2007年03月27日

メールのやり取り2

a74f9432.JPG 拙ブログには、メールを受け付ける欄を設けているが、先日、すてきなメールをいただいた。

 先のわたしのブログ記事、『教育再生会議の提言に思う。(5)奉仕活動必修化をめぐって』に対し、JPMさんが、ご自分の思いをお寄せくださったのだ。

 わたしとは見解を異にするが、
1. 大変さわやかな論争ができそうだ。
2. 単に2人のメールでのやり取りにとどめておくのではもったいない。これはかなり、多くの方が関心を寄せられる話題ではなかろうか。

 そんな思いがして、JPMさんに、メールを本ブログの記事にさせていただくことをお願いしたところ、快くご承諾くださったので、ここにその往復書簡集(?)を掲載することにした。


 JPMさんは、奉仕活動の必修化には反対だとおっしゃる。


 なお、まず、本記事の『教育再生会議の提言に思う。(5)奉仕活動必修化をめぐって』を、まだお読みでない方は、そこからご覧いただけたら幸いである。



 そして、JPMさんのお考えをどうぞ。


 とある大学院で社会科教育学を専攻しているものです。ブログの内容をごくごく一部、拝見させていただいたのですが、読んでいてすごく心地よかったです。というのも、toshi先生は、子ども一人ひとりを尊重することをベースに、教育について深く考えられていると感じたからです。少しずつ、読みすすめていければと思います。

 〜。

 toshi先生のような校長先生のもとで教育活動ができたらと思ってしまいました。

 どうも、最近の教育改革の動きなどを見ていると、小学校の教員になるという目標が揺らぎそうになるときもあります。政治と教育は切っても切れない関係ではありましょうが、お互い独立した論理をもって、対等の立場であるべきですよね。あまりに教育が政治に隷属している現状が悲しいです。

 さて、一つブログの内容で気になったことがあるので質問させてください。

 奉仕活動のことなのですが、必修化におおむね賛成という意見のようですね。もっとも現状での早急な導入には、段階をもって解決すべきという意見でしたね。

 しかし、わたしは、奉仕活動を必修化することは、どんな方法をとっても反対です。しっかりとカリキュラム化して、奉仕することの意味、態度を養うという目標はたてられましょう。しかし、そういった啓蒙的内容は、結局のところ奉仕活動はすばらしいという価値観を一方的に押し付けることにならないでしょうか。

 確かに奉仕活動をすることはすばらしいことでしょう。たとえば、ゴミ拾いを毎日欠かさずやっている人はすばらしいでしょう。しかし、そのことを、ゴミ拾いをやらない人に見せ付けるようにやっていたら、またはゴミ拾いをやっている自分に酔いしれているとしたら、それは単なる自己満足(もっとも世間的には評価されるものですが)だと思うのです。

 井戸をのぞいている赤ちゃんが、今にも落ちそうになっていたら、利害など考えずに、思わず助けようとする人が多いと思います。天災などで甚大な被害を受けた様子がTVなどで報道されれば、何か助けになりたいと思う人がいると思います。

 そういう内発的な想いからうまれる行動こそ(有意な)ボランティアであって、必修化(=強制)されてやるものには、得るものに限界があるのではないでしょうか。公共性の考え方ともかかわるかもしれませんが、もともとある「公」にかかわらせていただくという考え方は、古い日本の体質だと思います。それぞれ確立した個が、「公」を創っていくことがこれからは必要ではないでしょうか。

 やりたいことをやろうとする。(目標を自らもつ)
 そのためにいろいろな人とかかわることになるでしょう。(手段を講ずる。)
 
 そして達成感や充実感を味わうことができるのではないでしょうか。そのために一人ひとりを尊重した教育を継続的に行い、しっかりと自立した一人の人間形成を目指す必要があると思います。教育現場も知らなければ、世間も知らない一学生の戯言ですが、もしお時間があれば、意見をいただけると幸いです。




 では、それに対する、わたしの返信をどうぞ。

 〜。
1.《確かに奉仕活動をすることはすばらしいことでしょう。》ということで、JPMさんも、その学習の意義は、認められていらっしゃるのですね。

2.必修化ということで、疑義をもたれているようですが、学校は、もともとほとんどの学習内容が必修です。しかし、その大部分は、《価値観を一方的に押し付ける》ことにならないよう、子どもの内発的動機付けを大事にして学習するように努力しています。〜。

