。
 
 そうした報道攻勢により、教育現場は近年、かなり荒れてきたように思う。

 その報道攻勢が、いじめ多発という悲しむべき社会現象によって、一時的にでも消えてしまったとすれば、何とも、複雑な思いになってしまう。
 
 考えてみれば、いじめ多発と、『いわゆる学力低下論』とは、案外かかわり合っているのではないか。『いわゆる学力』を向上させようとして、訓練、反復ドリル学習に走っている現場がふえているとすれば、味気ない学習、追い込む学習により、子どもの学習意欲は減退し、現場が荒れてしまう姿は容易に想像できる。

 本来この両者は、決して矛盾し合うようなものではなかった。豊かな人間関係の構築のなかでこそ、豊かな学力、ほんとうの学力が身につくはずである。

 
 この国の、教育論争は、ゆとり教育批判のころから、おかしくなってきた。現象的、衝動的で、少なくとも落ち着いて思考を練り上げての議論ではなかったように思われる。日本という国は、まだまだ大人ではないなあと思う。


 そうした気分をあおったのが、マスコミだ。

 マスコミに、心からお願いしたい。

 わたしが日々主張するような、豊かな教育実践を行っている学校は、現在も、全国各地に実在する。決して絵空事ではない。

 このブログでも、そうした教育実践はしばしば登場するではないか。わたしと相互リンクをお願いしている教員ブロガーの方々の学校でもいい実践をされているし、つい最近も、その方々が教育実践校を参観された記録(hirarinさんのブログ『野郎の会 中越支部だより』にTB)が載った。

 そういう実践校の取組を、もっともっと大々的に報道してほしい。まだまだ日本の教育現場は捨てたものではないのだ。そういう現場を訪ねて、取材してほしい。
 
 そして、子どもの内面を豊かに育む教育が、いかに主体的で自立的な子どもを育てるか、それが、日本の将来をよくする教育であることを、報道してほしい。それでしか、現在の教育をめぐる喧噪は解決しない。

 
 ドリル的な反復訓練により(こだまさんのブログ『道草学習のすすめ』にTB)、大学進学率が上がったからと言って、それがほんとうに将来の日本をよくすることになるのか。

 我が地域の元算数科教育研究会長は、算数残酷物語と言っているが、こうした貧困な発想しかもたない教育を、なんかすばらしい教育のように報道するのでは、日本の教育は、先が暗いと言わざるを得ない。


 でも、わたしは、必ずしも悲観はしていない。


 ブロガー同志の皆さんへ。

 マスコミがとり上げてくれないのなら、我々は、根気強く、このブログを通し、主張していこうではないか。

 数年前まで、わたしたちは、こんな広く、自分たちの実践を、世間にアピールできる手段が手に入るとは想像することができなかった。

 ひとむかし前までの退職校長は、自分の教育実践をよく自費出版したものだ。けっこう費用もかかったに違いない。そうまでしても、ほとんどは、自分の知り合いくらいしか、読んでもらうことはできなかった。

 今は、マスコミを頼らずとも、また、費用をかけなくても、こうして、どんどん思いを広く伝えることができる。これは、すばらしいことだ。
 今は、ミニコミ程度のことかもしれないが、検索技術の向上等によって、見知らぬ者同士が連帯しやすくなった。リンクによって結ばれることにより、PRする力は、今後、どんどん増大していくはずだ。

 ともにがんばりましょう。


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 ここのところ、子どもの学習意欲を高めること、子どもの内面を育むことの大切さを書いています。それこそが、生きてはたらく学力を培うのだという確信を持っているからです。

 むかしから言うじゃないですか。『好きこそ ものの上手なれ』。その精神でがんばっていきたいと思います。

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rve83253 at 02:46│Comments(21)TrackBack(1)教育観 | エッセイ

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1. 自費出版をしてみたい  [ 自費出版をしてみたい ]   2006年12月15日 11:47
友人の自費出版を手伝ってあげました。といっても卒業文集だとかでもっとも簡単な製本です。かなり安く上げることが出来ました。

この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2006年12月12日 05:11
私が書いた拙い記事にTBしていただきありがとうございます。
私がふだんから思っていることをわかりやすく今回の記事でまとめていただいたきました。感謝です。

