2007年04月16日

保護者の声に応えて3

1ae163c2.jpg  今、『学校だよりへの想い』シリーズを掲載している。

 ここでは、学校だよりが、信頼関係構築のための一手段として、有力な役割を果たしていることを述べている。

 
 わたしは、これとは別に、ずっと前から、『信頼関係の構築』にかかわって書いてきたことがある。

 それは、・・・、

 『(保護者、地域からの要望は謙虚に受け止め、)できることはとり入れるが、できないことはなぜできないかの説明をさせていただく。』

 しかし、その具体的事例は、これまであまり書いてこなかったように思う。


 そこで、今日は、その、ほんの一例だが、上記の言葉に焦点を当てて記述してみたい。



 多くの学校は、防災訓練の一環として、保護者による子どもの引き取り訓練を実施しているのではなかろうか。

 我が地域において、この訓練のやり方は、幾多の変遷を経てきた。


 阪神淡路大震災以前は、ふつうに引き取り訓練を実施していた。

 しかし、この大震災を契機に、学校が避難所になることとなった。
 そうなると、保護者に引き取って下校してもらうのは、震災直後の危険な町、ライフラインが止まった町に家族を追いやることになってしまう。
 こうした考察の結果、児童を学校に留めおく方が、児童の安全上も大事ということになった。
 保護者には学校に来てもらい、子どもを引き取った後は、そのまま学校で過ごすという想定の方が実際的となった。

 だから、引き取り訓練は不要だ。むしろ、学校が避難所になることを想定した訓練の方が実際的である。
 避難所になる学校ごとに、地域主体の、『防災拠点運営委員会』なるものを組織し、その委員会が主体性を持って訓練を実施するようになった。(この訓練の詳細は、本記事の趣旨から外れるので、ここでは割愛する。)

 そのようなわけで、我が地域では、だんだん引き取り訓練を実施しない学校がふえた。わたしの学校も、実施しなかった。ただし、台風などの場合に備え、地区班ごとに教員が付き添って、保護者への引き取り場所まで集団下校する訓練は行っていた。



 そのような状況のとき、PTA役員さんから言われたのである。

「うちの学校は、保護者による引き取り訓練を実施していませんね。しなくていいのでしょうか。地震や台風のときの備えが必要に思うのですけれど。」

 それで、わたしは、説明責任を果たすべく、上記の内容を話した。さらに話したことは、

○ かつて、引き取り訓練を実施していたとき、訓練のある日は勤めを休み、自宅待機していた保護者が大勢いた。これは、学校行事に協力してくださるという意味ではありがたかったが、実際地震が起きたときを想定した場合は、意味がないと思った。地震はいつ起きるかわからないからだ。

○ 実際に地震が発生したときは、すべての保護者が引き取りに来るまで、学校は子どもを預かる覚悟である。その際、学童保育所とも連携する。

○ 実際に大地震があれば、電話は不通になる可能性が高い。とても連絡網など使えない。それに、その場合は、連絡などなしで、子どもを引き取りに来るはずである。だから、訓練をやる意味がない。

○ 実際に、この2ヶ月くらい前、台風が接近してきたので、緊急連絡を回し、引取りに来てもらったことがあった。そのときは、訓練はしていなかったにもかかわらず、保護者の皆さんの協力を得て、時間はかかったものの、まあまあ整然と引き取っていただくことができた。


 これで、引き取り訓練を行わない訳を納得してくれると思った。説明責任は果たしたと思ったのである。

 ところが、違っていた。PTA役員さんは、なおも食いついてきたのである。

 「校長先生がおっしゃることは、よく分かります。確かに、訓練は、意味あるものにするよう、反省を踏まえ、検討を重ねていかなければなりませんね。
 でも、今のように、訓練すらないのでは、親のなかには、『地震など、もしもの場合はどうするのかしらね。学校へ引き取りに行くのかしら。』と不審に思っている人もいるのです。
 学校は、『年度当初に文書を出している。』とおっしゃるかもしれませんが、そんなもの、読んでも忘れてしまいますし、なかには読まない親もいるのです。
 こういう場合は学校へ引き取りに行くこともあるのだと、身体で覚えてもらうためにも、地域の防災訓練とは別に、引き取り訓練をやる意味はあるのではないでしょうか。
 地震は突発的に起きるのだから、親がいないかもしれないのは仕方ないですけれど、訓練をしておけば、台風などある程度予測がつくものについては、出歩くのを控える親だってふえると思いますよ。」

