2007年03月16日

記念の授業(4)道徳 卒業のときに4

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『六十年ぶりの母校』

 自作の教材文を使い、初任者のクラスで、示範授業として行った、その授業の様子を2回にわたり紹介してきた。

 しかし、そもそもは、校長時代、6年生を対象に、卒業を記念しての授業として行ったものだった。

 今日は、そのなかから、思い出の発言をとり上げてみる。4年生との発達段階の違いが少し明瞭になるのではないかと思う。

     記念の授業  4年生との授業 その1    その2

 とは言っても、6年生の方は、

○卒業という、人生の一大エポックの際の授業であること。
○校長としてのわたしが行った授業であること。今は、初任者指導教諭という立場だから、子どもの受け止め方も違うのではないか。
○学校が異なっていて、地域性の違いもあること。
などから、単純に発達段階の違いとばかりは、言い切れないものがあるかもしれない。

 また、ここでは印象に残る発言しか記事にしないのだが、実際は、その1、その2で書いた、今回の4年生と同様の発言もたくさんあったことは、お断りしておきたい。
 

 まず、冒頭の投げかけは、
「中学生になろうとしている今、最も大切にしたいものは何ですか。また、それはなぜですか。」
だった。

○ 努力することです。努力すれば夢がかなうと思うから。

○ 涙です。うれしいときに流した感動の涙です。小学校の6年間、そうした経験がいっぱいあったから、中学生になっても、涙を大切にしたいです。

○ 家族です。中学生になると、家族と話すことも今より少なくなってしまうと思うので、家族と一緒にいる時間を大切にしたいです。

○ 友達です。6年間一緒に過ごした仲だし、お互いに分かり合ってきたことや、がんばり合ったことなどがたくさんあるからです。

○ 友達の個性です。どんな性格の子とも、その子の性格を大事にして、仲良くしてきたからです。


 次に、おばあさんの話を取り上げた段階では、

「小学校の思い出が、忘れられない。」
「母校が見つかってよかったね。」
「小学校のときのことを思い出すのが、好きになっている。」
「60年もたっているのに、担任の先生や友達のことを忘れないなんてすごいと思う。」
「苦しい生活だったから、思い出が、生きる上での支えになっている。」
「思い出を誇りにしているということもあると思う。」
「生き抜くバネって言っているから、忘れてはいけない大切なものだったのだと思う。」
「思い出は、ただなつかしいだけではないのだなと思った。すごい力を持っている。この思い出があるから、生き抜いてこられたという感じがする。」

「校長先生から卒業記念としていただいたこの色紙が、これからぼくたち、わたしたちにとって大切で、なくてはならないものになると思う。大変なとき、苦しいとき、生き抜くバネになると思う。」


 わたしはこの学年の子どもたちを誇りとした。特に、『友達の個性が大事』という発言をした、この子のクラスについて、わたしは、この言葉が心から納得できた。そういう学級生活をしてきたと思えたからだ。


 今、卒業式の式辞から、その部分にかかわるところを抜書きしてみよう。

『〜。

 わたしは、この○年間、みんなとともに過ごしてきましたけれども、みんなの学校における生活のすばらしさ、見事だったこと。下級生にやさしい6年生とか、みんなで協力し合って、助け合って、すばらしい学級を創り上げたこと。朝会などで、何回も、そういう話をしてきました。今日はその最後だと思っています。

 皆さんの、そういうすばらしい学校生活が、このA小学校のよい伝統となって、よい校風となって、見事に下級生に引き継がれていると思います。

 〜。

 そうして、それらの発言を受けて、ほんとうに感激したのは、『友達の個性です。』そういう発言がありましたよね。すごいと思いました。

 それで、その、すごいと思った理由ですけれども、『これは口先だけのことではない。わたしは、みんなと○年間一緒にすごしてきた。その生活を振り返ってみると、皆さんの実践が、これらの発言がほんとうであることを裏付けている。』そう思いました。

 もう一つ。『発言した子は、それぞれ一人ずつですけれども、これらはみんなの心だな。』そう心から思えたこと。それが感動した大きな理由だったと思います。

 『お友達の個性を大事にしてきた。』その言葉について、わたしはみんなのいろいろな生活を思い浮かべました。とかくね。元気な子、積極的な子、こういう子は、慎重に、ゆっくりやる子をいやがることがあります。タイプの違う子を避けたり、いやがったり、ひどければいじめたり、そういうことが案外あります。
 ところがみなさんは、違うタイプのお友達であっても、違うタイプの姿、それを認めたまま、ほんとうに仲良くしてきた。お友達と。

