2007年02月28日

下級生の喜びが我が喜びに4

9556c288.JPG  一昨日、奉仕活動に関わる記事を書いていて、思い出だしたことがある。
 それは、たとえ奉仕活動に取り組んでいなくても、『人のために活動する喜び』、『人のために働き、それで相手が喜んでくれるのを見て、それを我が喜びとする。』そういう心情を養うことは、大変重要なことではないか。

 
 今、我が地域の学校は、ほとんどこれを行っていないと思うが、むかしは、ごくふつうに行われていたことがある。

 それは、
1.6年生は、1年生の教室掃除を行う。
2.給食当番も1年生はなく、1年生の教室へ6年生が運ぶ。
 
 しかし、年月の経過とともに、だんだんその期間は短くなり、やがて、なくなった。1年生も、入学直後から掃除や給食当番を行うようになったのだ。
 一般的には、『何もかもやってあげたのでは、1年生を甘やかすことになる。1年生だって自分でできるはずだ。』ということになったのだと思う。

 また、これは、今も多くの学校で行っていると思うが、縦割り活動と称する。
 全校児童をいくつものグループに分け、どのグループにも、全学年の児童が所属するように編成する。わたしが勤務した学校では、『仲良しグループ』と言った。そして、このグループで、年間何回かの活動を行う。遊んだり、制作活動をしたり、いっしょに給食を食べたりする。


 さて、かつて、6年生担任だったときのことである。

 当初、我がクラスは、1年生との交流を大変喜んだ。『かわいいねえ。』『目がくりくりっとしているね。』『すっごく歌が好きみたい。』そんなささやきがいつも教室で聞かれた。わたしは、目を細め、にこにこしながら、子どもたちのそんな会話を聞いていた。

 子どもたちは、1年生の教室へよく行きたがった。当番だけでなく、休み時間も行くようになり、自然な交流が増えたのである。


 ところがだんだん様子が変わってきた。
「toshi先生。1年生って確かにかわいいけれど、かわいいだけじゃあないね。人のいやがることを平気でするし、『やめて。』って言うと、やめるどころか、よけいひどくなることもあるよ。」
「そうか。だんだんつきあうのがむずかしくなってきたか。ついこの前までは、『1年生ってかわいいね。』みんなにこにこして、そればかり言っていたではないか。」
「そうだったよね。でも、だんだん、つけあがってきたって言うか、ずうずうしくなってきたって言うか、・・・、わたしたち、初め、ちょっと、かわいい、かわいいばっかりで、言うことを、何でもきいてあげちゃって、少しかわいがり過ぎたのかもしれない。」
「そうか。でも、いい勉強しているではないか。かわいがり過ぎてもいけないんだ。どう1年生に接したらいいか、みんなで考える必要がありそうだな。」

 それからすぐ、今度は掃除当番の子たちが言ってきた。
 怒っている子、とまどい気味な子、泣いている子など。いろいろだった。
 床のぞうきんがけをしていると、『お馬さんだ。』『象さんだ。』と言って、背中に乗ってくるのだそうだ。
「やめて。ぞうきんがけができないでしょう。降りて。」そう言っても聞かないのだと言う。泣いて戻ってきた子は、特に、腕白な1年生に乗られたようだ。

 わたしは言った。
「そうか。それは大変だったな。わたしからも、1年生担任の先生に話しておくが、君たちも、1年生とのふれ合い方をよく考えないと、基本的な解決にはならないと思うよ。」

 細かなことは忘れてしまったが、たぶん、『ふだんはやさしくていい。でも、1年生がいけないことをしたときは、みんなで、こわい顔をして、怒ろうではないか。』というようなことが決まったと思う。

 さらに、
1.『1年生がかわいい。かわいい。』と言って、1年生が何をしても許してしまい、ただただかわいがっていたのは、間違いだったのではないか。それは、わたしたちの気持ちだけで行動していたのであって、1年生のことを考え、1年生の立場になって行動したのではなかった。
2.初めっから、いけないことをしたときは、しっかり叱っておけば、こんなことにはならなかったと思う。
3.いいことをしたときも、ただかわいがるのではなくて、toshi先生のように、ほめてやろう。何がえらかったかを言ってやろう。
 そんなことも、決まったと思う。

 それからは、1年生とのふれ合い方が変わった。『ただかわいいね。』ではなくて、1年生のことも考えたかわいがり方になったと言えよう。
「今日は、休み時間だったから、お馬さんになって上げたの。でも、『お掃除の時間はダメだよ。』と言うと、『わかった。』って言ってくれた。
 それで、ほんとうに、掃除の時間は、『お馬さんになって。』って言わなかったから、『我慢できてえらいね。』ってほめてやったら、うれしそうだった。」

