2007年03月10日

育つ初任者(9) パワフル算数!4

db2fe414.JPG 2年生の算数。最後の単元である。

 子どもが、教科書の絵を見ながら、問題を作る。

 Aちゃんが作った問題、『まさお君の縄跳びは、2m13cmです。秋子さんの縄跳びは、2m34cmです。どちらが何cm長いですか。』を、みんなで解くことになった。


 まず、一人一人が自分で考え、解き方が分かるように、ノートに書く。

 担任(初任者)が、3人の子を指名。それぞれが黒板に自分の解き方と答えを書いた。

 要点だけを記すと、
 Bちゃん   2m34cm−2m13cm=21cm
 Cちゃん   34cm−13cm=21cm
Dちゃん   234cm−213cm=21cm

 いつもなら、担任が、『どの解き方がいいのだろうね。』『一番楽に解けるのはどれだろうね。』などと聞いて話し合いが始まるのだが、このときは、もう、
担任が問いかけるまえから、『Cちゃんのは変だ。』ということで、物議をかもした。

「問題には、2m34cmと書いてあって、ただの34cmなんて書いてないよ。だから、式がおかしい。」
「でも、3つとも答えは同じじゃん。だったら、合っているのではないの。」

 助け舟を得て、Cちゃんが言う。
「おかしいって言う人がいるけれど、2mはどっちも同じでしょ。だったら、違いがないのだから、書かなくったっていいじゃん。時間が無駄なだけ。だから、cmの方だけ、式に書いたのだよ。」
「cmだけ書いたって言うのなら、Dちゃんのも同じだよ。だから、234cmって書けばいい。」
「反対。みんなcmにしちゃうと、数が大きくなっちゃうから、計算がめんどうくさくなっちゃう。」

 そして、Eちゃんである。
「めんどうくさくないよ。2mの200から200をひいて、0にして、〜。」

 すると、突然、Cちゃんは、すっとんきょうな声を出し、
「だから、それを、ぼくは言ったのだよ。」
話し合いの冒頭、みんなから、『変だ。』と言われたものだから、少し、向きになっていた。

 担任は、すかさず、
『そうかな。Eちゃんの『2mの200から200をひいて、0にして、〜。』っていうのは、初めっから書かないのとおんなじかな。』


 担任の気持ちは分かる。何とか、『2mも書かなければだめ。』という方向にもっていきたいのだ。

 でも、Cちゃんは、負けてはいない。
「Aちゃんの問題は、『何cmですか。』って聞いているのだよ。それで、2mは、mで、cmじゃないでしょう。だから、2mは書かなくていい。それに、さっきも言ったけれど、2mと2mは同じだから、34cm−13cmでいい。」
 わたしは、その論理の展開に感心してしまった。なるほど。筋は通っている。

 しかし、すかさず反論。
「それなら、Dちゃんのは、234って全部cmに直したのだから、それがいいじゃん。」
「そうだよ。234の方が簡単だよ。」
「ええっ。簡単じゃないよ。ややっこしいよ。」
「第一、234cm−213cmなんか、まだ習ってないじゃん。」

 そうでした。3桁−3桁は、まだ習っていない。

「そう。習っていないのは、まだ分からない人もいるのだから、だめ。34cm−13cmの方がいい。」
おお。Dちゃんに賛同する声が現れた。それにしても、初任者の担任はこまったよう。

「反対で、わたしは、Bちゃんの2m34cmって言った方がくわしいと思う。」
「くわしいんじゃなくてね。2m34cmって言った方が、どのくらいの長さか分かりやすい。」
「そう。234cmって言っちゃうと、2m34cmじゃないみたい。」
「そうだよ。234cmって言っちゃうと分かりにくいから、みんな、2m34cmって直そうとするよ。」

 ここで、担任は、よけいなことを言う。いや。そのときは、そう思った。
「でも、計算は、234cmって言った方がわかりやすいよね。」
早く正解にもっていこうとしたか。しかし、2m34cmという言い方の方が、担任にとっては望ましい方向だから、やはり不可解ななげかけだ。

