2007年01月07日

温故知新(3) コアカリキュラムへ3

ef974a49.JPG 本記事は、下記記事の続きです。お読みでない方は、それを先にご覧いただけたら、幸いです。
 
温故知新 (1) (2)
 
 

 ただし、これまでは、昭和24年のA小学校研究紀要を読んだわたしが、多少手を加えて記述した。
 (1)は、要所、要所をピックアップしたし、(2)は、わたしが要点のみをまとめたかたちだ。

 今回は、すべて原文のまま掲載したい。当時の若い教員の熱気、時代相が伝わればいいなと思ったからである。




4新しい学習態勢へ

 このようにして、実践で探り求めた課題(生活中心主義か教科中心主義かという課題)解決の糸口を、どのようにしてほぐしていったらよいか。我々は幾度も鳩首して協議し、論戦し、ここに二つの道を選んだのである。一は実践技術の工夫改善であり、他はカリキュラムの再編成による解決である。


1. 指導技術と学習技術

 我々が夢に描いたものは、机の前に黙然と坐って話を聞いている子どもたちではなくて、教室の内外を縦横に活躍し、自ら学ぶものを自ら求め自ら設計し、級友と協力して、進んで生活を向上させていこうとする。内には記憶力の練磨のみではなくて、批判力・思考力を蓄積し、自我の生長を欲求し、外には人々と協力し、お互いに尊敬し、恩愛に結ばれた美しい世界を開拓していく。
 かようにのびのびとしたおおらかな、しかも鋭敏に問題を求めては進もうという子どもたち。学校は楽しい生活の場であり、勉強は苦難の象徴ではなくて、創造の喜びにあふれた世界でなくてはならない。

 しかし、現実はその夢想を実現するには、あまりに荒れすさんでいる。焼土の都塵のなかには、善悪とりどりの因子が山と積まれている。そのほこりのなかに、子どもたちは日一日と生長しているのだ。この俗塵をさけて、孤島のユートピアに立てこもったような観念的学術的学校では、生活更新の学習に何のプラスもない。

 我々は校門を閉じて、教室の中に立てこもっていたのではだめだ。学習の対象は、学問ではなくて、生活環境である。新教育をしようとするならば、まず、この現実の社会を探り求めて、そこに何があり、そこでは何が行われ、またそこで何が行われようとしているかをつきとめなければならない。我々の夢を実現し推進する原動力となる生活課題は、この子どもも成人も含めた社会の、ほこりと汗のなかにあるのだ。  
 我々は、児童と一緒に、いな、社会のあらゆる人々と一緒に、この生活の現場から問題や話題を拾って、これを学習の素材としなければならない。

 それには、児童が生活学習するにふさわしく、かような環境のなかから、自分の生活を開拓し、更新していこうとする態度・習慣をつくり、望ましい欲求を誘発しなければならない。そのためには、学習の企画や討論、現場学習や調査発表、問題の発見やその処理解決等の、目新しい技術を身につけることから始めなければならない。

 学習の場は生活の場であり、学習の技術はすなわち生活の技術であり、この道に教師も児童もなれていくこと、それに熟練することが我々のなすべき第一の仕事である。


2. カリキュラムの研究

 我々が今、指導法を近代化し、新しい理論に沿った教育をしようとあせっても、教育の組織や内容が、近代化され合理化されていなくては、どうにもならないのではないか。理論的にも技術的にも、混乱と不合理のおりのなかで、新教育を研究しよう、新合科を実践しようとあせっても、はかばかしくいくはずはないではないか。小手先だけの手練手管にあくせくしても新教育を全うすることはできないのではないか。

 新教育はそのような技巧だけで解決される問題ではない。前述の矛盾と混乱の源を整理し、学習組織や内容を近代化して、すなわちカリキュラムの二元的な矛盾をのり越えて、生活経験に発する一元カリキュラムにし、理論と実践の調和するところに、単一の学習組織をつくらなければ、真正の新教育に徹することはできないのではなかろうか。
 という結論を得て、これが解決に進んだのである。