 そのうち、
「一番乱暴だったAさんが、今日、『おねえちゃん。いつも掃除してくれてありがとう。』って言ってくれたから、うれしかった。何日かまえ、乱暴ばかりしていたころと比べると、顔つきがまったく変わって、やさしい感じになった。」

 そして、
 「1年生がどんな気持ちでいるか、喜んでくれているのか、気にするようになったので、まえより、1年生の表情をよく見るようになったような気がする。」
「1年生が、よく言うことをきいてくれるようになった。給食当番の時、まえだったら、『もっとよそってよ。』って文句を言う子もいたのだけれど、今は、『ダメ。なくなっちゃうといけないから。』って言うと、にこっとして我慢してくれるよ。」
「ありがとうって言われると、もっとやって上げたくなっちゃう。」
「1年生のうれしそうな笑顔を見ていると、こっちまでうれしくなってしまうよね。」
「笑顔をくれる感じがする。」
などと言うようになった。


 さて、次は校長時代のことだ。あるとき、全校の縦割り活動をめぐって、6年生の保護者から苦情が出た。
「縦割り活動が多過ぎはしませんか。うちの子は、小さい子の面倒をみなければいけないことが多くて、自分のしたい遊びがなかなかできないと、不満をもらすのです。」

 6年生担任に聞くと、子どもたちは、縦割り活動で、下級生の世話を『やらされている。』『仕方なしにやっている。』という意識のようだった。わたしはその担任に言った。

「下級生の世話を楽しんでいる子はいないのかい。」
「ええ。それはいますけれど、少ないですね。」
「そうか。では、そういう子をうんとほめてあげなさい。そして、やってもらった下級生がどんな気持ちでいるかも、6年生の子どもたちにしっかり伝えなさい。先生が、6年生と下級生とのコーディネーター役になることが大切だ。」

 その一方で、わたしは、そういう思いに子どもをおいたことについては、保護者にお詫びした。そのうえで、縦割り活動でねらうことについては、説明し、理解を求めた。

 担任の積極的な働きかけで、不満の声は小さくなったようだ。わたしはその担任から、学級の子どもたちの変化を聞き、うれしく思った。


 誰だって、自分の楽しみを追い求める。これはきわめて自然な心だ。別にいけないわけではない。
 でも、担任の営みによって、子どもたちは、その内面から、人のために尽くす喜びを感じるようになっていく。

 初めは、『やってあげている。』という意識かもしれない。それが、『やらせてもらっている。』という意識になったとき、『人のために尽くすことは、人のためではない。自分のためなのだ。』という意識に高まっていくと言えよう。


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 『情けは人のためならず。』のことわざのほんとうの意味を知ったのは、この6年生を担任していたときだったと思います。
 でも、『盲目的な情けは、決して相手のためにならない。』も、案外真実をついているなと思ったものでした。

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 なお、縦割り活動については、前も記事にしたことがあります。よろしければご覧ください。

   人権教育(2) 交流教育
    


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rve83253 at 02:47│Comments(11)TrackBack(0)学級経営 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年03月01日 08:39
以前、娘の授業参観で算数「水のかさ」をやっていました。実際に水を色々な容器に入れて「かさ」を実体験させるものでした。
内容はさておき、授業の終わりの光景です。
ー分の使った物を片付けて席についている子
⊆分の物を片付け、更に終わってない子の手伝いをしている子
ふざけてなかなか片付けに手間取っている子
そんな子供達の姿が見られました。
我が子は,如↓△了劼素晴らしく見えて何とも言えずはがゆい思いをしました。
そういえば日頃から、進んでお手伝いしてくれてないなと思い、日頃の習慣がそのままでている光景なのだと反省させられました。
2. Posted by yoko   2007年03月01日 08:39
(…つづき)