「ええっ。なんでえ。」
「2m34cmって言った方が分かりやすい。2mなら、2−2だから、計算も簡単。」

 そこで、また、担任。
「なるほど。Cちゃんの34−13は、もう一つ、2−2があるんだ。あるのだけれど、かくされているのだ。」
 おっ。担任の心に余裕が出たか。こまる方の解き方に共感してやっている。そうなると、先ほどの不可解という思いは氷解した。子どもたちの議論を活発にしたくて、わざと逆を言ったのだな。

「だったら、かくさないで書けばいいじゃん。」
あくまで、34−13を認めない子が多い。

「あのね。234っていう数字も、問題にないよ。だから、だめなんじゃないの。」
「34−13の方が、分かりやすい。」
「そうか。全部cmにしちゃうと、分かりにくいんだ。」
「そうだよ。校舎なんか測ったら、全部cmだったら、2万とか、ものすごく大きくなっちゃって、計算が大変。」
「楽に計算しようとして、mなんかがあるんじゃないの。」
「そうだよ。kmなんかもあるよ。」
「反対に、mmもある。糸がこれくらいの長さしかないときは、これの方がいい。」

 すごい。数の大きさのことから、単位の有用性に迫っていった。

 でも、km やmmは、上学年で学習すること。担任が、このことにふれなかったのはよかった。

「今度は、汽車の長さを測ってみたい。」
話の流れからして、本物の汽車を言っているのかと思い、驚いたが、これは、教科書の絵の汽車を言っているのだった。
「汽車は、はさみ一個分だった。」
ほっとする。

 そうしたら、すごい発言が出た。
「1mのものさしがあったでしょう。長いものを測るのには、それを使ったほうが楽だったでしょう。それと同じで、2m34cmって言った方が、計算が楽になる。」

 これに賛成する意見が多数出て、授業は収束の方向に向かった。


 それにしても、この学級の子どもたちは、ほんとうに議論を活発にやるようになった。
 時には、『あっちでわー、こっちでわー』で、収拾がつかなくなることもある。
しかし、そういうときは、『今は手を上げて言ってね。あっちこっちでいっぺんに話されると、何を言っているのかわからないからね。』と言うように、担任に指導しているが、議論が活発なのは、思考をフルに発揮しているわけで、それ自体はすばらしいことだ。

 また、どんな学力の子も、学習に参加していることがうかがえる。上記子どもたちの発言を見ても、読者の皆さんは、どれが学力の高い子で、そうでない子はどれと、ある程度、想像できるのではないか。どの子も活躍できる授業。それができているのはすばらしいことだ。

 それにしても、今の日本の教育では、34cm−13cmでは、式としては×なのだろうね。
 わたしはこの授業を見ていて、○にしてやってもいいような気がしてきた。


 最後に担任が言った。
「今日はみんないい勉強ができたね。ものさしの話が出たり、mとcmと、両方使って計算した方がいいということになったり、数が大きくなると計算が大変とか、いろんな話がでたね。」

 そうしたら、Cちゃんが、満足そうに言った。
「うん。パワフル算数だったよ。」

 わたしは、この言葉に、感動してしまった。


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 『パワフル算数』何といういい言葉でしょう。ほれぼれしてしまいました。
 初任者は子どもにひきづられてしまうこともあり、そういうときは、どう対応したらよかったか、後で指導していますが、しかし、これだけの子どもを育てたのは、初任者の担任です。わたしはそれを誇りに思います。

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rve83253 at 12:36│Comments(29)TrackBack(1)初任者指導 | 算数科指導

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1. よいものを見たのでおすそわけ  [ PSJ渋谷研究所X ]   2007年03月12日 03:50
よいものを見たのでおすそわけ。 教育の窓・ある退職校長の想い:育つ初任者(9) パワフル算数!(2007年03月10日) http://blog.livedoor.jp/rve83253/archives/936115.html 小学校2年生の算数の授業でのできごとがつづられている。部分的な引用をすると伝わりにくいと....