3. この奉仕活動も同様です。価値観を一方的に押し付けようとは思いません。そういう意味での必修化賛成なのです。

4. 《ゴミ拾いをやらない人に見せ付けるようにやっていたら、またはゴミ拾いをやっている自分に酔いしれているとしたら、それは単なる自己満足(もっとも世間的には評価されるものですが)だと思うのです。》については、

 そうならないような配慮が必要です。〜。見せ付ける行為、酔いしれている行為については、やはり心の耕しが必要になりますね。
奉仕活動必修化の記事の次に、『下級生の喜びが我が喜びに』という記事を書きました。そこでは、見せ付け、酔いしれ以前の、『奉仕的活動をやらされている意識』について書きました。やらされている意識になってしまうのは、内発的動機付けの指導がないからです。見せ付け、酔いしれも同様ではないでしょうか。

5. 〜。『見せつけ、酔いしれ』をいけないこととして、上から説教するようなやり方では、子どもの心は育ちません。
 わたしが言えることは、人間の心の弱さとして、そういうことがあるとした上で、そうした心については、共感の念を示してやり、その上で、『人知れず、自慢せず、こっそりとこつこつやっている子』の事例を取り上げ、その価値をうんとほめるようにします。

6. 『井戸での赤ちゃんの事例』や、『天災など甚大な被害を受けた様子』などの事例について書かれていることについては、
 これは、指導などせず、一人ひとりの人間の主体性にゆだねろと言っているように聞こえます。〜。しかし、現代という時代、それでは、日本は危機的状況になるという声が強くなっていると思います。

7.《そのために一人ひとりを尊重した教育を継続的に行い、しっかりと自立した一人の人間形成を目指す必要があると思います。》
 これについては、もう、まったく賛成です。


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 最後の7について、JPMさんとの違いはまったくないと思います。ですから、『自立した一人の人間形成を目指す』その目指し方が、違っていると言っていいのでしょう。

 なお、この往復書簡集(?)には続きがあります。次回に掲載します。

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   本シリーズ(2)へ続く。


rve83253 at 14:51│Comments(4)TrackBack(0)教育観 | 自己啓発

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年03月29日 11:45
私も、『奉仕活動の必修化』についてJPMさんと同様の意見を持っていました。でも、toshi先生のご意見を聞くと、なるほどそういう見方もあるのかと思いました。

『内発的動機付け』、それがちゃんとできれば、この『奉仕活動の必修化』はとても意味のあるものになると思います。


ただ、現場の教師全員にこの考え方が浸透していなければ、『奉仕活動の必修化』は意味をなさないものになる気がします。


難しい問題ですね。
元々、教育といもの自体この件に限らず、教える側、教えられる側の心根が大切なのでしょうね。
2. Posted by きゃる   2007年03月29日 15:39
私も、奉仕活動の必修化はいいことだと思っています。
教育活動が「将来役に立つ力」とすれば、
奉仕活動はどのように役立つのか目に見えます。
家庭や地域で奉仕活動をすく機会が少なくなったのであれば、
学校でも活動の場を用意すべきです。
自発的に活動をしない児童・生徒には
初めは強制になってしまうでしょうね。
でも、まず実践がないと、「奉仕」の価値には気付けないと思います。
初めは「見せ付け、酔いしれ」も可ではないでしょうか。
いいこと(あたりまえのこと)をしているのですから。
3. Posted by toshi   2007年03月30日 09:01
yokoさん
 《ただ、現場の教師全員にこの考え方が浸透していなければ、『奉仕活動の必修化』は意味をなさないものになる気がします。》
 ほんとうにその通りです。そして、それが一番の課題です。課題は、国、教育再生会議だけではなく、わたしたち教員の課題でもあるのです。
 でも、あきらめずに、がんばります。
 
4. Posted by toshi   2007年03月30日 09:08
きゃるさん
 《初めは「見せ付け、酔いしれ」も可ではないでしょうか。》
 わたしもそう思います。まずは行為のみをほめる。次に、気になる言動があれば、その一つ一つに対応し、心を育むことをねらう。そう考えないと、指導に無理が出てしまうでしょうね。無理が出れば、『やらされる意識にしてしまう』などの指導の問題点が出てしまいます。
 『見せ付け、酔いしれ』は、心をはぐくむ場合の問題、課題ではありますが、『悪』ではないので、それを指摘するよりも、『見せつけ、酔いしれ』のない、純な心で取り組んでいる子の言動をほめ、それを学級全員の心にひびかせるやり方がいいのではないかと思っています。 

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