 我が校が最初作成したのは、文部省の指導要領による社会科の単元である。これによって指導計画をたてたが、前述のようにいきづまり、文部省のカリキュラムの整理をしたのである。
 それは、文部省の社会科には、理科の教材、家庭科の教材、体育における衛生教材、それから、レクリエーションの意味における音楽・図画、生活のための工作、また、ときには、国語、算数ともつながる面が非常に多く含まれている。これらがいろいろなかたちで融合されているので、これを各単元の立場から、経験に発した教材として、適当なものを整理して、社会科の単元におり込んでいった。社会科に含めたものは、他の教科と二重になるから、教科の方から除く。そのようにしてでき上がったのが融合社会科であって、昭和23年度の1学期は、この融合社会科で実践したのである。

 ところが、生活学習をいっそう進めたコアカリキュラムの理論が理解されると、融合社会科は、そのままコアカリキュラムの中心学習の体をなしているので、いっそのこと、全組織をコアカリキュラムにすれば、新教育の求める生活学習が有効に行われるであろう。前述の問題も、ここで解決せられるだろうということになったわけである。

 しかし、あらためてコアカリキュラムにしようとなると、また、新たな問題がいくつも発生してくる。そのため、昨年の1学期は、我々はその実践の準備と、理論の探求と、試行錯誤とに時日を費やした。新教育実践の道を一日も早く、しかも、できるだけ健実有効に展開させようとする我々の欲望は、けだし大きな、しかも難事業であった。

 当時はまだ、全国に全くその成案を求めることはできなかった。これを敢行するには、どうしても先進の大いなる力を借りなければならない。アメリカにおいて、幾多のプランがどのように発生し編成され、それがどのように成立し、展開されてきたかを調べて、現実の児童と社会の実態とを凝視したのである。

 かくて本校が目指す一元のカリキュラム、生活経験を根拠とするカリキュラムの準備なって、諸種の調査と研究のもとに第一案を作成したのが、夏季休暇中であった。第二学期に入るや、その案による実践検討を重ね、さらに調査補正の裏づけを重ねて、一応の成案を得たのが、コア学習A小プランである。 



 ここからは、わたしが考察の手を加える。

1. なんだか、あまりに現代の教育の課題と似通ってはいないか。『美しい世界』とあるのには、思わず笑ってしまった。また、当時の『物質的な貧しさ』を『心の貧しさ』に置き換えれば、現代でも立派に通用する論理展開である。

2. 『学校は楽しい生活の場であり、勉強は苦難の象徴ではなくて、創造の喜びにあふれた世界でなくてはならない。』この文章は、そのまま現在の記述としても、十分通用するのではないか。

3. とりあえず、教科中心主義ではなく、子どもの生活中心主義でいく。すると、社会科、理科が、生活経験の中心に位置づくことになろう。ただし、生活課題の解決にあたっては、どうしても、学習内容が、社会科、理科のはんちゅうに収まりきらない。そこで、第一には、融合社会科。次に、コアカリキュラムの道へ進んだというわけである。

4. 当時と現代の決定的な違い。それは、いくら高い理想を掲げても、社会、保護者に、学校教育への協力を求めることは、到底望めなかったことだろう。当時は、日本中が生きることで精一杯だった。働く保護者の傍らで、子どもが遊んでいるものの、多くは、ほったらかしにされていたのではあるまいか。


にほんブログ村 教育ブログへ

 次回は、コアカリキュラムの構造を見ていきたいと思います。
 しかし、教員でない方々は、早く当時の実践が見たいことだろうと思います。理屈ばかり言っていても仕方がないですものね。そこで、研究紀要は、まだまだ続くのですが、次々回からは、当時の授業実践を掲載することにします。