 そして、お友達の喜びを自分の喜びとした。うれしいことがあるお友達に対し、『それは、よかったね。』と心から喜んであげることができました。また、悲しんでいるお友達に対しては、心から同情し、そのお友達の悲しみを和らげて上げることができました。』


 このなかのあるクラスには、自閉的傾向の子がいた。

 友達からみれば、突然、暴れだす。興奮する。驚くことも多かったのではないか。とにかくそうなる理由が分からない。そう思うことも多かったのではないか。

 しかし、やさしささえあれば、ともに生活していると、だんだん、分かっていくものだ。『ああ。こうなると、Bは、きれるのだな。Bがきれるのは、ぼくたち、わたしたちがきれるのとは違うな。』そんな感じである。そして、Bの『個性』を受け止め、避けるのではなく、見事に溶け込ませていった。会話も多かった。
 Bとふれ合うすべもかなり分かってきた彼らは、卒業期になると、にこにこしていることがものすごくふえた。

 『中学校へ入ると心配です。』これが担任の口癖だった。しかし、案ずるよりうむがやすし。同じクラスの子たちが、Bへの理解を示していたから、他の小学校から入学してきた子たちも、自然にBの『個性』を受け止めることができ、問題はあまり起こらなかったようだ。


 だから、授業の中でも、式辞でも、わたしは言った。

「みんなは、このお話のおばあさんに匹敵するくらいの、心豊かな思い出を、この小学校でたくさん作った。だから、皆さんも、苦しいとき、つらいとき、それこそ、生き抜くバネになるような、そういう思い出をたくさん持つことができた。わたしはそう確信している。」


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 道徳の時間の指導については、今、校長の参加も求められています。
小学校学習指導要領 第3章 道徳 第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取り扱い 3 (1)を参照してください。
 このはんちゅうにおいては、道徳が専門かどうかは関係ありません。


 さて、先の、『パワフル算数』について、PSJ渋谷研究所Xさんが、大変うれしい記事をまとめてくださいました。
 次回は、そのことにふれたいと思います。

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rve83253 at 05:44│Comments(9)TrackBack(0)学級経営 | 道徳指導

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年03月17日 01:11
『友達の個性です。どんな性格の子とも、その子の性格を大事にして、仲良くしてきたからです。』

凄いですね。小学生がこんな言葉を発するなんて。
学校教育の中で、個を尊重し認め合う事を教えている成果なのでしょうね。
大人社会でも、なかなかそうはいきません。自らの意見ばかりを主張して、他を尊重し受け入れる事のできない人が多いように感じられます。
小学生のうちから、しっかりこういう心を持った人間に育成する事はとても大事ですね。
学校は、いわゆる学力だけをつける場所ではなく、こうした人間力の基礎を学ぶ場所であって欲しいと思います。それが、生きる力をつける事にも繋がる。そう思います。
2. Posted by きゃる   2007年03月17日 06:51
記念の授業シリーズ、勉強になります。

中学年は、現実の自分とはかけ離れた、理想のみの自分像を発言したがる
高学年(特に6年生後期)は、道徳的価値が深まっていても、自分の考えを発言しようとしない
そんな傾向があり、
思うように授業が進まないこともありました。
toshi先生の実践では、多くの子どもが発言していて
すばらしいと思いました。

訳あって、私は、道徳の授業を今年度5回ビデオカメラで記録しました。
再生したり、逐語録をとったりすると
自分の授業のまずいところがたくさん見つかりました。
教壇では気づかなかった、授業に集中できていない子どもも、写っていました。
恥ずかしい限りです。
3. Posted by toshi   2007年03月17日 15:44
yokoさん
《大人社会でも、なかなかそうはいきません。自らの意見ばかりを主張して、他を尊重し受け入れる事のできない人が多いように感じられます。》
 ほんとうですね。多くのブログをみても、『他の尊重』ができているのか疑問に思うことが多いですね。不毛の議論と言いますか。残念に思います。
 やはり子どものときからそういう力を鍛えることが大切ですね。自分の思いは主張するけれども、他の意見も受け入れる。そういう柔軟性を大事にしたいですね。
 