私が新卒の頃は、よく新聞社やテレビ局の方が学校を訪れました。それは子どもたちの輝いている姿を記事にするためです。その輝いている子どもたちの影で支えている教師の姿も記事の中ではいつも描かれていました。
私も何度となく取材を受けました。身近な学校だけではなく、全国的に多くの学校の記事が掲載されていました。それらの報道を子どもたちや保護者、地域の方々が見ることで、子どもたちは刺激を受け、子どもたちの学びがさらに輝き、よりよい方向へ向かっていっていたような気がします。保護者も教育のあるべき姿を肯定的に捉え、その実現に向け協力してくれました。
2. Posted by hirarin   2006年12月12日 05:11
(続きです)
報道における教育現場の取り上げ方が依然と比べやや批判的なものが多くなってきたように思えます。学校の主人公である「子どもたち」の記事は減り、脇役である「教師」「保護者」の記事が増えました。それもとても「輝いている姿」とはかけ離れた記事が多くなり・・・・・学校批判を今までしていなかった保護者達も少しずつ学校への見方を変えてきたようにも思われます。

報道だけが原因ではないことはわかっています。しかし、輝く子どもたちの姿を取り上げていた10年前の方が私には自然な報道のような気がしてなりません。
学校を報道で叩いたところでいいことがあったでしょうか。教師は怯え、地域は疑い、子どもたちは混迷する。教育効果はあまりないように思われます。
未来を真剣に考えた報道を切に望みます。

私はブログの中で輝やいている子どもたちの姿、それを影で支える教師の姿を発信していきたいと思います。
3. Posted by くるみ   2006年12月12日 08:32
いつも拝読しています。
そして、毎回励まされる想いを抱いています。

toshi先生、そして、hirarin先生のおっしゃるとおり、子どもたちの輝きは、広く伝わらず、むしろ、
影の部分が大きく報道されることにより、少なくともうちの息子は、しょんぼりしています。新聞、ニュースをよく見ますので。

でも、これを逆手にとって、「メディアリテラシー教育のチャンス」と思っています。

マスコミの意見も専門家の意見も全てじゃないよって教えています。真実の一部かもしれないし、そうではないかもしれない。ただ、そういう見方もできるということだけ理解してね。

とつい先日話したところです。

こうして、現場を子どもたちを支える先生方とつながることで、学校での子どもたちの輝きを家庭から、地域から支援できる大人でありたいと思います。

4. Posted by toshi   2006年12月12日 15:29
hirarinさん
 そう言えばそうですね。思い出しました。
 テレビ局や新聞社が取材してくれましたね。放送予定が延び延びになったこともありましたが、それでも、待ちに待って、放送されると、保護者や子どもたちも喜んだものでした。ああ。なつかしい思い出になってしまいましたね。
 今こそ、そういう報道をふやしてほしいですよね。それがいい意味での学校への刺激になるでしょうし、日本の将来のためにもなりますよね。
 今後も、このブログを通し、PRしていきましょう。
5. Posted by toshi   2006年12月12日 15:35
くるみさん
 マスコミがとり上げるような学校も確かにあるのですが、それはまことに残念なことですが、大部分の学校はよくやっていると思います。子どもは報道された部分を強烈なインパクトをもって受け止めてしまうでしょうから、正常な学校まで、懐疑的な眼で見つめるようになってしまったら、それはもう、ほんとうに取り返しのつかないこともあり得ると思います。
でも、くるみさんのように受け止めていただけたら、「災い転じて福となす。」ですね。
 なるほど。「メディアリテラシー教育のチャンス」。ほんとうにそうですね。いい教育の場ととらえればいいのですね。そのように、お子さんに対応してくださること。ありがたく受け止めていますし、ブログを続ける上での勇気をいただいた思いです。
 ほんとうにありがとうございます。
6. Posted by せきちゃん   2006年12月12日 20:41
>マスコミがとり上げてくれないのなら、
>我々は、根気強く、このブログを通し、
>主張していこうではないか。

