2006年12月16日

『古きよき時代』3

b6142dd1.JPG いわゆる『古きよき時代』は、確実に通り過ぎた。もう二度とやってこない。

 一口で言うと、自由でのびのびしていた。

 ただし、『むかしはよかった。』という気はない。貧しかったし、飢えていたし、差別はあったし、いじめだって今よりひどかったし、そんな時代に戻った方がいいとは思わない。

 しかし、今日、ここでは、今という時代を際立たせるために、むかしを懐かしんでみたい。

1.わたしの子ども時代、先生方はよくソフトボールの練習や、試合をやっていた。子ども心に、自分の学校の先生が試合をやっているのを見るのは、ものすごく興奮したものだ。
 すぐ近くに中学校があり、そことは、おそらく、毎月のように、試合をやっていたのではなかったか。そのたびに、わたしは友達とともに、熱狂的な応援をした。試合終了後、中学校の先生と、キャッチボールをしたことも、何度かあった。

 だから、中学校に進学しても、かつて記事にしたようなことはあったとしても、中学校の先生方の顔はよく知っていて、スムースに生活を送ることができた。
「おお。おまえがtoshiか。うるさいくらい応援していたものな。よく覚えているよ。・・・。もう、中学生になったのだから、今度は、中学校を応援してくれるのだろうな。」
 そう言われたのをよく覚えている。

 
 さて、自分の初任者時代も、これは盛んに行っていた。そのころは、ソフトだけでなく、バレーボールもよくやっていた。わたしはあまり運動が得意ではなかったので、初任校では出場することはあまりなかったが、2校目は小規模校だったから、わたしのようなものでもたよりにされた。

 いい汗を流し、学校へ戻ると、それから仕事をした。9時、10時までやるのも平気だった。今、思う。勤務時間はもちろん決まっていたが、あまりそれにとらわれない勤務ぶりだったと言えよう。

2.またまた、小学生時代に戻るが、担任にたのまれて、友達数人と一緒に、放課後、よく、社会科の資料作りをやった。当時、出たばかりのマジックインキを使い、夜、真っ暗になるまでやった。たまには、先生から、お汁粉をご馳走になることもあった。
 そんなことをしても、家庭に連絡するわけでもない。家庭も平気だった。

3.わたしの教育実習は、今思うと、かなりでたらめだった。実習2日目にして、指導教官は一日出張。正規の先生は誰も来ず、実習生のわたしが全日経営をする羽目になった。
 示範授業などをしてくれることは、まったくなかった。大学の先生が来ることもない。
 
 自由気ままだったが、子どもとはよく遊んだ。指導教官も、豪傑肌の先生だったから、そんなことはないのだが、
「いやあ。子どもをtoshiさんにとられてしまったなあ。」
とおっしゃって豪快に笑っていた。

 わたしが教員になってから、こんな気ままな実習生はついぞいなかった。

 大学は2月初めに終わった。就職はすでに、実質決まっていた。実習校に挨拶兼お願いに行った。
 「4月からは、A小に決まりました。それまで暇なので、もう一度教育実習のようなことをやらせてもらっていいですか。」
「なんだい。教育実習は、『優』で終わったのではなかったのかな。落っことしたのだっけ。再履修か。」
 そう冗談を言われながらも、快く許可してもらった。

4.わたしが初任のころ、校長は、『管理職』と言われるのを嫌がっていたと思う。当時は、『管理職』という言葉に、揶揄する気持ちがこめられていた。


 以上、いずれも、今では考えられないことばかりだ。

 こういう自由を享受し、やりたいようにやっていたという印象がある。仕事に張りがあった。気持ちの上では、仕事なのか、趣味なのか分からないような感覚があった。

 でも、こういう自由は、管理する側から見れば、危なっかしい側面もあっただろう。享楽的な教員、組合運動に熱心で職場を忘れたような教員もいたからだ。

 トータルで考えると、さあ、どちらがいいのだろう。わたしの立場では決まっている。むかしの自由がなつかしい。

 でも、全国民的視野で見た場合には、・・・、これは、・・・むずかしい。『わからない。』が結論だ。

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 『授業に熱心。研究に熱心。子どもの方を向いている姿勢。』
 そういう意味では、絶対、今の方がいいです。むかしは、自己流、つまり、経験にものをいわせていただけといった機運があったと思います。
 もっとも、これは、昭和45年ころ(学習内容過密な時代)を基準に言っていますがね。
 昭和20年代は、また違います。これはまた、いつか記事にします。

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rve83253 at 22:49│Comments(2)TrackBack(0)むかし | 教育風土

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この記事へのコメント

1. Posted by tamasige   2006年12月17日 06:31
懐かしく拝見しました。
生徒にとっても楽しい思い出が一杯です。我が子は驚いてちょっぴり羨ましいと言います。
前述したように体育館がなかったので雨の日は暗幕をして、ろうそくの灯を頼りに怖いお話を先生がしてくれました。体育の時間に裏山へまったけを探しに、そして、急遽家庭科の時間になって、調理実習・・・
小さな学校でしたので、夜学校へ集まって星の観察をしたり、図工の時間に大きな竹籤で飛行機凧を作って、休み時間にあげたり・・・楽しかった思い出ばかり
もちろん友達と喧嘩もしましたが、今でも会ったら話が止まりません。先生のおっしゃりたいこととずれてますよね、ごめんなさい。
2. Posted by toshi   2006年12月17日 14:10
tamasigeさん
 いえ。いえ。ずれていていいのです。ブログが自由なのと同様、コメントも自由ですよね。
 夜、学校へ集まっての星の観察は、わたしの若いころもやりました。当時は、こんな都会でも、今よりは見えましたね。実地にまさる学習はないですものね。今は、安全対策上、とても考えられません。
 今は、むかしに比べれば、管理色が強くなりました。とても記事にしたような自由はありません。でもね。どちらがいいかと言うと、なかなかむずかしいですね。
 自由だと自主的にがんばる人もいる代わりに、野放図になるのも、やはり人の一面なのですよね。
 わたしだって、白状しますと、けっこう、野放図になる面がありました。

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