この記事へのコメント

1. Posted by rusei   2007年03月11日 00:44
子供たち,育ってますねえ。とてもうらやましくおもいました。ちゃんとクラス作りができているからですね。
私の受け持っている2年生は,まったくこんな議論はできません。1年間,いろいろ働きかけて,人と考えが違うのはあたりまえなのだから,自分の考えを思ったとおり言っていいんだよ,ということがやっと分かってきたのか,やっと少し違うことを言えるようになってきた,というところです。でも,まだまだ正解は一つしかない,という思い込み,間違うことへの恐れ,友達と似たようなことを言って,とにかくその場を切り抜けるなどの私にとっては,どうして・・・と思うようなことがいっぱいあります。あと1週間ちょっとですので,そんな子たちともできるようになったことを確かめ合って,今年のしめくくりをしなくては・・
2. Posted by tamasige   2007年03月11日 06:39
我が子ども達が「わかるって楽しいね」とつぶやいたことがあります。皆で参加できる授業いいですね。考える授業って生き生きしていますね。
3. Posted by きゃる   2007年03月11日 07:57
>どんな学力の子も、学習に参加していることがうかがえる。

今回の記事、この文に惹かれました。
「個性を大切に」とか言って、苦手なことをそのままにしておくといけない。
逆転現象までいかなくても、自分の伸びを実感させ、
自信となって次の学年での学習意欲につなげたい、
そう思って指導に当たっています。
一人一人に対応した指導は、評価規準がもとになっています。
評価規準は、クラスの子ども全員が目指すゴール地点なのです。
4. Posted by きゃる   2007年03月11日 08:05
「今日はみんないい勉強ができたね。…いろんな話がでたね。」

に、対して
Cちゃんの返し「うん。パワフル算数だったよ。」は、
自分自身の自己評価でなく、クラスの評価だと思われます。

さらに、担任が「いい勉強ができるクラスになったね。」と
その言葉を受け止め、周りの子どもに広げると、
集団の高まりを目指すことも大切にするでしょう。

発言の多いクラスですばらしいと思いますが、
ちゃんと友達の意見を聞いて相づちや拍手の反応を返したり、
いくら自分の意見が大事でも、最後には折り合いを付けたり、
そんな子どもがいるから、発言しやすい風土ができるんです。
5. Posted by toshi   2007年03月11日 12:19
ruseiさん
《正解は一つしかない,という思い込み,間違うことへの恐れ,友達と似たようなことを言って,とにかくその場を切り抜ける》
 これは、ものすごく多くある実態ではないでしょうか。確かに正解は一つなのですが、解き方はいろいろあるのですね。そして、やはり、楽な解き方、能率的な解き方、応用がきく解き方などを、お互いに考え合うようになると、いいのではないでしょうか。
 わたしは算数は専門ではないので、そういう考えでいいかどうか、自信はないのですが。 
6. Posted by toshi   2007年03月11日 12:53
tamasigeさん
 やはり思考力の育成が一番大事と思います。思考力は判断力につながりますし、ひいては、自己教育力、生涯学習力にまでつながるものと思います。
7. Posted by toshi   2007年03月11日 13:37
きゃるさん

《Cちゃんの返し「うん。パワフル算数だったよ。」は、自分自身の自己評価でなく、クラスの評価だと思われます。》
 なるほど。そうですね。おっしゃる通りと思います。『ぼくたち、わたしたちはがんばった。』そういう自信と満足感だったと思います。
《自分の伸びを実感させ、自信となって次の学年での学習意欲につなげたい。》
 そう。子どもが努力してつかんだ伸びを実感できること。それも大切ですね。
 教え込みでは、こういう感覚というのは実感できないでしょう。
《発言しやすい風土》
 これも、いい言葉ですね。学級の雰囲気のことでしょうが、こういう風土をつくるのが担任の仕事なのですね。
 
