2007年04月12日

学校だよりへの想い(4) 主体的な学びの紹介3

55ff07d0.JPG さあ。これから数回、学校経営の『幹』の部分に焦点を当てた学校だよりを紹介させていただこうと思う。

 その第一回目は、授業の様子を書いたものをとり上げる。

 言うまでもなく、授業は学校の教育活動の中心である。子どもの立場で言えば、学校生活の大部分は授業だし、この時間を充実した思いで過ごせるかどうかは、決定的である。
 その授業について、学校はどういう価値観をもっているか、子どもをどう育みたいと思っているか、それを学校だよりに書くことは、大変有意義であると考えたい。
 そういう意味で、学校だよりは、信頼関係を構築する、有力な手段の一つと言えよう。


 ただし、信頼関係の構築という観点で見たとき、まずは、子どもが毎日の学校生活をどのような思いで送っているか、それが土台となるであろう。

 親の思いからすれば、我が子が、毎日楽しく張り切って登校しているか、下校したとき満ち足りた表情をしているか、それらが最大の関心事なのではなかろうか。

 次に、授業参観などで、我が子の姿や、我が子が在籍する学級の様子を見る機会がある。楽しそうな授業、充実した授業、子どもが主体的に学んでいる授業なら、信頼の度もますというものだろう。

 そこまででも、ばくぜんとした信頼関係は構築できる。『学校へ、また、担任へ好印象をもつ。』とか、『安心して任せられるという思いになる。』とか、それは可能だろう。

 しかし、学校だよりなどにより、学校としての授業観を明確かつ具体的に述べることは、その信頼関係を磐石なものにすると思われる。
 

 逆はまずいだろう。学校だよりにはいつもいいことが書いてあるが、我が子は、ちっとも楽しそうではない。張り切ってもいない。そういう場合は、親はむなしさを感じてしまうのではないか。学校だより発行が逆効果にもなりかねない。

 だから、前提としては、全教職員による熱意ある学校の創造、成果を上げている実践。それがあっての学校だよりだろうと思うのである。

 
 それでは、以上を踏まえて、あるときの我が校の学校だよりをご覧いただければと思う。


 ああ。その前に一つだけ注釈を。

 本記事では、学校と塾との関係にふれている。これは、この学校がどちらかというと、塾に通っている子が多く、そのため、塾との良好な関係を強調したい思いもあった。
 塾に通っている子も、いない子も、充実した思いになれる授業。そこに、我が校の授業観が現れているとも思った。

 


   開かれた学習


 今年も本校の先生方は、教科等の学習の総合化の研究に取り組んでいます。子どもの思いやこだわりを大切にし、主体的に学ぶ子どもを育もうとしています。
 今年は、算数科、生活科、音楽科、道徳を通して、研究を進めています。


 先日、算数の研究授業がありました。子どもたちは実にいきいきと学習に取り組んでいました。

 この学習。文章題を解くのですが、問題文のまま式をたてると、ℓ÷㎗となります。それを同じ単位にそろえて解くわけですが、そこで感心したことは、席が一番後ろの子どもだけを見ても、十人十色の解き方をしていることでした。それぞれが自分の頭でしっかり考えていることがうかがえました。

 まず、いきなり式をたてて解く子がいます。その式も、㎗÷㎗の子もいれば、ℓ÷ℓの子もいます。図で考える子もいました。それも線分図だったり面積図だったりしました。
 いろいろな解き方をめぐって、教室が共同思考の場になっていきました。子どもは、自分自身の言葉で語り合っていました。一番感心したのは、
「ああ。その解き方だと、ストレートだね。」

 どういう意味だか分かりますか。この問題、答えはℓで求めるようになっていますので、㎗÷㎗でなく、ℓ÷ℓで解いた方が、そのまま答えに到達するという意味なのでした。

 また、『古い小数点に戻す。』という発言もありました。これにも感心してしまいました。と言いますのは、教科書には、『もとの小数点に戻す。』と書いてあったからです。
 もうお分かりでしょうか。これはあまりの出る小数同士の割り算なのですね。担任も教科書の言い方にはこだわらず、子どもの言葉でまとめていました。
 わたしはそれを見ていて、『子どもが使っている言葉の方が、教科書のそれよりいいのかもしれない。子どもの実感に裏打ちされているものな。』などと思いました。


