2007年02月11日

年金の話(2) 信長のころなら4

59a269c8.JPG すみません。教育ブログなのに、今日も教育の話ではありません。

 ちょうど、NHKで、『団塊世代 大量退職』を放送していて、大変共感する部分があったので、お許しください。


 わたしは以前から、思っていた。
『年金問題は何も悩ましい問題ではない。支払う側と受け取る側の人口比を一定とし、あとは、自動的に毎年計算して、支払いは〇歳まで、受け取りは〇歳からというように、変動させればよい。』

 毎年これをやればいいのだ。そうすれば、変動は、常に微々たるものであろう。年齢を固定させるからいけないのだ。

 上記番組に出ていた堺屋太一氏は、
「団塊世代がもっと働くことですよ。60歳くらいはまだ元気なのだから。」
と言っていた。『60歳過ぎても、支払い側になろう。』ということだろう。

 現に、このわたしはそうだ。今も支払い側である。

 黙って引退すれば、今も満額の半分くらいは受給できる。(わたしの年代では満額受給は62歳から。)でも、それを返上した上で、支払い側になっている。再任用とは、そういうことだ。


 わたしは、氏の主張にものすごく共感できた。

 ただ、以下に述べるが、もっとその理由を主張すればよかった。しないから、後にすわっていた一般の方々は、『うわあ。』というような顔で、苦笑していた。『60歳過ぎても働かせるの。』そう言いたそうだった。

 多くの方々がいろいろ言っていたが、最大公約数的には、『定年後の人生は、心豊かに、それぞれが、生きたいように生きればよい。会社に残って働くのもよし。会社を辞めて、地域・社会で生きるのもよし。それが社会を豊かにする。』ということではなかったか。



 わたしは思う。


 織田信長は、『人生50年』と謡った。もしこの時代に年金があったなら、年金受け取り年齢は、45歳くらいではなかったか。

 また、1年くらい前、新聞におもしろい記事が載った。『300年後の日本人の平均寿命は、130歳になる。』との予測記事だった。この時代の年金は、おそらく90歳くらいにならないともらえないだろう。

 このように、年金は平均寿命にスライドさせなければいけない。そうしないともたないのは、自明の理ではなかろうか。

 今、政治家は、こうした点を言わないから、国民は、受給年齢を延長させられると損した気になっている。
 しかし、世界に誇る平均寿命の日本人だ。平均寿命スライド制のもとでの受給年齢延伸は、長生きできる裏付けのもとに行われるということ。だから、実は、おめでたいことなのだ。お互いに祝おうではないか。決して、受給期間が短くなるということではない。

 どうして、こういうことを主張しないのだろう。先ほどの番組のなかでも、堺屋太一氏は、ただ、『60歳過ぎても、元気な人は働けばよい。』と言っただけだった。


 今、この方式をとり入れたとして、考慮すべき点がないわけではない。

1. 受給年齢、支払い年齢を決定する要素は、平均寿命だけではない。少子高齢化に伴っても、支払い年齢は延伸されることになる。これも加味して、決定しなければいけない。もっとも、年金が安定すれば、少子化は食い止められるかもしれないが・・・。甘いかな。
(先ほど、『受給期間が短縮されるということではない。』と述べたが、この少子化により受給年齢が延伸される部分については、受給期間が短くなることもありうる。でも、これはやむをえないのではないか。国民がトータルとして、子育ての負担を軽減させているのだから。)

2. 病弱な人、障がいのある人などへの配慮は当然のことだ。

3. 前述の通り、定年延長は必然だろう。平均寿命が延びるということは、元気な60歳以上が増えるということ。
 ただし、選択肢は用意した方がいい。生き方を選べるということだ。会社で働くもよし、地域でボランティアをするもよし。それにより、年金受給額が多様になるのは当然と考える。わたしにしても、再任用で、2年間、支払いがなおも続くこと。たとえ半分にしろ、もらえる年金を返上していることなどにより、今後の受給額は、若干増えるだろう。

4. 60歳を過ぎて働いたとしても、現職同様に給料をもらう必要はない。わたしにしても、現職のころの半分以下だ。それでも、子育てはもうとっくに終わっているからやっていける。

