2007年04月08日

『学校、担任批判を子どもの前ですることは、〜。』4

4eaeaeda.JPG  全国の学校で、入学式が行われたことだろう。テレビでも、各地の話題性にとんだ入学式の様子を紹介していた。ほほえましいものもたくさんあった。

 しかし、今日は、申し訳ないことに、そういう話題ではなく、生臭い問題をとり上げる。すみません。



 入学式後、保護者向けに、以下のような話をした校長もいたのではないか。

「〜。保護者の皆様にお願いがあります。学校や担任のやることに、不満、不信の念や疑問などを抱かれることもあろうかと思います。
 そのような場合は、率直に学校へその声をお寄せください。学校は相談にのったり、疑問の声に応えたりすることにやぶさかではありません。
 やっていけないことは、お子さんの前でそれを口にしてしまうことです。学校、担任と子どもとは、相互に信頼関係で結ばれる必要がありますが、口に出してしまうと、それにひびが入る可能性がありますから、おやめください。」


 このことに関し、わたしはどうしたか。

 前半は口にした。『率直に学校へ、』の部分だ。しかし、後半は口にしなかった。『お子さんの前では、』の部分だ。・・・。

 なぜ言わなかったか。・・・。何か、学校の敗北宣言のような気がしたのである。

○ そのようなことをお願いしたところで、実効が上がるとは思えない。日々の生活のなかで、言ってしまう親は言ってしまうだろう。
○ そのようなことで、もし、担任と子どもとの間に不信感が醸成されるとしたら、それは、学校や担任の努力不足ではないか。
○ つまり、信頼感も不信感も、日々の学校、教室での生活の中で醸成される。それがあくまで核心のはずだ。
○ 校長がそういうことを口にして、それを聞く保護者の気持ちはどんなものか。決して気持ちのよいものではあるまい。
○ 何も入学式という人生の節目で、わざわざ言うことではない。そんな大切なこととも思われない。枝葉末節だ。

 枝葉末節とは言いながらも、しかし、本記事では、話の中心となる。


 さて、わたしにも二児がいた。保護者だったわけである。二児が学校へ通っていたとき、保護者としてのわたしはどうしたか。

 まずは、すでに記事にしたことがあるので、それをご覧いただきたい。
 ただどちらの記事も、言いたいことは別にあり、本記事のテーマとは、ずれがあることはご承知願いたい。

       平成18年2月14日  保護者の皆さんへ(1)
       平成18年1月10日  マニュアル

 長女の例は、学習問題にかかわること。まさにわたしの授業観、指導観にかかわる、わたしにとっては、教職にいる限り、『命』とも言うべきもの。

 次女の例は、これは、教員と子どもとの心のふれあいにかかわるもの。


 お読みいただいてお分かりいただけたと思うが、どちらもさぐりを入れる程度のことしかしていない。子どもの前での担任批判は、基本的にはしなかったのである。


 たとえば、長女のケースで、担任批判をしたらどうなるか。

「そうか。A(長女の名)は作文に書いたのに、先生はとり上げてくれなかったか。せっかく、いいことを考えて疑問に思ったのに、それをとり上げてくれないなんて、がっかりしただろうな。それじゃあ、授業はつまらなくなっただろう。考えるのもいやになっちゃったのではないかな。」

 こういう場合、親としてのわたしが心がけたことは何か。少なくとも、『不信感云々』ではなかった。

 すでに、上記記事でも書いたのだが、我が子には、『考える力』を養ってほしい。『正しい判断力』を身につけてほしい。そこにこそ、最大の眼目があった。だから、そこに最大の価値をおいて対応したのである。

 したがって、考える力を養うように対応する。つまり、何が正解かというようなことは、できるだけ話さない。我が子が考える際のヒントになるようなことは言う。刺激は与えるということだ。

 別な言い方をしよう。親が担任に不信感を持ったとする。しかし、それを我が子の前で口に出したからと言って、我が子に正しい判断力が身につくとは、必ずしも言えない。まわりの大人の言うことを鵜呑みにする子どもができ上がるかもしれない。

 大事なのは、我が子がどう思っているかということだ。我が子が、自分の学級に満ち足りた思いでいるのなら、とりあえずは、それでよしとしよう。そのかわり、日々のさりげない親子の会話で、『考えること、正しい判断力を身につけることは大切だよ。』を、言外に伝えるようにする。


 それに対し、参照記事の次女の場合、これは、教員(担任ではない。)への明らかな不信感があった。
 その場合、親としては、できるだけ事態を客観視しようと思った。あくまで第三者的立場をよそおう。そうして、冷静に対応することが、我が子に、考える力、判断力を養うことになると思ったからだ。