 それでは、今日も、1クリック、お願いできますか。

人気blog ランキングへ
 
 こちらも、どうぞ、よろしく。

   温故知新(4)へ続く。

rve83253 at 02:32│Comments(12)TrackBack(0)教育観 | コアカリキュラム

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by カワセン   2007年01月08日 02:01
toshi先生、今年もよろしくお願いいたします。
初期社会科、設立当時の熱い思いを感じることができました。
知識の受容体としての子どもでなく、自己の内的な問いによる内面の拡充、人間形成をめざす授業を大切にしていきたいと思っています。
そんな思いで「ブログ若手研」を綴っています。よろしくご指導ください。
◆ブログ若手研 http://blog.goo.ne.jp/hnk333/
2. Posted by toshi   2007年01月08日 13:46
カワセンさん
 コメント、ありがとうございます。まさに、今、『初志』について、書かせていただいています。
 教員でない方にも、広くお考えいただき、これからの教育を考えるよすがになればという思いです。
 教育にお金をかける(かけてもらう)ことも大切ですが、現場の教師の努力で克服できる部分も大きいですよね。
 子どもの思いを主軸にすえた実践でありたいですね。
3. Posted by 梶浦   2007年03月10日 15:43
5 教育素人ですが、川口プランが構成されるまでの苦労話を、村本精一氏(川口プランを立ち上げた本人)から伺ったことがあります。以前書いた「学欲低下」という本の中に、そのエピソードを紹介しました。とにかく、当時の先生方の「日本の未来をなんとかしたい」という気迫は凄いものがありますね。二年間休みをとらず、生活構成体を調べ上げて、教材化する作業に必死だったと言います。
しかも、川口プランで学習をした子どもの中から、医師、弁護士、建築家、企業創業者、学者など、クリエイティブな職業に就く人材が多く排出されたとのこと。「川口プランで育ったのは、生きる目当てを創る力だったのだ」と村本氏は語っていました。
川口プランは、学ぶ力のコアを育てる学びでもあったのでしょうね。
4. Posted by toshi   2007年03月10日 17:21
梶浦さん
 貴ホームページを少し覗かせていただきました。素人などと、とんでもない。いろいろお世話になっているのですね。ありがとうございます。
 川口プランは有名で、わたしもむかしから知っていますが、くわしくはありません。
 おっしゃるように、当時の先生方の気迫というのは、我が父を通し、わたしは子どもだったわけですが、肌で感じています。
 当時は、貧しかったせいでしょう。集まる場所などなく、休日など、先生方が我が家に集まりました。そして、夜遅くまで議論していたのを覚えています。寝ていたわたしは、議論の声で目を覚ますなどということが何回もありました。
 当時のA小研究紀要を読んでも、今の学校の紀要とは明らかに異なり、無からすごいものを生み出しているという熱気を感じ取ることができます。
5. Posted by toshi   2007年03月10日 17:30
《川口プランで学習をした子どもの中から、医師、弁護士、建築家、企業創業者、学者など、クリエイティブな職業に就く人材が多く排出されたとのこと。》
 そうですか。それは、初めて知りました。A小卒業生についても、そうしたことを知りたいなと思っているのですが、今のところよくは分かりません。 わたしたちは、日ごろ、生涯学習力とか、自己教育力とか言っていますので、大人になって、経歴はともかくとして、どのような生き方をしているかということには、関心があるのです。
 自分の担任した子どもについては、かなり分かるものがあるのですがね。
6. Posted by 梶浦   2007年03月12日 10:44
創造的な職業についている人材が多いというのは、後になって、村本先生が気がついたことだということでした。
川口プランの失速は、受験圧力の高まりによるものでした。郵便局や鋳物工場を調べて何になる?という、保護者や議員等の批判から失速したということです。
しかし、現実には、川口プランを実施していた西中学校からは7人も「浦和高校」への進学者が出ており、コアカリに取り組んでいない中学校からはの浦高進学者は一人出るか出ないかだったそうです。

「コアカリで学ぶと、学ぶ目当てが受験に切り替わっても、自分で学ぶ方法を創る能力が育っているので進学にも強かったのだ」と村本先生は指摘していました。但し、「コアカリで勉強を教えなかったので、子どもが危機感を感じて勉学に励んだのだ」という、冷たい見方もあります。時代は変わっても教育論は変わりませんね。