4. Posted by toshi   2007年03月17日 15:44
実はそういう力も学力のうちなのです。学習指導要領も、ねらいを、《児童に生きる力を育むことを目指し,創意工夫を生かし特色ある教育活動を展開する中で,自ら学び自ら考える力の育成を図るとともに,基礎的・基本的な内容の確実な定着を図り,個性を生かす教育の充実に努めなければならない。》としています。
 ところが、現実に、現場と、国は、ペーパーテスト的学力ばかりを大事にしたり言ったりしているように思えてなりません。
 なんとか、こういう雰囲気を打開したいと思います。
5. Posted by 協働学力   2007年03月17日 22:49
言葉面はいくらでもきれいに表現ができるのですよね。「よりよく」と言語化するのは簡単ですが。
現在は、テストの結果が、カリキュラムも左右します。カリキュラムの結果が業績だったはず・・・。
点数に、カリキュラムが振り回れても、疑問を感じない時代なのですね。評価というしっぽに、カリキュラムという胴体が振り回されているのですね。
老婆心ですが、フレダーリクセンや、プルデュー、バーンスティン辺りの、世界的学力論を読み返してみてもいいのかな、と感じています。俯瞰の視点が無いと、今の教育界はあぶないですね。知っているつもりが、一番危ない。知っていても知るだけでは危ない。そんな、感じがします。
6. Posted by toshi   2007年03月18日 07:33
きゃるさん
 お読みいただき、ありがとうございました。
 多くの子どもが発言しているというのは、学級担任の力です。学級経営です。なかなかそうはいかないケースもあるのですよ。
 5回もビデオ撮影とは、すごいですね。
 わたしもやったことはあります。おっしゃる通りですね。自分の表情から反省です。言葉かけ、子どもの発言のとり上げ方、わたしのしゃべり過ぎなど。
 初任者の授業を後ろから見て、指導はしていますが、『いつも先生に言っていることが、今日、自分もできなかったな。自分自身が反省だ。』などと言うこともあります。
7. Posted by toshi   2007年03月18日 07:47
協働学力さん
 学習指導要領のいう学力は、わたしが本記事などで主張する、情操面も含むものです。『自ら学び自ら考える力の育成』『基礎的・基本的な内容の確実な定着』『個性を生かす教育』と言っているのですからね。
 おっしゃるように、今は、『基礎的・基本的な内容の確実な定着』ばかりに大人の目がいっていますね。
 わたしは言っているのです。『自ら学び自ら考える力の育成』『個性を生かす教育』をおし進めるなかで、『基礎的・基本的な内容の確実な定着』が図られなければなりません。そして、それは、できるはずなのです。協働学力さんのおっしゃる、『俯瞰の視点』。大切ですね。今は、教育の専門家も含めて、その視点が欠落しているようです。
今日予定している記事では、そのことにもふれるつもりです。ご期待ください。
8. Posted by 梶浦・協働学力   2007年03月18日 15:20
toshi先生のおっしゃる通り、基礎基本の知識の獲得は、他の目標領域(個性化や情操面など)と総合的に、バランスを踏また指導を目指すことが重要だと思います。
 ところが、学校の研究などでは「結局、基礎基本は教え込んでおかないとダメだ。要は、トレーニングだ」という方法論に閉じることが多く、困ることがあります。「知識の基礎基本」と「学力(教育)の基礎基本」が分離し、知識の基礎基本は反復とドリルで最優先・・・という方向へ流れてしまうのです。結局、対話が少なくテスト問題に加適応させる様な学習に・・・。校内研究が進むと、必ずこの問題が生起して来ます。そして、職員内の対立に・・・。この問題を発展的に解消する方法を考えて行きたいと思っています。
9. Posted by toshi   2007年03月18日 17:03
梶浦・協働学力さん

 そうですか。《対話が少なく、テスト問題に過(かな。)適応させるような学習に、》なっているのですか。全国的にはそうなっているのかなあ。それだと、まずい状況ですね。
 
 少なくとも、我が地域では、実践力はいろいろですが、それはともかくとして、わたしのような考え方が主流であり、ぶれてはいないと思います。ただ、全国学力検査はしなければなりませんし、今後、どうなっていくでしょうか。気をつけて見守りたいと思います。

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