その通りですね!
私も微力ながら,顔晴ります!!
7. Posted by kei   2006年12月12日 23:21
toshi先生
TBをしていただきありがとうございます。
(実際に先生にお目にかかっているので、安心してお任せできるということもあります。)
実は自分は初めて卒業生を送り出す時に、「無事定年を迎えたら、あなたたちとの日々を本にしたい」という夢を語ったことがありました。先生の記事を読みながら、ふとそのことを思い出しました。
 自分の実践を振り返って見直すために、そして目の目の子どもたちのために書き続けているのですが、「はじめに子どもありき」の実践に興味を持って下さる方が増えてくださるのであれば、それはとてもうれしいことです。これからも実践の中で見えてきた事実を書き留めていきたいと思います。
8. Posted by Hideki   2006年12月13日 00:06
最近のマスコミは、「報道」というものの「心」を忘れてしまったように思う

ホリエモンが、マスコミの報道の公正さに絶望して、市民リポーターを創出しようとしました。無論それそのものには、浅薄さは隠せません。ただ、実際に最近のマスコミの報道は、真実よりも話題性、公正さよりも売れること、が優先されている感がします。「非難」「否定」「危機感」は、衝撃的に煽動すればするほど、人をゆさぶり注目を集めます

現在の施策の良さ・良い点を認めることよりも、現在の悪さ・問題をあげつらう方が、視聴率がとれる・記事が売れる、というわけですね

一言でいえば、マスコミの大衆週刊誌化

真実を、本当のことを、客観的にあぶりだす、そんな報道の原点を思い出してほしいと思う

まあ、メディアリテラシーの勉強…情報の読み取り方の訓練には確かになるんですけどね
9. Posted by 七星 来人   2006年12月13日 00:19
教育は、すぐには結果が出ない。良い教育か悪い教育であったかは、その後の歴史が判断する。
私はそう思っています。だから今私がやっていることが良い教育であるのか、悪い教育なのかは今の私には分かりません。
けれども、「教師の思いは、この時こうだったのだ」という私の気持ちだけは揺るがないと思っています。
そういった、教師の思いは昔も今もそれほど変わっていないのではないかと思っています。微力ながらもブログを継続することで、何らかの良い動きが感じられたらと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
10. Posted by toshi   2006年12月13日 00:39
せきちゃんさん
 ブログの力なんて、微々たるものという思いがかつてはありましたが、なかなか、どうして、どうして。
 それはある一冊の本を読んでからでした。次回はそれを記事にするつもりです。乞う。ご期待、・・・です。
11. Posted by toshi   2006年12月13日 00:47
keiさん
 今、まさに、実践中のブログは、ほんとうに魅力的です。読ませていただいて、うらやましさを感じます。もう、わたしには、そういうチャンスはめぐってこないのですものね。
わたしたちが、日々、努力しているのも、自主的精神に満ち、公民的資質を身につけた日本人の育成にあると思います。今の日本の大人社会は、そうでないですものね。迎合的、せつな的、それであってはいけないと思います。
 今回は、TBさせていただいて、ありがとうございました。
12. Posted by toshi   2006年12月13日 00:53
Hidekiさん
 Hidekiさんがいつだったか、おっしゃっていたと思いますが、日本人は、言論の部分でも、熱しやすく冷めやすいように思います。一つの波ができると、さっとそちらに、傾斜してしまうのですね。自分の頭脳で考えているのかなと、つい疑義を抱いてしまいます。
 まあ、わたしたちは、そうならないように、いつも自分の頭脳で考える、そういう日本人を育成したいと考えているのです。
 今後ともよろしくお願いします。
13. Posted by toshi   2006年12月13日 01:26
七星来人さん
 おっしゃることはよく分かりますが、と言うのは、わたしもかつてはそう思っていましたが、でも、子どもの目の輝き、満ち足りた表情、いきいきと学習に取り組む態度があれば、また、自分たちで価値を深め合う姿勢があれば、わたしは、教育は成功していると思います。
 ただ、今の大人の日本人は、どうなのだろう。そういう思いが強くあります。
 教育現場にしても、もっと落ち着いて、日々の実践に取り組みたいと思うケースもありますね。マスコミの浮わついた論調には、毅然とありたいと思います。
 今後とも、どうぞ、よろしく。
14. Posted by こだま   2006年12月13日 01:33
TBありがとうございます。