8. Posted by yoko   2007年03月12日 01:20
素晴らしい授業ですね。
こういう授業だと、この先「長さ」が「重さ」や他の単位に変わっても応用が利くのでしょうね。

『これだけの子どもを育てたのは、初任者の担任です。わたしはそれを誇りに思います。


その『初任者』を育てたのは、toshi先生です。
きっと、『初任者』の方も感謝の気持ちでいっぱいなのではないでしょうか。
4月からの一人立ちに向けて、自信を持って送り出せますね。
9. Posted by toshi   2007年03月12日 02:58
《こういう授業だと、この先「長さ」が「重さ」や他の単位に変わっても応用が利くのでしょうね。》

 おっしゃる通りです。思考力を育むということは、応用がきくということでもあるのですね。
 子どもにしてみれば、『あれっ。今学習していることは、かつて何かで学習していたことと同じだな。』そういう感覚ですね。

《その『初任者』を育てたのは、toshi先生です。》
 
 このようにおっしゃっていただいて、ありがとうございます。うれしく思います。
 初任者を育てるといっても、手取り足取りというわけにはいきません。やはり、初任者自身の、『伸びよう』とする力を信頼するのですね。

《4月からの一人立ちに向けて、自信を持って送り出せますね。》

 ほんとうにそのように思います。初任者にも、『大丈夫。自信をもってがんばって。』という話をしているところです。
10. Posted by 亀@渋研X   2007年03月14日 01:30
以前から拝見しております。
こうした授業が行なわれていることに、さまざまな意味で心から安堵しています。toshi先生の実践、とくに初任者の方々への語りかけは、先生方だけでなく、親として、あるいは市民として教育に関心をもつ者にもとてもわかりやすい、好適な「教材」となっていると感じています。

近年「科学リテラシー」等という話題がメディアに載ることもしばしばありますが、今回、それに近い見地からこの記事を自分のブログで紹介させていただきましたので、ごあいさつがてらコメントさせていただきました。
http://shibuken.seesaa.net/article/35760084.html

これからの記事も(ホームページの方も)楽しみにしております。
11. Posted by toshi   2007年03月14日 06:17
亀@渋研Xさん
 ありがとうございます。貴ブログも読ませていただきました。感謝しています。
 近いうち、貴ブログでとり上げてくださったことをもとに、記事にしてみたいと思っています。
 ごめんなさい。出勤したくの時刻になりましたので、とりあえず、これだけで失礼します。
 とにかく、感謝です。ありがとうございました。
12. Posted by 柴田勝征   2009年08月23日 11:44
「パワフル算数」は素晴らしい授業ですね。
******************************
> でも、Cちゃんは、負けてはいない。
>「Aちゃんの問題は、『何cmですか。』って聞いているのだよ。それで、2mは、mで、cmじゃないでしょう。だから、2mは書かなくていい。それに、さっきも言ったけれど、2mと2mは同じだから、34cm−13cmでいい。」
 わたしは、その論理の展開に感心してしまった。なるほど。筋は通っている。
*******************************
このCちゃんという子の算数能力は平均的な子供より数年早く成長していますね。子供の知的な能力の成長速度には著しい個人差があります。担任の教師がもっとも注意しなければならないことの一つは、このCちゃんのように他の子よりも成長の早い子の考えを押しつぶして、他の子ども並の「平均レベル」に同化させないこと。上記の初任者担任の先生の対応は優れていると思いました。
13. Posted by 柴田勝征   2009年08月23日 11:45
もう一つ警戒してほしいことは、知的能力の発達が他の「平均レベル」の子供たちよりもきわめてゆっくり進む子がいること。現在は一見「落ちこぼれ」のように見えるけれど、高学年、あるいは中学以降のある時期に急速に知能が発達して大逆転をすることがあります。大学の数学科などでも時々こういう現象が起きるので、業界用語では「あの学生が化けた」と言います。「落ちこぼれ」の子供を「平均レベル」まで引き上げようとする熱心な先生も多いと思いますが、善意が逆効果になっているのではないかと危惧しています。身長の伸びが他の生徒より遅い子の頭と足を引っ張って、無理矢理に平均身長まで伸ばそうとするようなものです。
 toshi先生のブログには算数や理科の授業についての記事が少ないような感じがして不満でしたが、「パワフル算数」を読んで嬉しくなりました。
14. Posted by toshi   2009年08月23日 17:14
柴田勝征さん