 後で、職員室で、教員の皆さんと語り合いました。塾に行っている子もいるでしょうに、こういう子どもらしい表現で学習が進んでいくことを、すばらしいと思い、そんなことを話しました。

 すると、担任の言葉です。
「塾へ習いに行っている子は、塾で習ったことを、授業中言っていいと思っています。よく、『塾で習った子がそれを言ってしまうと、塾に行っていない子にはよく理解が進まないまま、学習がまとめられてしまうので、こまる。』ということを言う先生もいますが、わたしはそうは思いません。
 
 共同思考が成立していれば、塾で習ったことを言う子がいても、分からない子は分からないと言いますから、それを説明しなければならず、学習はかえって深まると思うのです。」
すばらしい自信だなと思い、うれしくなりました。

 わたしも言いました。
「そうだね。わたしも、若いとき、よく教科書を閉じさせ、見せないようにして、学習を進めることもあった。教科書を見てしまうと、答えがでているので、考えさせることができないと思ったからだが、これは、今、考えると、やはりおかしかったと思うよ。子どもが主体的に学ぶ手段を奪ってしまっているのだものね。」

 教員から、何に価値をおいて学習を進めたらいいかを学んだ気がしました。
 
 
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 もとより、すべての学級の授業を紹介することはできません。どうしても例示的に、一、二のクラスをとり上げることになります。でも、載せる意味を明確にしておけば、保護者の皆さんは納得してくれるようでした。
 ありがたい思いになったものです。

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rve83253 at 16:55│Comments(4)TrackBack(0)学校経営 | 学校だより

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この記事へのコメント

1. Posted by くるみ   2007年04月12日 23:29
子どもの言葉を尊重する

・・・すごく子どもの力を認めて信じてくださっている
のがとても伝わって、保護者もとても安心できる
だろうなあと思います。

そして、授業が塾と学校が共存できる空間になって
いることもすばらしいなあと感動しています。

自ら進んで塾に行き始めた息子への声かけを
反省しています。

今回の記事を参考に、私なりに声かけの工夫を
してみたいと思いました。

素敵な記事をいつもありがとうございます。

2. Posted by お母さん卒業生   2007年04月13日 23:19
わが子が小学生の頃に出会いたかったブログです。
親は、子供の学校での様子を、とっても知りたがっています。
このような学校便りなら、発行を待っていらっしゃるでしょう。
10年以上前の学校便りですが、私にも記憶に残るものがあります。
月1回、校長先生と教頭先生が交代で書かれるのですが、親はどちらがお書きになったのか、すぐわかります。
多分文科系と思しき校長先生は、ある生徒のエピソードについて匿名で楽しく書いてくれます。
書かれた生徒だけは自分のことだとわかり、喜んでいます。
挿絵は、図工の時間に書かれた生徒作品を使っていらっしゃいます。これも、生徒は楽しみにしていました。
理数系と思われる教頭先生は、イマイチ文章は上手ではありませんでしたが、ユニークな取り組みをした先生について、チャレンジを紹介した記事が多かったと思います。
親にとって楽しい、学校便りでした。
3. Posted by toshi   2007年04月14日 09:21
くるみさん

 お返事のコメントが遅れ、ごめんなさい。
 そして、すてきなコメントを、ありがとうございます。
 学校だよりが、保護者の心を打って、保護者の皆さんが自分の子育てを振り返ってくださる。
 そういう姿は、学校教育に携わるものにとって、大きな喜びです。まさに手を携えて、そこには信頼もあると思いますが、教育が協育になっている。子どもにとっては最大の幸せと言っていいでしょうか。
4. Posted by toshi   2007年04月14日 09:28
お母さん卒業生さん
 ありがとうございます。末永くよろしくお願いします。
 やはり学校だより(学年、学級だよりを含む。)は、理解を深めることもありますが、より、心のつながりを深めるものでありたいですね。
《挿絵は、図工の時間に書かれた生徒作品を使っていらっしゃいます。これも、生徒は楽しみにしていました。》
 これについては、わたしも近日中に記事にしたいと思っています。我が校のと似ているかもしれませんね。
 楽しい学校だよりのご紹介、ありがとうございました。

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