2007年01月01日

温故知新(1)4

794e6fce.JPG 今年は、服喪中ですので、新年のご挨拶は、控えさせていただきます。

 ただ、一言。今年もよろしくお願い申し上げます。


 新年早々、暗い記事になってしまい恐縮だが、最後は、努めて明るい感じにもっていきたいと思う。

 今、日本社会は、先の見えない袋小路に入ってしまったかのようだ。近年、教育界とて、例外ではなくなった。学力低下論に始まり、いじめ自殺多発と、なんだか、『豊かな人間関係の構築』の逆をいっているようで、教育現場に身をおく者としては、いささか、肩身の狭い思いをしたものだった。

 しかし、見方を変えれば、わたし自身、このブログを始めようと思ったきっかけは、まさに、その点にあった。何とか、『豊かな人間関係の構築』を教育現場に定着させたい。わたしが担当する初任者に対しても、そこに一番の価値をおいて、師弟同行しているつもりだ。
 豊かな学力も、離れがたい永遠の絆も、豊かな人間関係が保障されれば、おのずとついてくる。わたしにはそういう確信がある。



 話は急に変わり恐縮だが、わたしは、昨年末、A小学校を訪ねた。

 そこは、昭和20年代、亡父が勤めた小学校だ。くしくもA小の現校長は、むかし、父が校長だったB小学校に、初任者として勤めた方だった。ひょんなことで、「このA小学校には、むかしお父さんが活躍されていたころの資料が、たくさん保存されていますよ。」
とうかがったので、行ってみたくなったのだ。

 予期していたとは言え、その教育実践のすばらしさ、理論構成の巧みさに、舌を巻く思いがした。敗戦国の日本はどん底経済だったわけだが、そうしたなかで、民主主義国家建設には、明るい展望を抱いていたことが分かる。

 当時30代だった父の書いたものを、今60代のわたしが読むのだから、多少論理の荒っぽいところはあるが、これは、まあ、致し方のないところだろう。

 あっ。そう。そう。もちろん父一人で書いたわけではない。

 ただ戦後発足した社会科。

 教育観の大転換を象徴する社会科だったわけだが、当時社会科を志す者は、30代が中心だった。
 40代、50代の多くは、戦前の皇国史観教育にどっぷりつかっていたので、ついていくのがやっとだったようだ。あと、連合軍による公職追放もあった。



 さて、今の先行き不透明な時代、教育の危機とも言われる時代に、温故知新。戦後教育発足時をたずねるのも、意味のあることではないかと思う。
 
 今日は長くは語れない。ただ、昭和24年のA小の研究紀要から、わたしの一存で、要所要所を書いてみたい。

 『何だ。そのようなものは、一般市民には関係ない。』
 そうはおっしゃらないでいただきたい。
 当時の民主主義教育、それを背負って立つ位置にあった社会科は、一般市民の関心も高いものがあったのだ。当時の教員の教育にかけた夢、そして、実践をお読みいただければ、今の混沌とした教育界に、どうしたらよいかのヒントが思い浮かぶかもしれない。

 もちろん、先にも書いたが、現在の教育ブログにも、すばらしい実践の数々がある。それもお読みいただければ、自ずと見えてくるものがあろう。

 
 それでは、今日は、上記、昭和24年の研究紀要から、A小校長の、『はじめに』を、はしょって書かせていただきたいと思う。

 『立国の大本が変わり、社会存続の原理が変わり、何もかもすっかり一変してしまった。教育の原理も必然的に変わらざるを得ない。しかし、その移り変わりは、やむを得ず與えられたものであるか、それとも変えた方がいいから変えるのだというのとでは、我々の態度は自ずと違うであろう。

 教育が人間の幸福を目指している。その為に平和な文化社会民主社会を建設する。そのような観点に立って見た時に、教科主義の旧教育がよいか生活中心主義の新教育(コアカリキュラム)がよいかという考察をし、批判をしなければならない。〜。
 
 しかし、幾多の理論や実践を通してみると、どうも生活中心でなければならないように思われる。文部省でも社会科によって、教科の一部をこの方へ切り変えた。それが優秀なものであるとか、民主社会にとって必然の道であるとか、その確かな見通しをしっかりと掴むことができたら、一日も早くその方へ切り変えることが、児童のためであり、社会のためではないか。これは、我が校の全職員の結論であった。』

 『今まで、現場の先生は、教授法の研究だけしていれば用が足りた。民主主義の原理が教育哲学に中心を占めると、教育は国家施政者の手から民衆の手にわたり、教育計画は文部省を離れて現場に移ってくる。
 今や何主義の教育を信奉する者でも、教室の中で技巧的な教授法だけ研究している先生には、満足な指導はできるものではない。何を教えるのかとともに、どのように教えるかが、只今の学校に課せられたわけである。