5. 上記のようにやったとして、いったい何歳まで支払うことになるのか、何歳からいただけるのか、見当もつかない。どなたか専門家に試算してもらうしかない。
 いくらなんでも、受け取りが70歳ということはないだろう。それでは、男性は、10年くらいしかもらえないことになってしまう。(もっとも昭和40年代は、40人以上で一人のお年寄りを支えていたというが、このころは、まだ平均寿命が短かったから、10年なんかもらっていないのだよね。)

6. でも、仮に70歳になったとして、国民のショックは大きい。これまで、平々凡々、年齢を変えないできたつけだ。
 先ほど、『受給年齢が延伸されたとしても、受給期間が減るわけではない。』と述べたが、これは、スライド制がちゃんと機能していた場合の話だ。これまで、そうしてこなかったのだから、一時的に損をする年齢層が出るのは、やむをえない。
 我々の世代は、わずかな期間で、受給年齢をぐっと引き上げられることになっている。政治家は国民に謝罪すべきだろう。

7. わたしの提案は、支払い人口、受給人口の割合を変えないのだから、永続的な年金だ。その場合、以下の点を国民みんなで考え、最適なものを決める必要がある。

〇何人で一人のお年寄りを支えることにするか。
〇これまでの受取額を維持するか。これは支払う方々の金額と連動する。


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 誰もスライド制を言っていないのですが、これをしないと破綻するのは目に見えています。早く気づいてほしいし、検討してほしいですね。

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rve83253 at 08:13│Comments(5)TrackBack(0)エッセイ 

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この記事へのコメント

1. Posted by ミカエル 小栗   2007年02月11日 18:12
言葉のタグから訪問させていただきました。
私は今年、還暦を迎えます。嫌だと言っても・・

年金の必要性や教育を日本は怠ってきたと思います。知人のスエーデン人から聞いています。スエーデンでは高い比率で年金を納めることは義務と必要だと若い時から教え込まれていますので、豊かな福祉の基盤が出来ています。

「美しい日本の」教育論も政治も日本は長期性の無い目先ばかりが目に付きませんか?

日本の今の年金は、あればいいけど、無くても自分で何とかしないと・・基本にあるような気がします。

働き蟻が巣穴から放り出されるような気分も一部にはいたします。 前向きに夢を持って働き、ボランテア含めて生きてゆこうと思っております。


2. Posted by toshi   2007年02月12日 02:19

ミカエル 小栗さん

 おっしゃる通りですね。わたしもそう思います。以前、定見のない文部科学省という記事を書いたことがありますが、年金も同様のような気がします。場当たり的ですね。
 美しい日本と言うなら、まず、政治が定見をもってほしいですね。
 それと、やはり、政治に信頼がおけないことが大きいですね。
《働き蟻が巣穴から放り出されるような気分》とは、うまいことをおっしゃいますね。でも、身につまされます。

3. Posted by 教師になり損ねた男くぼみち   2007年02月12日 23:15
受給年齢スライド方式ですか〜これは面白い方式ですね。ただ政治家はなかなか言いだせないでしょう。。。なぜなら・・・
日本の年金システムはいわゆる「積立方式」といって老後に備えて、個人がする貯蓄を老後に取り崩す方式です。(民間保険に近いですね)なので受給年齢を引き上げるとなると不利になるという考えがどうしても出てくるからでしょう。
ちなみに、小栗さんのおっしゃっていたスウェーデンでは「賦課方式」といって賃金を得ている勤労世代の拠出金で、退職世代の年金給付を賄うというシステムです。toshiさんの考えはこちらに近いように思います。(当然社会的助け合いということを考えるとこちらのほうがよいのではと思います。)
4. Posted by toshi   2007年02月13日 04:47
くぼみちさん
 そうですか。そういう違いがあるのですね。・・・。うまいやり方だと思っていたのですが。
 ただ不勉強で、その点の違いがよく分かりません。勉強してみます。
 ありがとうございました。
5. Posted by 教師になり損ねた男くぼみち   2007年02月14日 00:49
5 toshiさん
toshiさんの考えはとってもわかりやすく、かつ永続的なシステムで、さらにこのシステムだと毎年どのくらいの金額がもらえるか理論的に算出することが可能ではないでしょうか。
この目にはっきり見えるということが今の年金制度にない「安心」を我々に与えてくれて、とってもいいんじゃないかなぁ〜なんて思った次第です。
返信いただきまして、ありがとうございました。

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