>『いわゆる学力』を向上させようとして、訓練、反復ドリル学習に走っている現場がふえているとすれば、味気ない学習、追い込む学習により、子どもの学習意欲は減退し、現場が荒れてしまう姿は容易に想像できる。

まさにここが教育を再生する鍵になる部分ですが、現在こうした視点はほとんど出てきませんね。

>でも、わたしは、必ずしも悲観はしていない。

私も思いは同じです。
今は小さなさざ波であっても、やがて大きな潮流になると信じています。ずっと連携を取って、続けていきましょう。

これからもよろしくお願いします。
15. Posted by yu-ri   2006年12月13日 17:54
toshi先生へ

この記事とは直接関係がありませんが、ブログの力で訴えたい事がわたしにもあります。
現場の先生方と、教育に携わる方々、保護者の方、一人でも多くの方に知っていただきたいと思います。
いじめへの対応はまだまだ酷いものだと。
先生方が何と言おうと、コレが現実にあるのだと。
どうか読んでください。
どうすればいいか教えてください。
助けてください。

マスコミはこういう事があるのだということを広く訴えるための手段です。
反論ばかりでなくその裏にある、もっと酷い現実を見つけてください。
16. Posted by POOHママ   2006年12月13日 22:08
教育批判の報道は、
教育基本法の改正(私は改悪と思ってますが)の
ための手段なのだと思います。
少年事件も、本当は増えていないけど、
マスコミの扱いが大きいから多いと思う。
学力低下も、教育基本法が
現実に即していなかからだって?!
そうやって、学校批判や
教育のあり方批判をすれば、
憲法も教育基本法も
「変えなきゃ」って意識になりやすいですよね。

確かに教育基本法は理想だけど、
「理想は高く」っていうじゃない?

本当に批判すべきは、
詰め込み教育だったり、
ドリル学習神話だったりなのでは?
17. Posted by toshi   2006年12月14日 04:27
こだまさん
 こだまさんのブログを読ませていただくと、公教育の実態に悲しみを感じてしまいます。なんか、心が通じ合わないようですね。
 いつだったかいただいたコメントに、『今は子どもが中3だから、だまっているしかない。』とありましたね。いわゆる人質論ですね。
 わたしは、こだまさんのような方にそう思わせてしまっている時点で、学校の努力が足りないなあと思ってしまうのです。
 ほんとうに申し訳ない事態だなあと思います。
わたしたちは、こうしてブログで訴えていくしかないでしょうが、がんばりたいと思います。
18. Posted by toshi   2006年12月14日 04:47
yu-riさん
 いじめの実態、それに対する学校の対応のまずさについては、多くのブログを通し、学ばせていただきました。自分たちの地域の学校の取組も、書かせていただきました。また、学校の取り組むべき姿勢も書かせていただいたつもりです。
 これからも、学ばせていただきたいと思います。
 
 ただ、広く学校が努力していることもあるので、それも、報道していただけたら、それが、学校教育の改善につながるのではないか、そういう思いで、本記事は、書かせていただきました。
19. Posted by toshi   2006年12月14日 04:58
POOHママさん
《本当に批判すべきは、詰め込み教育だったり、ドリル学習神話だったりなのでは?》
 この点はもう、おっしゃる通り。わたしもそれを訴え続けています。
 わたしはマスコミの姿勢についてのわたしの見解は、Hidekiさんのおっしゃる、
《真実よりも話題性、公正さよりも売れること、が優先されている感がします。「非難」「否定」「危機感」は、衝撃的に煽動すればするほど、人をゆさぶり注目を集めます。》
という見方です。
 hirarinさんがおっしゃるように、かつては、けっこうマスコミの取材はあったのです。報道もされました。そこに立ち戻ってほしいなと思います。
 
20. Posted by 今日   2006年12月14日 13:05
 マスコミがとり上げてくれないのなら、我々は、根気強く、このブログを通し、主張していこうではないか。・・・・・・・・・・・


この視点を大切にしたいですね。
そこには、各側の責任もありますがね。
21. Posted by toshi   2006年12月14日 16:47
今日さん
 ブログというのは、けっこう力を持つもののようです。『ウェブ進化論』という本を読んで、そう思うようになりました。
 次回は、そのことにもふれたいと思っています。
 書く側の責任、それはほんとうに気をつけたいですね。

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