 市井の凡々たる一小学校で多くの職員がここに着目し、黙々とカリキュラムに熱中し、まず、新しいカリキュラムを追求しなければ新教育は始まらないと言っているのには、私も熱いものを感じないではいられなかった。』

 昭和24年、A小の研究紀要はここまで。

 
 どうだろう。民主主義に絶対の価値を置いて、カリキュラムづくりに励む、教員の熱気が伝わってくるようではないか。
 
 
生活中心主義とは、もちろん子どもの生活である。

 子どもがどんな生活をしているか、そのなかでの、子どもにとっての課題は何か。そこに学習の立脚点を置こうではないか。そうすれば、子どもにとっての、自力解決的な生活が生まれ、それが民主主義の担い手を育てることになるのだ。そう主張しているのである。

 元来、『ゆとり教育』と言われてきたものも、この精神に立脚していたはずであった。今の教育は、『教科の枠をはずせ。』とまでは言っていないので、自ずと違う点はあるのだが、精神は、子ども(の生活)中心主義だったはずである。

 明日の教育を考えるとき、温故知新。戦後の新教育発足時から学ぶことが多々あると思うのは、まさにこの点なのである。
 
 今、『ゆとり教育見直し』に国は動き出した。違うのだ。『正しいゆとり教育の推進』でなければならない。
 
 これから、ゆっくりとではあるが、昭和20年代の、子ども(の生活)中心主義の教育を訪ねていくことにしよう。


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 どうでしょう。『明るい展望が開ける』までは、ちょっと無理かな。でも、だんだん具体編に入っていきますので、よろしくお願いします。
 
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温故知新(2)へ続く。

rve83253 at 01:20│Comments(4)TrackBack(1)コアカリキュラム | むかし

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1. 【Watch】ついに来たか、国策としての「脱ゆとり」  [ [3tkss]三鷹:教育ウォッチング ]   2007年01月08日 06:08
産經新聞■夏休み短縮、土曜補習 ゆとり教育転換、総授業時数増(2007年1月3日) Yahoo!ニュース版 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070103-00000015-san-pol gooニュース版 http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/m20070103015.html SankeiWebには記事が見当...

この記事へのコメント

1. Posted by Hideki   2007年01月01日 09:19
あけまして、おめでとうございます
Toshi さんにはいろいろと教えられることが多く、非常にうれしく思っています。

> 今、『ゆとり教育見直し』に国は動き出した。違うのだ。『正しいゆとり教育の推進』でなければならない。

仰るとおりですね。

表面的な枠組みだけに終始して、本質を考えられていない。

型だけで、「思考」が止まってしまっている。

そこに、その点に、
今の日本の、様々な問題が集約されているような感じがしています。

本来なら、それを変革していくのは
子どもの頃からの「教育」の大きな役割なはずなんですが、
肝心の教育の担い手自身が「それ」ができていないとのだと、
話にならない。

そして、これは決して他人任せでなく、
私たち自身も、親として大人として
この点を常に考えて、
話し合っていきたいと思っています。
2. Posted by toshi   2007年01月01日 23:43
Hidekiさん
 元旦早々のコメント、ありがとうございます。
 わたしの方こそ、皆さんからいただくコメントに励まされ、ますます当ブログにのめりこんでいます。どうぞ、今年もよろしくお願いします。
 
 おっしゃる通り、大人に思考力がないですね。『自分はてこでも変わらない。人が変わればいい。』という感じでしょうか。こんなふうにならないように、学校教育でも、思考力を養うことが急務になっていると思います。
 父たち先人がやってきたことは間違いなかったのだという思いと、それが挫折した歴史からも、何かが学べそうな気がしています。
 今、まさに、『ゆとり教育』が挫折しようとしていますものね。
3. Posted by 奈々氏   2007年01月02日 13:21
穏やかな年の暮れと始まりでした。ご旅行はいかがだったでしょうか?私はのんびりと自宅で休養中です。昨年はいろんな意味で教育界に大きなうねりが押し寄せました。今年も特別支援教育やいじめの問題など待ったなしのことが山積かと思います。一日一日を大切に過ごしたいなと思ってます。
いつも温かい御言葉ありがとうございます。toshi先生もお体ご自愛ください。
4. Posted by toshi   2007年01月02日 17:55
奈々氏さん
 年の初めですね。本年もどうぞよろしくお願いします。
 タイのおみやげ話は、今日の記事にさせていただきます。
 今年も、本記事にも書かせていただきましたが、教育に限らず、激動の年は、今年も続くのでしょう。
 魔女狩りの時代というと誤解を招きそうなのですが、つまり、何も根拠がなく事件にしたり、批判したりするという意味ではないのですが、「人がけっこう主観で動いたり判断したりする時代」とは言えそうに思うのです。過激だったり飛躍だったり思いこみだったりする論調が多いのではないでしょうか。
 わたしは、その辺は慎重に、できるだけ客観的な記事でいこうと思っていますので、どうぞ、よろしくお願いします。

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