 うううんと、うなってしまった。


 確かにその通りだ。思い出したことがある。

 わたしの養母は、阪神淡路大震災のとき、テレビ報道などで、実家の家族が心配になり、お茶を湯飲みに入れられなくなった。入れようとしても、手がふるえ、ほとんどをまわりにこぼしてしまうのだった。

 そのようなとき、『あっ。我が子を引き取りに学校へ行かなくっちゃ。』と思ってもらえるかどうかは大きい。
 そのようなとき、細かな手順が訓練と違うかどうかは、たいした問題ではないだろう。まさか電話がかかってくるのをじっと待っている親はいまい。

 役員さんが納得してくれるかどうかの次元ではなく、わたしが納得させられることとなった。


 すぐ、教職員に事情を話した。教職員も理解してくれた。そして、その年から、引き取り訓練を再開することにした。

 さて、ここで、本記事は終わりにしてもよいのだが、・・・、二つだけ。



 まず一つ目。上記の、台風接近時、集団下校訓練しかしていなかったにもかかわらず、引き取りをお願いしたときの事情にふれよう。

 各クラスのPTA学級委員さんに電話を入れた。
 しかし、多くの保護者は、まさか、引き取り依頼の電話が入るとは、思っていなかったのだろう。台風接近はわかっていながらも、多くの保護者が家にはいなかったのである。

 それは学級委員さんの家庭とて同じ。そのため、なかなかつながらなかった。次、次もいないからその次といった具合だった。

 おまけに、学校に電話は2回線しかないから、かけられる職員がいても、常時電話できるのは2台のみ。
 しばらくたってから、わたしはあることを思いついた。そうだ。わたしの携帯も使おう。

 ちょうどそのときだ。学校のそばにお住まいの方が、数人駆けつけてくれた。
「校長先生。わたしたちも電話をかけましょう。」
「3年生まではすんだのですね。じゃあ、わたし、6年生の方からかけます。」

 ああ。2回線が、4回線にも5回線にもなった。ありがたかった。涙が出るくらいうれしかった。保護者が、学校になり代わって、各クラスに電話を入れてくれるのだもの。


 電話を入れている最中、早い方の引き取りはもう開始された。その様子を見て、事務の先生がつぶやく。

「校長先生。今日は給食が大量にあまってしまいますね。」

 そうか。そうだな。でも、これはもう、子どもの安全のためには、仕方ないこと。

 引き取りは、かなりの長時間に及んだ。給食のさいちゅうに引き取りにきた保護者もいる。もうそのときは、暴風雨状態になりかかっていた。でも、保護者の判断で、親子で給食を食べてもらったケースもあった。

 最後の引き取りは、やはり、下校時刻のころになってしまった。それも致し方なかっただろう。

 すべての子どもの引き取りが終わったとき、ほっとして、疲れがどっと出た。
 と同時に、さまざまなご協力をいただいた保護者の皆さんに対し、ありがたい思いでいっぱいになった。
 給食にしても、給食前に帰った多くの家庭、それとは別に、親子で給食を食べた家庭、そのようにばらついたわけだが、それに対する不満、苦情などは、一件もなかった。そのこともありがたく思った。

 また、後でわかったのだが、在宅のPTA校外委員のお母さん方のなかには、自分の子どもを家に帰した後、暴風雨の中、長時間、要所要所に立ち、自分の担当する地区班の子どもがちゃんと下校をしたかどうか、見届けてくださった方もいらした。


 それやこれやで、翌日、わたしは、『お礼』と題した文書を保護者宛に配布したのだった。
 そうしたら、後日、
「校長先生。すごいですね。長い間小学校にお世話になっていますけれど、お礼だけの文書など、初めていただきました。」

 お礼状に、お礼を言われてしまった。


 二つ目。

 上記、PTA役員さんの提言に従い、引き取り訓練を実施してから、思ったこと。

 もとより、地震にしても台風にしても、その様態は一様ではないだろう。いろいろな場合が想定できる。だから、訓練は訓練としても、実際そのような緊急事態が起きたときは、その様態にあわせて、臨機応変に、対応を考える必要がある。