7. Posted by toshi   2007年03月12日 22:26
梶浦さん
《時代は変わっても教育論は変わりませんね。》
 ほんとうですね。郵便局や鋳物工場を学ぶのではないのですよね。郵便局や鋳物工場を通して、社会科のねらいを達成していくのですけれどね。
 本ブログのサイドバーにある本の紹介(2)の大村はま先生も、中学校で長年、すばらしい指導をされた先生ですね。
 わたしは、こういう先生方との出会いは、子どもの人生を変えるほどの力を持っていると思います。
8. Posted by 梶浦   2007年03月14日 10:22
toshi先生
かつて、東井義雄先生が
下農は雑草をつくり
中農は作物をつくり
上農は土をつくる
と書いておられましたが、知の土壌を豊かにする学びが大切なのでしょう。
子どもを学力化することも大事でしょうが、学びを子ども化していくことも教育の重要な役割なのでしょうね。
 しかし、このブログには、凄い教育観を持った先生がのぞきに来られていますね。本物は、本物を知るということなのでしょう。自分も学ばせて頂き、元気も沢山頂けます。感謝!
9. Posted by toshi   2007年03月14日 21:11
梶浦さん
 梶浦さんには、いつも宝物のような言葉をいただいています。
《子どもを学力化することも大事でしょうが、学びを子ども化していくことも教育の重要な役割なのでしょうね。》
 そんなんですよ。両様相まってが大切なところでしょうね。今は、学力低下論が渦巻いていますが、生の子どもを見つめる視点が欠落していますね。子どもを取り巻く生活環境が、10年でものすごく変化します。
 学習内容も、そういった視点で考えなければいけませんね。
他方、矛盾するようですが、不易の部分にも目を向けなければいけません。『おぎゃあ。』と生まれたときから、人の人たるゆえんの部分では、変わらないものもあるわけです。
10. Posted by 梶浦   2007年03月15日 09:30
toshi先生

 芭蕉の言う「不易流行」は、不易と流行が表裏となることを意図した言葉だった筈。それが、不易と流行、不易か流行かという様に、不易と流行が切り離されてしまいました。
 不易流行の反対語は「一時流行」ですが、生活→環境教育→総合→評価→基礎基本の知識と、一時流行に教育界が振り回されている気がします(都庁の指導主事の先生から研究委嘱校の主題の変化を見せて頂いたのですが、社会科、総合はレッド・データブックに載りそうなかんじですね)。今度はPISA型・・・ですかね。今度は、子どもをPISA型に教育することが流行になるのでしょう。なんか、違和感を感じますね。
11. Posted by toshi   2007年03月15日 20:44
梶浦さん
 ちょっといじくりまわし過ぎですよね。迷走日本ですね。
 まだ不易と流行のときはよかったのではないでしょうか。なるほど、今は、不易か流行かという時代になってしまっているのですね。そして、一時流行の方なのですね。
 わたしがコアカリキュラムを書かせていただいたのも、この動きに真っ向対決していたからでしょうか。
 子どもの思い、子どものこだわり、それなしでは、学習は成立しないという立場を堅持したいと思います。
 一時流行は皆大人の都合、大人の解釈のような気がします。
12. Posted by 梶浦   2007年03月15日 23:16
不易流行が、不易と流行の泣き別れ。本当に大人の都合ですね。
What you should know your child(子どもの何を知るべきか)はモンテッソーリの名言ですが、目の前の子どもが最大の情報源だと思って、授業を見る様にしています。
 当方、高校も落第し、正式な教育は受けていないのですが子どもの世界に引きずられて・・・教育に関わる様になってしまいました。学習指導に詳しいということは、子どもに詳しくなろうとすることなのでしょうね。自分の周りには、子どもに詳しい先生が多いので、いつも色々な見方を盗ませて頂いています。toshi先生のこだわりも真似ばせて頂いています。

コメントする

名前
URL
 
  絵文字