2007年05月21日

学校だよりへの想い(10) 子どもたちの作品4

339440dc.JPG 校長としての2校目。着任したばかりのA小学校の、学校だよりのすばらしさに、心をうたれた。

 表紙を飾るのは、子どもの作品だった。子どもの絵が大きく掲載されている。
 校長の文章はというと、表紙をめくった裏。2ページ目に載っていた。
 B4判を半分に折っての4ページ仕立て。当時のわたしにとってはざん新だった。

 随時臨時号も発行。ときには、子どもの作品中心に、6ページにも8ページにもしているとのことだった。


 わたしは、うれしくなってしまった。それまでは、学校のPRとしてしかとらえていなかった学校だよりだが、あらたに、子どもの作品発表、作品紹介の場でもあることを知った。

 それまでも、子どもの作品を掲載することがないわけではなかった。しかし、それは、カットだったり、ちょっとした空きスペースをうめたりするくらいの役割しかなかった。


 A小学校の学校だよりの特色は、それだけではなかった。

 紙面構成も巧みだった。見出しもすてきだった。
 たとえば、『かいてみよう あなたの心』『感動の共有ができましたね。』『大きく育ったよ わたしたちの思い』『さりげなく、やさしく、共生、共育を』。
 そして、3月になると、『ドラマのゴールは爽やかに』といった具合だ。
 
 ほんとうに読みたくなる学校だよりだったと言えよう。


 わたしは、C教頭先生に言った。
「いいねえ。A小は、ずっとまえからこういう学校だよりを出していたのですか。」
「いえ。一昨年度まで、そうではなかったのです。それまで、学校だよりは、教務の仕事だったのですね。
 それで、昨年度の初め、『これはわたしにやらせてください。学級をもたれている先生では、大変でしょう。』とお願いをして、やらせてもらうことにしました。」

 こういう、意欲と創造性あふれる取組に、思わず感謝したものだった。


 子どもの作品がふんだんに載るということ。それで思い出したことがあった。

 以前、『わたしが初任のころ、我が地域において、学校だよりを発行する学校はあまりなかったのではないか。』と書いた。
 確かにそうだったのだが、逆に、学校文集は、保護者から費用を徴収して多くの学校が発行していた。

 しかし、これは、費用と編集などの手間とかなりかかる割りには、あまり教育効果が上がらないものだった。一冊の文集を授業で使用するほど、時間数は取れなかったし、子どもはともかくとして、保護者はほとんど読んでいないようだった。

 ある先輩教員が言っていた。
「あんな分厚い冊子をいきなりもらっても、あまり読まないわね。我が子の文を読むくらいじゃない。
 それより、毎月発行している学校だよりに掲載すれば、保護者もけっこう読んでくれるのではないかしら。」

 そのようなことだろう。学校文集はだんだん発行する学校が減った。


 そんないきさつもあり、子どもの作品がふんだんに掲載される学校だよりをすばらしいと思ったのだった。


 掲載されるのは、作文だけではなかった。表紙を飾るのはだいたい絵だったし、書、俳句、短歌など。また、図工の立体作品の場合は、写真にとって掲載した。


 C教頭はそれだけではなかった。『校長室ギャラリー』と称し、校長室は、常に子どもの作品が飾られていた。

 
 子どもが校長室を訪ねてくる。友達数人を誘い合わせてくることが多かったかな。
「校長先生。ぼくの作品が飾られているって担任の先生から聞いたのですけれど、見せてくれませんか。」
「ああ。どうぞ。どうぞ。・・・・。これだね。とっても細かなところまでしっかり見て描けているね。すばらしい作品だ。」

 地域の方が訪ねてこられたときも、これら作品をめぐっての話というのが多かった。


 あっ。いけない。学校だよりの話題に戻そう。


1.学校だよりに子どもの作品が載るようになると、わたしは、カラー印刷がしたくなって仕方なかった。ところが、学校には印刷機がない。世はカラー時代だというのに、なさけなかった。
 わたしの学校でレーザープリンターを備え付けたのは、退職2年前だった。
 カラー印刷が可能になると、写真も多用するようになった。

2.もう一つ。学校は長くB判を使用していたが、10年くらい前からだっただろうか。学校も徐々にA判に移行することになった。長くB判に親しんできたから、なかなか切り替えるのには抵抗があったが、これも、わたしの学校の場合は、退職2年前から、A判に切り替えた。

 A判になると、用紙が大きくなった。わたしの書く量も増えたし、写真や作品の掲載量も増えた。



 それでは、今回は、先に紹介した、『校長室ギャラリー』をとり上げた記事を掲載する。





     校長室ギャラリー


 数点ではありますが、C教頭先生が校長室に子どもの作品を展示してくれています。学校を訪れるお客さんは、にこにこしながらそれをご覧になります。
「まあ、かわいい作品ですね。楽しいです。」
「やはり、校長室はこうでないとね。学校へお邪魔したという実感がわきますよ。」
などとおっしゃってくださいます。

 さて、二ヶ月くらい前のことです。校長室で事務をとっていたら、かわいい1年生のお客さんが入ってきました。
「いらっしゃい。どうぞ。」
「・・・・・・・・・。」
「用事は何ですか。」
「・・・・・・・・・。」