《Cちゃんという子の算数能力は平均的な子供より数年早く成長していますね。》
 いやあ、そのようなことはないのですよ。
 柴田さんは、以前も、『toshiの書いている授業は、どの子も優秀』というか、『恵まれた環境の学校』というか、そのようなことをおっしゃっていましたが、公教育ですから、ほとんどそのようなことはありません。ごくごくふつうの学校だし、Cちゃんにしても、ふつうの子です。
 どうか、『問題解決学習が、こういう子を育てるのだ。』と、ご理解いただければうれしく思います。

 記事中に、《どの子も活躍できる授業。それができているのはすばらしいことだ。》と書かせていただいたように、わたしは、常々、『どの理解度の子も延びる授業をしないといけない。』と、初任者に言っています。
 もちろん、急にはできませんが、多くの初任者はがんばっています。

《toshi先生のブログには算数や理科の授業についての記事が少ないような感じ〜、》
 すみません。理科は確かに少ないです。でも、総合的な学習の時間関連も含めれば、いくつか書いています。算数は決して少なくないですよ。今、初任者向け記事の目次欄にリンクさせますので、どうぞ、ご覧ください。
15. Posted by 柴田勝征   2009年08月24日 09:09
わーっ、本当だ!! 「算数」はたくさんありますね。失礼なことを書いてしまいまして、申し訳ありません。今後、じっくり勉強させていただきます。
16. Posted by 積分定数   2016年08月01日 17:28
突然失礼します。昔のブログの件で済みません。算数教育について調べている者です。

「今の日本の教育では、34cm−13cmでは、式としては×なのだろうね。」とのことですが、それはなぜなのでしょうか?
17. Posted by toshi   2016年08月03日 07:38
積分定数さん
 いいえ。拙ブログは過去記事もけっこう読んでくださる方が多いようです。どうぞ、遠慮なさらずによろしくお願いします。
 お尋ねの件ですが、わたしは算数専門でないので、あくまで素人の考えですが、式というものは、あくまで文章題に即していないといけないと思うのです。意訳して表すのは、思考力を養うという意味ではすばらしいのですが、その裏返しとして説明しなければならないですよね。
 説明がないと、2mを忘れてしまったのか、うっかりしてしまったのか、それとも了解の上でそう書いたのかが判断できません。
 ですから、あくまでテストのときの約束ということで、やはり指導は要すると思います。
18. Posted by 積分定数   2016年08月08日 10:48
回答ありがとうございます。

 客観的事実として、学校での算数教育現状がそうなっている、ということは了解しました。その上で、「あくまで文章題に即していないといけない」という考えには異論があります。

「説明がないと、2mを忘れてしまったのか、うっかりしてしまったのか、それとも了解の上でそう書いたのかが判断できません。」とのことですが、事実として正しい答えに行き着いている以上、正解にすべきだと思います。「理解した上での正答だということが客観的に明白に判断できないと○にはできない」となると、授業で教わった解法通りの答案であっても、「単に解法を丸暗記しただけかもしれない」という可能性があるのだから○にすべきではないとなってしまいます。

 正答に行き着いても、特定の式しか正解とならないとなると、子供たちは素で考えることよりも、授業でのやり方を覚えること・思い出すことに腐心することになります。

 また、理解しているかどうかということでいえば、我流で正答に行き着いた子の方が理解している、教わった方法で解いた子はやり方を覚えているだけ、という可能性の方が高いと思います。

 例えば、800円の5割を、800×0.5と公式通りに求める子と、「5割とはつまり半分だ」ということで800÷2と求める子では、後者の方が割合の概念を理解してると言えます。