まずは、我が子に日頃の些細な「お手伝い」から、『人のために活動する喜び』を味わってもらおう。
toshi先生の記事を読んで、その気持ちを改めて強く持ちました。
それには、やってもらったら当然のような顔をせず、しっかり感謝の気持ちを伝えていかないと…と更に反省です。(step_everyday改めましてyokoです。)
3. Posted by 新しい窓1113   2007年03月01日 13:49
ここに書かれていることはとても大切なことですね。
縦割り活動の中から人として大切なことを学ぶことができきます。兄弟が少なくなっている現代、年下の子とどうつきあっていったらよいか分からない子が多いのですね。一方年下の子はそれまでの遊びなどの文化を受け継ぐこともできない。寂しいことですね。私も子供会の役員をやっていた頃、なんとか縦割りの活動を定着させようと思っていたのですが、うまくいかなかったという苦い思いがあります。親御さんの意識も変わってしまったのですね。なんとか復活できないものでしょうか・・
4. Posted by toshi   2007年03月02日 21:17
yokoさん
 担任としては、,任いい里任呂覆い。そう思います。でも、わたしも親でしたから、親としては、わたしだってはがゆくなるでしょうね。
 担任としては、待てるのですけれど、親としては待てない感じになってしまうのですね。
 担任としては、とりあえず、,任いぁそう思います。そして、△了劼鬚Δ鵑箸曚瓩泙后あるいは、感謝します。その声を,筬の子に聞かせます。それがねらいです。そうした営みによって、△了劼ふえていくのです。
 でも、親の立場だと、これはできないのですね。なぜか。家には子どもが1人か2人しかいないからです。響き合いという意味で、限界がどうしてもあるのですね。
 矛盾かもしれませんが、親の営みは、『無理せず、期待せず、しかし、緻密に。』が大事です。でも、これ、ほんとうにむずかしい。わたしも失敗だらけでした。
5. Posted by toshi   2007年03月02日 21:27
新しい窓1113さん
 おっしゃる通り、兄弟が少ないですね。そのうえに、近所通しの遊び仲間としての自然発生的縦割り集団も減っています。だから、そういう体験が少ないのですね。
 そして、学童保育にしても、学校開放にしても、大人が介在しないとうまく過ごせない傾向もあると思います。
 でも、わたし、教員という立場なら、けっこうできるような気がします。
 理由は、上記、yokoさんへのコメントに書かせていただいた、その理由です。
 わたし、自分の居住地で、子ども会をやっていたこともあります。でも、大人が面倒を見過ぎていて、子どもは楽しみを享受するだけだったような気がします。もうむかしの話ですが、あまり、本記事のような意味では、機能していなかったように思います。反省ですね。
6. Posted by きゃる   2007年03月03日 08:17
私の勤務校では、先週、PTA学年活動で
親子で学校中のトイレ掃除をしていました。
2時間かけて、天井の蛍光灯から隅々まで
便器も素手で磨いていました。
とてもすばらしい取組だと思いました。
参加した子ども(親も)の心の成長がきっとあります。
7. Posted by toshi   2007年03月03日 15:40
きゃるさん
 すごいですね。親子でというのが、正直のところ、驚きました。
 わが地域では、子どもがトイレを掃除することはありません。そんなことをしたら、保護者から抗議が出るでしょう。
 おっしゃるとおり、心の成長がきっとあるでしょうね。
8. Posted by yoko   2007年03月03日 17:31
toshi先生
 え!! 生徒は、トイレ掃除しないのですか??
上級生にいなったらするのかと思っていました。驚きです。そして、どうしてトイレ掃除をしたら保護者から抗議が出るのでしょうか?
 私が子供の頃は、やっていましたよ。娘のように校内は上履きではありませんでしたが。自分達が使用した所は自分達で綺麗にするのは、とても大切な事だと思うのですが…。
9. Posted by toshi   2007年03月04日 07:35
yokoさん
 わたしには、子どもがトイレ掃除をするということが驚きだったのです。我が地域では、わたしが初任だったときから、いえ、わたしの子ども時代も、トイレ掃除は、用務員さんの仕事でした。
 だから、あらためて理由を考えても、なかなか思い浮かびません。子どもの手に負えるものではないとも思いましたが、きゃるさんのおっしゃるように、便器を磨くくらいでしたら、できるでしょうね。
 やはり、用務員さんがやる場合でも、衛生面を考え、服装から重装備となるわけで、それが子どもでは無理という判断につながるのでしょうか。でも、やっている所もあるということですから、説得力に欠けますね。
 ああ。困りました。今度、知人と話し合ってみます。
10. Posted by yoko   2007年03月04日 09:31
toshi先生
 失礼しました。
よく考えると…それは中学生だったかも。
いや…う〜ん。記憶が定かではないようです。

 中学は確実にやってました。便器だけでなくホースでトイレの床に水流してブラシでゴシゴシと床掃除もやりました。
11. Posted by きゃる   2007年03月04日 23:46
私の地域の小学校では、トイレ掃除を子どもがしています。
だから、それが当たり前だと思っていました。
年に1回、業者さんに、専用の道具や洗剤で
きれいにしてもらっていますが、
子どもは通常棒のついたスポンジで便器をみがき、
デッキブラシで床を擦るぐらい、あとは水を流します。
私たち職員も、年間カレンダーに当番日を入れて
交代で職員便所を磨いています。

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