 でも、その子の視線を追うと、用事が分かりました。展示してある絵を見つめているのです。『あっ。そうか。』と思い、その子の名前を確認しようと思い、上履きに目をやりました。それと、その子が声を出したのとは同時だったと思います。
「あったあ。わたしの絵だ。」
「そうか。Dちゃんの絵なのだね。校長室に飾らせてくれて、ありがとう。とってもていねいに描けているし、楽しそうな絵だね。しばらく校長室に飾らせてね。」
 そうしたら、満足してくれたようです。にこっと微笑んで、そのまま教室に戻っていきました。

 また、別な日のこと。校庭側の窓から顔を出し、室内をのぞいている子がいました。今度は聞かなくても用事は分かりました。その子は、かわいらしい女の子のお人形を見つめていたのです。
「ああ。Eちゃんの作品だね。すてきなお人形をありがとう。・・・。しばらく貸してね。」
「・・・。校長先生。そのお人形はね。校長先生に上げる。」
「えっ。くれるの。それはうれしいなあ。ありがとう。・・・。でも、悪いなあ。とてもかわいらしくて、・・・、よくできていて、まるでお店で売っているお人形のようだよ。」
「それでね。お人形は上げるけれど、そのカードは返してほしいの。」

 そうか。大切なカード。

 それには、本人の感想はもちろん、担任の先生やお友達の言葉がたくさん書かれています。
『スカートのひらひらしているところがすてきですね。髪の毛や手足のつけ方もかわいらしくできましたね。』
『Cちゃんの紙のお人形は、かわいくてむずかしそうでした。わたしも作りたいです。』
『かわいいところとていねいなところが、気に入りました。』
『スカートが上手に縫えている。』

 人形をくれるということ。びっくりしたけれど、その気持ちがうれしかったです。
そして、カードは返してほしいということ。なるほど。先生やお友達の言葉がかけがえのないものになっているのだなと感じ、ジーンとしてしまいました。学級での担任と子どもとのつながりが心の財産になり、それが子ども同士の心のつながりに転移していることも感じました。

「分かった。Eちゃんにとっては、宝物のカードなのだね。・・・。でも、お願いがあるの。運動会が終わるまで貸してくれないかな。それまでは何人もお客さんがお見えになると思うので、このカードもお客さんに見てもらえたらいいなあと思ってね。」
Eちゃんはにこっとうなずいてくれました。


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 これはあくまでわたしの思いですが、子どもは直接的には、担任とのかかわりで育つもの。管理職があまり出すぎてはいけません。
 ですから、管理職が子どもとふれ合うには、自然な感じ、つまり、必然性を大切にしようと思いました。子どもの登校時に昇降口に立って子どもを迎えるというのも、そんな思いがあったからです。

 今日とり上げた、校長室ギャラリー。これは、教頭先生のアイデアでしたが、必然性のある子どもとのふれあいという意味では、とてもうれしいものでした。自分の作品見たさに訪れてくれたり、友達に紹介したくて、友達とともに訪れたりしてくれました。
  
 それでは、今日も、1クリック、お願いできますか。



rve83253 at 02:10│Comments(4)TrackBack(0)子どもと管理職と | 学校だより

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この記事へのコメント

1. Posted by yoko   2007年05月21日 14:43
今年、初めてクラス便りを発行する先生のクラスになりました。作品紹介の学校便り…娘のクラス便りは、まさにそれなんです。それも、月1回発行ではなく行事の度の発行でしょうか、もう4号です。先生の文章は少しで、子供の作文中心。そして、写真や子供のちょっとしたイラストが散りばめてあります。(イラストの下には名前も書いてあります。)クラスの様子を保護者に伝える為だけの便りではなく、先生は子供と一緒に作成を楽しんでいるのかなという感じです。担任の先生の工夫や頑張りが伝わってきてクラス便りを手にすると嬉しくなります。きっと、子供達も手渡されたクラス便りを見て嬉しいでしょうね。
toshi先生の記事と通じる所がある!と思わずニッコリです(*^-^*)
2. Posted by toshi   2007年05月21日 23:04
yokoさん
 そうですね。そういうたよりは、子どもも喜びますよね。
 担任の先生が楽しんでやられているということ、そして、それが保護者にも伝わっているということ、わたしがよく言う信頼関係の構築にも、大きな役割を果たしているのだなと思いました。
 『保護者に読んでもらえる』という域を超えていますよね。
3. Posted by 大山虎竜   2007年05月22日 06:21
心温まる校長室の様子が目に浮かびます。
読者の方が楽しみするような学校だよりを出していきたいですね。
せっかくやるのだから、楽しんでやりたいです。
toshi校長先生のブログは、教頭のお仕事に楽しみを与えてくれる素敵なブログですね。読ませていただく度にそう思います。
4. Posted by toshi   2007年05月23日 06:39
大山虎竜さん
 いつも、ありがとうございます。
 わたし、以前書いたことがあると思いますが、教頭先生も、個性を発揮して仕事をしてほしいというのが、願いでした。
 校長としての思いにより、『ああしてほしい。こうしてほしい。』と言うのは極力減らし、その先生らしさを大いに発揮して仕事をしてほしいということでした。
 人間、誰だって得意不得意はありますものね。
 だから、あまり管理主義的にしてほしくないのですね。

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