 でも、前者の方法を推奨して後者を減点する教師がいるようです。これはかなり倒錯した状況だと思います。

 本質的に理解してしまっている子は、公式や解法など意識しなくても解けるので、結果的に模範解答と異なる答案になってしまい減点される。

 そうなると、子供は理解することよりも公式を覚えることに一生懸命になってしまうと思います。

 実際私自身塾で、中高生に数学を教えていますが、公式・解法の暗記を数学の勉強だと思っている生徒が多くて教えづらいです。
 
19. Posted by Hideki   2016年08月08日 12:29
横入り、失礼します。

正解とは、正しい考え方を正しく相手に伝えてこその結果だと思う。その点では、説明不足の時点で正解ではないでしょう。

結果だけ合っていればOKとすれば11cmであれば○となる。試験はそれでもいいのかもしれませんが、授業ではまずいよね。

口頭で説明したじゃないかというのでは不十分でしょう。「文章題」なんだから、文章できちんと伝えることが大切です。

なお、丸暗記数学を問題視する点は全く同意します。

蛇足ながら、現代の社会では、この「正しく伝える」ことがいかにできていないかを通感します。それが、無用なすれ違いやいさかいを生んでいます。

…もちろん、正しく考えることもできているとはいえないわけですが。

20. Posted by 積分定数   2016年08月09日 07:43
Hidekiさんへ

>「文章題」なんだから、文章できちんと伝えることが大切です。

私は「文章題」とは文章で書かれた問題のことであって、答案の形式を指定することではないと認識しています。 Hidekiさんのような解釈は初めて聞きました。これは学校の算数教育では標準的な考えなのでしょうか?それとも、Hidekiさんはそのように考えている、ということなのでしょうか?


>なお、丸暗記数学を問題視する点は全く同意します。

 算数教育に携わっている方・算数教育の専門家と称される人たちもそのように言います。しかし、実際にやっていることがそれに反しているのではないか?という疑念を一つ前のコメントでしたつもりです。

 具体的には、特定の形の答案のみを正解とすることで、子供は「素で考える」ということよりも「形を覚える」という具合になってしまうと言うことです。

 例え教える側が「この形の答案だとちゃんと理解しているが、そうでないと理解していないことになる。理解することが大切だからこの形の答案のみを正解にする」と思っていても、客観的には、理解することや考えることよりも覚えることを奨励することになってしまっていると言うことです。

 ヘイトスピーチをやっている連中も「自分は差別などしていない」といいます。戦争する連中も「自分は戦争は望んでいない。平和を望んでいる」と言います。

 重要なのは、主観的にどう思っているかと言うことではなくて、客観的にどういう作用をするのか、ということです。

 教える側が「公式・解法の丸暗記は望ましくない。理解することが大切だ」と思っていても、特定の形のみを正解にすることは、その思いとは正反対の作用を引き起こすと思います。
21. Posted by Hideki   2016年08月09日 10:42
こんにちは、私は一社会人ですので、一般的な社会において必要と思われることを述べています。

社会ではいろいろな場面で、書面・文章の報告や提出をすることが数多くあります。

そこには自分の持つ「答え」だけでなく、その理由や考える過程を相手に伝わるように記述することが求められます。

その理由なり考え方が不十分であった場合、答えが本当は正しいのかもしれませんが相手には伝わらず、結果としてNGとなる場面が社会において多々見受けられます。

思いや考え方をきちんと伝える工夫をしないと、相手には伝わらない。自分だけの勝手な思いこみだけでは人には伝わらない。その点も考えていたいただきたいのです。

こういうと学校教育に関係ない話と捉えられるかもしれませんが、私は幼少期から自分の考えを整理してきちんと伝えることを学んで欲しいと思っています。

(同時に相手の言うことをきちんと受け止め、その本意とすることを正しく汲み取ることも大切な点です。Toshiさんの授業はそれをごく自然に実践されているとお見受けしています。とても素晴らしいことと思っています)

