2007年01月29日

教育再生会議の提言に思う。(1)4

0ee28740.JPG 教育再生会議が、7項目にわたる第一次報告と4項目の緊急提言をまとめた。そこで、これから数回にわたり、これら提言にかかわってのコメントを掲載していこうと思う。『温故知新』シリーズとも関連するだろう。

 今日は、『授業時間の1割増について』と、『教員の指導力向上』にかかわる記述となる。

 
 振り返れば、なつかしい。
 わたしが教頭試験を受けたのは、平成元年だった。そのときの試験問題の一つに、『学校五日制について、思うところを述べよ。』と言うのがあった。わたしは、それが教育界の話題となっていることは知っていたが、まだ遠い先のことと思い、深く考えたことはなかった。

 さて、このことはすでに記事にしたことがあるので、それをご覧いただけたら幸いである。

        9月9日  定見(2)

 ここでは、国の定見のなさを指摘したのだが、今回の、授業時数1割増も、まさに国としての定見のなさを露呈したものだろう。
 今回の時数増について、国民の多くは反対しないだろう。しかし、『あきれた。』という思いにはなるのではないか。
 なにしろ完全学校5日制のもと、今の授業時数になったのは、平成14年度のことだ。わずか5年間しかもたなかったことになる。

 だって、定見(2)で述べたように、このわたしだって、当時、政府のやり方は無謀と思ったのだもの。第二、四土曜日の休業くらいにとどめておけばよかったのだ。

 国はこういうとき、なんだかんだ理屈をつけて、決して国民に詫びることはない。しかし、今回のこの件は、お詫びした方がいいのではないか。政治に対する国民の信頼の問題であると思うからだ。


 昨日の報道番組では、内閣官房副長官が、
「授業増は、学校五日制のなかで、収まりがつきます。ただし、まだ案の段階ですが、夏休みを一週間くらい減らして、その間に、林間学校など、その時期に合った学習をすればいいのではないでしょうか。」
と言っていた。

 たぶん、3年生以上は、5日間とも6校時とする考えではないか。


 一方、先日、我が地域の指導主事と雑談したのだが、その方は、
「とても5日間のなかでは無理です。子どもがそれだけの時間、たえられないでしょう。今だって、6校時は、かなりかったるいのではないですか。そこで、月一回、土曜日を授業日とすることになるのではないでしょうか。」
と言っていた。

 どっちにころぶか。あるいは、地域に任せるか。その辺は分からないが、どうも、1割増は、もう事実上、決まりのようだ。


 ところで、1割増で、子どもの学力はアップするかな。

 わたしの結論は、もうすでに述べている。『子どもの生活中心主義』。百歩譲っても、『子どもの思い中心主義』でないとだめだ。子どもの学ぶ意欲を最大限伸ばす方向で努力したい。

 (子どもの生活中心主義にリンクしましたが、今回は、『温故知新』シリーズではなく、二十年くらい前の授業にリンクさせましょう。『子どもの生活中心』の授業のイメージをお持ちいただく意味でも、お読みいただければ幸いです。)

 もし、『お手軽学力観』に走り、反復訓練学習をとり入れれば、今でも、十分その傾向にある地域もあるようだが、その多くは、子どもが荒れ、思考力は鈍化してしまうだろう。



 また、これは、教員の指導力にかかわるが、上記指導主事は、次のようにも言っていた。

「これからは、教員の指導力が、これまでとは比較にならないくらい問われることとなるでしょう。最近、『授業力』とも言われますね。
 
 たとえば、よく、こんなことがあります。担任の言葉かけと、学習させたい内容との間に、ずれがあるのです。

 1年生の算数で、不規則に並んだ60個以上の〇を数えさせる学習です。学習させたいことは、『10ずつの束にして、束にできない端数は、バラにしておくと、数えやすい。』という内容です。
 これを学ばせたいときに、担任は、『正しく数えるには、どうしたらいいでしょう。』と問いかけていました。

 さあ、それでいいでしょうか。正しく数えるという言い方で、子どもは10ずつの束にしようと思うでしょうか。
 案の定、10を過ぎても、11、12、13、14、15〜と数えていましたよ。『正しく』ですから、
1. 子どもは間違えないように、不規則に並んだ〇に、鉛筆でチェックを入れながら、ゆっくり数えている子もいましたし、
2. 〇のなかに、1、2、3〜と数字を書きながら数えている子もいましたし、
3. さらには、おはじき一つ一つを〇の上において、あとで、数えやすいように並べなおしている子もいました。

 しかし、いずれにしても、10の束にしようとする子はいないようでした。つまり子どもは、担任の『正しく数える。』を、『一つ一つていねいに数える。』と理解したようです。でも、これ、大人だって、そう言われれば、そうしますよね。

 担任も、しばらくすると、それに気づき、質問を変えました。でも、子どもはもう、正しく数えるのに夢中ですから、あまり聞いてはいませんでしたね。

 最初にどう問えばよかったのでしょう。
 そう。こんなのはどうでしょう。『見ただけでいくつあるかがすぐ分かるようにしたいのだけれど、どうしたらいいだろうね。』

 授業力とはそういうことですよね。これからは特に、そういう力を身につけないと、・・・、シビアな世界になりますよ。学校も。


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rve83253 at 00:25│Comments(2)TrackBack(0)教育制度・政策 | 算数科指導

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この記事へのコメント

1. Posted by きゃる   2007年01月29日 20:28
>担任の言葉かけと、学習させたい内容との間に、ずれがあるのです。

教師の発問を例に挙げられていましたが、
評価の際、どんなタイミングでどんな「言葉かけ」をしていくのか、
本年度、校内研として研究してきました。
評価規準からおろした「育てたい力」と子ども一人一人の実態(能力や意識)に応じた
「言葉かけ」が大事だということを検証しました。
2. Posted by toshi   2007年01月30日 21:03
きゃるさん
《評価規準からおろした「育てたい力」と子ども一人一人の実態(能力や意識)に応じた
「言葉かけ」が大事だということを検証しました。》
 評価規準からおろした「育てたい力」。それを認識しながらも、目の前の一人ひとりの子どもを相手にするときは、その実態に応じた言葉かけが大切になりますね。
 客観的にその子の力を把握しながらも、目の前の子ども一人ひとりを伸ばす観点に立ったときは、あくまで個人内評価が大切ということではないでしょうか。

 

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