 現に、台風接近時の、『教員が付き添って集団下校をする。』訓練は、以前から実施していた。
 それなのに、いざ本番となると、それはできないことに気づかされた。

 家にいない保護者も多くいるのではないか。その場合は、鍵がかかっていて家に入れない子も出てくる。これから暴風雨になるというのに、それでは児童の安全が図れない。かわいそうだ。だから、保護者に迎えに来て、引き取ってもらうことにしよう。そう決断した。

 以上、いざというときは、臨機応変さが大切。しかし、だから、訓練が必要ないということはできない。

 当たり前のことが確認できたという、恥ずかしい結論を得た。

  
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rve83253 at 07:29│Comments(5)TrackBack(0)学校経営 | PTA

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年04月16日 11:51
娘の学校では、前年度までは、連絡網が2種類ありました。クラスのと地域のとです。災害時の連絡は、地域の連絡網で回す事になっていました。あらかじめ学校からのお手紙で皆知っているはずなのに、引き取り訓練で連絡網を回したとき、これがごちゃ混ぜになって…大変だったようです。
今年度からは、この失敗をいかして連絡網はクラスのみとなりました。

学校が出したお手紙をちゃんと見ていない人が多い事が露呈された訓練だったのです。

訓練は、そういった事の再確認の意味でも必要なのですね。

そして、保護者宛の「お礼」を出したtoshi先生、素晴らしいですね。この「お礼」によって、学校(toshi先生)との信頼が、訓練が必要と言った役員さんだけに留まらず、全保護者に広がったのではないでしょうか。《表現する事、行動する事の大切さ》を実感しますね。
2. Posted by princip   2007年04月16日 18:42
今回の記事は「う〜ん」とうならされました。
引き渡し訓練については、私も実際に災害が起きた場合に役立たないといつも思っていたのです。それでも、あえて内容を吟味、変更することなく毎年やっていました。

いろいろなケースを想定して、毎年、変化をつけても良いかもしれませんね。例えば毎月の避難訓練を授業中や休み時間などいろいろな想定で変化を持たせているのと同じです。
3. Posted by princip   2007年04月16日 18:42
どうせ、学校が避難所になるなら…地域の防災訓練とタイアップすることも良い考えだと思います。でも、これまでやっていたことを変更するには、その反動も大きいと言うことがよくわかりました。

なお、緊急連絡ですが、私のところでは携帯メールと電話を組み合わせています。日中、あまりにも留守宅が多いのでこれは有効ですね。

集団下校時に、保護者が留守をしているケース、悩みの種です。通常、児童が帰宅するまで買い物に行っているなどもあります。ご近所で預かってくれる体制も考えなくてはなりませんね。

とても参考になりました。ありがとうございました。
4. Posted by toshi   2007年04月16日 22:59
yokoさん
《引き取り訓練で連絡網を回したとき、これがごちゃ混ぜになって…大変だったようです。》
 そうなのですね。お知らせを配布してあるからいいは、通用しません。
 そうですよね。わたしにしても、勘違いしてしまっているということはありますもの。
《訓練は、そういった事の再確認の意味でも必要なのですね。》
 学校としては、単純明快が一番いいのだということが分かる。保護者としては、体感として対応が理解できる。そういう良さがあるのですね。
 気づいたのが、退職間近だったのは情けなかったです。
《表現する事、行動する事の大切さを実感しますね。》
 ほんとう。敷居の低い学校だったら、積極的に要望を出しましょう。互いに知恵を出し合うことが、より良い学校づくりにつながりますね。
5. Posted by toshi   2007年04月16日 23:11
principさん
 ほんとう。・・・。あっ。そうか。いろいろやるのもいいけれど、それがかえって混乱のもとなどということもあるかもしれませんね。やはり、単純明快さも大事。要は、やはり日ごろの信頼関係なのでしょうね。多少無理をやっても聞いてくれます。
《携帯メールと電話を組み合わせています。》なるほど。これはいい。携帯メールは次を考える必要がないですものね。また、電話もすばやく回るのではないでしょうか。
 一泊の修学旅行などでも、一日目の様子をメールで送付。その日のうちに保護者も見られる。そのようにしている学校もあると聞いたことがあります。
 便利になったものですね。それにつれ、緊急時の対応も変化するということがありそうです。

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