たかが数学の答案用紙なのかもしれませんが、そこの文章題の答えの自らの考え方を記述することも重視して欲しいと願うが故です。

ましてや数学は論理性を学ぶ大事な機会ですので尚更そう感じます。

これは決して「形」や「形式」ではありません。必要な「こと」の話です
22. Posted by 積分定数   2016年08月09日 13:18
Hidekiさんへ

もう一度私の質問を繰り返させていただきます。

>「文章題」なんだから、文章できちんと伝えることが大切です。

このような「文章題」の解釈は初めて聞きました。 Hidekiさんが独自に考えたものでしょうか?あるいは算数教育の指南書などにそのような記述があったのでしょうか?

>私は幼少期から自分の考えを整理してきちんと伝えることを学んで欲しいと思っています。

自分の考えを説明したりすることを算数教育でやるべきではないとは思いません。

子供が提示した答案に対して、「どうやって考えたのか?」を問うことは大いに結構だと思います。

Hidekiさんは私が何を問題にしているのかをちゃんと見た上で考えを述べてほしいと思います。

私がここで問題にしているのは、特定の形のみを正解にすることは、理解すること・考えることよりも、覚えることを奨励することになってしまうと言うことです。

23. Posted by 積分定数   2016年08月09日 13:19
Hidekiさんへ 続き

このブログでもCちゃんは自分の考えを明確に述べています。2mは共通だから長さの差を求める際には省いても構わない、というのは合理的な考えです。

 しかしこれだと正解にならないとすると、自分でやりやすいように工夫するよりも、結局の所、「問題で与えられた数値を加工しないでそのまま使わないとならない」という、不合理で恣意的なルールを覚える、ということになってしまいます。

 そしてブログ主であるtoshiさんによれば、

「説明がないと、2mを忘れてしまったのか、うっかりしてしまったのか、それとも了解の上でそう書いたのかが判断できません。
 ですから、あくまでテストのときの約束ということで、やはり指導は要すると思います。」

ということだったので、

「確実に理解した上での答案だと判断できないと正解にならない」
「理解したかどうかの判断基準が、教える側の設定した恣意的な形式に従っているかどうか」

ということになっているとしたら、それはおかしなことでむしろ理解より暗記を助長すると述べています。


自分の考えを説明することは必要ないとか、算数においてそんな力を伸ばす必要はない、などということは誰も言っていません。

Hidekiさんのコメントはあまりにもピント外れと言わざるを得ません。
24. Posted by Hideki   2016年08月09日 17:40
これ以上のフレーミングはToshiさんに申し訳ないので、本件これで返信は最後にいたします。

ポイントと思われる点だけ、改めて列挙します。繰り返しになる部分もありますがご容赦下さい。

・暗記偏重は望ましくない。
 ⇒同意です

・特定の型・形を求めるのは暗記偏重に繋がる
 ⇒同意です。

また、「自分の考えを説明することは必要ないとか、算数においてそんな力を伸ばす必要はない、などということは誰も言っていません。」ということで、自分の考えを説明することは必要だと同意いただいたと判断します。

その上で

・テストの答案に、その考えの理由や道筋を書くのは、上記特定の型を求めることにならないか?
 ⇒違います。

理由や道筋を、口頭ではなくきちんと記述して欲しいというのは私は型とは思いません。

百歩譲ってそれが型だとしても、それが上述の暗記教育につながるかといえばそれは違う。むしろ自分の考えを文字に起こすことは、より理解が深まるものと思われます。よってご指摘の「理解より暗記を助長すること」にはなりません。

むしろ、より考えより理解をする指導といえるのではないでしょうか?