 そして、これも、結論はあくまで子どもに任せる。たとえ親としては気に入らない結論を出したとしても、それは仕方のないことだ。その段階での我が子の力はその程度だったのだとして受け入れる。そして、また、同じ言葉を繰り返すが、日々の親子の会話で、克服することを願うしかない。


 繰り返そう。結論としては、親の思い、考えはできるだけ言わない方がいい。子どもが自分で出す結論を信頼した方がいい。

 要は我が子にとって、わが子の幸せにとって、何が大切かということ。そして、あくまで決めるのは我が子であるということ。かつて、『教育の真髄』で記事にしたことがあるが、『馬を水場に連れて行くのはたやすいが、水を飲ませることはむずかしい。』のだ。

 

 それでは、まったく担任批判をしなかったか。『しなかった。』と言えば、うそになるだろう。

 たとえば、一例だが、我が子が、学校や担任に対する不信の念をもって、親に質問してきた場合だ。これは、子ども自らが親の答えを求めているわけだから、答えないわけにはいかない場合が多い。

 もう一つ。

 あまりに無気力だったり、理不尽だったりすることが多いと、ふだん親が思っている場合だ。こうした場合は、担任との間の信頼関係もない。そういうときは、娘の言い分に同調するように、口にしたこともあった。
 

 冒頭の入学式の事例で、わたしは校長として、前半の部分しか言わなかったということについては、親としての、このような思いがあったのである。

 学校にとっては、まさに、『日々の学校、教室での生活の中で醸成される信頼感が勝負』なのである。

 そして、今、本記事とは別に、学校だよりシリーズを展開しているが、『子どもが主人公の学校づくり』『子どもの思考力、判断力を養うことが大事』ということは、具体的事例を通して、地域・保護者に語りかけるようにしていた。
 あっ。もちろん、『一人ひとりの子どもにとっての基礎・基本の定着が大事』ということもね。


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 事例的にそんなに多かったわけではありませんが、保護者からの苦情があった際、保護者の言い分が納得できるのであれば、わたしは、保護者側にたって、自校の教員を指導しました。
 逆に、保護者に対し、『えっ。そんなことまで、どの先生も統一して対応しなければいけませんか。』と言ったケースもあります。こういうことは、あくまでケースバイケースですね。

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    (2)へ続く。


rve83253 at 04:06│Comments(10)TrackBack(0)保護者 | 学校経営

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この記事へのコメント

1. Posted by きゃる   2007年04月08日 08:14
今日の記事も、とても勉強になります。

幸い、私はこれまで保護者には良くしてもらいました。
”埒、不満に至る前に、相談や質問をたくさんしてくださった。
∋勸蕕討砲弔い董学校だけにたよらず、ご自身でも努力されていた。
子どもさんに、担任のいいところを語ってくださった。
タ討気麁瓜里仲良くしようと、懇談会や学級・学年活動に積極的に参加された。
ぜ分の子どもさんだけでなく、クラス全体を成長させることに、惜しみなく理解と協力をしてくださった。
とても担任を支えてくださって、指導や支援、学級経営全体がうまくいきました。
2. Posted by きゃる   2007年04月08日 08:27
>あまりに無気力だったり、理不尽だったりすることが多いと、…

どうなんでしょうね。
私も3人の子どもの親でもありますが、
やはり子どもに共感し、寄り添う言葉かけをすると思いますが、
担任の先生を全否定しないように
「△△の点は、先生のやり方、理解できないよね。何かわけがあるのかな。でも、先生のおかげで○○ができているんだから、ありがたいと思わなければいけないよ。」
ぐらいに言うと思います。
子どもを落ち着かせるために、子どもの思いを受け止めることは重要です。
でも、落ち着いたら
「いろいろな人の支えがないと生きていけないのだから、どんなに嫌いになっても、その人とうまくやっていく力をつけないと、社会に出てうまく生きていけないよ。」
と、励ますことが親の役目だと思います。
3. Posted by toshi   2007年04月09日 02:48
きゃるさん
 すばらしいですね。きゃるさんの温かな学級経営により、保護者との信頼関係が、しっかりと構築されているのでしょう。
1.何でも言いやすい雰囲気があるのだなと感じさせてくれます。
2.また、わたし流に言わせてもらえれば、子どもの変容が、親をも変えさせているとも感じます。
3.子どもにとってかけがえのない学級だから、親も大事にしてくれるのではないでしょうか。

