2007年03月30日

学校だよりへの想い(1)5

0877c381.JPG 今回、わたしの後輩が、それぞれ、校長昇任、教頭昇任を果たした。まことに喜ばしく思う。多難な時代だが、それぞれ、職責を果たし、学校を盛り上げていくものと確信している。健闘を祈っている。

 その、校長に昇任したAさんへ祝意を伝えたところ、このようなことを言われた。

「toshi先生から、かつて送っていただいた、toshi先生の学校だよりを、今、必死になって読み返していますよ。」


 そう言えば、かつて、自校の教員から、このようなことを言われたことがある。

「校長先生の学校だよりは、ほんとうに読むのが楽しみです。いつも子どものことを載せていらっしゃいますし、話題が具体的なので、保護者もとても楽しみにしているようです。」

 わたしも、何人もの校長と、学校だよりのやり取りをしていたが、ある種の学校だよりは、これはもう、保護者は読まないだろうなと思えるものだった。


 そこで、わたしが、学校だよりに掲載する文のことで、心がけていたことを書いてみよう。

1. 子どもの話題を最大限大事にする。そのために、日々の学校生活のなかで、話題の収集をこころがける。
2. 保護者へのお説教はしない。教訓をたれるようなこともしない。
3. ほほえましいエピソード、感動した話題などをとり上げるなかで、わたしが学んだこととして、教訓などを取り入れることとする。
4. 保護者の反応を見ながらだが、ときには、私的な内容も盛り込む。あくまで親近感を抱いてもらうことをねらいとする。ただし、私的な内容だけにとどまることのないように心がける。
5. 文章の量が一定になるようにこころがける。読者である保護者が、時間を気にせず、安心感をもって読むことができるだろう。
6. 学校も、PRする時代だ。学校だよりの存在も、その一環だろう。ならば、読んでもらえる学校づくり、学校のPRになる学校だよりを考えよう。

 よく校長同士で話していると、
「もう、何年も同一校にいると、学校だよりのネタがつきてしまうよ。」
「そうそう、話題っていうのはないものな。」
などと言う人がいたが、わたしのようにとらえれば、ネタがつきるということはないだろう。日々新鮮だ。


 そのような思いをこめて、これから、おりおりに、かつての学校だよりを掲載していこうと思う。今日はその第一回目。



 ひびき合い

 自画自賛。我田引水。申し上げるのも気が引けるのですが、申し訳ありません。あえて書かせていただきます。

 ある学級に補欠にいったときです。子どもから声をかけられました。

「校長先生のこの前の学校だより、すごくおもしろかったよ。」
「そうか。それはありがとう。おうちの人と学校だよりのことでお話をしたのかい。」
「うううん。そうじゃない。自分で読んだんだよ。」
「ほんとう。それはすごい。よく読めるね。」
「そりゃあ、読めるさ。」
「でも、読めない漢字だってあるだろう。」
「それはあるけれど、でも、何となく分かるよ。」

 前後の文脈から判断して、読み取ったということなのでしょう。
「校長先生の文、すごくおもしろくて、やっていることがよく分かるのだよな。校長先生。小説家になれるよ。」

 大変なおほめの言葉。もう大笑いしてしまいました。


 次は、中学年音楽会のときのことです。いらしたお母さん方と挨拶をかわしていました。すると、一人のお母さんが声をかけてくださいました。
「校長先生。いつもすてきな学校だよりをありがとうございます。そのなかでも、この前の学校だより(前述の子どもの言っていた学校だよりと同一)は、特別楽しく読ませていただきました。」
「ああ。あの、わたしの担任時代の話ですね。どうも、恥ずかしいです。」
「いえ。校長先生。まだまだ大丈夫ですよ。」

 何が大丈夫なのか、一瞬考えてしまいました。すぐ思い出しましたけれどね。

「でも、あのときの1年生は、今、もう、18歳になっているのです。」
「そうですか。子どもとのつながりというか、なんとも温かなものを感じました。」

 反響があるということは、うれしいものです。お声を聞かせていただいて、ほんとうにありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。


 ここでまったく話題が変わります。4年生が大奮闘して犬を幸せにした話は、先日のPTA広報紙で紹介されました。そのまえに、わたしは、全校朝会でも子どもたちに話しました。だいたい広報紙同様のことを言った後、さらに続けました。