趣旨はすべて述べ、これでも説明はつくしたつもりです。それでもなお伝わらなかったとしたら、まだ私の伝え方がまずかったという事です。それは、私の不徳のいたすところと受け止め精進いたします。

ありがとうございました。

25. Posted by 積分定数   2016年08月09日 21:58
Hidekiさんへ

>「文章題」なんだから、文章できちんと伝えることが大切です。

これが Hidekiさんの独自解釈なのか、何らかの書籍などから得た知識なのか、結局答えていただけないのですね。


【・テストの答案に、その考えの理由や道筋を書くのは、上記特定の型を求めることにならないか?
 ⇒違います。

理由や道筋を、口頭ではなくきちんと記述して欲しいというのは私は型とは思いません。】

 答案に理由や道筋を書くな、などとは一言も言っていません。私が具体的にどういう状況を問題にしているかを見ないで、勝手に状況を設定してそれを批判するのは典型的な藁人形論法です。

 このブログに即して言えば、「2つの長さの差を求める場合に、mが共通でも省略してはならない」と覚えさせることがどれほど教育的意味があるのかを問題にしています。

 この理屈からしたら、「2016年8月9日午後7時12分から2016年8月9日午後7時47分まで読書をした。どれだけの時間読書をしたでしょうか?」を求めるには

2016年8月9日午後7時47分ー2016年8月9日午後7時12分

としないとならないのか?


Hidekiさんからの回答はいただけないのでしょうが、算数教育に関する議論においては、何が議論されているのか、何を問題視しているのかを見ないで、藁人形叩きをするHidekiさんのような方が後を絶ちません。

 今度議論に参加するときは、ちゃんと相手が何を言っているのかを見た上でお願いします。
26. Posted by toshi   2016年08月11日 11:35
積分定数さん
 コメント最後の《今度議論に参加するときは、ちゃんと相手が何を言っているのかを見た上でお願いします。》
 この言葉は、積分定数さんに送りたいですね。
 まず、わたしは《自分は算数専門でないので、あくまで素人の考えですが、〜。》と書いています。それに対して、《客観的事実として、学校での算数教育現状がそうなっていると理解》はおかしいでしょう。わたしは学校での算数教育現状などふれてもいませんよ。
 《事実として正しい答えに行き着いている以上、正解にすべきだと思います。》あなたは、わたしが答えまでバツにしていると勘違いしていますね。記事本文ですが、《式としては×なのだろうね。》と書いています。答えが合っているのなら、もちろん答えは〇にしますよ。
 あなたは、わたしの「説明がないと、2mを忘れてしまったのか、うっかりしてしまったのか、それとも了解の上でそう書いたのかが判断できません。」という文章を、「理解した上での正答だということが客観的に明白に判断できないと○にはできない」という意味に解釈したようですが、そんな意味にはならないでしょう。わたしはコメント17の最後にふれたように、単なる解き方の約束にふれて書いたにすぎず、理解したうえでの正答でないと〜、などということはまったく書いていません。
 そのほかにも、わたしやHidekiさんのコメントを勝手に解釈して、その解釈を根拠にいろいろ批判されていますが、これはもう迷惑なだけですね。
 以後、コメントを控えていただければと存じます。
27. Posted by toshi   2016年08月11日 11:48
Hidekiさん
 このたびはわたしの説明不足から、ご迷惑をおかけしました。すみませんでした。
 ただ、民間の方から、相手に伝える力の大切さや、わたしの授業にまでふれて書いてくださって、ありがとうございました。感謝しております。
28. Posted by TaKu   2016年08月11日 21:23
toshiさんへ

積分定数さんが、toshiさんの勘違いを
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/2594
で指摘しています。
積分定数さんからのコメントは控えて欲しいとの事なので、私の方からお伝えしておきます。

以下は、私の感想になります。
【相手に伝える力の大切さ】という発言がありますが、相手の考えを読み取り理解する努力も大切だと思っています。
toshiさんからは(Hidekiさんからも)、それがあまり感じられませんでした。
29. Posted by toshi   2016年08月12日 10:53
積分定数、TaKuさん
 相変わらず、自分のからにとじこもっての理屈を展開していますね。
 虚心坦懐になり、自我を解き放して、もう一度、わたしの記事全体を読み返してくださるよう切望します。
 もうコメントは不要です。
 

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