 基本的には、わたしもきゃるさんの思いと一緒ですよ。ただ、そのように言うことが、子どもも親もむなしさのみ残るような場合は、その言葉の欺瞞性が子どもにも伝わってしまうのではないでしょうか。『いろいろな先生がいるのだねえ。』くらいでしょうか。わたしが言えるのは。
 
4. Posted by ダイ   2007年04月09日 05:09
俺も、このテーマについての記事をUPさせていただきました。
よろしくお願いします。
5. Posted by 質問者   2007年04月15日 23:56
すみません ダイさんがこの記事にトラックバックした記事にある方からコメントが入っていました。
toshi先生が取り上げた校長先生の行動についてです。
それぞれのご意見にどうこうではないのですが、どうしても気になったので教えてください。わたしはこの記事を読んで、この校長先生は、
≪子供たちが居ない場所で、保護者だけに向けて≫「保護者の皆様に〜」と仰ったのだと読み取りました。
けれどコメントを入れた方は、この校長が
≪子供たちの居る前で≫
こうう仰ったのだと読まれているようです。




6. Posted by 質問者 続き   2007年04月15日 23:59
私自身同じ事を懇談会の席で担任の先生から言われた事があるので、まぁ、子供達がたちが退場したあと残った保護者に向けて、入学式に言う校長も居るだろうなぐらいに思っていたのですが…
子供たちの居る前で言ったのだとしたら、信頼関係を壊すものだと思うので。

 
文章を読み取る力がなくて申し訳ありませんが、どちらだったのか教えていただけますようお願いいたします。

7. Posted by toshi   2007年04月16日 23:19
質問者さん
 お尋ねの件、《入学式後、保護者向けに、》とあるように、式のさいちゅうに子どももいるなかで話すという想定ではありませんでした。その点、記事の説明が簡略すぎて申し訳ありませんでした。
 でも、・・・、おっしゃるコメントを読ませていただきましたが、これは想定ですから、どちらの理解でもよいと思いました。主張されていることの結論は一緒ではないかと思いました。
8. Posted by ありがとうございます   2007年04月16日 23:42
ご丁寧な回答ありがとうございます
最初に

>それぞれのご意見にどうこうではないのですが

と書いたとおりわたしが気になったので…

さすがにそこまで思慮の浅い校長が居るとは考えたくもなかったものですから
失礼いたしました
9. Posted by 中田   2009年04月21日 13:55
先ほど、友人と、
正にこの件について話をしていたところで、タイムリーな記事でした。

息子の担任は、これまで皆、途中休職されており、
クラス運営はプチ学級崩壊寸前の大変なものでした。

子供達の中にも閉塞感があり、
不満を聞かされた親は、少なからず同調せざる得ない状況でした。

進級して担任の先生が、
今までとは180度も違う、
熱心であり、厳しさもありながらユーモラスな一面もある方になりました。
子供達だけでなく、保護者も、その担任の人となりを学級新聞や日記のコメントなどで知るたびに、
素敵な先生だよね〜と思わず感心してしまうのです。

お世辞ではなく、心から、
一保護者として、優秀な先生がわが子の担任についてくださったことが、ありがたくて、
何かにつけ、「ほんと、いいよね〜、先生」と、
思わず口癖のように言っていましたら、
子供も嬉しそうな顔をしているのに気がつきました。

子供の口からも、一日一回は「先生って怒ると怖いんだけど、でも優しいんだよ」と、
聞いてないのに、自分から話すようになりました。
不平不満はどこへやら…といった感じです。

前の担任の先生方のことは、たまに話が出ると、
いろんなタイプの先生がいるんだよと言う事にしています。
お友達が、自分とすごく合う人と、そうでもない人がいるようにねと。

ただ、やはり学校の先生には、
教える技術云々でなく、
子供達から見て、親とは違う、何か惹きつけるような魅力のある方であって欲しいなあと、
我侭ですが、保護者の願いです。
10. Posted by toshi   2009年04月21日 20:59
《やはり学校の先生には、教える技術云々でなく、
子供達から見て、親とは違う、何か惹きつけるような魅力のある方であって欲しいなあと、》
 そうですね。教える技術も大切でしょうが、もっと大切なものがあるということだと受け止めました。
 低学年だったら、安心感といいますか、安定感といいますか、中学年以上なら、信頼関係といいますか、いずれにしても、四六時中いっしょにいる担任ですので、最低限そういうものはほしいですね。
 担任批判云々は、それが先行するのではなく、あくまで、お子さんの幸せのために、親として今どうしたらいいかということだと思います。

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