「〜。それでね。ふつうなら、『犬の飼い主が見つかってよかったね。』と言って、話は終わるところなのだけれど、この話にはまだ続きが二つあるの。

 一つ目は担任の先生からうかがったのだけれど、飼い主が見つかってみんなはとても喜んだのね。その後なのだけれど、すぐ、『じゃあ、町に貼ったぼくたちのポスターをはがしに行かなくっちゃ。』って言った子がいたそうですよ。担任の先生は、それがすごくうれしかったっておっしゃっていました。

 もう一つ。この話をPTAの皆さんがお聞きになって、とても感激してくださったのです。それでね。今度のPTAの広報紙に載せてくださるようですよ。よかったですね。このように、いいことって、ひびき合っていくのだね。楽しみにしていてください。」

 反響があるということ。声がひびき合うこと。それは実にありがたいことです。このことによって、子どもの幸せ感、喜びの思いは、倍加されます。広報誌に載せてくださったそのお気持ちに、厚くお礼を申し上げます。

 2学期も大きな成果を上げて終了することができました。ご支援、ご協力に感謝申し上げます。どちら様も、すばらしい新春をお迎えになりますよう、祈念しております。

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 本記事内の、子どもが、「校長先生は、小説家になれるよ。」と言った学校だよりの内容は、すでにわたしのホームページに掲載しています。
 ただし、学校だよりではなく、当時の学級だよりの文として書いたものですが、よろしければご覧ください。そうすると、保護者が、「校長先生、まだまだ大丈夫ですよ。」と言ったわけも分かるでしょう。

 子どもの目線で

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rve83253 at 08:29│Comments(4)TrackBack(0)学校経営 | 学校だより

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この記事へのコメント

1. Posted by hirarin   2007年03月31日 08:24
toshi先生の学校だより読んでみたかったなあ。
「何年もいるとネタが尽きる」ようなたよりを書いている校長先生は視野が本当に狭いんでしょうね。
子どもたちの姿を見ていれば何かしら感じることがあり、伝えることが出てくるはずです。

校長の考えって、保護者は敏感に感じるらしいです。私は学級だよりの方が保護者には関心があるのだろうと長年思っていたのですが、最近は「学校だより」の方が保護者の関心の的だったりして。

学校の管理者というスタンスと同様に、子どもから学んでいる校長先生、そして人生の先輩としてのスタンスで書かれる学校だよりが私も好きですね。
2. Posted by toshi   2007年03月31日 14:11
hirarinさん
 ありがとうございます。これから、少しずつ載せさせていただきますね。よろしくお願いします。
 学級だよりも、子どものことを満載すれば、保護者は読むと思いますよ。
 わたしが最後に担任した学級は、21人のクラスでした。毎号全員を登場させるとともに、実名入りで記事にした1年間でした。
 これもいずれ、記事にさせていただきますね。
 そう。おっしゃるように、『子どもから学ぶ校長』という視点は大事ですよね。
3. Posted by rusie   2007年03月31日 23:33
わたしもtoshi先生の学校便りの読者になりたかったです。子どものことを満載する,大事ですよね。そして,2の保護者へのお説教はしないっていうこと,大事ですよね。手をつなぐためには,同じところに立っていないと・・・。でも,この記事を読む前に,私は保護者にもいろいろ教えていかないとだめだな,と感じていたので,あやうく間違いをおかすところでした。学級だよりも子どものこと満載でみんながつながれるようなものにしていきたいと思います。(ここ数年,お便りが書けなくなってきていたのです。原因はとてもていねいに見てくださる教頭先生かもしれません。私のニュアンスと違ったような文章に,直してくださるので・・・・。どこの学校でも,上の人に見せてから,印刷でしょうか。)
4. Posted by toshi   2007年04月01日 09:50
rusieさん
 『学校、学級生活によって子どもが変容すれば、保護者も変わりる。』そう思って、担任時代も、管理職のときも、やってきました。
 例として、給食の事例をかつて掲載したことがあります。本コメントのわたしの名前のところをクリックすれば、出るようにしましたので、よろしければご覧ください。
 そうか。教頭が直しちゃうのか。ああ。それは、一概には言えないのですが、どこまで手を加えるのかが、判断の分かれ目。誤字脱字、人権に引っかかること以外は、書き手の意志を尊重したいですね。
 どこの学校も、管理職が見てから発行でしょうけれど、管理職のおおらかさがほしいですね。

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