2007年02月16日

教育再生会議の提言に思う。(3) 外部評価制度について4

37d31a9d.JPG 教育再生会議は、第三者機関による厳格な学校評価制度の導入を求めた。でも、この提言の中身には矛盾を感じる。



 今、第一次報告全文にリンクする。

   教育再生会議 第一次報告

 今日ふれようと思うのは、橋軌藝得犬里燭瓩療面の取組【5】保護者や地域の信頼に真に応える学校にする。の部分である。




1.まず、『保護者や地域の信頼に真に応える学校にする。』については、大賛成である。

 すでに何度か記事にしてきたように、これからの学校は、国が主権者でもない。教職員が主権者でもない。
 主権者は、保護者であり、地域である。もっと広く言えば、市民である。

 利益を提供する側が主権者であってはならない。利益を受ける側が主権者でなければ、民主主義は正常に機能しない。

 こう書くと、『主権者は子どもではないか。』という声が聞こえてきそうである。
もちろん、教育論としてはそうなのだが、それを本論の中心におくと、『子どものため』という名目の下、国、教職員、市民の関係が、不明確になる。

 このことについては、すでに記事にしたことがあるので、それもご覧いただけたら幸いである。

真の主権者は?




2.次に、『第三者機関(教育水準保障機関(仮称))による外部評価・監査システムの導入』と来る。

 これが、矛盾を感じる一点である。

 なぜいきなり、第三者機関と来るのだろう。地域・保護者ではないのか。

 教育再生会議は、『学校評議員、保護者、地域住民などによる実効ある外部評価』とも言っている。これでよいのではないか。なぜ、第三者機関なのだろう。唐突である。また、学校は、なぜ、二重に外部評価を受けなければいけないのだろう。

 教育ブログの数々を読ませていただくと、『第三者機関(教育水準保障機関(仮称))とは、国そのものですよ。』という記述がある。それだったら、よけい必要ないだろう。理由は、1で述べた。

 また、もしこれが、『国が教育権を握ろう。』ということであれば、たぶんうまくいかないだろう。それもすでに記事にしたことがある。どうぞ、ご覧ください。

温故知新(8) 教育基本法改定に思う。(記事後半の2の部分です。)




3.上記2.では、『学校評議員、保護者、地域住民などによる実効ある外部評価でよいのではないか。』と述べた。しかし、これは、第三者機関による外部評価に対するかたちで述べたに過ぎない。
 本来は、日ごろ、地域・保護者から聞こえてくる声に謙虚に耳を傾け、対応すればいい話であって、統一された質問項目によるアンケート形式のものは、不要である。

 なお、学校評議員制度については、
学校民営化?
で、
 また、『保護者、地域住民の声に謙虚に耳を傾け、対応』する例としては、
学校、第三の民主化
 三点目に、『アンケート形式の外部評価は不要である。』点については、
いじめの問題(8)管理職として 
で記事にしてある。ご覧いただければと思う。




4.提言の『学校評議員、学校運営協議会など既存制度も活用しつつ』は、賛成するが、現状では、これが、うまく機能していないのではないか。せっかく『国民主権』を実行する制度がありながら、それが十分に生かされていない。国民に周知されてもいない。そこに、最大の問題がある。
 
 これが機能していれば、学校の隠蔽体質などと言われるわけがない。教育委員会は、これが正常に機能するように最大の努力を払うべきである。

 なお、これについても、『いじめ自殺多発』のころ、すでに記事にしたことがある。
学校評議員制は機能しているか
 それをお読みいただきたい。




5.機能していない理由として、教育委員会制度をやり玉に挙げる声も多い。教育再生会議も、同様である。
 しかし、これもかつて記事にした通り、我が地域では、問題なく機能している。

教育委員会を民主的に

 我が地域では問題なく機能しているとしても、全国的には、形骸化しているのだとすれば、わたしは、これを実効あるものにするには、『教育委員会を民主的に』の記事でも述べた通り、教育委員公選制に戻すべきだと思う。

 また、教育委員公選制を阻むものとして最大のものは、現行の入試体制にあると思う。
 この両者について、教育再生会議は、ほとんどふれていない。次回は、公選制と入試体制にふれていきたい。


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 本記事をまとめていたら、15日、朝日新聞朝刊一面に、『教育改革、(政府の)足元対立』なる記事がありました。
 政府の規制改革会議が、教育再生会議の『文科省の権限拡大』案に、異議を唱えたとのことです。
 具体的には、文科相の教育委員会に対する「是正の指示」や、学校外部評価のための第三者機関の設置について、地方分権の動きに逆行しかねないと、強い懸念を示したというのです。

 いいぞ。いいぞ。規制改革会議など知らなかったが、がんばってください。

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rve83253 at 02:18│Comments(5)TrackBack(0)教育制度・政策 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by solidarnosc   2007年02月17日 04:02
5 はじめまして、勝手ながら関連して記事を書きました。その中でも触れているのですが、学校の先生は世間が狭いという印象があるのですが、内部の方の認識はどうなんでしょう。世間を知らないというのは、教師の個人的な資質では決してなく、ほとんど一律に新卒でとって、終身雇用にしているしくみそのものに問題があるように思います。そのための対策として、新規採用の最低年齢を30歳以上に引き上げるなんてはどうでしょうか、まったくばかげた考えとも思えないんですが。
2. Posted by toshi   2007年02月17日 08:00

solidarnoscさん

 ううん。こまりました。今、『学校の先生は世間が狭い』に対し、『そうだなあ。』と認めざるを得ない部分と、『そんなことないですよ。』と否定したい部分とがあります。
 それは、solidarnoscさんは否定なさっていますが、やはり個人的資質ではないかと・・・。
 わたしはたった一年にしろ、民間歴があるので、『この人は、いつまでも学生気分のままだなあ。』などと思うこともありました。それは否定しません。しかし、そうではなく幅広く、人間を見る目をもっている方も大勢いらっしゃいますよ。
 それには、今の教育事情が、『学生気分』を許さなくなっている側面もあると思います。 
3. Posted by toshi   2007年02月17日 08:14
なお、採用の制度や、人事に関し、我が地域では改善の方向性はもっています。
1.採用に当たっての年齢制限を撤廃しました。これにより、現に50歳の方も、採用されるようになりました。
2.民間からの登用も行われるようになりました。教員免許のない方でも、実績のある方は、教諭としてではありませんが、採用されるようになっています。
3.採用した教員を、一定期間民間に派遣することも、ほそぼとではありますが、行われるようになりました。
4.誰が見ても不適格とされる教員は、いきなりではないにしろ、職種を変えさせることも、これからは実行に移されるでしょう。
4. Posted by 教師になり損ねた男くぼみち   2007年02月18日 17:10
toshiさん
いつも興味深いお話、ありがとうございます。
今の教育再生会議の方針はまさに、「中央集権的」手法であり、時代と逆行しているようにも思います。
私はtoshiさんがおっしゃるように、教育委員の公選制に賛成です。やはり、地域の教育のことは地域に住む方々によって「自主的」に行われるべきであり、地域の実情がわからない状況では、適切な施策が打てないからです。
組織論でよく言われる「現場主義」というところでしょか。
5. Posted by toshi   2007年02月19日 03:14
くぼみちさん
 たった今、教育委員公選制を中心とした記事を、投稿しました。また、よろしくお願いします。
 戦後、戦前教育の反省から、中央集権を脱したはずだったのです。
 しかし、受験体制や教員の意識の問題もあり(決して国だけの問題とは言い切れません)こまったものですが、中央集権化しつつある現状は、何とか打開したいと思います。
 また、ご意見をくだされば、うれしく思います。

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