2007年05月18日

いじめ防止と算数の授業(2)4

20abd4d4.JPG 今日の記事は、先の記事の続きである。先の記事でとり上げた指導主事の話で、まことに僭越ながら、ちょっと注釈をつけたい部分があるのだ。

 申し訳ない。続きなので、先の記事をお読みでない方は、まずは、そこからご覧いただければと思う。

     いじめ防止と算数の授業


 それでは、注釈をつけたい部分を言う前に、指導主事という立場を、おもんばかるのだが、

 指導主事は、地域内の全学校が指導の対象である以上、どうしても、無難なセン、最大公約数的な部分で話をしなければならないのだと思う。『危険性があればそれにはふれられない、ふれるとしたらかなりの断りが必要。』という部分があると、わたしは理解するのだ。
 まして、これは一小学校の教員が対象であるうえに、講演であるから、よけいそうした配慮は必要になる。


 さあ、それでは、どこが気になるか。

 それは、1.の式の扱いについてだ。

4×5=20 4×3=12   20+12=32
  
の式について、それは、学級全体には出さないようにして、あらかじめ、指導者と子どもとの個別のやり取りで、2.〜4.へと導いておくべきではないかとおっしゃっている点である。
 そして、それが、『誰もが安心して学べる場』へ、子どもを導くことになるとしている点である。

 確かに、よく理解できる子が、理解できない子をばかにする雰囲気があるような場合は、この配慮は必須であろう。子どもへの温かな配慮となるのは、自明の理だ。

 しかし、担任の努力等により、わたしがよく言う言葉で言わせてもらえれば、『跳び箱7段跳べる子が、4段しか跳べない友達が5段に挑戦するのを心から応援し、跳べるようになったら、それを心から喜んで上げられる。』そんな雰囲気のあるクラスならば、先の記事は、変わってくるだろう。

 そういうクラスの場合は、
1.の式も、安心して子どもたちの前に出せるのではないか。

「ゆっくり解こうとしているよね。」
「間違いとか、勘違いとかが起きにくい解き方だよね。」
くらい言ってくれるかもしれない。そう。やはり、価値を子どもたちは見つけてくれると思うのだ。

 それを出発点として、本時のねらいである、(  )を使った式の価値の理解にまでたどり着く。


 わたしは、そうであってほしいと思う。そういう学級にまで、高めていってほしいと願う。


 なぜ、そう言うか。

 だって、正答を出しているのだもの。それなのに、話し合い学習に入る前に、指導者に、個別指導を入れられるのでは、『自分の解き方は、よくないとき方なのだな。』と感じさせてしまう恐れがある。


 いや。安心して学べる学級なら、誤答だって、みんなの前にさらけ出していいはずだ。

「わかる。Aちゃんがどうして間違えたか。どこで間違えたか。惜しいのだよね。」
「ほんとう。ここまでは合っていたのに。」
そのように言ってくれるだろう。


 誤答だってさらけ出していいということでは、わたしの子ども時代の体験がそれを証明している。

    近隣県のA小学校校内研究会に招かれて 
(この記事の後半部分、○の5つ目、「わたしの子ども時代の話」を参照してください。)

 わたしのことで、まことに恐縮だが、こうした体験は、すばらしい、『生き方、学び方の学習』になっているのだ。

 『子どもの心の豊かさを育む学級経営』。それこそが、最大のいじめ防止策なのである。


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 もとより、いじめの原因のすべてを、学校のせい、担任の指導力のせいと思っているわけではありません。
 しかし、わたしには、かなり前のことですが、本ブログにお寄せいただいた市民の方のコメントで、重く心に残っているものがあります。

 それは、
『学校がみんなと信頼関係を持て十分に人間的に成長出来る場でありさえすれば、子どもは(いくら家庭に問題ありとしても、)家庭の問題を決して学校に持ってくるはずはありません。
 むしろそういう子ほど学校に来たがり癒される場になるはずなのです。』
というコメントでした。

 100%とは言いませんが、おおむね、その通りだと思います。ですから、『人間性豊かな心をはぐくむ学級経営』。
 あれ。記事と言葉が違ってしまったかな。
 それこそが、いじめの最大防止策なのだという気概で、がんばっていきたいものだなと思うのです。

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rve83253 at 07:57│Comments(0)TrackBack(0)学級経営 | 算数科指導

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