2007年01月09日

温故知新(4) コアカリキュラムについて4

0ebe98a6.JPG 子どもの生活に、学習の足場をおき、子どもの問題意識で学習を進めよう(生活教育)。それが民主主義を背負って立つ子どもを育むことになる。

 確固たるその信念のもとに、新教育を樹立しようと考えた先人たち。

 当初は文部省もそれを支持していた。それは、連合国(戦勝国)の占領下にあったから、やむを得なかったのかもしれない。
 連合国が、『生活教育でなければだめだ。』と言ったかどうか、それは分からない。しかし、父をはじめとする、当時社会科にのめりこんだ若手教員は、少なくとも、『連合国の支配下だから、やむを得ず。』という意識ではなかった。『新教育(民主主義教育)は、これでなければだめだ。』そう思っていたことは間違いない。(温故知新(1)より)

 父から直接聞いたことはないが、この研究紀要を読むと、教科は、旧教育(戦前の軍国主義教育)の遺物と考えていたと想像できる。
 
 少なくとも、連合国の占領下で生まれた新しい教科の社会科。それは、アメリカからやって来た教育使節団の影響が大きかったのだとは思うが、旧教育のもとに存在した教科とは異質な存在だった。
 すなわち、学問の体系としての分類では、新教育はやっていけない。社会科は、子どもの生活のまとまりでくくるべき、それまでの概念とは異質な、新しい概念の教科が誕生したわけである。従来の、修身公民、地理、歴史では成り立ち得ないのである。社会科誕生の意味は、まさにここにあったのだ。

 そこに矛盾が生まれることになった。すなわち、新しい概念の教科社会科と、従来からの概念の他教科は、並立し得なかったのである。

 具体的に言おう。新しい概念の教科社会科は、子どもの生活に足場をおく学習であるため、従来の修身公民、地理、歴史の学習内容を、どうしてもはみ出してしまう。
 3年生では、地元にあり、子どもが日常親しんでいる商店街を学習する。その学習を進めていると、表やグラフの必要性を実感することがあるだろう。そのときこそ、表やグラフの学習をするべきなのである。そうすると、子どもは、必然性、切実性をもって学習するのではないか。
 そう考えると、並立のため、社会科と算数科とで、混線が起きる。この混戦は、どの教科との間でも起こりうるものである。

 それなら、子どもの生活に足場をおく学習を推し進めようとする以上、いっそのこと、教科の枠を取っ払ってしまおうではないかと、先人は考えた。・・・。と思う。 そこまでは紀要に書いてはいないので断定はできないが、そう推測できる記述はある。

 そうして生まれたのが、A小のコアカリキュラムである。

 当初(昭和23年ごろ)は、学校全体の教育活動を生活学習とし、それを、中心学習と周辺学習とに分けた。

1. 中心学習とは、『生活構成に必要な課題を解決して、生活内容を更新する学習』である。そこには、『社会の学習』と『自然の学習』とが位置づく。もとより両者は、子どもの生活、問題意識を大切にして学習を進める以上、明確に分けられるものではない。そういう意味では、総合の学習である。

2. 周辺学習とは、『生活構成の手段に熟練し、中心学習の機能を全うたらしめるための学習』である。そこには、『用具の学習(知的技術)』として、算数と言語、そして、『情操の学習(情操表現)』として、文学と音楽、そして、『技術の学習(手技)』として、図画と工作、家庭、そして、『健康の学習(体育技術)』として体育が位置づく。

 今で言う、特別活動、道徳などは、当然、中心学習の『社会の学習』に含まれる。
 
 もっとも、後になり、周辺学習とされた『教科』の校長から、
「『周辺』とはなんだ。軽く見るのか。」と、苦情が出て、1を『生活課程』、2を『基礎課程』と呼ぶようになった。



 以下、このあたりの論理について、紀要の文を書き写すことにする。


 以上は、編成上の分類であって、本来は生活学習として、全部を総合して取り扱われるべきであろうが、今、指導技術上の観点と、教科書等の不備な過渡期(墨塗り教科書などは有名であろう。)として、理想への飛躍をためて、二本立てにしたのである。

 すべて、人間の生活経験はこの二学習によって学びうるのであるが、コアは一本に統一された学習体系をもたなければならない。すなわち総合された内容学習を中心として、周辺に配置された基礎技能の学習は、中心によって導かれ、また、中心を助けて存在するもので、分立した二学習ではないのである。

イ、 社会と自然は、人間活動における表裏の関係にある。生活を更新し、社会を形成する基盤となる生活環境は、自然環境・社会環境にあるし、これが、総合して生活に影響するのであるし、人々はこの社会と自然に適応して、初めて生活を更新しうるのであるから、融合過程を扱う方が自然であり、合理的であり、また指導するのに都合がよい。そのうえに、従来のような社会科と理科の混戦が防げるから、合わせて実際的に解決される。

ロ、 周辺に配置された学習は、結果において、旧教科と同一の名称をもっている。この名称はともかく、その原理内容はもちろん異なるのである。教科は知識技術という体系が対象であるが、(中略) 
   
ハ、 中心学習が、生活に無条件に切り込むものであるのに対し、周辺学習は、条件付の生活である。その条件とは、数理生活、言語生活、健康生活、美的生活というようなものである。生活の、ある一つの面をとって、生活を向上させるということになる。



 このあたりに、現在の観点から考察を加えてみよう。

○ 『イ』で言っていることは、まさに現在の、『生活科』であると言えよう。コアカリキュラムでは、1年から6年まで、生活科で行うと言っているようなものと思う。

○ 現在の総合的な学習の時間は、教科とは別に、教科の枠を超えて学ぶべきものとしているのに対し、(文部科学省の例示としては、国際理解教育、情報教育、環境教育、福祉・健康教育をあげている。)、コアカリキュラムでは、学校の教育活動すべてを総合的に扱うべきとしている。

○ 『ハ』で言っていることは、現在でも、研究をしっかり推し進めている学校なら、やっていることと思う。子どもの生活を足場として、学習をすすめているはずだ。すでに、当ブログでも記事にしているから、リンクさせる


 なお、どれだけの時間数を、中心学習にかけるかという点についてだが、

 低学年では、周辺学習のなかの国語、算数以外は全部、中心学習に吸収し、一体として総合するように構成しているが、週22時間中15時間を、中心学習に当てる。

 高学年では、週30時間中10時間を当てる。

 なお、その週時数には、学校行事は含んでいないと思われる。

 


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 なお、当時は、学校施設が戦災に遭って不備な点が多かったので、都会地の学校の低学年は、二部授業が一般的だったと思います。
 わたしも、それを経験しています。午前授業の週の翌週は、午後だけの授業だったのです。そのようにして、一教室を二学級で使いました。その点については、紀要には書かれておらず、不明です。すみません。

 それでは、次の『温故知新(5)』は、いよいよ、実践編です。
 
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    温故知新(5)へ続く。

rve83253 at 23:57│Comments(0)TrackBack(0)教育観 | コアカリキュラム

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